020:心の奥に
見事に坂間 幸太郎を討ち取った家貴の「エイ・エイ・オー」という勝鬨の声が戦場に響き渡った。
その声は本陣でドシッと構えている秀蘭のところまで届いていた。声の主が家貴だと分かった秀蘭は、側近にして重臣の剛に「どうやら勝ったみたいだな」と言う。
見事に下馬評をひっくり返し勝利した事を、本陣にいる家臣たちは拍手をして「おめでとうございます」と祝福の言葉を秀蘭に贈るのである。
「これよりは、どういたしましょうか? このまま大治城を攻め落としまするか?」
「いや、大治城は攻めない。勢いがあるとは言えど、この手勢で大治城を落とせると思うほど、俺は愚かでは無い」
「さすれば、どういたしまするか? このまま撤退するのでは勿体のう感じまする」
今の勢いを考えれば大治城すらも落とせるのでは無いかと、剛は秀蘭に提案するのである。
しかしこの意見を真っ向から秀蘭は却下した。
絶対に負けると思われていた戦いで、こんなにも大勝したというのに秀蘭は落ち着いていた。どれだけ勢いがあったところで、そもそもの数が違うので勝つ事できないと秀蘭は分かっていたのである。
秀蘭の意向は分かったが、ならばどうするかと剛は改めて秀蘭に聞く。このまま下がっていくのは、どうしても勿体無いように感じているのだ。
すると秀蘭は「引かぬ!」と撤退も否定。
一体どういう事なのかと剛は混乱した。
「想定よりも早く終わり、この軍の兵士たちは、まだまだ元気であろう? ならば、この軍を2つに分ける。そして七宝城と蟹江城に援軍として向かうぞ!」
「そういう事でございまするか! 承知いたしました、急いで編成をし直して参ります!」
秀蘭は大治城を通り越し、別働隊で戦っている七宝城と蟹江城に援軍として向かう事を指示した。
この本隊は想定しているよりも遥かに被害を抑えられたので、このまま2つの城に向かったところで問題は無いと秀蘭は考えているのである。
何を考えているのかを理解した剛は、急いで軍の武将たちを呼んで軍の編成をやり直した。
「秀蘭さまは、どういたしまするか? このまま殿は、護衛の手勢を連れ、お戻りになられても宜しいかと思いまするが如何でしょうか?」
「いや、このまま俺も着いていく。こんなところで、総大将である俺が戻るわけにはいかぬ! さぁ軍を編成し直したならば、さっさと出発するぞ!」
本来の目的は2つの城を奪い返す事ではあるが、それでも今回の戦いは完勝も完勝なので勝利は目に見えている。
ならば疲れただろうから、秀蘭が一足先に帰っても良いのでは無いかと剛は提案した。こんな勝ち戦を見逃すわけにはいかないという気持ちで、秀蘭は最後の最後まで見守る旨を剛に伝えるのである。
頑ななのは知っているので、きっとここも自分の足で戦いを見たいのだと剛は考えた。理由を聞いて納得した剛は全兵士に言われた通りに2つのグループに分かれるように指示を促すのである。
戦いを終えた秀蘭方の本隊は、未だに戦っている七宝城と蟹江城に向かって足を進めた。
決着が着いていたわけでは無いが、もう既に俊膳方が勝利する事は不可能なくらいには差がついていた。
そして本隊の到着が、この戦いのトドメとなる。
ギリギリで争っていた俊膳方の兵たちは、直ちに城を捨てて敗走していったのである。
「直ちに敗残兵を討ち取りながら帰還する! その際、坂間方の田畑を薙ぎ払っておけ!」
『はっ!!!』
秀蘭は敗残兵を仕留める戦後処理へとステージを移す。
そして秀蘭軍は帰還しながら、英明方や俊膳方の田畑を薙ぎ払いながら上前津城へと帰城を果たした。
今回の戦が秀蘭の大勝である事は間違いない。
そしてこの事実は直ぐに周辺諸国へと知らされる。
