みつせがわのだくりゅう。 -11- // 2126年10月30日(金) PM02:30
福島県柳津町、天叢雲会病院、柳津サイバネティクス研究病棟の地下。
森 葉子が作業中の私立・松本大学か遠く離れた場所。
そこには、第一世代型人工知能常駐スーパー・コンピューター「YOMI」が接地され続けている。
かつて、朝間ナヲミが三体目の擬体である岐阜手製の試作擬体16番"巫"へ宿る際、もろもろの管理を委託された経験を持つ。
松島大学にある第二世代型人工知能常駐スーパー・コンピューター「KOYOMI」が育てた、人工知能「Hong」は、「YOMI」の知見を流用する事で、今回の朝間ナヲミに対する治療を実行した。
ーーー人工知能「Hong」は、統合マネージング・システムの一種ではあるが、「YOMI」や「KOYOMI」とはシステム構成や運用前提がまったく異なるマシンである。
「YOMI」や「KOYOMI」が、量子コンピューターをシステム内へ内包するのと違って、人工知能「Hong」は、自らの手に余るタスクを外部計算機や外部記憶機へ積極的に丸投げした。「YOMI」や「KOYOMI」が、全てタスクを”自意識内”で囲み尽くすのと違って、全てタスクを協力関係にある計算機同士で作り上げたネットワークと言う議会のような計算空間社会へ放り投げると言う思想に基づいて組まれている。
だから、人工知能「Hong」は、議会のような計算空間社会が次から次へと上げて来る計算結果の取り纏める役に徹する筈だった。本来であれば。
「先生、Hongちゃんが自信喪失気味ですよ」
「これだから最近の柔なマシンは・・・」
「最近の子は初めて経験するタスクには弱いんですよ」
「何それ? YUTORI? Gen Z?」
「否定的に捉えないでくださいよ」
「私の若い頃は・・・いえ、「KOYOMI」だったら力業で何とかしてるわよ」
「今頃の人工知能は自己評価の高い低いに計算効率がすんごく影響受けるんですよ」
「このままじゃ、来年くらいにHongにパワハラに耐えられないとかの理由で辞表でも突きつけられそうね」
「とにかく、褒めて褒めて褒めてあげてください」
「今の状況に相応しいのは尻バットでしょう?」
「大昔のMacintoshはそういうパワハラが効いたという伝説がありますけど」
「あれ本当らしいよ。特にリンゴのロゴが虹色、俗に言われる毒リンゴだった頃は」
「私はその頃のMacintoshに同情したくなりますよ」
そこで人工知能常駐スーパー・コンピューター「YOMI」からコールが入った。
森 葉子と黄 紀子は、顔を見合わせることなく、それぞれのモニターで「YOMI」が送ってくれたメッセージを受け取る。
森 葉子はメッセージに直接目を通すことで、黄 紀子は表層意識を上書きすることでメッセージを理解した。
「ほら、流石がは「YOMI」ね」
「しーーー!! Hongちゃんに聞こえちゃいますよ!! 本当に辞表出されちゃったどうするんです!!」
「その時こそ、本気で尻バットでしょう?」
「YOMI」が送ってくれたメッセージによれば、朝間ナヲミの生体脳の再構成は99.85%で正しく行われている。そして、生体脳上に記録されている情報も92.15〜95.68%も保持されている様だ。そして、この計算タスクの結果出力は三回目の上書きデータである。
森 葉子と黄 紀子は、三次元グラフによる脳細胞再構成状態の正否分布と情報的質量の多少の分布状態の詳細を眺め始める。これには膨大な情報力のインプットとアウトプットが不可欠なので、森 葉子も表層意識を上書きして一瞬で理解した。
ーーー待ち時間中であっても、伴侶の現状を一瞬でも早く把握したい。
「まあ、想定していたより遙かに良い結果。案ずるより産むが易し?」
「私は出産経験なし、するつもりもないです」
「私は一回やったわよ」
「そう言うマウント取りもハラスメントですよ」
森 葉子と黄 紀子は、「YOMI」の計算結果が、三回の全てがほぼ誤差の範囲に収まる差しか見られないことに微笑む。そして、松島大学が世界に誇る最高級量産品である人工知能「Hong」の為体にため息を付いた。
古い世代の統合マネージング・システムである「YOMI」や「KOYOMI」の方が、在り来たりではない、最先端・最末端巨大タスクについては明らかに有効である事が証明されてしまった。
ルーティンワーク的な巨大タスクであれば、新しい世代の統合マネージング・システムの方が圧倒的に速く、低燃費で、維持費も安い。だから、旧世代の統合マネージング・システムの発展型の普及は進んでいない。どれも一点物的な製造となってしまい、第四世代型では量産型と呼べるような定型型はまだ定まっていない。
旧世代の統合マネージング・システムは計算速度は速くはない。しかし、約一世紀の間に積み重ねた経験の量に、最新型に対して、圧倒的な優位性を持つ。奇妙なことに、統合マネージング・システムは基本機能や単純な情報取り扱い技術であれば、世代を超えて、機種を超えて、共用可能である。しかし、どうやらどの個体にもそれぞれの計算の癖がある様で、並列は出来ても、経験の積み重ねの同期は出来ないと言うしばりがある。そのせいで、一世紀前に組まれた「YOMI」の様な古参システムでも今でも破棄を免れている。
「「YOMI」の判断では「患者」の覚醒誘導作業へ入っても良いみたいなんでけど」
「Hongちゃんはまだ計算中です。自信がないっぽいですね」
「Gen Zはタイパ最重視じゃなかったの?」
「未経験でも自信は過剰なタイプなんです」
「そんなに打たれ弱いんじゃ・・・全然サステナブルは成立しないんじゃない?」
「クビにするなんて言わない下さいね。大学のシステムへの使用優先権はHongちゃんしか持ってないんですから。「KOYOMI」を引っ張り出してもご主人の治療を引き継がせられませんからね」
「もう3日も待ってること忘れないでね」
「もう少し。もう少しです。Hongちゃんも頑張ってますから」
「ん?」
森 葉子がHong専用のモニターに目をやると、タスク実行率を示すバーが5%ほど突然に後戻りした。一部タスクの再計算モードに入ったのだ。堪り兼ねて、直接に状況の解説指示を出す。
「"Ivy"と"Cascade"、お姉さんの状況を分析しなさい」
「先生。お手柔らかにー。私は治療が終わった後もHongちゃんと付き合わないといけないんですよー」
「みんな、世界中から三馬鹿と後ろ指指されたくなかったら根性出しなさい!!」
「Hongちゃん、大丈夫!! ワークライフバランス重視で良いの!! 組織の論理よりも個人の納得感を優先して良いの!!」
「黄ちゃん!!」
「新世代の人工知能は頭ごなしに否定してはいけないんです!! どうしてこの状態に至ったのかを「対話」を重ねて、相互理解を深めることが重要なんです!! 高圧的な指導は逆効果です!!」
森 葉子と黄 紀子による師弟漫才は、この時から約20時間ほど続いた。
終了のきっかけとなったのは、Hong、Ivy、Cascadeの連名による「GO」判定の伝達だった。




