021:厄介な夫婦
吉丸は初陣での武功を認められ、農民から正式に足軽へと出世する事ができた。
それに加え控金奉行から各地から来る伝令、各地に向かう伝令を管理する伝導奉行になった。これに関しては出世なのかは分からないところではある。
しかしとにかく嬉しいので上津前城の廊下を、これから遊園地に行く少年のようにスキップしていた。
すると後ろから「犬!」と呼び止められる。声が聞こえた瞬間、声の主が誰なのか分かったので、振り返りながら床に膝を着けて深々と頭を下げた。
「これは果耶さま! お久しゅうございまする!」
「犬も元気にしておったか?」
「はは! それはとても元気にございまする!」
「そうかそうか、それなら良いのだ。して、先の戦で初陣を果たしたというのは誠か?」
「は! 誠にございまする!」
そこに立っていたのは果耶だ。
果耶の後ろには「なんとも自分は偉い人の侍女です」と言いたげな顔をしている侍女が2人立っている。
吉丸が元気であるのを確認した果耶は、スッとした表情のままで、この前の戦が初陣なのは本当かと聞く。どうしてそんな事を聞くのかと吉丸は考えながら、初陣なのは本当であると答えた。
すると果耶は「ふ〜ん」と言ったので、吉丸は「え? ふ〜ん?」と思って顔を上げる。もちろん声に出したら大変なので、口には出していないが疑問を持つ。
「先の戦が、どんな戦だったのかを話してみよ」
「え? い 戦についてでございまするか? それは何ゆえ知りたいのでしょうか……」
「殿は、私に戦については話してくれないのです。だから殿が教えてくれないのなら、犬に聞けば良いと思ったのです! それゆえ私に戦の話をしなさい!」
どうやら戦の事を知りたかったらしい。
普通の姫君ならば、血生臭い戦の話なんて聞きたくないのが当たり前のはずだ。
そのはずなのに果耶は、いくさの話を知りたいという。
秀蘭は果耶に、戦の話はしない。果耶が、どうだったかと聞いても秀蘭は「ん? 知る必要は無い」と言って教えてくれないのである。
それゆえに話してくれそうな吉丸を捕まえたのだ。
話してと頼むのではなく、話しなさいと決定事項のように言ってくる。断りたいところではあるが、断ったら後が面倒そうなので「はは!」と話す事にした。
「お話しするのは、やぶさかでは無いのですが……こういう開けたところで、お話しするような内容ではございません……なので、場所を移しては貰えませぬか?」
「まぁ確かに、聞きたくない者もおるやもしれんのぉ。仕方あるまい、私の部屋まで来い」
「は! 承知いたしました!」
こんな往来が激しい上津前城の廊下で、話すような内容では無いから場所を変えたいと頼んだ。
すると果耶は周りをキョロキョロしてから自分が、がっついているという事に気がついた。咳払いをしてからクルッと反転して、果耶の部屋で話す事にしたのである。
「ここでなら問題ないだろ? ほら、戦について教えてみよ!」
「は! お話しさせていただきまする」
部屋に移動して来たところで、ここならば気兼ねなく話せるだろうと果耶は言った。声のテンション的には、吉丸がワガママを言ったような感じになっている。
しかしそんな事は言えないので「ご迷惑をおかけしました」と謝罪してから話を始めた。
戦話と言っても、どんな話を求めているのか。聞けるわけないので、とりあえずは戦の流れを話す。
吉丸が話している時に、果耶は「おぉ!」「ふむふむ」と言った感じで、楽しそうに聞き入っていた。
「……と言った感じで、我々の大勝利にございます」
「ほぇ戦というのは、そんなに早く終わるものなのかぁ」
「いえいえ! 今回は特別にございまする。お館様の作戦がピッタリとハマったのでございます!」
戦を知らない果耶は、そんなに早く戦いは終わるのかと驚いているのである。
しかし今回は特別で、普通はこんなに早くは終わらないと吉丸は全身を使って説明した。
「やっぱり戦の話は面白いのぉ。どうして殿は、私に戦の話をしてくださらないのかのぉ」
「それは、お館様なりのお気遣いかと! なるべく果耶さまに、そういう汚い世界をお見せになりたく無いのかと」
「私は戦を汚いものと思っておらんぞ! 戦があってこそ自分の国を守れるのじゃ。だから戦を汚いとは思っておらぬ! それなら問題なかろう?」
「いや、しかしそこはお館様のお気持ちなので……私からは、なんとも言えかねまする」
「なんじゃ、面白くないのぉ! もっと私を納得させてみよ。私を言い負かせぬと、出世なんて夢のまた夢じゃぞ」
どうやら吉丸を揶揄うつもりで、答えられないであろう難しい質問をしたみたいだ。
予定通り吉丸が、なんとも言えないような表情を浮かべているのを見て果耶はニヤッと笑う。自分を言い負かせないと、出世なんて夢のまた夢だと小馬鹿にした。
完全に嵌められた吉丸は「はははは」と笑う事しかできず、なんとも言えない雰囲気になる。
「確かに、まぁここまで思ってるわけじゃないが……今、言った事の半分は本当の気持ちじゃ。私は秀蘭さまの嫁として、起きている事を知っておきたいんじゃ」
「果耶さまのお気持ちお察しいたしまする」
「なぁ本当に、どうすれば良いと思う? やっぱり私は、殿にか弱い女子だと思われているのだろうか?」
「それだけお館様が、果耶さまを大切にしているという事でございましょう。きっとお館様が話したいと思うタイミングで、お話しすると思いますので、その時はよろしくお願い申し上げまする!」
吉丸にイタズラをしようと考えていたが、話の半分は本当の気持ちを述べていたらしい。
自分の事を秀蘭は、か弱い女子だと思っているのかと果耶は悩んでいた。
しかしそれは秀蘭が果耶を大切にしているという事。そんな風に吉丸は、果耶をカバーするのである。
吉丸の言葉を受けて果耶は「そういうものか」と無理矢理に自分を納得させた。それでもモヤモヤが解消されたわけじゃないので、果耶はなんとも言えない表情をする。
するとこの空気を助けてくれるように、部屋の外から男の声で「失礼いたしまする」と聞こえて来た。
誰なのかは分からないが、この空気から助けてくれたのはありがたいと吉丸は思った。
そして襖が開けられると、恒虎が正座をしている。
「吉丸、お館様がお呼びである」
「は! 承知いたしました! それでは果耶さま、私はこれで失礼いたしまする!」
「あぁ励むようにの」
「は! ありがとうございまする!」
ちょうどよく秀蘭が吉丸の事を呼んでいるらしい。
ありがたいと思いながら、果耶の部屋を後にした。
数歩歩いたところで、ピタッと吉丸は止まる。それは果耶という障害を乗り越えたが、また秀蘭という障害に挑まなければいけないという事を思い出したのだ。
前を歩いている恒虎が「どうかしたのか?」と聞いて来たので、吉丸は「い いえ……なんでも」と答え、2人はまた秀蘭の部屋に向かって歩き出すのである。
吉丸は「はぁ……」と恒虎に聞こえないくらいの声でため息を吐き、厄介な夫婦だと心の奥で思った。




