013:新たな時期
東愛河を割譲する結果となったが、駿静と和議を結ぶ。
大役をやり切って満足したように秀昌は、和議をまとめた翌月の和帝暦16年(2176年)の1月に病死した。
この秀昌の死は大いに愛河の国内を騒がせる。
実質的に国を支配している大治仙道家に、唯一対抗できたのは仙道愛知家の秀昌だけだった。それ故、秀昌の死は大治仙道家にとって大きな事である。
これから愛河は、どうなるのかとザワザワしている中で秀昌の葬儀が執り行われる事になった。
その席に秀蘭の姿は無い。
「秀蘭は来ておらぬのか?」
「はい、母上。お声がけはしましたが、返事が返って来る事はございませんでした……」
「まぁ自分の父上の葬儀に出ないなんてありえませぬ。でも秀蘭が居らなくて正解だったなもしれぬな」
秀蘭の母が式に、秀蘭が出席していない事を確認した。
責任感が強く兄を呼べなかった秀斗は、申し訳ないと母に頭を下げて謝罪する。
しかし実際は来ない方が、無事に式を終える事ができるだろうと安堵していた。謝罪こそしたが、秀斗も家督を継ぐ上で兄が邪魔なので、母親同様に安堵した。
だが噂をしたら、という奴で廊下の方から「若君っ! お待ち下さい!」という侍従たちの声が聞こえて来た。
こんな声を出させるのは、この家に1人しかいない。
そう秀蘭である。
侍従たちの声が聞こえた瞬間、秀斗は眉をピクッと動かし、母は「はぁ…」と深い溜息を吐いて頭を抱える。秀蘭の話などしなければ良かったと2人は後悔していた。
葬儀を行なっている部屋の襖が、バンッと開けられた。
静かに葬儀を行なっているのに、そうやって入って来た事に母親と秀斗は嫌気が差した。注意する為に、2人は入り口の方を振り返るのである。
すると秀蘭の姿が目に入った。秀蘭の格好は、葬儀には一切向いていない派手な赤色の小袖を着ている。
あまりの衝撃に2人は言葉を失う。
「兄上っ! その格好は何ですか? ここが何の場所なのか、理解しておられるのか!」
「退けっ! 邪魔だ」
秀蘭の格好に叱責しようと秀斗は、秀蘭の前に立って秀昌の葬儀に泥を塗るつもりかと怒る。
しかしそんな秀斗を秀蘭は「退け」と凄まじい剣幕で、退くように恫喝するのである。
秀斗が怒っているとは言え、秀蘭のオーラにやられた。
額に冷や汗をかきながら、秀斗はスッと道を開ける。
目の前に障害が無くなった秀蘭は、またドンッドンッと足音を立てながらご遺体があるところに歩いていく。
そして秀昌の遺体がある前で止まり、秀蘭は「父上」と一言だけ呟くのである。
次の瞬間、香炉を手に取ると秀昌の遺体に投げつけた。
突然の蛮行に出席者たちは「きゃあ!?」と声を出す。
「父上、あの世でゆっくりと休め……」
秀昌に別れを告げると、何も無かったかのように秀昌の遺体に背を向けて歩き出す。
いきなり現れたと思ったら、こんな事をして許せるわけがない秀斗が「待たれよ!」と声を荒げる。そりゃあ怒るのも至極当然だろう。自分が喪主を務める式で、何の音沙汰も無かった兄が現れて、式をブチ壊したのだから。
「兄上は、昔からコレだ! せっかく私たちが作ったモノを、兄上は我が物顔でブチ壊す!」
「何度、同じ事を言わせるつもりだ? 退け、俺の前に気安く立つんじゃない」
目の前に立たれた秀蘭は溜息を吐いてから、さっきも言ったが目の前から退くような凄んで言う。
明らかにビクッとした秀斗は「な……」という感じで、秀蘭の圧力に押されて道を開けてしまう。道が開いたところで、秀蘭は「ふっ」と鼻で笑ってから立ち去っていく。
葬式会場は何とも言えないような空気になる。
この行為も決め手となり、秀蘭に家督を継がせるのは危険であると結論付ける者が多く出た。
