いっすいのゆめ。 -03- // 2127年1月2日(土) AM10:30
〜あるいはしゅくやむび。
森 葉子の身体は、今日も、先日と同じ様に、ダイニングの中央に置かれた大きなテーブルに上げられてている。
朝間ナヲミが、森 葉子の、こちらへ向かって伸ばされている片方の足の先端右側に巻かれている弾力包帯を慣れた手付きクルクルと巻き取り、その下に挟んであった、負傷した指先を固定する硬質カバーを外す。
「じゃ、剥がすよ」
「うん。やっちゃって」
続けて、二本の義手を駆使して、まるでロボットアームによる遠隔操縦の外科手術を行っているかの様な正確さで、硬質カバーのそのまた下にあった治療用の素材を根刮ぎ撤去し始める。
森 葉子の右足の小指を覆っているのは、多層に重ねられたハイドロコロイド膏(疎水性ポリマー素材や水溶性高分子素材を使った上層シート含む)、増粘層の親水性ポリマー素材など、全ての治療に利用された使い捨ての物体。
それらは患部から染み出た色々な分泌物を吸収しているので、一部が乾燥し、へばり付き、固着気味でなかなか厄介である。無理に引き剥がそうとすると、再建中の患部まで一緒に破壊しかねない。
だから、朝間ナヲミは外科手術を行っているかの様な確実さ、それらを時間を掛けて一つ一つ、一枚一枚、丹念に剥ぎ続ける。
なんでこんなに面倒なのか。それは湿潤療法を行う為に、つまり瘡蓋の発生を最小範囲に抑える為に、患部を被っていたせいである。
「よし・・・」
とうとう、朝間ナヲミは、最後まで頑固にへばり付いていたフィルムをキレイに剥がし終える。
その結果、去年の大掃除中に足指を箪笥の角に打つけて作った傷、患部が3日ぶりに大気へ暴露された。
朝間ナヲミは、まずは痛み止めの噴霧器を小指に向かって吹き付ける。経皮吸収鎮痛剤は本当は不要だと考えている。だが、でありながら、無駄と知りながら、同時に無意味ではないと知っている。
こう言う、本当はどうでも良い小細工こそが、コミュニケーションの肝。傷付いているパートナーの心を癒したり慰めるのに極めて有効であると分からされている。
だからこそ、本当はどうでも良い小細工にも、決して手を抜かずに、確実に段階を踏んでいく(しかも、こちら側から積極的にだ)。
ーーーぞんざいに扱われていると言う印象を絶対に与えてはならないからだ。
これこそが世の紳士界隈で「地雷」と呼ばれ恐れられ、汎の女性達特有の起爆スイッチでありながら、身体や心のどこに付いているのか全く見当も付かない「逆鱗(※1)」に触れずに、穏やかに付き合い続ける為には不可欠な生活の知恵の根幹。
ーーーたくさんの人類の約半数は、未だに、この実に単純且つ簡単な応えの実存(或いは合理性)に気付けず、それぞれの家庭運営において大変に御苦労されておられるらしい。
本質はこうだ。誰かの幸福は、誰かの犠牲の上でしか成立しない。だから、犠牲を憂うことなく慶びと感じてくれる誰かを見付けられない限り成立しない。
そして、誤解であろうがなかろうが、双方がそう感じ合えなければ、やっとのことで成立させた幸福も長続きはしない。
これらを平たく言い換えると「割れ鍋に綴じ蓋(※2)」である。多分。多分だけどね。
ここから先は22世紀らしい物質が小指周辺に付着している。ほとんどが水溶性なので清掃・除去の難易度は低い(手間は掛かる=時間さえ掛ければが誰にでも出来る、と言う意味)。
だが、朝間ナヲミは、人体由来の滲出液とそれらと混ざって固まったり、ゲル状になっている人工有機物質=機能を終えたゴミとして皮膚に付着している治療用ナノマシンの残骸が融合したゴミの除去作業は後回しにして、患部(傷口)の現在の状態の把握に努める。
