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いっすいのゆめ。 -06- // 2127年1月15日(水) AM10:30

〜あるいはしゅくやむび。


 朝間ナヲミと森 葉子が、久しぶりにお山の頂から麓の街へと降りて来る(お出掛けする)ちょっと前の出来事。


 擬体の宿(やど)り代えを驚いた事に二回以上(・・)も行った経験を持つ全身擬体保持者と、パートナーが贈った生身を"人生で二つ目の身体"として宿る者と言う、他に類を見ない特別な一人ずつ(・・・・・・・)で構成されるユニット(婦々)は、久しぶりの外出(お出掛け)の準備をしていた。


 おそらくだが、この婦々(ユニット)は、歴史上、地球上、住民票や戸籍上、世界最長の結婚成立期間を誇り、未だに延長中であると言う、"大熟練者(ヴェテラン)"同士のカップルだ。


 家族の最小単位=夫婦。不思議な事に、世界中のカップルは、自分達が望んで結婚したり、民事連帯契約(PACS)したり、同性したり、いろいろいするが、少なくない割合で人生の途中で、好んで成立された特殊な関係の解消することを望みがちだ(望んでも経済的な事情で解消出来ないケースも多々であるに限らす、少なくない割合でだ)。


 ーーー実際、老齢夫婦となり得ても、全組が"大熟練者(ヴェテラン)"同士のカップルであるとは断言しがたい()。


 そのあたりの、他のカップルの事情や情事は、お山の上に住む"大熟練者(ヴェテラン)"のカップルには、どうにも共感が困難だった。もちろん、事情があって関係性を解消した元カップルにとっても、この"大熟練者(ヴェテラン)"のカップルが共有している"気の持ち様"への共感は困難だろう。


 朝間ナヲミと森(もり) 葉子(はこ)の関係性を理解出来ないカップルの特徴の一つは、外出(お出掛け)の準備である。


ーーー予定した出発時間になっても、片方が準備万端であっても、たいていの場合は残された片方の準備が終わっていないどころか、終わる見込みが立たない。ーーー


 この場合、カップルの双方はそれぞれの(多様で多用な)理由で苛つく。この苛つきの取り扱いに間違うと、カップルは存続の危機を迎えがちである。


 もちろん、お山の上に住む"ヴェテラン"のカップルであっても、その例に漏れなかった。


 たった今、約(・)一名が準備に少しばかり出発準備に手間取っていた。


 全身擬体保持者である朝間ナヲミの方は、別に計画的であるからではなく、拘るトピックが比較的に少ないが為に、出発時間になってもまだウダウダしていることはない。


 そんな朝間ナヲミは「器」の大きさが違う。さっさと自分の準備を終えた後でも、パートナーが準備を終えるのを決して急(せ)かさない。並みの彼氏や旦那なら、これに出会しても文句は堪えるかも知れないが、それでも何らかのネガティブな感情を抱きがちである。しかし、彼女にどういう押し殺すべき裏の事情はない。


 朝間ナヲミは、森(もり) 葉子(はこ)のこういう振る舞いには慣れたもの(ヴェテラン)で何時もの様に、自動的に「能動的な待ち」の態勢に入っていた。


「能動的な待ち」とは何か。それは、待ち時間を無為に過ごすことではない。何か別の作業をして時間の有効利用をすることでもない。決してだ。


 それは、パートナーから不意に何かの助力を求められた場合に、即座に確実に対応出来る様に心の準備を終えて待つ。待ち時間が無限に思えるほどに長くなっても、精神的に身じろぎすることなく、維持し続ける意思を示す心意気を示す。


 朝間ナヲミは、別に、"もの好き"とか、"風変わりな人物"として分類される特殊な嗜好は持ち合わせていない。だから、当然、「能動的な待ち」を誰と待ち合わせをしても、分け隔てなく積極的に楽しもう・・・などとは考えていない(そもそも、そうしようと思い付かない)。