そしてこの時期に吉丸は、普段の活躍を認められ召使いから控金奉行に出世する。これは上前津城の無駄などを省くべく設けられた役職である。16歳の年で、この役職に就任するのは異例と言っても過言では無い。
「吉丸殿っ! こちらの書類も必要では?」
「あぁそうでした! ありがとうございます!」
かなりの速度で数学などを覚えたが、それでもまだ16歳の農民の出にはキツい仕事である。
それでも吉丸はキツい顔をする事なく、淡々と笑顔で仕事をクリアしていく。最初の偉業と言っては、とてつもないように感じるが、それでもクリアした事がある。
吉丸が最初にクリアしたのは、無駄な薪の利用を減らす事に成功した。薪の量を減らしたと聞けば、たかが薪だろうと思われるだろう。しかし毎日のように薪を使って火を起こすとなれば、チリも積もれば山となるだ。
「木にも燃えやすい物や、燃えづらい物があります! あとは保存方法も見直しましょう。そういうところから無駄が生まれているんです!」
農民の出で節約や倹約が、身についている吉丸からしたら城の中は無駄で溢れかえっている。そこを見直すだけでも上前津城の経理は潤い始めていた。
まだまだ侍では無いが、吉丸は働き続ける。
この頃になると上前津城の城下に、5畳一間でボロボロではあるが、家を持つ事ができていた。
「ふぅ〜! やっぱり自分の家があるのは良いなぁ!」
今までは狭い家に5人で暮らしていたので、5畳とは言えども1人になれたのは嬉しいところである。
休日で部屋の中で横になって、休みを謳歌していると家の扉がガラガラッと勢いよく開けられた。いきなり扉が開いたので反射的に吉丸は上半身を起き上がらせた。
しかし直ぐに扉を開けた人間が分かった。
「じゃじゃーん! 結菜だよぉ!」
「知ってますよ、こんな雑に扉を開けるのは結菜様だけですよ。はぁ……せっかくの休日が」
「なんでなんで! せっかく私が来てあげたのにぃ!」
「良い迷惑ですよ……」
この10歳の少女は、ここら辺の区画を仕切っていて、秀蘭にもお仕えしている家臣・岸野 優勝の養女である。
ここに吉丸が住む前からの知り合いだ。
使いで城下町に行った時、吉丸と結菜は知り合ったのだ。知り合ったというよりも絡まれたに近いかもしれない。
結菜は面白いモノを見抜く才能があるらしく、吉丸を1発で面白い存在と判断した。これにより城下に行けば絡まれるようになってしまった。
しかも上司の娘なので無碍にするわけにもいかない。
扱いが雑になって来た。
「ほれほれ! 遊ぼうよ!」
「いやいや、久しぶりの休みですよ? 少しは休ませて下さいよ……」
「何をオジさん臭い事を言ってるの! まだ16歳でしょ? 私と遊ぶだけの体力はあるはずよ!」
吉丸はしつこく誘われているが、休みたいので軽くあしらっていると、家の外から「コラコラ、吉丸くんを困らせたらダメだよ」という声が聞こえて来た。
またまたその声が聞こえて声の主を悟る。
急いで起き上がると、ピシッと正座をして家の中に入ってくる人間に頭を下げる。
そう結菜の父親・優勝である。
「コレは優勝さま! まさかこんなところにおられるとは思わず……ご無礼いたしました!」
「いやいや、全くもって構わないよ。いつも娘を可愛がってくれて助かってるくらいさ」
「いえ! こちらが遊ばれているような……」
「こんな性格だから同い年の友達がおらぬのだ。これからも娘をよろしく頼む」
「こちらこそよろしくお願いいたします!」
ここで優勝に嫌われて出世の道を絶たれたくないので、必死になって従順なのをアピールする。
その姿に優勝は微笑んで見ていた。