「何だと!? 幸太郎がしくじったのか!?」
「は! 幸太郎さまもお討死したとの事にございます!」
「ここまでの恥をかかされるなど……こんな事はあってはならぬのだ!」
実の弟である幸太郎の死を知った俊膳は、大いに動揺を隠せずにいた。
この気持ちの中には幸太郎を失ったという消失感と、勝てると思った相手に大敗した怒り。この2つが入り混じって近くにあった本を襖に向かって投げつける。
鼻息荒く「ふぅー! ふぅー!」と怒りをどうにか抑え込もうと、全力で息を整えようとする。
そして秀斗のところにも勝利の報が届く。
書き物をしており、秀蘭が勝利したと聞いた瞬間、書いていた手がピタッと止まる。
しかし直ぐに書く手が動き始めた。
「そうか、兄上が勝ったか」
「は! それはそれは下馬評に反する大勝だったと。これで秋嵐さまが、お負けになっていたら……」
「それ以上は言うな、アレでも私の兄だ。それに家貴も出陣している戦いだ、こんなところで家貴に死なれては、私が困るのだ」
「は! 言葉が過ぎました、申し訳ございません!」
家臣が今回の戦いで、秀蘭が死んでいたら良かったのにという風に発言をした。
この発言に秀斗は言葉が過ぎると注意。どんなに大和一の大馬鹿者と言われるような人間だとしても、秀斗の兄である事に代わりは無いからである。
直ぐに家臣は言い過ぎたと頭を下げて謝罪。
しかし秀斗は「まぁ、だが」と言いながら立ち上がり、月明かりが入ってくる窓辺に歩いていった。
「いずれ兄上とは、生死をかけた戦いをしなければいけないのも事実であろうな。あの兄上だ、家督をよこせと言っても渡してはくれぬだろうからな」
「その際は、この私に一番槍をお任せください!」
このタイミングで死ななくても、いずれは殺し合いに発展するだろうと秀斗は確信している。
これは自分も家督を譲るつもりは無い。という意思の表れであるのは確実。
しかしそれはまだ少し先の話である。
そして日が暮れ始めたところで、吉丸は自分の家に帰ってくる事ができた。
今回の戦いは、そこまで大規模というわけでは無い。それでも初陣というのもあって、心身共にドシッと疲労感が吉丸の体を襲っている。
家の扉を開けて玄関のところで「疲れたぁ!」と言いながら床に倒れ込む。
「はぁ……戦というのは、ここまで疲れるもんなんだな。だけど、それなりに討ち取ったぞ! これなら少しは出世できるかもしれないな!」
今回の戦いで大いに活躍したので、ほんの少しは出世するんじゃないかと吉丸は考えてニヤニヤしている。
すると家の扉がバンッと強く開けられた。
油断していたところだったので、吉丸はビクンッとして上半身を起き上がらせる。
この扉の開け方から、やって来た人間が分かる。
「結菜さま、いきなり来るのはやめて下さ……」
「良かったぁ!」
結菜を諌めようとしたが、結菜は涙と鼻水でグチャグチャになったまま吉丸に抱きつくのである。
いつもはバカみたいな笑顔で抱きついてくるので、今日はどうしたのかと困惑して「結菜さま?」と聞く。
どうやら生きて帰って来てくれた事が、とてつもなく嬉しかったらしい。出発する時は余裕みたいなえがおをうかべていたが、本当のところは心配だったみたいだ。
「結菜さま、ご心配ありがとうございまする。この犬飼 吉丸は無事に帰りましたよ」
「良かったぁ! 本当に良かったぁ!」
「はははは!!! もう顔がグチャグチャですよ。ほら、これで顔をお拭きになって下さい」
実家を出てからは孤独でも頑張るのだと、強がっていた吉丸だった。弱音を吐かず、辛いという顔をせずに頑張ろうと心の中で決めていた。
しかしこんな風に心配して貰える事のありがたさを、心の奥まで染み渡るのである。