 では、朝間ナヲミは、何故にパートナーの準備を待つ時にのみ、「能動的な待ち」を楽しもうと心得ているのだろうか。


 それは、「森(もり) 葉子(はこ)にはその価値がある」と言う、揺るぎようのない評価を維持しているからだ。


 ーーー相利共生(そうりきょうせい)。


 クマノミとイソギンチャクほど一目で分かる程に単純な関わり合いではなく、どちらかと言うと、根粒バクテリアとマメ科植物の様な内面的で複雑な関わり合い。外生菌根菌とか、内生菌根菌とか。


 朝間ナヲミも、森(もり) 葉子(はこ)も、いずれも、我らの祖先の近種、単身では成長するのが困難な古細菌「プロメテイアーカエウム(Promethearchaeum)(※)」の様に、他の生物と共生(シントロフィー)する事が運命付けられていた。


 客観的な事実の積み重ねからの推測に寄れば、だが。


 朝間ナヲミは、本人も気付かない中に、いや、違うな。表層意識ではそんなことを把握していなかったが、心の奥底では相利共生する相手を探し求めていた。そこに、森(もり) 葉子(はこ)が陽気に訪れた。


 表向きは森(もり) 葉子(はこ)が朝間ナヲミを食った(・・・)。二人はそう言う共通認識の上で交際を始めた。だが、実際は逆だった。裏向きでは朝間ナヲミが森(もり) 葉子(はこ)を捕食した。美しく蜜の出る蘭の花に化ける捕食昆虫「ハナカマキリ」の様に、金髪碧眼を世界へチラ付かせ、誘惑(ルアー)された被害者(ヴィクテム)が近付いて来るのを待った。そして、森(もり) 葉子(はこ)はめでたく捕食された。


 この段階で朝間ナヲミが行ったのは、交際初期の段階ではただの捕食に過ぎない。相利共生はまだ発生していない。


 つまみ食い的な、気を紛らわせるための程度の精神的な依存対象で終われば、森(もり) 葉子(はこ)はそう遠くない未来に捨てられたろう。朝間ナヲミが、森(もり) 葉子(はこ)に飽きれば、精神的な効用を容易にもたらす「新鮮な依存対象」の捕食活動に入っただろう。


 ーーー朝間ナヲミの容姿であれば、擬体保持者であっても、容易にその道を選べた筈だ。


 森(もり) 葉子(はこ)が他と違ったのは、特別だったのは、単なる朝間ナヲミの捕食対象に終わらず、逆に朝間ナヲミを捕食し返すことに成功したことである。食われるだけで終わらない。利を与えた食った者の中へ入り込み、生き続け、食った者から逆に利を引き出す。一方的な利でなく、双方向性の利を生み合い、チェーンリアクションへ発展させる。


 ーーー関わり合い。関わりの連鎖。


 互いが互いを必要とし合っている限り、反応は連鎖し続ける。二人の場合、100年近く連鎖し続けている。


 森(もり) 葉子(はこ)を捕食した朝間ナヲミは、意外にも、口では文句を言いつつ、森(もり) 葉子(はこ)への精神的な依存(重度の執着)を極めて行った。そして、森(もり) 葉子(はこ)も朝間ナヲミへの精神的な依存(重度の執着)へと陥っていった。もちろん、双方が望んで陥ったである。


 綺麗な「陥」である。尊い「陥」である。希有な「陥」である。


 ここで言う、人間(他人)と人間(他人)の相利共生とは以上の様なものであり、以下の様なものである。


 二人が今でも、100年近いときを通じて奏で続ける相利共生は、まるで地球史上に何の前触れも泣く本当に突然に現れて、爆発的に数を増やし、従来の生き物を過去にしないまでも第二列へと押し下げ、ついには自らが地球上の主要な生き物種となる繁栄を獲得し、具体的には地球史上最初にミトコンドリアを細胞内に取り込んだ、他に類を見ないほどに奇妙だった生物史最初の「真核生物」と同等に、実に革命的なユニット(婦々)を生成を成立させた。


