028:傷口に塩
吉丸は忠信から面会に関する書類を受け取り、誰にも襲われる事なく上前津城に帰還した。
二日酔いとか、色々と疲労が溜まっているので休みたいところである。しかしこの書類を渡すまでは、自分の仕事を完遂したとは言えないのだ。
上前津城に到着した足のまま、吉丸は秀蘭のところに急いで向かう。大切な書状である為、秀蘭は時間を空けてくれていたのである。
「犬飼 吉丸、ただいま美飛より戻りました!」
「犬、よく帰って来たな。それで義父殿は、なんと言っておった?」
「は! 国主さまは、秀蘭さまにお会いしたいと仰っておりました。こちらが詳しい日時と場所について書かれている文にございまする!」
「犬、よくやった。あとで褒美をやる、下がって良いぞ」
「はは! ありがとう存じまする!」
吉丸から手紙を受け取った秀蘭は、褒美は後でやるから下がって良いと言う。その言葉通りに吉丸は、深々と頭を下げてから部屋の外に出るのである。
吉丸が出て行ったのを確認した秀蘭は、フッと笑ってから忠信から貰った手紙を見る。
そんなところに果耶がやって来た。
「嬉しそうですね、旦那さま。そんなにお父上と会われるのが、楽しみなのでしょうか?」
「流れを感じるのだ、流れをな」
「流れですか?」
「あぁ俺のところに、流れが来ているように感じる。この勢いを失うわけにはいかんのだ」
自分の父親である忠信に会うのが嬉しいのかと、果耶は少しイジる感じで秀蘭の隣に座った。
秀蘭はフッと、また笑って手紙の封を開ける。そして文の中身を確認し、ドンッ床に置いて立ち上がる。
今の自分には運命の流れが来ているのだと話す。
とても抽象的な話ではあると思うが、それでも秀蘭が言いたいのは「実力だけがあってもダメ。運も味方に付けなければ大和一統は成せない」という事だ。
秀蘭が楽しそうに文を読んでいる頃、吉丸はようやく家に到着したのである。
二日酔いや緊張していたのもあって、家を見たところで疲れがドッと全身に現れた。とりあえず家で横になって、今日はグッスリと眠る事にしようと考える。
ドアに手をかけようとしたタイミングで、家のドアが少し開いている事に気がついた。自分がキチンと閉め忘れたのかと、出発した日の事を思い出した。しかし家を出るところから気を引き締めていたから、キチンとドアは閉めていたはずだと吉丸は考える。
「泥棒か? いやいや、こんな家に盗んで得をするような物なんて置いてないしありえないか。きっと俺が、緊張してドアを閉め忘れてただけだな」
色々と考えたが、最終的には疲れているし考えるのを止めてウッカリしていたと決定付けた。
ドアを開けて家の中に入る。
するとそこには家の台所で、料理している結菜が立っていたのである。
自分のウッカリと思っていたが、この人の存在を忘れていたと頭を抱えた。
「お帰りなさいまされ! お早いおかえりだったのぉ!」
「結菜さま……どうして?」
「どうしても、こうしてもありませぬ! 吉丸殿が、美飛に向かったと聞いたから出迎えてやろうと思ったのじゃ」
「それはありがたい限りですが……」
どうして結菜が、吉丸の家にいるのか。
それは美飛にまで向かった吉丸を、帰って来たところで労ってやろうと思ったからだ。
確かに気持ちとしては嬉しいのは嬉しい。
しかし上司の娘がいるのに、気を緩めるわけにはいかないと吉丸は思っている。出世をしたいならば耐えなければいけないと、また気合を入れ直した。
食卓に着いて、仏のように優しい笑顔を見せる。
すると結菜が「さぁできましたぞ!」とテーブルに今、作ったのであろう美味しそうな料理が並んだ。
これには思わず「美味そ…」と言葉が漏れた。反射的に出た言葉で、吉丸は急いで口を隠すが遅かった。結菜は既に聞いており、嬉しそうに微笑んでいた。
「さぁさぁお食べ下され! 結菜、自慢の手料理を!」
「そ それでは遠慮なく……」
食べろと言われたので食べる。が、もし見た目がよく期待して食べた時に不味かったら。吉丸は不満になり、その時の対処法を頭で考える。
もう不味くても笑顔で「美味しい!」と答えてやると覚悟を決めて料理を口に運んだ。
しかしその心配は杞憂だった。
想像している以上に美味しかったのだ。その美味しさに思わず吉丸は「あ…美味しい」と呟いた。
これに結菜は大いに喜ぶ。
「本当か!? 本当に美味しいか?」
「えぇ! それはそれは美味しゅうございますよ!」
「それは良かったぁ。自信はあっても家族以外に振る舞うのは初めてからな、緊張したわ!」
「これは本当に、冗談抜きで絶品ですよ!」
想定した以上に美味しかったので、吉丸はかき込むようにバクバクッと食べ進める。
この食いっぷりに結菜は安堵すると共に、嬉しくて目をキラキラさせながら吉丸を食べているのを見る。
そして食べ進めている吉丸に結菜は「のぉ吉丸」と声をかけた。美味しすぎるので食べ進めながら、軽く目をチラッとして「どうしました?」と返す。
「私と結婚して下され」
いきなりの言葉に吉丸は「ブゥ!」と口に入っているご飯を吹き出す。この吹き出しに結菜は「あらあら」と言って、雑巾で吹き出したのを掃除する。
何を言っているのかと吉丸は理解できず、困惑して固まって動けなくなるのである。
しかし結菜はケロッとした感じでいる。
確かに11歳のいう事だ。そこまで間に受けてはいけないと吉丸は咳払いをしてから「そんな冗談を」と笑いながら、あしらうように言う。
「冗談? 冗談なんかじゃないぞ?」
「そっちの方が問題ですよ! 俺は16歳ですけど、結菜さまは、まだ11歳ですよ!」
「今すぐに結婚してくれと言ってるわけじゃないよ。私が成人する……あと4年後に結婚して下され! 私は決めたのです、吉丸殿を婿にすると!」
とてつもない押しの強さに、吉丸は「え えぇ…」と何ともいえないような感じになる。
結菜の目を見れば直ぐに理解できる。この目はマジだ。
今はまだ11歳であり、この時代の成人は15歳なので結婚できるようになるのは4年後だ。政略結婚とかもあるので、若くして結婚する事は珍しいわけじゃない。
それでも女の方から、こうやって強気に押してくるのは珍しい事だった。だからこそ吉丸は、どうしたら良いのかと困惑を隠せないのである。
すると入り口の方から「それは良い!」という聞き馴染みのある声が聞こえて来た。
「なっ!? 優勝殿、どうしてここに!?」
「暗くなって来たから、心配になって見に来たのだ。すれば良い話をしているのが聞こえて来てな」
「いやいや! 父親でしたら、娘の結婚相手に反対するのが常識なのでは無いんですか!?」
「それは日本時代の話ではなかろうか? 私としては変な男に引っ掛かるよりも、吉丸くんとくっ付いてくれた方が嬉しい限りだよ。それでどうかな?」
「どうかなって言われましても……」
まさかの父親の登場で吉丸は、何ともいえない板挟みになってしまったのだ。
これは適当な返事はできないし、変な答え方をするわけにもいかない。それなら吉丸の答えは限られる。
「分かりました。あと4年後に、お気持ちが変わりませんでしたら、お受けしましょう」
「ほ 本当か!?」
「えぇ私にとっても悪い話では無いので」
「ありがとう!」
ここは無難に時間を稼ぐの好手であると、吉丸は考えて決定を4年後に先延ばしにするのである。




