022:猿芝居
吉丸は伝令として名古屋港に足を運んでいた。
殿様であるはずの秀蘭が、自ら漁に出るほどに活発な人であり、その際に名古屋港の漁師とは親しくなっていた。
なので定期的に魚の買い付けなどを行なっており、今日も買い付けをする為に吉丸は名古屋まで足を運んだ。
「名古屋港は、いつ見ても栄えてるなぁ! さすがは大和最大の港と言われただけはある!」
「全くその通りだ! ここを見に来る為に、わざわざ国を出たっておかしくは無い!」
「あぁ利恒の言う通りだ……な!? どうしてこんなところに利恒がいるんだ!?」
名古屋港の偉大さを感じていると、真横から聞き馴染みのある声が聞こえて来て、自然と言葉を返してしまった。
しかし直ぐに居るはずの無い利恒に気がついて、飛び跳ねるように驚いた。まだまだ秀蘭の小者だが、それでも武家の出で、こんなところにいるような人間では無い。
さっきから居たのに今、驚いた事に利恒は「今かよ、おもしろ!」と言った感じで笑うのだ。
「いやな。自分の仕事も終わったし、やる事も無いから着いて来たんだよ」
「やる事ないなら休んでれば良いじゃないか……出世頭として見られてるんだから、これから忙しくなるんだぞ?」
「それはそれだ! 今が楽しくなければ意味が無い!」
利恒は吉丸と同じく前の戦が初陣となった。
しかしその初陣で、いきなり首級を1つ取って出世レースで、かなり前に出たのである。
こんなところにいて良いはずが無いのだが、こうなってしまったら仕方ない。このまま着いて来させるしかないと吉丸は諦めの溜息を吐いた。
「それでこれからどこに向かうんだ? 商人のところに行くというのは聞いているが」
「それならお館様が、昔から親しくされている漁師の吾郎さんって人のところに行くんだよ」
「そうか! なら、さっそく行こうでは無いか!」
利恒のテンションの高さに、吉丸は「先が思いやられるな、これは……」と頭を抱えながら歩き始めた。
テンションが低いままだったら、相手に失礼かもしれないとテンションを上げながら吉丸は「こんにちわ! 五郎さんは、いらっしゃいますか?」と五郎の家を訪れた。
すると家の奥から「おぉ!」という声が聞こえる。
「おぉ吉丸じゃねぇか! ん? そっちの人は誰だ?」
「こちらは仙道家が小者・水前 利恒殿です」
「な!? 小者衆の方でしたか!? これはこれは失礼いたしました!」
「いや、良いんだ。俺が勝手に着いて来ただけだからな」
利恒が小者である事を知って、五郎は直ぐに膝を床に着けて頭を下げる。
自分が勝手に着いて来ただけだから気にするなという。
その言葉に甘えて五郎は立ち上がって中に案内する。
「また新しい契約をしたんですけど、問題はありませんよね? キチンとした額は払いますので」
「いやぁ〜、それが面倒な事になってな」
「面倒な事ですか? それはどういう……」
「秀斗さまからも契約したいって打診が来たんだよ。普通なら秀蘭さまと長い付き合いだから断るつもりだったんだけどな、その秀斗さまからの手紙に気になる事が書かれてたんだよ」
「気になる事ですか? その手紙を拝見しても宜しいでしょうか?」
契約更改にやって来た吉丸だったが、どうやら秀斗も五郎に契約を持ちかけていたみたいだ。
本来ならば昔からの付き合いである秀蘭を優先したいところだが、秀斗から送られて来た手紙に気になる事が書かれていて困っているという。
どんな内容が書かれているのかが気になるので、その手紙を見せて貰うように頼んだ。もちろん良いとの事で、立ち上がって手紙を持って来て貰った。
「拝見しますね……これは!? 利恒さま、こちらをご覧になって下さい!」
「そんなに驚いてどうした? どれどれ、どんな事が書かれているのか……なっ!? なんだこれは!?」
秀斗からの手紙を見た2人は、大声が出るほどに驚いたのである。最初に大声を出した吉丸に、そんな驚く事は無いだろうと利恒は思っていた。実際は利恒すらも、大きな声を出して驚くほどの内容だった。
この手紙には、もちろん五郎と契約したいという旨の内容が書かれている。しかし問題は、その宛名にあった。
手紙の最後には「仙道愛知家当主・仙道 名古屋守 秀斗」と書かれていたのである。
つまり自分が仙道愛知家の当主であると自称し始めた。
これは和帝暦16年(2176年)4月。秀昌が死んでから3ヶ月後の事だった。
「まさか秀斗さまが、ここまで大胆な事をするとは……」
「これは完全に宣戦布告ですよね? 利恒さま、これはどうしましょうか?」
「いやいや、こんなのを見過ごすわけにはいかないだろ。直ぐにでもお館様に報告するべきだ」
「承知しました! 五郎さん、今回の契約の件は少し先延ばしにしてもよろしいでしょうか?」
「あぁそれは構わないよ。お館様に兄弟喧嘩は、ほどほどにって言っておいてくれ」
自称でも仙道愛知家の当主を名乗るというのは、明らかに秀蘭に宣戦布告しているのは明らか。
これは見過ごすわけにはいかないと、2人は早急に秀蘭へと報告するべきだという意見になった。とりあえず契約は先延ばしにして、ここは城に帰る事にする。
五郎に「また今度」と挨拶してから家の外に出る。
そこには見慣れない男が2人立っていた。
「貴殿らは、どこの誰か! ここは秀斗さまが、ご贔屓にしている五郎殿の住まいであるぞ!」
「お前たちは秀斗さまの家来か! 我々は秀蘭さまの家来である。お前たちの主人は、どうして仙道愛知家の当主を名乗られているのか! その所在をハッキリとして頂きたいところである!」
「それの何がおかしいというのだ? 我らが主人であれる秀斗さまは勤勉であり、性格も聖人君主のようなお方である。それに比べて、そちらの主人は……まさしく大和一の大馬鹿者では無いか! こちらが名乗るのは当然!」
まさかの秀斗の家来と遭遇してしまった。
秀斗の家来たちは、秀斗が当主を名乗るのは妥当な事であると主張。それに真っ向から利恒が反論して、今にも一触即発の緊張感が漂っている。
ここで揉めるのは得策では無いんじゃないかと、吉丸は切り抜ける方法を必死に考えていた。
しかし今にも利恒が飛び出していきそう。顔から「俺いけます! 俺いけますよ!」というのが読み取れる。
これは早めに手を打たなければいけないと、吉丸は考えて「この際、強行手段だ!」と覚悟を決めた。
「お互い、ここは止めときましょう! ここで揉めても仕方ありませんよ!」
「な なんだ、お前は! 俺に触るな!」
「うわぁああああ!!!???」
吉丸は間に入って止めるフリをした。止める際に、吉丸は相手の肩に手を置く。
するとそれを嫌がって吉丸の手を払った。
今がチャンスと言わんばかりに、後ろに吹き飛んでいって当たり屋のように大袈裟に痛がる。この大袈裟な吉丸の行動に男たちは「え?」や「は?」といった困惑の表情を浮かべて、どうしたら良いのかと固まっている。
そして吉丸の考えを悟った利恒は駆け寄る。
「だ 大丈夫か!? よくも吉丸をやってくれたな!」
「え? いや……勝手に吹き飛んだよな?」
「コイツは止めてくれていたというのに……許すまじ! この俺が成敗いたす!」
このまま乱闘騒ぎが始まったのである。