 相利共生が朝間ナヲミにもたらした利。それは、確固たるアイデンティティー。精神依存だけでは獲得出来ない、安定した自己認識と高めの自己評価。


 2030年代後期、彼女は、目が覚めたら全身を失っていたと言うトラウマを抱えた女子高校生だった頃と等しく(変わらず)、未だに、世紀を跨いで生きた後も、自身が人間であるとは自力だけでは自認し難く、自分が間違いなく人類の一員であると言う事実の承認を、自分以外の誰かがしてくれる事を求めていた。そして、承認を実行する権限を朝間ナヲミから委譲された者は、この一世紀間で、森(もり) 葉子(はこ)ただ一人しかいなかった。


 その森(もり) 葉子(はこ)が、全身が人工物で置換されている朝間ナヲミを「人間である」と認知してくれている限り、朝間ナヲミは自身を「人間である」と承認し続けることが出来た。


 相利共生とは。生物学で使われる定義の一つだ。


 ーーーE3モデル(Entangle-Engulf-Endogenizeモデル)。


(1)巻き込む(・・)(Entangle)。


(2)飲み込む(・・)(Engulf)。


(3)内側へ取り込む(・・)(Endogenize)。


(1)〜(3)が認められれば、その生物同士は相利共生の状態にあることになる。


 朝間ナヲミの場合、3つの「込んでもらう(・・)」べきは、「プロメテイアーカエウム(Promethearchaeum)(※)」にとっての「酸素」は「苦悩」である。


 朝間ナヲミの苦悩の神髄は、全身を失い、脳と脊髄の一部しか残されていない状態にある。若き日の事故に端を発する、人としての「器」を失ったが故の苦悩の末に、人形と言う人工の器へ宿らざる得ない立場へと堕ちてしまった自身は、果たして、今も以前と同じ様に「人間として生きているのか?」と言う、盛大に自家中毒を引き起こすほどの疑問にこそある。


 朝間ナヲミは、自分が抱え続けている自身ではどうしようもない苦悩を、有無を言わさずに、巻き込んでくれる(・・)誰かを必要としていた。


 苦悩は朝間ナヲミにとっての猛毒。一定量が溜まればそう長くは生きられない程に危険。


 そこに、森(もり) 葉子(はこ)が現れる。朝間ナヲミと言う存在の全てをまるごと飲み込んでくれた。そして、朝間ナヲミにとっては、極めて致死性の苦悩も、魂も、良いも悪いも区別せずに引っくるめて、もう絶対に離さないようにと完全に内側へ包み込んでくれた。


 朝間ナヲミは自問する。


 ーーー私はまだ人間であるのか?


 すると、森(もり) 葉子(はこ)が空かさず他答する。


 ーーー昔も今も未来も人間である。何も変わっていない。


 自答を許さない勢いで。やがて、自問自答は「自答」を失い、空いた隙間に「他答」が空かさず入り込み、完全に収まった。朝間ナヲミは、「自答」するのが面倒になり、それを森(もり) 葉子(はこ)へ全面的に依託してしまった。