朝間ナヲミが自分の爪先を見つめている間、森 葉子は現実から目を反らして口を閉ざしている。自分の傷を自分では見たくないので、枕を両腕で抱えて顔を埋めているのだ。
朝間ナヲミは、自分の顔、いや、義眼を観察対象へあまり近付けずに、少し距離を保ちながら見つめ続けている。これは、義眼と被写体の距離が短くなればなるほど、遠近法が作る死角が邪魔になって見えない部分が増えてしまうのを避ける為にだ。
木を見て森を見ず。小指を見て森 葉子を見ず。いずれも大変によろしくない。
もし、同じ事を生身の人間が行いたいと言うのであれば、いや、「拡張機能」を実装した比較的に最近に発売された高機能義眼をインストールされていない人間であれば、拡大鏡(光学ルーペ)と補助ライトを頭部をかぶり付ける必要があっただろう。
朝間ナヲミ(の擬体)には、その「拡張機能」を実装する義眼をインストールされていた。だから、視界の部分拡大、三次元描写フィルター採用、暗所における被写体の光学情報をゲインアップなどの生活機能を、全て自分が宿っている擬体一つでカバーすることが出来た。
朝間ナヲミが最初に宿った擬体、最初期の「かぐら系(AK系かぐら式擬体10gen. の拡張モデル)」の擬体にもこの手の拡張機能は実装されていた。だが、人間が間隔の延長として直感的に使える様なものでなく、2000年代に初めて普及したコンパクト・デジカメに搭載されたそれぞれの「先進機能(※3)」の様に、プロフェッショナルなユーザーが頑張れば時々はパンフレットが謳っている通りに役立つ・・・みたいなオマケ機能に過ぎなかった。
擬体メーカーと厚生労働省は、そんな人体を拡張する「すごい機能」よりも、もっと基本的な日常生活動作をより充実させる方に開発リソースを全振りしたり、全振りさせたりしていた。
ーーー人間を超える前に、まずは一人で日常生活を送れる普通の人間となれ。
これが擬体メーカーと厚生労働省の擬体の開発・普及の方針の大根幹だった。
だが、22世紀に入ると、全身擬体保持者が一人で日常生活を送れる普通にの人間であると言うコンセンサスを、擬体使用者も非使用者の両方が共有を終えていた。こうなると、擬体メーカーは新しい次元の市場を求めて、人体を拡張する「すごい機能」を擬体への、純正インターフェイスに統合可能なオプションとして選択出来るサービスを開始する。
後追いで、非純正アクセサリー類を開発・販売する企業(正体はほとんどが純正メーカーがOEMパーツの生産の委託先)も、同様の機能を追加してくれるハードやソフトを販売する事で比較的安価に提供し始める(日本市場で流通しているのはほどんどがライセンス品)。
また、いつの間にか、ひっそりと、ややグレイな(と言うか真っ黒)な非ライセンス・アクセサリー類もアンダーグラウンドな市場では流通している。これをインストールしてしまうと純正メーカーによる保証、アフターサービス、諸々は受けられなくなる。それでも、オブソリート扱いとなってしまった古い擬体への実装がサポートされていない最新機能を求めて、それらに縋るユーザーも一定数は存在している。
非ライセンス・アクセサリー類のユーザー達のイメージとしては、実質的な品質保証もしないどころか、製造メーカーの刻印もない激安なスマホ用モバイルバッテリーを喜んで使っている消費者群に近い。後先考えない(或いはその知恵がない)、たった今が良ければそれで良しと言う刹那的な生き方の実践者と言うのは、どの時代でも、どの国にも、その人種にも、一定数が構成員に混じっているものである。
そう言う不健全な需要をもしっかりとカバーして見せるのが資本主義社会の強いところである。主観的な経済的合理性さえ見付けられれば、誰であっても、どんなビジネス的な挑戦であっても社会的に許容されているからだ。もちろん、一定期間内に市場において客観的な経済的合理性を証明出来なければ、自己責任と自業自得で法的破産コースへまっしぐらである。
