014:戦の匂い
新しく金策に関する奉行に就任し忙しくしていた。
今日も書類の金額と、実際の金額を照らし合わせて無駄なお金を探す作業を行なっている。
すると廊下の方からバタバタと走る音が聞こえた。
足音的に自分の方に向かってくるように感じ、なんだろうと思いながら手を止めずにいる。そしてやはり部屋の前で足音が止まって、襖がバッに開いた。
入って来たのは優勝だった。
「吉丸くん! 聞いたか!?」
「どうかいたしましたか? 優勝さまにしては、珍しくお焦りのように見えますが」
「コレは驚くに違いない!」
吉丸は筆を置いて、体を優勝の方に向ける。
そして落ち着いた様子で、そんなに焦ってどうしたのかと冷静に聞くのである。
普段は落ち着いている優勝だったが、どうやら普段は落ち着いている優勝でも驚くくらいの事が起きたという。一体なんなんだろうと吉丸は「何があったんですか?」と優しい口調で優勝に何が起きたかを聞く。
聞いて欲しそうな顔を、優勝がしていたからである。
聞かれた事で嬉しそうな表情を浮かべた優勝は、背筋を伸ばして「ゴホン!」と咳払いをしてから話し始めた。
「大治仙道家当主・仙道 大治守 英明さまが、殿を城まで来るようにと、ご沙汰を出されたんじゃ!」
「それは本当ですか? やはり大治仙道家は、殿を従えさせたいようですね」
「先代の力が恐ろしかったんじゃろうな」
大治仙道家に唯一愛河で対抗できた勢力があったとすれば、絶大な武力を保持していた仙道愛知家の秀昌だろう。
しかしそんな秀昌は居なくなり残されたのは、大和一の大馬鹿者と呼ばれている嫡男・秀蘭。そして秀蘭とは正反対で融通の効かない次男・秀斗。
どちらにしても一人前の武士というには、あまりにも不十分な2人だ。それでもいずれは大きく力を持つかもしれないと、英明は考えたのである。
「こうなる事を、吉丸くんは知っていたのか?」
「いえ、知っていたわけではありませぬ……しかし自分が英明ならば、まずは恐ろしかった力を味方に引き入れる道を選ぶと思っただけです」
「そういう事か、さすがは吉丸くんだ! まさかそこまで考えておったとは! それで吉丸くんは、殿が指示に従うと思うか?」
「従わなければいけないでしょう……ですが! 秀蘭さまが、こんな指示に従うとは到底思えませぬ。きっとこのご沙汰は拒否なさるでしょうな」
「私も同じ考えだ! 殿ならば真っ向から断ると思っておるんだ。しかしそこから先がどうなるか」
秀蘭の性格を知っている人間たちは、この英明らのご沙汰を無視または拒否するだろうと思っていた。その中の1人が吉丸であり吉丸は十中八九、拒否すると考えている。
そしてその予想はピタリと当たった。
秀蘭のところに英明の使者がやって来た。
「我は英明さまの命で参った、坂間 幸太郎でござる。秀昌殿が亡くなって時も経たず、忙しい時に参ったのは申し訳ない」
「いやいや、気にする事は何もござらん。幸太郎殿と言ったか? 確か坂間 俊膳殿の弟君であられるとか?」
「あぁ笑の兄上は、英明さまの重臣であられる。そんな英明さまと兄上からの使者として参った」
英明の使者として参ったのは、良元を傀儡にしている英明を、さらに傀儡にしている坂間 俊膳の弟である。
名乗りが行なわれているところで、既にピリピリとひりつくような緊張感が走っている。それこそ表情は、どちらも比較的明るい方ではある。しかし内心では、この穏やかな表情とは全く正反対な事を考えている。
「そうかそうか、幸太郎殿は英明さまと俊膳殿の使者として参ったのか……そこに英明さまのご意志は、本当にありもうしたか?」
「どういう意味でござる? その言い方では、まるで兄上が英明さまを裏で操っているという風に聞こえますが?」
