026:お頼み申す
吉丸と虹直は忠信と対面する。
あまりにも威圧感があって、蛇に睨まれたカエルのようにピクリとも身動きを取れない。それだけじゃなく本能的に命の危険を感じ取り、全身から冷や汗が垂れ流れる。
しかしここでビビって、何もできなければ出世の道が立たれてしまうと吉丸は分かっている。その為、秀蘭が忠信に頼があるという事を畏まった言い方で伝える。
「ほぉ婿殿が、このワシに頼みがあると? して、その頼みたい事とは、何か聞かせて貰おうじゃないか」
「は! お館様からお手紙をお預かりしておりますので、こちらをどうぞ!」
頼みの用件を聞かれた吉丸は懐から、スッと忠信の為に書かれた秀蘭の手紙を取り出す。そしてさらにススッと手紙を、忠信の方に差し出すのである。
殿様である忠信が、自ら厚畳を降りて取りに行くわけには絶対にいけない。その為、チラッと吉丸から見て左側に座っている忠信の重臣・明松 朝安の目を見てから頷く。朝安も「うん」と頷いてから立ち上がって手紙を手に取り、それを忠信に渡す。
忠信は手紙の口をピリピリッと破ってから、中に入っている手紙を取り出す。手紙が折りたたまれているので、それをスッと横に投げるようにして広げた。
忠信は「拝見する」と言って手紙の中身を確認する。
何も言わないまま忠信は、ジーッと手紙の中身を読み進めていくのである。読んでいる間は、誰も喋らないのでシーンッとした時間が流れる。
あまりにも居心地の悪い空間で、吉丸たちは「さっさと終わってくれ!れと心の中で強く思う。
そして読み終わって「ふぅ〜」と息を吐いてから、目尻をギュギュッと摘んで「さてと」と話し始める。
「婿殿は、ワシと面会をしたい。そういう認識で問題は無いだろうか?」
「はは! その通りにございまする!」
「確かに果耶を、婿殿にやってはいるが……まだワシは婿殿に会ってはいないからな」
そう忠信は秀蘭に会った事が無いのだ。
秀蘭と果耶の婚姻は、いわゆるところの政略結婚だ。
秀昌が元気な頃に、秀昌と忠信は何度も何度も戦を行なっていたのである。長らく戦っていた事によって、互いに互いをリスペクトするような関係になっていた。
そして次第に戦はしたく無いという風に向かっていき、互いに互いを信頼するという意味合いで結婚させたのだ。
「確かに婿殿に会って話してみたいが、今ここで会おうと簡単に言える立場では無いのだ。その事は、お主らも分かっているであろう?」
「は! 承知しておりまする!」
「うむ、明日の昼には答えが出せると思うが……それまで城で、ゆっくりとしておるのはどうだ?」
秀蘭を見た事が無い忠信としては、今ここで会いたいと言いたいところだ。しかし国代としてスケジュールが、詰まっているので即答する事ができない。
それゆえ1日の猶予を持って、明日の昼に答えを出すと忠信は吉丸に言う。そしてその答えが出るまで、武芸川城で休むのはどうかと提案して来た。
この提案に虹直は「は! ありがとうございます」と答えようとしたが、その答えに吉丸が待ったを入れる。
「忠信さまに、お1つお願いしたき事がございまする!」
「なんだ? 言ってみよ」
「城下町を見て回りとうございまする! どうか、そのご許可を頂けないでしょうか!」
「城下町を見て回りたいのか? 別に問題ないが。そんなに畏まって言うものだから、もっと深刻なものかと思ったぞ。満足するまで見て回ると良い」
「ありがとう存じまする!」
頼みたい事があると言った。しかも真剣な表情で言うものだから、5人に緊張感が走るのである。
虹直的には「な なにを言うんだ!?」と固唾を呑んで吉丸の頼みというのを聞く。
すると頼みというのは城下町を見たいというものだ。
そんな事を畏まって言うものかと全員が思ったが、表情には出さずに忠信の意見を聞く。
キョトンとした表情のまま忠信は、吉丸に満足するまで見て回ると良いと許可を出してくれた。
吉丸たちは「失礼いたしまする!」と頭を下げてから、スススッと襖の方に下がっていき大広間を後にする。
廊下に出て大広間にいる忠信たちに聞こえないであろうところまで、歩いて行ってから「はぁー!」と強い溜息を吐くのである
「心臓が止まると思ったぞ! まさかあんなところで、忠信さまに頼み事をするなんて……」
「いやぁ、揉め事が起きるとも限らないだろ? そこであらかじめ許可を取っておけば、もしも揉め事が起こっても秀蘭さまに迷惑がかかる事は無いだろ?」
「それを考えて許可を取ったのか? 利恒が言っていたように、賢い男だな!」
家紋を背負って町の中を歩くので、もしかしたら揉め事が起きる可能性がある。知らせておくのと、知らせないでおくのとでは揉め事を納める上での責任度が変わる。
それを考えての許可取りだった事を知った虹直は、そこまで考えているのかと驚く。全くもって虹直は、そんな事を考えていなかった。
「まぁとにかく美飛という国が、どんなところかを見に行ってみようよ。名古屋と、どれだけ違うかを、この目で確かめてみたいんだよ」
「確かに名古屋は、大和の中では栄えてる方だもんな。それが隣国の美飛と比べて、どれだけなのかは確認しておいて損は無さそうだな」
敵国というわけじゃ無いが、他国の都市がどれだけ栄えているのかを知っておくのは大切な事だ。
吉丸的には伝令役として、忠信に会うくらい町の中を探索するのを目的としていた。そんな事は周りの人間には言えないので、我慢しているが町の中が見れるとなって口元が緩んでいるのである。
そんな吉丸と虹直は街に出る。
美飛の町を見た吉丸は、とても愕然とする。確かに栄えていないわけじゃ無い。いろんな人が物を売り買いしていて栄えているようにも見える。しかしそれは先に名古屋を見ていなければの話だ。
「なぁ明らかに名古屋の方が栄えてるよな?」
「しっ! そんな事を、こんな大っぴらなところで言うんじゃ無いよ! どこで誰が聞いてるか、分かったもんじゃ無いんだから!」
「あっ! ご ごめん、全く気にしてなかった……」
吉丸は心の中で名古屋の方が栄えていると思ったが、言葉に出して良いわけが無いと思っているので、黙って心の中に留めるのである。
だが虹直は全く考えていないので、口に出して名古屋の方が栄えていると口に出してしまった。しかもかなり大きな声で。あまりにも大きな声だったので、吉丸は急いで両手で虹直の口を塞ぐ。
吉丸の説明で理解したが、周りをキョロキョロして話を聞いた人間はいないかと確認する。どうやら近くにはいないので、ホッとして吉丸は肩を撫で下ろす。
するとそこに「あの」と声をかけられた。
「貴殿らは仙道愛知家のご家来衆の方々でしょうか?」
「え? あ はい、そうですが……どちらさまで?」
「いきなりお声をかけてしまって申し訳ない。私は明松 李光と申しまする。どうぞ、よろしくお願い申し上げまする!」
どこかで聞いた事があると思って、頭の中で記憶を遡って思い出そうとする。そしてこの李光と大広間にいた重臣秀安が同じ苗字である事を思い出した。




