018:初陣
秀蘭が率いる本隊は庄内川と新川を渡河し、大治町砂島に本陣を構えた。
1000にも満たない軍勢ではあるが、大半の兵が死ぬ気で戦おうと覚悟を決めているので殺気を纏っている。きっとここに赤ん坊が居たら、何もしていないがギャーギャーッと泣き出すに違いない。
それに対し向こう方は、坂間 幸太郎が総大将を務める事になっていた。そして1200の兵力を有しており、明らかに秀蘭軍とは兵の数が違う。
しかし秀蘭軍の兵が、とてつも無い殺気を纏っているのに対して、幸太郎の軍勢はヘラヘラして楽勝な戦いであると高を括っていた。それゆえに、どこか緊張感が欠けているように秀蘭たちは感じている。これは部活だったら、監督がブチギレるくらいに気が緩んでいる。
「剛……」
「は! どうなされましたか?」
「これは勝てる……勝てるぞ! 向こうは完全に、俺たちを舐めて侮っている。こちらの士気は、向こうよりも明らかに高い!」
この瞬間に秀蘭は、完全に勝利を確信する。
自陣が死地に飛び込む覚悟をしているというのに、向こうは勝てると高を括ってヘラヘラしている。これは明らかに足元を掬われる典型的な例と言えるだろう。
自分たちが勝つと確信している姿を見た剛は、その秀蘭の表情を見てゾッと寒気を感じた。なんと言葉にすれば良いだろうか、まさしく人生の全てを戦いに費やしている人間のような狂気じみた何かを感じたのだ。
一方で前線よりも少し後ろに配置された吉丸は、目と鼻の先に幸太郎方の軍勢が見えている。
さっきまでは戦いに行くというワクワク感だけで、足を動かしていた。しかしここに立ったら、目の前には殺し殺されの敵が見えているのである。
ここに来て足がプルプルと震え出していた。
覚悟を決めたはずの秀蘭は「あれ? あれ?」と震えている理由が分からず、足を叩いて震えを止めようとする。
そんな時に胸からポロッと、何かが落ちたのに気づく。何が落ちたのかというと、それは結菜が吉丸の為に作ったという手作りのお守りだったのである。
この瞬間、不思議と体の震えが止まった。
「これは……帰ったら結菜様に、お礼を改めて言わないとダメだな!」
震えが止まった吉丸は、頬を叩いてからジャンプをして空中で膝が胸に付くくらいに曲げる。
かなり重たいはずの甲冑を着たままで、そんな準備体操をする。そんな吉丸を、周りの足軽たちは「只者ではないんじゃ?」という感じですザワザワする。
そして時刻は午前8時を回った。
8時になったのを確認した秀蘭は、チラッと剛の方を見てから顎をクイッと動かす。指示を理解した剛は、突撃の号令を出す銅鑼打ちの兵士に「やれ!」と合図を出す。
銅鑼打ちの兵はスーッと息を吸ってから腕に力を込め、バチを思い切り振るうのである。
すると戦場中に「ゴーンっ!」という大きな音が響き渡り、前線にいる指揮官が刀を真上に挙げ「突撃ぃ!」と叫んだ。兵士たちは「うぉおおおお!!!!!」と叫びながら敵兵に向かって突撃を始めた。
大勢の人間が走り出し、地面は地震かと思うほどに揺れ始め、さらにドドドドッという音が響いている。
そんな中で秀蘭方の最前線を行っているのは、足軽の誰かではなく1番槍を任せられている家貴の騎馬隊だ。
家貴の手には普通の槍よりも刀身が長い大身槍を持っていた。普通の人間ならば扱うのが難しい大身槍だったが、家貴は大身槍を完璧に使い越している。
そのまま家貴は敵軍に「突撃だぁ!!!」と雄叫びを上げながら突っ込んで行くのである。
バーンッと軍と軍が衝突する音が戦場に響く。
「勇気ある兵士たちよ! この俺に続いてぶつかれ!」
『うぉおおおお!!!!!』
家貴は大きな声で士気を高めさせながら、ドンドン目の前の敵兵たちを斬り捨てて行くのである。
騎馬が先に行っているので吉丸たちは、少し遅れたところで最前線に到着した。
これじゃあ自分のところまで敵兵が残っていないかもしれないと吉丸は心配になる。ならば自分から動くしかないと吉丸は「やってやる!」と悪巧みを計画。
その場でピタッと止まると右足を後ろに引いて、一気に蹴り出して飛び出す。狙いは最前線で戦っている足軽の背中に定めているのである。
足軽の背中を踏み台して高くジャンプ。
そして敵陣の真ん中に着地。いきなり自陣のど真ん中に敵兵がやって来て、幸太郎方の兵たちはキョトンと困惑。
「こ 殺せぇ!」
敵将は「は!」と我に返って、兵たちに吉丸を殺すように急いで指示を出すのである。
しかしワンテンポ遅かった。
吉丸は槍を上手く使って、目の前の敵兵たちをバッタバッタと倒して行くのだ。
あまりの強さに敵兵たちは「なんだ、このガキ!?」という感じで目に見えて動揺する。
敵兵も戦わないわけにはいかないので、足軽の中のリーダー的な人間が「とりあえず囲め!」と味方と連携し、吉丸をグルッと取り囲んで包囲した。
「これくらいじゃないと面白くないよな! さぁかかって来いや、この吉丸が相手してやる!」
大きな声を出して吉丸は、敵兵に自分に向かってくるように促すのである。煽られた敵兵たちは、殺してやると殺気を持って切り掛かってくる。
だがそれを上回る死ぬ気の吉丸が、四方八方からやって来る敵兵を槍で片っ端から倒していく。
吉丸の周りの敵兵たちが、吉丸に集中した事によって陣形が歪み始めていた。その歪みを家貴は「こっちから勝機の匂いが!」と感じ取っていた。
「全軍に次ぐ! 左折して進路を左に変えるぞ!」
『おぉおおおお!!!!』
家貴は自分の部隊に、左折をして進路を左に変えるように指示を出すのである。
そのまま吉丸の方に向かって突き進む。
勝機を感じて進路を変えて来たのだが、何かがおかしいと違和感を感じている。言葉には出さないが「どうして、こちら側から勝機を感じたのだ」という風に感じながら敵兵をバッタバッタと倒して行く。
そして吉丸が戦っているところにやって来た。
いきなり家貴の騎馬隊がやって来て、吉丸は驚きながらペコッと頭を下げる。家貴も周りを確認して倒れている敵兵の数と、吉丸が1人なのを確認した。
「お前……この敵兵を、全て1人でやったのか?」
「は! そうでございまする!」
「この数を、たった1人の足軽が……お前は何者だ?」
「は! 拙者は秀蘭さまの下で、控金奉行として働かせて頂いておりまする……犬飼 吉丸と申します!」
「ほぉ最近、噂に聞く控金奉行か。まさかここまで強いとは思ってもいなかった……お前、我らに着いて来い!」
ただの足軽が、こんなところで1人で無数の敵兵を倒す事なんて不可能だろうと家貴は考えた。
だから吉丸に、何者なのかと聞く。その聞いた気持ちの中には、きっと謎の不気味な人間への恐怖心が家貴にもあったのだろうと思える。
そして吉丸が秀蘭の下で、控金奉行をやっている事を聞いた。上津前城の外にも金のやりくりが上手くなったという噂が広がっていたのである。
素性を理解したところで、この強さは驚きだ。まさかここまで武芸にも秀でていたのかと家貴は目を見張る。
これだけ強いのだから吉丸に、自分たちに着いて来るように家貴は指示を出す。




