010:親子水入らず
秀蘭は傅役の政徳を居城・上前津城に居残りとした。
その代わりに同じく傅役の野林 剛と、内藤 洋介ら2名を引き連れ古森城へと向かったのである。
昨日、宣言していたように秀蘭は豪華で派手な直垂を身に纏って入場した。秀蘭の格好を見た古森城の侍従たちは一瞬にして「あっ、秀蘭さまだ」と分かった。
秀蘭は古森城の家来の案内で、話し合いを行なう上段の間へと案内を受ける。
案内をしている家来は部屋の前に到着すると、片膝を地面に着け、頭を下げながら襖を開けた。
秀蘭は「失礼します!」と叫んでから部屋の中に入る。
高座には父・秀昌が、その隣に母・遥が、さらに2人の正面に弟・秀斗が胡座をかいている。両親と秀斗との間は畳3畳ほどの間合いが空いていた。
その秀斗の隣に秀蘭は「ふふん」という感じで、足取り軽く歩いて行って、ドサッと胡座をかくのである。
「秀蘭、お前はまたそんな格好をして……仙道愛知家の男である、お前がそんな事では困るんだぞ」
「心配ご無用です! 自由な服も着れないような世の中は面白くありません。この俺が世の中を変えて見せます!」
「お前って奴は……ゴホッ! ゴホッ!」
「ち 父上っ! やはりお体の調子が、よろしく無いのでは……」
「案ずる事は無い、これくらいで滅入るような鍛え方はしておらんわ!」
秀昌は1年前から体調を崩しおり、最前線で政をやるだけの元気は無かった。その為、1年前から秀昌が裏から秀蘭が表立って政を進めている。
体調を崩しているのを知っている2人は、直ぐに立ち上がって秀昌に近寄ろうとした。それを心配されたく無い秀昌は掌をパッと出して、2人を制するのである。
「さっさと本題に入るぞ」
『は!』
自分の体の事は、自分がよく知っているので、体調が悪い事を理解しているので本題に入る。
心配をしながらも秀昌に従うように、秀蘭たちは胡座をかき直して話を聞く姿勢をとる。
「単刀直入に言うが、この古森城は……秀斗、お前に継承させる! 分かったな!」
「は! 承知いたしました!」
てっきり自分が継承して貰えると思っていた秀蘭は、とてつもなく口を開けて言葉を失っている。
頭が発せられた言葉を理解するのに、長い時間がかかっているのだ。そして数秒後に「ちょっとお待ちを!」と秀蘭は立ち上がって、ちょっと待つように言う。
「約束と違うではありませんか! 古森城は仙道愛知家の家督相続人に譲られるはず! それがどうして秀斗に、この城を譲るという事になるのですか!」
「そんな約束をした覚えは無いぞ? それにお前には、上前津城を与えたでは無いか? あの城は西愛河の中央に位置する素晴らしい城だ」
「しかし家督相続人が、古森城を継承するという暗黙の了解があるはず……」
「その件もあるな。ワシの後の仙道愛知家は、お前たち2人で力を合わせて守っていけ!」
西愛河の中央に位置する上前津城を、秀蘭が任せられている。ならば古森城は弟の秀斗が継承するのも筋ではないかと、秀昌は秀蘭を説き伏せようとする。
そして家督相続の件も、秀蘭と秀斗で半分ずつにしろと秀昌は言うのである。
これは秀蘭では奇抜すぎ、秀斗では真面目過ぎる。それが故に2人で、互いが互いを助け合うよう思って考えた。
今ここで駄々を捏ねたところで、秀昌が考えを改めるような人間では無いと秀蘭は知っている。
だから今は我慢をして、強く握り拳を作りながら、ドサッと床に激しく胡座をかくのである。落ち着こうとしているが、興奮のあまり「フー! フー!」と息を荒立てる。
何とも言えない雰囲気が、家族の間に流れる。
するとそこに「失礼致します!」と兵士がやって来た。
秀昌は視線を、息子たちを通り越して入り口に跪いている兵士に向ける。そして「どうかしたか?」と問う。
「報告いたします! 中林 祥鳳が国境を越え、東栄城を攻撃しました!」
「なに!? それで東栄城は、どうなっている!」
「は! 東栄城は陥落、城主・秀一郎さまが捕まり捕虜となりました!」
西愛河と駿静の国境付近にある東栄城を、駿静の国代である祥鳳が攻撃を仕掛けた。この東栄城の城主は秀昌の息子であり、秀蘭の兄である秀一郎だ。
秀一郎は秀昌と側室の子供であり、家督を継ぐ資格を今のところは持っていない。
しかし秀昌の子供としては重要な立ち位置にいる。
そんな秀一郎が、祥鳳の捕虜となってしまった。この事実に秀昌は、体調が悪いのを忘れて立ち上がり「それは誠か!」と大声を出して驚く。
「そしてその件につきまして、祥鳳が2日後に話し合いの席を設けたいとの事でございます!」
「なに? 話し合いの席だと……とんでも無い事を突きつけてくるんじゃ無いだろうな」
捕虜にした秀一郎に関して、話し合いをしたいから席を設けたいとの事らしい。
捕虜返還に関して祥鳳から、面倒な事を突きつけられるんじゃないかと顔を歪めて頭を働かせる。
「秀蘭、秀斗っ!」
『はっ!!』
「その席にお前たちも着け、これからの事について勉強になる事もあるだろうからな」
この話し合いの席に、若い2人も着いて行く事になる。
自分が居なくなった時の為、2人には多くの経験をさせておきたいという秀昌の考えだ。
秀昌の指示に2人は「はは!」と返事をした。
秀蘭は古森城が弟の物になるという事や兄が捕虜になった事で、感情がグチャグチャになっていた。
何も言えない表情のまま上段の間を後にする。
唇をグワングワンッと動かしながら、古森城の廊下を歩いていると、前から綺麗な打掛を身に纏った10歳くらいの少女が走ってくるのである。
「兄上、兄上っ! お城に来ていたのですね!」
「おぉ美波じゃないか! こんなところに居て良いのか? 父上から、こっち側に来てはいけないと言われていたはずだが?」
「破っちゃいました! 私は兄上の妹ですので!」
「おぉそうか、そうか! そんなつまらぬ約束なんて破ってしまえ! 元気なしていたか?」
「はい! 美波は、いつでも元気です!」
やって来た少女は秀蘭の妹・仙道 美波。
秀蘭の妹という事もあり、おてんばで走り回るのが大好きなお姫様とは思えないような人だ。
だから周りからは心配されているが、その代わりに秀蘭が誰よりも可愛がっている。この日も久しぶりに会って、美波は大いに喜んだ。
「それじゃあ俺は城に戻らなければならない、また会う日まで元気にしているんだぞ?」
「そんなぁ! 兄上、もう行かれてしまうのですか!」
「あぁ用事が立て込んでいるからな。俺だって美波と遊んでやりたいが……この家を守る責務がある! それは美波も分かってくれるな?」
「はい……私は兄上の妹ですので、兄上を困らせるような事は致しません………」
「今度、暇になったら遊びに来てやる! それまで良い子にして待っておれ!」
名残惜しいが秀蘭は、上前津城へと帰城した。
そして直ぐに自分の家臣たちを集め、今日の話を全員に伝えるのである。もちろん城を貰えなかった事から、秀一郎が捕虜になった事、そしてその秀一郎に関する話し合いの席が設けられるという事もだ。
かなり重大な事が立て込んでおり、家臣たちも頭を抱える1日となってしまった。