 ーーーまるで、ウイルスによって書き換えられた遺伝子の組み合わせの様に。


 結果、朝間ナヲミのアイデンティティーの確立は、クラウド式で自動化が達成された。


 森(もり) 葉子(はこ)が「そう」言うなら、「そう」なんだろう。と信じられた。いや、森(もり) 葉子(はこ)が信じさせてくれたからだ。


 そうやって、朝間ナヲミのアイデンティティー葛藤は一応の決着を見た。


 諦念ではなく、心の和解と言う健康的な意味合いで。


 最後に、森(もり) 葉子(はこ)は自らの内側へ取り込んだ朝間ナヲミと共に、新しい価値観を持つ何かへと進化した。しかも、意図せずに。


 苦悩を継続的に分かち合ってくれる森(もり) 葉子(はこ)。朝間ナヲミは、もう絶対に、二度と離せなくなってしまった。


 完全な「一対」と成りたい。


 だから、食ったつもりで食われていた朝間ナヲミの方も、E3モデルをカウンターで実行し返した。


 朝間ナヲミは、自身と同様に、硫黄島での負傷で全身(全ての生身)を失った森(もり) 葉子(はこ)を、いつか自分が宿り直そうと修復していた自身の生身へ贈った。


 犠牲的な精神を発揮した訳ではない。単純に「そうしたい」と言う欲望に従っただけのことだ。


 朝間ナヲミは、そうやって、森(もり) 葉子(はこ)の生体脳ユニットを、巻き込み、飲み込み、内側へと取り込んでみせた。


 農村から都市を包囲するとか、都市が農村を包囲する。みたいな言葉遊びではなく、物理的にそれをやってのけた。


 朝間ナヲミは、森(もり) 葉子(はこ)が好む自身の容姿を餌にして、森(もり) 葉子(はこ)を巻き込み、飲み込み、内側へ取り込んでみせたのだ。


 互いが、互いで、互いに、相利共生を目的として、巻き込み、飲み込み、内側へ取り込んだ。


 実に、双方に確実な実利をもたらす共生だ。


 そうやって、古細菌と細菌しか存在しなかった地球上に新たに真核生物が誕生した奇跡の瞬間 の様に、細胞核と細胞に取り込まれたミトコンドリアに様に、元々は別個に生きていた生き物同士が、出会う前は赤の他人同士だった筈の二人の人間が、今では相利共生の結果として一つのユニット(婦々)へと成り果てた。


 この事実は、過去にも事実あったし、これからの未来でも、普遍的な事実であり続けるだろう。


 ーーーただし、未来を指す期間が、過去を指す期間ほどに長くなることはないだろうが。


 常識的に(J)考えて(K)。


 パートナーが贈った生身に宿る森(もり) 葉子(はこ)の方は、最近では物忘れが増えた。ユニット(婦々)の終の家の屋内にいても、次に何をやるのか、今何をしているのか、などを頻繁に失念した。


 まあ、"やらなくてはならない(・・・・)こと"など、既に喪失。いや。このユニット(婦々)はそれをもう持ち合わせてはいない。


 すべてはユニット(婦々)の私事である。だから、いずれもが何かをするのを忘れたところで、それらがどう転じてたところで些細な問題へと発展する余地も失われている。


 社会の片隅に対してでも、活動の効率を脅かす問題へ発展する可能性は皆無だ。


 ーーーこれを悲しむべきか。それとも喜ぶべきか。


 朝間ナヲミがダイニングのテーブルに腰を下ろしていると、森(もり) 葉子(はこ)がいよいよ現れた。やっと、ではない。まさにその時、期待や緊張感を越えた先に生じた好ましい光景を向けられただけのことである。


 朝間ナヲミの前に現れた森(もり) 葉子(はこ)の装いは、いつも、高校生だった頃に来ていた制服。ブレザーにチェックのスカート。


 22世紀の最近では、21世紀前半で見られた、この完璧な組み合わせを採用する女子用の高校制服は、まったく見かけなくなった。21世紀中盤から廃れ始め、見掛けが若いアイドルが年齢詐称(或いは、印象誤認)する為のアクセサリーへと成り果てた。


 だが、ここにいる二人は、母校があれから三度も制服のデザインを変えたと言うのに、大昔の制服を、外出時のお気に入りの装いとして好んでいた。


 朝間ナヲミは、森(もり) 葉子(はこ)の容姿を上から下まで、その後に爪先から頭までをスキャンするかの様にゆっくりと眺めた。


「何か変?」


 森(もり) 葉子(はこ)は、少し不安な表情を朝間ナヲミに向ける。朝間ナヲミは、ゆっくりと首を左右に振った。


「ううん。そんなことない」


「じゃ、なんで?」


 照れたように俯き加減で目を伏せてから、朝間ナヲミは森(もり) 葉子(はこ)に一歩寄って、突然に力強く抱きしめた。


「あんまり可愛かったから。目を反らせなかっただけだよ」


「・・・バカ」


 そう言いつつも、森(もり) 葉子(はこ)も朝間ナヲミを抱きしめ返した。二人の関係は、あの頃、高校で出会った頃のそれへと今では回帰していた。子育ての最中は忘れていた想い。子供達が巣立ってしばらくしてから、突然に思い出した想い。


