025:底の見えぬ男
吉丸は秀蘭の命令で、隣国・美飛へと向かった。
秀斗が大治仙道家を後ろ盾にした為、それに対抗して秀蘭も後ろ盾を作ろうとしているのだ。
これから向かおうとしている美飛には、国代・里見 忠信という人間がいる。国主は別にいるが事実、美飛の政を行なっているのは、この忠信である。
そしてこの忠信こそが、秀蘭の妻・果耶の実父である。
つまり秀蘭の義理の父親というわけだ。後ろ盾になって貰うのに、これ以上の人材はいないだろう。
「えぇと、あとはこっちに行って……いやぁ、こんな遠出は初めてなもので。虹直殿、こんな無知な私が案内役で申し訳ありませぬ」
「いやいや! 大概、そんなもんだろうよ。それにそんなに畏まらなくて良いぞ! 利恒から話は聞いているが、お前たちは仲が良いんだろ? じゃあ俺も親友だ!」
伝導奉行である吉丸と共に、ある人物が同行する。
その人物は利恒の幼馴染であり、利恒同様に出世頭の1人である原上 虹直だ。
最初のイメージとして、とてつもなく豪快な人間だ。
それに利恒が仲良くしている吉丸に、利恒が仲が良いなら自分の親友だと大々的に宣言する。とても気持ちの良い人間だと吉丸は思ったのである。
そしてそんな2人は美飛に入った。しかし暗くなり始めており、今から忠信に会いにいくというのは失礼にも当たるという事で明朝、武芸川城に入る。
今日は、その隣の町・関市内で宿泊する。
大々的というわけにはいかないが、秀蘭の使者として家紋を背負っている。その為、市内で酒を飲み歩くわけには行かないのである。
酒を取り敢えず店で買ってから、宿泊所で酒を交わす。
「虹直殿、お聞きしてもよろしいか?」
「ん? 俺に質問か? 俺の答えられる質問なら、なんでも答えてやるぞ。それで聞きたい事はなんだ?」
「忠信さまは、どういうお方なんだろうか? 俺は農民の出だから忠信さまが、どういうお方なのか知らないんだ」
酒を飲み交わしながら吉丸は、虹直に忠信はどういう人間なのかという質問をした。
農民の出であるが為、国内の事すら知らないのに国外の事になると、もっともっと知らない事だ。なので明日の為に、忠信がどういう人間なのかを知っておきたい。
それを聞かれた虹直は「忠信さまかぁ〜」と言いながらコップに入っている日本酒を、ゴクンッと一気飲みする。
そして「かぁ!」と息を吐きながらコップを、ドンッと床に叩きつけてから話し始めた。
「正直、よく分からない人だよ」
「虹直殿でも分からないのか」
「分からないって言うよりも、底が見えないっていう言葉の方が合ってるかもしれないな」
「底が見えない? つまり……本気を出した時の力が、分からないという事か?」
「まぁ端的に言えば、そういう事になるだろうな」
虹直のイメージとして、忠信は底が見えないような人間であると答えた。絞り出して答えたような答えたが、本人も納得するような答えでは無かったらしい。
どれくらいの力を持っているか。
どんな弱点があるのか。
良くも悪くも本当の自分を出しているイメージが、虹直には持てないでいるのだった。
「そもそも忠信さまは、武家の出では無いからな」
「え!? 武家の出では無いのか!?」
「あぁ忠信さまのお父上は元々、商人をやっていたんだ。だから忠信さまも8歳の頃から父親に着いて行って、商人についてを幼い頃から学んでいたんだ」
忠信の父親は承認をしており、武家とは全くもって関わりを持たない出自である。
しかし忠信が14歳になる頃に、父親は病に倒れた。
自分でやっていくしか無いとなった忠信は、父親に習って商人の道に進み始めた。父親譲りなのかは、分からないが10代のうちに商人としての才覚に目覚める。
そして次第に美飛の国主・小里 教徳に気に入られると家来に登用された。この登用をキッカケに圧倒的な度胸と、桁違いな武力で頭角を表し小里家の中で重臣にまで成り上がっていった。
「そして小里家よりも力を持った忠信さまは、国代に就任した。最初にやったのは政を自分がやる為に、主君であるはずの教徳を山奥へと追いやった。それにより美飛は、忠信の手中に収まったというわけだ」
「なんとも恐ろしいお方のようだな。それでも俺が目指すべきお方なのかもしれない」
「確かに忠信さまは商人の出で、吉丸は農民の出だから学べる事も多かろう。しかしお館様を裏切る事だけは、絶対にするんじゃ無いぞ? そうなれば、この虹直が相手になってやるからな!」
「そんなそんな! お館様に反旗を翻そうなんて、俺みたいな犬っころには無理な話だ! もしもそんな力を持ったとしても俺は、絶対にお館様を裏切る事は無い!」
「良くぞ、言い切ったぞ! さすがは俺と、利恒の親友になった男だけはある! さぁ今日は明日への決起集会だ、ドンドン飲もうじょねぇか!」
生まれた身分が武家では無いというところが、吉丸と忠信の共通点。吉丸は忠信を見習おうと思った。
そして夜はドンドン更けっていくのである。
夜が明けると吉丸と忠信は武芸川城に向かう。
「こ ここが武芸川城か……」
「なんとも守りが固そうな城だなぁ」
武芸川城は豪華絢爛というよりも、武骨でありながら機能美や守りに長けている城である事に吉丸たちは「ほぉ」という感じで感心するのである。
これは気合を入れた方が無さそうだと、2人はゴホッと咳払いをしてから「よし! 行くか!」と門に歩く。
「貴殿らは何者で何用か?」
「仙道 大宮守 秀昌さまが、嫡男・仙道 喜三郎 秀蘭さまの使いで参った者である! 秀蘭さまの命により、忠信さまに御目通り願いたい!」
「うむ、承知いたした! 確認してくるゆえ、ここで暫し待たれよ!」
見張りの兵に秀蘭の使いであり、忠信に面会したいという風に伝えるのである。話を受けた見張りの兵は、城の中の家臣たちに話を通してくると言って走っていく。
20分くらいが経ったところで、兵が戻って来て「中にご案内いたしまする」と城の中に入れてくれた。
案内役の兵の後ろを着いていき、大広間へと案内してくれて「ここで暫し待たれよ」と言って兵は居なくなる。
大広間に入った2人は畳の上に、あぐらをかいて待つ。
十数分が経ったくらいの頃であろうか。
大広間の襖が開いたので、2人は両手をグーにして地面に付けると、深々と頭を下げて顔を見えないようにする。
足音的に3人の人間が厚畳の方に歩いていく。
そして男の声で「面をあげよ」と顔を上げる許可が降りて、2人はスッと顔を上に向ける。
正面の厚畳の上には涼しげな弥生人顔の骨格に、彫りの深いミステリアスな雰囲気の男が座っていた。この人が忠信なのだろうと吉丸は、ゴクンッと固唾を呑んだ。
その厚畳を挟むように、2人の男が左右に分かれて座っている。吉丸から見て左側に40代くらいの男、右側に20代後半くらいの男が座っていた。
「貴殿らが、婿殿の使者だと聞いたが……今日は何用か」
「は! 私たちは秀蘭さまが、どうしても忠信さまにお頼み申し上げたい儀があり、ここまで馳せ参じました」
忠信の威圧感に押されながら、吉丸たちは頼みたい事があるという風に言うのである。




