015:試される知恵
秀蘭と秀昭の対立が決定的となった。
いつ戦に発展してもおかしくは無いという緊張感が、両家の間に漂っているのである。
そんな事が気にならないくらい吉丸は忙しくしている。
なにせ戦をするのにはお金がかかるので、そのお金を捻出する為、無駄を徹底的に洗い出していた。
「これとこれが……あぁ頭がこんがらがって来たな」
数字を見過ぎて、よく分からなくなって来ていた。
しかし投げ出すわけにもいかないので、2日間の徹夜の末にある程度の金額を確保する事ができた。
吉丸は「終わったぁ!」と大の字になって、床に寝転んで疲れを癒そうとする。しかし直ぐに上半身を起こし「ダメだ、ダメだ!」と寝そうになるのを耐えた。吉丸の仕事は無駄を洗い出すだけではなく、それを報告するまで寝るわけにはいかないのである。
吉丸は頬を叩いて気合いを入れてから立ち上がる。
吉丸は徹夜の末に作り上げた書類を持って、秀蘭が政を行なう政務室に向かう。
部屋の前には小姓の1人である黒池 恒虎が正座をして見張りを担当している。その恒虎に歩み寄り、スッと正座をして頭を下げた。
ここに来たのは書類を渡しに来たのだと話すと、恒虎は理解したと「うん」と頷いてから襖の方を見て「殿、失礼いたしまする!」と声をかけて許可を得てから開ける。
吉丸は部屋に入る前に一礼をしてから部屋に入った。
「秀蘭さま、こちら無駄を洗い出した金額にございます。無駄を省きながら不自由とは思わない程度に抑えましたゆえ、ご確認のほどよろしくお願いします」
「そうか、ご苦労だったな。 そこに置いといてくれ、あとで確認するゆえ」
「は! 承知いたしました! それでは失礼しま……」
「ちょっと待て、犬!」
「は は!」
秀蘭が忙しそうだったので、書類をテーブルの上に置いてから吉丸は立ち去ろうとした。
しかし秀蘭は吉丸を呼び止める。その時は作業の手も止めず、視線を吉丸に向けずに呼び止めた。
いきなり呼び止められた吉丸は、ドキッとして背筋を飛ばして止まる。まさしく木の棒のように、ピシッと真っ直ぐになっているのである。
一体なにを言われるのかと吉丸はドキドキする。
「お前が俊膳ならば、俺をどう攻める?」
「え? そ それはどういう……」
「言い方が悪かったか? 俺を攻め落とす為に、お前はどうやるかって聞いているんだ」
「そ そんな!? 私が殿を攻めるなど……」
「例えばの話であろうが、さっさと言ってみろ。お前が俊膳ならば、俺をどう攻める?」
とてつもなく答えずらい質問を投げられた。
いきなり言われたもので、今までそんな事を考える時間なんて無かった。その為、今ここで瞬発的に現状と相手の考えを合わせた自分の意見を述べなければいけない。
ここで時間をかけ過ぎれば、秀蘭に「もういい」と言われてしまう。その前に答えなければいけないという、かなりのハードな事を試されている。
しかし吉丸にとって応えるしか無い。それもこれも立身出世がかかっているのだ。
覚悟を決め「もし!」と謀反を起こすような気は無いという事を主張した上で、吉丸は自分の考えを述べる。
「私が殿を攻めるのならば、まずは殿と戦う前に後ろの憂いを無くしまする」
「ほぉ? 後ろの憂いか」
「は! 俊膳方の居城・日吉城が挟まれぬよう背後の城を落としまする!」
「背後の城というと、どこの城だ?」
「私であれば……蟹江城です!」
吉丸は自分の考えを述べた。
それを聞いて意外に面白い答えが返って来て秀蘭は「見事な策だ」と吉丸を褒める。家来でも無い吉丸が、殿様に褒められたので嬉しくて膝を着き頭を下げ「ありがたき幸せ!」と感謝を伝えた。
しかし直ぐに秀蘭は「だがまだまだ」と笑った。
ここからは秀蘭が考えた事を補足として話す。