 良い年になった後で、もう一度だけ、昔の様に、出会った時の様に、愛し合い直しても良いじゃないか。


 ーーーだって、今したいことをしなければ、次の機会などは絶対にないのだから。


 二人は、積極的に走馬灯を回す生き方を選んでいた。


 二人は自然に二組の両腕を解いた。


「じゃ、山を下りようか」


「うん」


 二人の終の棲家は玄関周りがとても狭い。元々の作りが震災被災者向けの仮設住宅だったのだから、大金持ちの屋敷のような広大な玄関がある筈もない。一人が靴を履いて外へ出るのがやっとと言う作りである。


 しかし、これのせいで、二人でお出掛けする時に問題が発生する。二人が並んで足下を整えるに足りるスペースがないのだ。いや、一人だけでも全身を鏡で見返すには、ちょっと工夫が不可欠だったりするのだ。


 今日は、まずは朝間ナヲミが足下を整えて、屋外へと出た。森(もり) 葉子(はこ)が、出来るだけ広いスペースを使える様にと、玄関の扉を開けたままにして、玄関口に立った。


 ーーーもしも、森(もり) 葉子(はこ)がフラついたりしたら、すぐに手を差しのばして支えられる様に、絶対に最低限にしか離れない。


 朝間ナヲミの願いが叶ったのか、森(もり) 葉子(はこ)は意外とすんなりと、玄関と言う二人だけの世界と沢山の人が営む社会を区切る「関門」を潜り出て来てくれた。


「お待たせ、ナヲちゃん」


「どういたしまして」


 森(もり) 葉子(はこ)と同じ、高校時代の制服に身を包む朝間ナヲミは、お気に入りの赤いランドセルの二本のショルダーストラップへそれぞれの腕を通す。両腕を完全のフリーにしてから、森(もり) 葉子(はこ)に向かって右手を伸ばす。


 ーーー手をつなごうと差し出した。


 森(もり) 葉子(はこ)は、それを当然の待遇として、とても自然なこととして、慣性の法則(天体レベルの物理作用)と同程度には信頼に足りる法則の作用として、差し出された手を、慣れた様子で自分の左腕の掌で受け取る。


 一瞬だけ二人の視線が重なり、合ったとですれ違った。たったそれだけでこの先の全ての合意が取れた。過去に積み重ねた仕来(しきた)りに従って、朝間ナヲミはいつものステップで動き出し、森(もり) 葉子(はこ)はいつもの足取りで従った。


 ここで二人の間に会話はなかった。必要性をいずれの側も感じていなかったからだ。


 ーーー今日も、いつもと同じ日が始まって、いつもと同じ日として終わる。


 日常。たわいのない毎日。日記を読み返さないと思い出せない日。そうなると想定していた。


 この段階で、二人の想定は、現実的にはまったく矛盾がなく、何時もと同じルーティンに従ってそれぞれが求められた役だけ(・・)を演じ始めるものと楽観していた。


 足取り軽く、二人はお山を降りて、麓の街を目指して歩き出した。


 å終の棲家はお山の頂上付近の猫の額ほどの平地に建てられている。だから、軽自動車が止めてある駐車場はそこから標高差20mほど階段を降りなければならない。


 標高差20mの階段はほぼ直線で、ほぼ真ん中に踊り場が設置されている。二人がここに引っ越してきた頃は、半分壊れた粗末なコンクリート製の階段だった。だが、ある日、朝起きてみるとネパール(ダンプス)・(〜)ヒマラヤ(ガンドルック)に有り触れている、石葺(いぶ)き屋根と同じ素材、粘板岩(スレート)(石を薄い板に加工して作る)で作りをされていた。


 麓に住む"彼等"のヴォランティア団体の手によるものだった。


 そのお陰で、雨の日でも二人は安全に標高差20mの階段を上り下り出来る様になった。


 ーーー残念なのは、この立派な階段を上り下りするのがたった二人だけと言うこと。


 二人は、この素敵な石葺(いぶ)き階段を社会へ向かって広く自慢したかった。だが、残念なことに、もう二人を訪ねて来るべき友人は全員が鬼籍入り済みで、新たに深く交流したくなる様な誰かに出会う機会に恵まれなかった。