逆に。共産主義者が指導する社会主義国家が愛してやまない「人類の最終形態経済の権化=計画経済」では、計画的に粗悪品を大量生産して市場に流すことは絶対に許されない(良品を計画して粗悪品を大量生産して市場に流したと言う例は珍しくもないが)(※4)。
朝間ナヲミの評価では、森 葉子の小指の具合は回復順調だった。自然治癒能力を加速させる形で働く22世紀の救急キットの効能が絶大だったと言うことだ。
患部の洗浄前の観察では、部分的、或いは全体が内出血で黒色化する爪下血腫の傾向が全く見られない。指尖部の圧挫創の傷や裂け目が完全に塞がっている。打ち身などによる炎症もキレイに退いている。爪甲脱落症などへ進行する恐れはなさそうだ。
自然治癒だけなら、現在の症状まで回復するには一カ月はかかるだろう。
そして、割れてしまって役に立たなくなった爪が剥がれて、完全に生え替わるまでは半年間はかかるだろう。だが、22世紀の救急キットを利用すれば、病院での診察と治療を受けなくても、1カ月もあれば爪が再建されるだろう。いや、小指であって親指の負傷ではないので、三週間はかからないかも知れない。
「傷はキレイに塞がってるよ」
「良かった。さすが、私の身体だ」
朝間ナヲミは自分の聴覚センサーや音響解析エンジンの不調を疑った。だが、その反応を全身擬体に表現させるのを思い留まった。そして、何も気にしていない振りを貫いた。
「そうだね。さすがハコちゃんの足だ」
「うんうん」
これまで、森 葉子は一度たりとも自分が宿っている、朝間ナヲミが贈与した生身に対して「自分の身体」と口にした事はなかった。
おそらく、それは朝間ナヲミに対する配慮であったり、遠慮であったり、感謝を表す態度であったのだろう。朝間ナヲミとしては、森 葉子がこの件について「そこまで気にする必要はない」と考えていた。しかし、半世紀以上も続けていた習慣を、何の前触れもなく、突然に放棄したことに対しては驚かずにはいられなかった。
とは言え、森 葉子の方は、それに何か大きな意味があるとか、何か含みがあって真意や不満に気付いて欲しいとか、深く何かを考えている訳ではなかった。そして、朝間ナヲミにも、それは十分に察することは出来ていた。それでも、何かしらの変化が起こりつつあることに、背筋が凍る様な恐ろしさを抑えることに必死になっていた。
「じゃ、キレイにしちゃうね」
ポーカーフェイスに徹しながら、朝間ナヲミは大きなお盆(贈呈品。何カ月も倉庫に入れっぱなしだったもの)をテーブルの上に用意して、その中央に森 葉子の右足の置いた。
「はーい」
両手をサージカル手袋で覆った朝間ナヲミは、森 葉子の右足の洗浄を始める。
右足の小指を中心にこびり付いている、特徴的な臭いの発生源である有機物っぽいゴミ(人体由来物+治療で利用した人工物)を、そこら辺のドラッグストアで客寄せ様の特売品として店頭に並んでいる患部用洗浄液(消毒液+分解液)で洗い落とす。一目見ただけで、患部は腫れが嘘のように治まり、森 葉子の反応を覗うと、打撲傷を負った筈の皮膚や筋の痛みがかなり低減されていると分かる。
昨夜から痛み止め(インジェクション)は投与していない。「これなら自力歩行を再開させても良さそうだ」と、朝間ナヲミはほくそ笑む。
朝間ナヲミが森 葉子の右足を、専用の洗浄液に漬けたスポンジで優しく擦る。森 葉子は、身体を伸ばして、エステティシャンからトリートメントを受けているかの様な、とても満足している様な表情を浮かべながらパートナーが作業を終えるのを静かに待っていた。
