024:守られぬ約束
久国寺で対面した秀蘭と秀斗の間には、兄弟とは思えない緊張感が流れている。
この緊張感の中で、秀斗が先に頭を下げた。秀蘭を煙たがっていた秀斗が、こうも簡単に頭を下げた事に互いの家来たちは大いに困惑するのである。
秀蘭も眉がピクッと動いた。まさか秀斗の方から頭を下げるとは思ってもいなかったからだ。
「兄上、子供のような事をして申し訳ございませぬ! 今は父上を失い、仙道愛知家を1つにまとめるところにございまする。どうか、お許し願い申す!」
「あい分かった、今回の事は水に流す事にしよう。俺も、お前と戦うのは得策では無いと思っていた。直ちに補給路を開放いたそう」
「ありがとう存じまする!」
秀昌が亡くなった時点で、かなり仙道愛知家は大治仙道家中で力を削がれ始めていた。
この段階で兄弟喧嘩をしている暇は無い。
互いにそれを理解しているので、謝ったところで今回の騒動に関してはチャラとなる。
ここからは、これからの渦中について話し合う。
「これからは仙道愛知家の政を、私と兄上で半分ずつ執り行うというのはいかがでしょうか?」
「まぁそれ以外に方法は無かろうな」
「ありがとうございまする!」
秀斗の提案として仙道愛知家の政は、これから秀蘭と秀斗で半分ずつにするという事を提案した。
まだまだ秀斗を嫌っている秀蘭だったが、政を完璧に1人でやれるとまでは思っていない。そこが分かっているからこそ坂間 幸太郎に勝利を納めたのである。
仙道愛知家の渦中の動きが定まった。
この話し合いは、後の歴史書において久国寺の再開と呼ばれるようになる。
そしてこの日を最後に、秀蘭と秀斗が兄弟という関係で会うのは最後となった。
この話し合いに利恒が護衛の1人として付き添った。
ただの足軽である吉丸が、こんな大切な話し合いに着いていけるわけが無かった。
なので話を聞きたくて、吉丸は自分の家に利恒を招く。
「へぇこんなところに住んでいるんだな」
「武家の出である利恒からしたら、こんなボロい家は初めて見るんじゃないか?」
「そんな事は無いさ。どんなにボロくても家は家だ、その歳で家を持つのは素晴らしい事だぞ?」
「そんな話は良いから、今日の話を聞かせてくれ」
武家屋敷に住んでいる利恒からしたら、こんなボロい家は初めて見るんじゃ無いかと自虐ネタを入れた。しかし存外に真っ当な答えが返って来たので、なんとも恥ずかしくなって吉丸は本題に入る。
酒を飲み交わしながら利恒は久国寺の話を始めた。
兄弟喧嘩といえども、それはここら辺一帯を巻き込むような大喧嘩なので他人事にはできない。その為に吉丸は、起きている事を自分の頭に入れたいのだ。
「という事だ。聞いているだけのこっちが、全身から冷や汗を出すような緊張感だった! それにしても仲直りをしていたように見えるが……お前はどう思う?」
「んー、その話を聞く限りでは何とも。まだまだ火種は、燻っているように思えるが……何かキッカケがあれば、一気に戦いへと舵が切られてもおかしくは無いだろうな」
「確かに俺も、吉丸と同意見だ。このまま黙って時が流れるとは思えない。いずれはどこかで爆発するはずだ」
話を聞く限りでは表面上は仲直りをしたように思える。
しかし実際のところは、まだまだ戦いの火種は燻って機会を伺っているようなものだ。いつ猛火に変化したっておかしくは無いと2人は思っていた。
少なくとも、どちらかが隠居するか、死ぬまでは火種が無くなる事は無いだろうと考えている。
そして2人の予感は的中した。
久国寺で話し合いが行なわれてから約1ヶ月後の事だ。
突如として秀斗が、大治仙道家の当主・仙道 英明に忠義を示す書状を送ったのである。
つまり英明の家臣になったというわけだ。
この事態に秀蘭は酷く怒りを露わにした。あそこでの話し合いは嘘だったのかと、これほどに怒るかというくらいに暴れ回っていた。
そして直ぐに秀蘭の家臣たちが集められた。
「今直ぐに秀斗の首を刎ねよ! アイツあの場だけを乗り切る為に、この俺を欺いた!」
「お館様っ! それはお控え下され! ここで秀斗さまと戦うのは得策ではございませぬ!」
「なんだと! このまま俺に、恥をかいたまま生きてゆけというのか!」
「違いまする! 今、秀斗さまと戦ったとしても大治仙道家が出しゃばってくるのは必須っ! 今の我らに、大治仙道家とも戦うだけの余力はありませぬ!」
秀蘭は直ちに古森城に攻め込んで、秀斗の首を刎ねるよう家臣たちに指示を出す。指示を出している時に、秀蘭は厚畳の上を左右に歩いている。それだけ秀斗に対して、隠さないくらい怒りを露わにしているという事だ。
この指示に対し24歳ながら、秀蘭の家臣団の中で重臣の地位を築いている佐久川 大盛が、戦うべきでは無いと進言するのである。
怒りで我を忘れかけている秀蘭は「このまま弟に恥をかかされたまま生きてはいけぬ」と返す。もちろん冷静になっていれば、秀蘭も戦うメリットとデメリットは理解できるはずだ。しかし今は怒りで正常では無い。
このままでは大盛も粛清されるかもしれないが、それでも主人である秀蘭の事を考えて諌める。
現状のまま秀斗と戦ったところで、確実に大治仙道家が出しゃばってくるのは必定。秀斗と戦うだけなら、まだ勝機がないわけでは無い。しかしそこに大治仙道家の軍勢が加わったとなると、話は変わってくる。
すると秀蘭は「ならば!」と怒鳴り声の前置きを置いてから「どうしろというのだ!」と大盛に問う。
「私に1つだけ、策がございまする!」
「ほぉ? 策だと? ならば申してみよ、くだらぬ事だったならば、お主の首を刎ねるぞ」
「は! 秀斗さまが大治仙道家を後ろ盾にしておられるのならば、こちらも後ろ盾を作れば良いのです!」
「後ろ盾を作ると簡単にいうが、どこに後ろ盾になってくれる人間がいるというのだ!」
「お一人、居られるではありませんか。お館様の後ろ盾になってくださる、お方が」
どんな策を提案してくるのかと、秀蘭は鼻で笑う準備だけをして聞くのである。
すると案の定、後ろ盾を作るという策だった。
周りから大和で1番の大馬鹿者と呼ばれている、秀蘭の後ろ盾になろうという人間は普通いない。それは周りの雰囲気からして秀蘭も悟っているところがある。
しかし大盛は後ろ盾になってくれる人が、1人だけ居られると大々的に宣言した。
これには秀蘭は眉を歪めて「何を言ってるんだ?」という感じで、大盛の事を見るのである。そんな秀蘭だが、数秒後に「あっ」といった感じで、何かに気がついた。
「大盛、お前って奴は……面白いところに目を付けるでは無いか!」
「はは! ありがたき幸せ!」
「直ぐに犬を呼べ! 直ちに伝令として向かって貰う。善は急げと言うからな、さっさと呼べ!」
秀蘭は大盛が誰の事を言っているのかを理解したところで、面白いと笑いながら大盛を褒める。
そして直ぐに吉丸を呼ぶように言った。今直ぐにでも伝令として、その後ろ盾になってくれるであろう人物のところに、話し合いをしたいという旨の書状を持って行かせる為である。