 伝えたい相手も、伝えるべき相手も、もういない。没交渉。


 二人は、今や社会から区切られた、別の側の宇宙にいた。比喩的に。


 そして、世界と宇宙の「分断」を解消しようとも思い付かなかった。


 それは石葺(いぶ)き階段を作ってくれた彼等も同じだった。残念なことに、彼等は自分達の手で作った石葺(いぶ)き階段を登り切って、二人の終の棲家のドアをノックしはしなかった。


 ーーーもし、例外があるとすれば、通販で購入した商品を配達してくれる配達員くらいだった。


 そんな些細な例外までをカウントなければ、この二人の生活の流れを叙述することは出来ない。


 社会からの孤立とは、本人には自覚出来ない毒だ。しかも、自分の精神内で勝手に生成し、勝手に積もり、気が付かないうちに「LD50」を越えて、しばらくしてから急性の自家中毒的な症状を引き起こす。だから、そんな悲劇の発生を少しでも避けるために、都会では救いをもたらそうとするケースワーカーや、分断の先にいる人々を自らの生活の糧として美味しくいただきたい怪しげな人々がうごめいているのだ。


 朝間ナヲミと森(もり) 葉子(はこ)は、ある程度追い込まれてはいたが、それでも「LD100(完全致死量)」へ達しているとまでは言い難い状況にあった。


 朝間ナヲミと森(もり) 葉子(はこ)は、石葺(いぶ)き階段の一段目に足を掛け下ろした。


 ーーーえっ?


 二段目、三段目で、朝間ナヲミの違和感はMAXに達する。足と止めて振り返る。


 森(もり) 葉子(はこ)は辛うじて一段目を下り、二段目に左足を残し、右足は三段目へ届かずに浮いている。そして、上半身と両腕で朝間ナヲミの右手にしがみ付き、辛うじて転倒を避けている。避けている様に見えた。


 ちょっとよろけただけだと解釈したかった。しかし、見て見ぬ振りは出来なかった。


 朝間ナヲミは見てしまったのだ。森(もり) 葉子(はこ)が浮かべた、本物の、紛れもない本心からの戸惑いの表情を。


 朝間ナヲミは森(もり) 葉子(はこ)の腰に手を回して、自分と同じ階段の三段目に両足で立たせた。じっと森(もり) 葉子(はこ)の両目を見つめながら、自分の擬体にはまったく必要のない、深呼吸を大げさな振りで見せ付ける。


 深呼吸の振りを一分も続けていると、森(もり) 葉子(はこ)も少し冷静さを取り戻して、パートナーがジェスチャーで自分に「呼吸を整えろ」と訴えていることに気付いた。


 五分もすると、森(もり) 葉子(はこ)は支えが無くても立てるくらいに回復した。


「ごめん。行こっか」


 森(もり) 葉子(はこ)が今日の日課(to do)を進めようと声を掛けた。一方、朝間ナヲミは、その声に、これまでの人生で最も重い恐怖が混じっていることに気付いていた。


 朝間ナヲミは無言で、自分一人で階段を一段下り、終の家の前でやって見せたのと同じ様に、姫をエスコートする王子であるかの様に、右手を差し出すのではなく、最初から右手で姫の手を優しく掴(つか)んだ。


 ーーー絶対に支えてみせる。


 朝間ナヲミは、森(もり) 葉子(はこ)に全魂で訴えた。全身は渾身の贈り物として使ってしまったので、訴える「器」は、今では魂しか残されていなかったのでそうしたまでだ。


 森(もり) 葉子(はこ)も、朝間ナヲミの只ならぬ気迫に押された。そして、「この人で良かった」と心の底から思った。嬉しさと安心感は少し遅れて着いて来た。


「おいで」


 朝間ナヲミは森(もり) 葉子(はこ)に最●の一歩を促す。


「うん・・・」


 朝間ナヲミは階段の端に立って、階段の下方の視界を開けてくれている。その一方で、森(もり) 葉子(はこ)の手を握って、万が一の、不測、いや不愉快な可能性の実現に備えている。