表面上は穏やかなムードが保てていたが、秀蘭の一言で雰囲気すらも大いに変わってしまう。
それもそのはずだ。
秀蘭の放った言葉は作り上げられた料理の上に、ドバドバと醤油をかけるような発言だったからだ。一瞬にして作り上げていた雰囲気をブチ壊した。
しっかりと幸太郎が怒っているのに対し、秀蘭は半笑いで「これはこれは申し訳ない」と軽く頭を下げた。この態度に幸太郎の口角はピクピクッと動いて、怒りを無理矢理に押さえ込めようとしているのが分かる。
「秀蘭殿、今の発言は冗談では済まされぬぞ? なにせ兄上を、主君を誑かすような愚か者と申したに等しい!」
「それでは言い方を変えた方が良さそうだ……お主の兄は自分が国主かのように振る舞う大馬鹿者である。これなら問題なかろうか?」
「ふ ふざけるな! それでは馬鹿にしているどころか、名指しで非難しているのと同じぞ!」
秀蘭の発言に怒りを抑えきれなくなった幸太郎は胡座をかいていたが立ち上がり、秀蘭を指差しながら発言の重大性を認識させようとする。
完全に幸太郎を小馬鹿にしている。
冗談が過ぎたから言い換えるような事を言って、何1つ変わるどころか悪くすらなっている発言をした。意図的にしたというのもあるが、この言葉は秀蘭が本当に思っている本心と言えるだろう。
「そんなカッカしておらんで、さっさと用件を話せ。お主が言ったように、俺はやる事がたくさんあって忙しい」
「どこまでも私を馬鹿にすれば済むのだ! 名代としてやって来ている中で、私にそんな態度をとって許されると思っているのか!」
「お主こそ、何をピーピーと小鳥のように喚いている? 俺の発言は国主さまを思ってのこと……お主らとは思いも覚悟も違うわ! そんなに俺たちを従わせたいのならば、力尽くでやってみるのだな。さもなければ俺たちが、お主らのような恥知らずの下に着く事は無い! そう俊膳の馬鹿野郎に伝えておけ!」
幸太郎も理解しているのだ。自分でさ秀蘭と役者が違うという事を。
目の前にいる秀蘭と対峙していたら、鏡に囲まれたカエルのように脂汗がダラダラと出てくる。まだ19歳という青年なのに、ここまで貫禄があるのかと幸太郎を怯える。
相対しているのが怖いと思いながら、何より秀蘭がニヤニヤと小馬鹿にしているのが耐えられなかった。
幸太郎は「覚えていろ!」と捨て台詞を吐いてから、上段の間を大きな足音を立てながら出ていく。
「秀蘭さま、本当に追い返してしまってよろしかったのですか? これでは大治仙道家を敵に回した事になってしまうのではありませんか?」
「剛よ、あまり俺を失望させるなよ? 敵に回した事になるんじゃない、敵に回したんだ。あんな腰抜けに仕えるのだけは、絶対に御免被る!」
秀蘭の家臣団筆頭である剛が、これでは大治仙道家を敵に回してしまうのでは無いかと心配する。
しかし敵に回してしまったのでは無い。秀蘭は敵に回したのだ。たまたま敵に回したのと、わざと敵に回したのではにているようで大いに違う。
この発言に秀蘭がイカれているのが分かる。
「政徳、叔父上に文を送れ」
「は! して、どのような?」
「秀斗でも無く、大治仙道家でも無く、この俺に着くよう促す文だ! あの人は賢いお方だ、俺に着くメリットを理解しているはず」
秀蘭は叔父である仙道 秀安に自分の味方になるように文を出せと指示を出した。
賢いと思っている秀安ならば、自分に味方してくれると秀蘭は確信しているのである。
これから楽しくなりそうだと不敵な笑う。
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