最後まで小指を覆ってた、ベタベタした頑固な汚れやシワの僅かな隙間へ入り込む汚れを、コーキング用ヘラ無しで落とし終える。
洗浄作業で失われた皮膚の油分を補給する為に、エタノール薄めのベビーローションで右足の踵から先を被う。
これでじっくりと患部の観察ができる。
朝間ナヲミの目の前に、爪はまったく生えていないが、まるで赤ん坊の肌の様にも見える実に無垢な指が出現した。
後から除去しなければならないと考えていた、ひび割れて、所々が外れて、それでも一部が皮膚に張り付いていた小指の爪の残骸もキレイに消滅していた。どうやら、救急キットのナノマシンが上手に剥離・分解してくれた様だ。
これは、皮膚表層の大部分が「代謝」したとことを示している。つまり、一切合切が古いものから新しいものへと入れ替わっているとい言うことだ。
ーーー想定以上に生身の指先が負ったダメージは大きかった。
朝間ナヲミは一瞬だけ考え込む。普通の人間は、足先が指先を何かにぶつけて怪我をする時、打つけ始めと打つけ終わりでは圧力(打撃力)が異なる。最初は自分の筋肉、慣性力、重力などを利用して加速しているので圧力(打撃力)が上昇傾向にある。しかし、足先が指先を何かに打つけと関知すると、意識を通り越して、反射反応で運動に抑制をかける。結果として、圧力(打撃力)は途中から急激に低下するものだ。
だが、森 葉子は、右足の小指をタンスの角へ打つけた時、右足の運動に抑制をかける反射反応を起こさなかった。打つけ始めから打つけ終わりまで、足を振り抜いた。
それで、右足の小指に先周辺を広範囲に「代謝」させる程のダメージを、無自覚に負ってしまっていたのだ。
朝間ナヲミは、事の重大さを察する寸前まで辿り付いた。しかし、察し終える寸前で考えるのを強制的に止めた。
ーーーこれ以上に表層意識で言語化してしまうと、ハコちゃんに読み取られてしまう。
「小指がすんごいキレイになったよ」
朝間ナヲミは、サージカル手袋を両手から剥ぎ取りながら陽気に声を掛ける。
「本当?」
「うん。生まれた時の向日葵みたいな指だよ」
森 葉子が、何故か少し考える素振りを見せてから、「そっかー」と嬉しそうな表情を作って見せた。
朝間ナヲミは、森 葉子の右足の小指に、噴霧器でニトロセルロースを塗布する。
森 葉子が眉を動かさないの横目で確認しながら、患部へ有機溶剤へ染みていないと判断する。厚みを確保する様に繰り返し塗布。最後に乾燥させて、失われた爪の代わりになる硬化物質をニトロセルロース層の上部へヘラで薄く塗り伸ばす。これを怠ると、小指の「踏ん張り」が効かない。
ーーー足の指のどの指の「踏ん張り」が効かなくなっても、スポーツ選手や老人にとっては致命的な事故を誘発してしまう。
それでけでなく、その状態に身体が慣れてしまうと、新しい爪が生えてから再びバランスを崩しやすくなる。
全身擬体保持者であるが為に、全ての足の指だけでなく、脚部が余す所なく人間が作った義足である朝間ナヲミにはそれがよく分かる。冬季仕様へ完全に調整し終えた義足であっても、東北地方の完全凍結したアスファルトの歩道は注意していても頻繁にバランスを崩す、まったく「踏ん張り」が効かないデス・ゾーンであるからだ。
ーーー同種の室内事故の再発予防が不可欠か・・・。
最後に、生地が厚めの靴下を履かせる。
これで今日の治療はすべて終わりだ。骨折治療に用いられるグラスファイバー製ギブスほどではないが、多少の臭いさえ気にならなければ、2〜3日はこのまま放置も可能だ。だが、朝間ナヲミも、明日も明後日も、一日一度の感覚で、今日やった作業を繰り返すつもりだった。
「ちょっと験しに歩いてみようか」
朝間ナヲミが、汚れたお盆をシンクで軽く洗いながら、テーブルの上で座ったままの森 葉子に提案する。