 森(もり) 葉子(はこ)は、じっとこの先、まだ標高差19m以上残されている階段を見下ろす。


 第一歩を繰り出せない。


 見下ろす風景を生まれて初めて恐ろしいと知った。


 今まで何気なく出来ていたことが、どれほどに(これほどに)恐ろしい(危険な)ことであったかを分からされた。


 朝間ナヲミは、森(もり) 葉子(はこ)の額に薄らを汗が浮かんで来ていることに気付いていた。


 朝間ナヲミは、森(もり) 葉子(はこ)の視線が泳いでいてまったく定まっていないことに気付いていた。


 朝間ナヲミは、森(もり) 葉子(はこ)の肩から始まった震えが足下にまで広まったことに気付いていた。


 ーーー下りられないのだ。


 誰もが意識せずに上り下りできる階段が、まるで絶壁であるかの様に恐怖せずにはいられないのだ。


 おそらく、筋力の低下、バランスの乱れ、関節のダメージはないのだ。まずは、心理的要因。そして、視覚を通した認知の乱れと三半規管の機能低下。


 森(もり) 葉子(はこ)の生身は、基本的に不老の、朝間ナヲミの生身を元に偶然に作られた生物学上のオーパーツである。だから、身体機能に問題はないだろう。しかし、その不老の肉体を支配する生体脳の方は、やはり人並みに老いる。


 朝間ナヲミの様に、擬体側の自動機能とサポート機能、第二小脳側の干渉機能があれば、その辺りは本人が気付くことなく、身体の制御の割合の調整が極めてシームレスに行われただろう。しかし、森(もり) 葉子(はこ)の場合は、朝間ナヲミから贈られた生身を、間接制御なしで、自身の生体脳だけで制御していた。


 だから、この瞬間を境に、生体脳が衰えの誰にも見える形で表現してしまった。表現が出来てしまったのだ。


 森(もり) 葉子(はこ)は、森(もり) 葉子(はこ)の生体脳は一世紀近く、本来は他人、今は家族である朝間ナヲミの肉体に宿り続け、制御・操作し続けて来た。


 むしろ。ここまで良く制御・操作して来たものだ。冷静に考えれば、そういう話なのだ。


 ただし、それは飽くまでも客観的な話である。たった今、この問題に直面している二人にとって、そんな賞賛は何の救いにもならない。


 森(もり) 葉子(はこ)は、決死の思いで、思い詰め切った(・・・)表情で、無理矢理に一歩を繰り出した。


 森(もり) 葉子(はこ)の身体は、一瞬でバランスを崩し、左へ向けて膝を崩しながら傾いていった。


 だが、それを許す朝間ナヲミではない。擬体の出力のリミッターを予め解除しておいた。半世紀までなら陸上自衛軍の一般的な戦闘用身体でなければ出せそうもない高出力で、森(もり) 葉子(はこ)の身体を受け止めて、完全に安全を確保して見せた。


 朝間ナヲミは森(もり) 葉子(はこ)を全身で受け止め、森(もり) 葉子(はこ)を強く抱きしめ、決して話そうとしなかった。


 三分もすると、森(もり) 葉子(はこ)が耐えられなくなって、嗚咽を始める。嗚咽は号泣へと変わる。


 その間、朝間ナヲミはずっと黙っていた。本当は自分も泣きたかった。しかし、泣く機能は擬体にやっと実装されたとは言え、いくつかのコマンドを打たないと発動しない、オプション的な表現機能だった。