「俺なら蟹江城だけではなく、その隣ひある七宝城まで落とす。そして満を持して、俺と戦う」
「さ さすがは殿でございます! 私では2つの城を落とす事は考えられませんでした……しかしどうして七宝城まで落とすのですか? 蟹江城の城主・仙道 修さまは殿を支持しており敵対するのは分かりますが、七宝城の城主・仙道 秀嗣さまが支持しているという話は聞いておりませぬ」
「秀嗣の性格を考えれば容易い。あの男は自由人だ、堅物な秀斗と合うわけが無い。ならば遅かれ早かれ俺を支持するのは必然」
「そういう事でございましたか……そこまで考えておられるとは、私の浅はかさを認識する事ができました!」
「ははは!! これは簡単な問題のようなものだ。だが正解かどうかは、まだ分からぬわ」
秀蘭の思慮の深さを知った吉丸は、自分が浅はかな考えしかできない事を知れたと感謝を伝えた。
その姿勢に秀蘭は大笑いをしてから、まだ何が起きるかが分からないから正解では無いと気分良さそうに返す。
するとダダダダダッと廊下を走る足音が聞こえて来て、吉丸と秀蘭はシンクロするように廊下の方を見る。
急ぎなのだろう足音の主は「急用ゆえゴメン!」と襖が開けられ、家来が膝を床に着け頭を下げながら「報告いたします!」と聞こえる声でハッキリと叫ぶ。
眉をピクッとさせ秀蘭は「何があった?」と聞く。
「英明軍が蟹江城と七宝城を襲撃っ! そのどちらも陥落し蟹江城主・仙道 修さま、七宝城主・仙道 秀嗣さまの両名が捕えられてしまいました!」
「どうだ、犬っ! 俺の予想が当たっていただろ?」
「はは! さすがは秀蘭さまにございます!」
秀蘭が予想していたように、英明方は日吉城を出立し後方にある蟹江城と七宝城を急襲した。その後、2つの城の城主を人質として捕えたというのだ。
自分の考えが当たった秀蘭は、ドヤ顔をしながら吉丸に言った通りになった事を自慢する。確かに言う通りになって秀蘭の先見の明を、さすがはという形で平伏す。
報告にやって来た侍従は2人が何を言っているのかを理解できず、どうしたら良いのかと言う感じで「あ あの」と恐る恐る秀蘭に声をかけるのである。
「こっちの話だ、気にするな。この事を皆に伝え、直ぐに集まるように号令をかけよ!」
「は! 承知いたしました、直ぐにお集めします!」
今までは大治仙道家の動きを見ていたが、いよいよ手を出して来たので秀蘭は動く事を決める。
先に手を出されるのが重要だったのだ。
主君となるはずの大治仙道家に攻撃を仕掛けるのと、仕掛けられるでは周りの印象が変わる。この段階で敵を増やすのは得策では無いと秀蘭は考えていた。
その為、いよいよ戦えると家来や家臣を集めるように秀蘭は指示を出すのである。
忙しそうであると悟った吉丸は「では、これで失礼いたします!」と頭を下げた。金策に関する奉行職に就いていた吉丸は、戦に参加させては貰えない。なのでススッと良いところで引き下がろうと考えていた。
すると秀蘭が「犬っ!」と吉丸を呼び止める。
「犬、お前はまだ初陣を果たしていなかったな?」
「は はい! まだにございます」
「ならば、今回の戦で初陣を果たせ。名を上げるのに、ちょうど良い戦だろ?」
「よ よろしいのですか? 周りからは戦に参加させては貰えぬと聞いておりましたが……」
「ふんっ! 普通ならば連れてはいかぬ。しかし今回は、さっきの質問に対する褒美だ。しっかりと働いて、完璧な初陣を果たしてみよ!」
「は! 見事に初陣を果たして見せます!」
戦に参加させて貰えると決まった吉丸は、ようやく戦場に出られると喜びが全身から溢れ出す。
その姿を見た秀蘭は「フッ」と優しく微笑んでから「軍議の支度をせよ!」と侍従の人間に指示を出した。