「うん・・・そうだね・・・」
シンク近くにぶら下げ合ったタオルを手に取り、それで水に濡れた両手を拭きながら近寄って来る朝間ナヲミを、森 葉子はずっと視線で追っている。
テーブルの横に、自分へ最接近したタイミングで、森 葉子は両腕を朝間ナヲミに向けて伸ばす。
「抱っこで下ろして!!」
森 葉子は、当然の権利であると確信する者の、100%断られる筈がないと言う、本物の信頼を込めた視線を送りながら、朝間ナヲミに甘えて来た。
つい、一瞬前まで心中は穏やかではなくなっていた朝間ナヲミの、心中では眉間に刻まれるほどに暗くなっていた心が、その一言で、一瞬で明るく晴れ切った。
「はいはい。ハコ姫。お任せ下さい」
朝間ナヲミをテーブルの上から、森 葉子をお姫様抱っこで抱き上げて、両足をゆっくりとした勢いでダイニングの床へを接地させた。
「ハコちゃん、立てる?」
最後の瞬間で、森 葉子は朝間ナヲミの腕の中から、少し勢いを付けて飛び出る。
「指、痛い?」
朝間ナヲミの心配など気にせず、森 葉子はそのまま3歩ほど歩いてみせる。
「大丈夫。痛くない」
振り返って、満面の笑みを見せる。そんな森 葉子の、まるで子供のような振る舞いは、この夫婦の近い将来の変容を強く示唆していた。それが分からない程に鈍い朝間ナヲミではない。
だが、
ーーーそれでも良いじゃないか。
と思えてしまう。
運命へと立ち向かうことは、この局面では無意味だ。そう知ってはいた。だが、知っているからと言って、簡単に全てを諦めて降参してしまう程に子供ではない。
客観的には無駄な愚行に見えたとしても、主観的に極めて掛け買いのない瞬間の分かち合いでありさえすれば、大人と言う生き物はどれほどに無益な挑戦であろうとそれに全力を尽くし、勝てぬまま果てることも厭わないのだ。
そして、朝間ナヲミは悟っている。
仮に、晩節を穢す勇気を奮い立たせたとしても。それで迷惑を掛ける様な人間は、この地球上(※5)には、もう誰一人として存在しない。
壮大な自己責任。
日常の感謝は伝え終わった。
後は、後悔のない生き方を貫くだけで上がりだ。
朝間ナヲミと森 葉子は、一人は意図的に、もう一人は自然的に、人生という階段の最後の踊り場を通過しつつあった。
間もなく、「寒の入り」で、冬の寒さが本格化する。だが、この"ついのすみか"にだけは、とても暖かい春が一足早く到来しつつあった。
ーーーもちろん。最後の。
※1= 目上の者に対してのみ使われるのが正しい慣用句。ここでは悲しくも、正しい条件で使用されている言葉である。
※2= Windows95時代のプラグアンドプレイ程度に厳しい相性問題があるんだろう。
※3= 東芝製デジカメSoraの液晶タッチ式の「画面に付属のペンや指で文字やイラストを直接描き込めるペイント機能」とか、ミノルタ製デジカメDiMAGE F100の「CCD自動追尾機能付きワイドエリアオートフォーカス」とか。高い理想と現実がなかなか一致しない点が素晴らしい高機能だった。揶揄している訳ではない。"ギークのギア"とはそうであることこそが正義なのだ。思い出した。キヤノンEOS40D向けの秘められた機能を解放するロシアン・ファームウェア。キヤノンEOS Kiss Digitalの本来搭載されているに関わらずメーカーの都合で隠されている秘められた機能を解放する野良ファームウェア。非純正のそう言うヤバイのは、昔は珍しくなかった。
※4= そして、何故か共産主義主義者達が革命で作ったアジア国家の一国には、法的破産が社会的に許容されないと言う例がある様だ。きっと、その国家は破産者なんて一人も存在しない理想の社会国家であるに違いない。
※5= 太陽系内には少なくとも一人は存在する。