 ここまで進歩した人工物置換身体であっても、倫理面での制限があり、未だに自然に泣くとが出来ないのだ。


 だが。朝間ナヲミは今はそれで良かったと、擬体の倫理規定に対してとやかく文句を連ねる「あんな人達」の愚行の成果に生まれて初めて感謝した。


 自分まで泣き崩れてしまっては、極めつけの不幸の、そのまたどん底に、たった今落ちたばかりの森(もり) 葉子(はこ)を支えられない。


 ーーーああ。やはり。


 今まで、意図して、深く考えない努力を積み重ねて来た。しかし、それも今でお仕舞いだ。


 これからは、現実に直視して生きて行くしかない。生きて行くべきなのだ。何故なら、そうしなければ・・・と朝間ナヲミは脳裏のそのまた片隅で考えるのだ。


 ーーー嫁を襲っている現実から、今以後も目を背けることは、卑怯であり、不義理であり、不誠実であり、無意味であり・・・。


 理由は無限に続けられる。しかし、それもまた誠実さを示すものではない。


 この日、この時、朝間ナヲミは決定的な「事実」を認めた。


 長年連れ添ってくれた嫁が。つい先月も自分の命を救ってくれた妻が。自身の存在理由を大半を占める恋人が。


 ーーー認知力を低下させつつある。


 程度の問題は大した話ではない。程度など時間と共に高くなって行き、最後に辿り着く様相はまったく等しくなる。富める者、富めぬ者、強い者、強くない者、誰であっても等しく平等に、人生の末期には高確率で訪れる、極自然な症状である。


 老いれば誰でも抱える症状だ。22世紀であっても、この症状は、電子的に見かけ上は解決出来ているか様になったが、生物医学的には根本的解決出来る見込みは立っていない。


 この症状は、アプローチを根本的に間違えてしまうとこの時代の都市伝説として語られる、「偉大なる党の大幹部の末路」みたいな、何の救いもないバッドエンドが避けられない地獄へ落ちてしまう。


 朝間ナヲミは、森(もり) 葉子(はこ)に、電子的な解決方法を勧めるつもりは一切なかった。そんな、会話をしていても、森(もり) 葉子(はこ)と会話しているのか、厚生労働省が管理するサーバーの人工知能と会話しているのか区別も付かない様な対策は、飽くまでも彼女個人の見解では、人間の尊厳を無視する行為に他ならない。


 人間として、人間と接したい。身体の全てが置換された人工物である自身が言うのも奇妙だが、心の底からそう思うのだった。


 どうせ、お互いもう長くもない。だったら、これはこれで認められない顛末と言う訳でもない。


 そして、朝間ナヲミの意は決した。


 ーーー命尽きる日まで寄り添おう。


 もちろん、森(もり) 葉子(はこ)の命がであり、森(もり) 葉子(はこ)の命にである。自分の命がではない。自分が先に逝ってしまっては元も子もない。この地獄に嫁一人を残して逝く訳にはいかないのだ。


 ーーーハコちゃんには、最後の最後まで安心を与えたい。


 ーーー見送る最初の瞬間には、この女の絶手を対に握っていてあげよう。


 精神的に決して一人にはしたくない。出来ない。だから、その抜本的な解決方法に挑戦することにした。


 朝間ナヲミは、本当に、生まれて初めて、心から、自然に、何の違和感もなく、素直な気持ちで神に縋った。祈るでもなく。


 ーーーどうか、私に、ハコちゃんより長生きをさせてください。


 ーーー代償は、何でも、いくらでも、どうにでも、全力で払って見せます。


 寒空の下、お山の階段の上で、抱き合う二人は、今のところは未だ、物質的にも精神的にも孤独に打ちひしがれる必要はなかった。


 たった一つ。それだけが、二人にとっての好機であった。


 その後、朝間ナヲミは森(もり) 葉子(はこ)をお姫様抱っこで階段を下りた。


 軽自動車の助手席へ、丁寧に、森(もり) 葉子(はこ)をお連れ遊ばした。


 二人は、立てた予定を決行した。

※= 最初に。誤解防止。プロメテイアーカエウムは単なる古細菌だし、系統的に全真核生物の祖と言う訳ではない。プロメテイアーカエウムの近種、名前も分からない菌が、はるか大昔にいろいろとやらかして・・・最初の全真核生物へと変化した。らしい。そういう学説がある。おそらく、現在まで生き残っている全真核生物は元をたどれば、たった一系統。たった一度の奇跡として最初の全真核生物が誕生して、全ての多細胞生物へと分岐した(真核生物は他にもいたのかも知れないけれど、だとしても既に淘汰されて全滅)。らしい。筆者はこの進化の道筋を推している。真核生物誕生以前は、古細菌と細菌しか存在していなかった。らしい。藻類を共生させる地衣類とは、まあ、何か部妙なヤツラもいるっちゃーいるよね。苔じゃないんだ。アレ。陸ワカメ、一部地域では美味しく頂く文化があるとか。

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