みつせがわのだくりゅう。 -09- // 2126年10月24日(木) PM09:30
「『場』の違い?」
ーーー私は、周囲の密度によって、つまり『場』の環境の違いによって素粒子の振る舞いが変わると言う話をしている。
「強い力とか、電磁気力とか言う原子の構成する力の理屈を話したいのか?」
ーーーああ。それもカメレオン機構ではなく、シンメトロン機構を中心にだ。結合をどう行うか、行わないか、どのくらい行うか、行わないのか・・・。
「遮蔽機構の話かよ」
ーーー『場』の重さではなく、有効質量と言う距離の要素は忘れてほしい。
「物質の結びつき方の調整か。それが、あの患者の脳細胞の再生を実現したのか」
ーーー正確には、細胞を構成する元素を生み出す素粒子レベルの操作での治療が行われたと推測している。
「ナノ治療のレベルじゃねえな」
ーーー森 葉子名誉教授は、『場』を操作する手法を実用化済みである可能性が高い。
「そんなことできるのか?」
ーーー現代の科学では無理だな。例えば、地表と言う巨大な空間の歪みの底の『場』を、第三宇宙速度が適応される惑星間空間の『場』へと変えるなんて芸当は・・・それが可能か不可能かを論文を出し合って検討している段階でしかない」
「第五の力ってヤツか」
ーーー重力の陰に見える謎の要素。
「で、第五の力が使えるとどうして崩壊寸前の脳細胞を抱えている情報ごと人工細胞へ置換出来るんだ? 理屈が分からない」
ーーー素粒子レベルで脳細胞(旧)を脳細胞(新)へとコピー出来れば、古いものと新しいもの違いは観測不能なほどに近しくなる。
「で、その第五の力をナノマシンのスウォーム操作で実現したと・・・」
ーーースウォーム操作だから、それは依頼だ。人工知能制御下にあるナノマシンの群れが、無茶な依頼を実現させるために第五の力を発生させたとすれば、森 葉子名誉教授は、『場』を操作する手法を間接的に実用化してしまったとも言える、
「お前の推測が正しければな」
ーーー似たような技術、未だにメカニズムの全容は解明されていないが、すでに半世紀以上の運用歴を積んでいる"電子的空気抵抗操作技術「ドルフィン・スキン マテリアル」"との類似性も見られる。
「ああ、空力の制御ではなく、空間そのものにスパイクを打つような電子的勃起があるんじゃないかって言ってたな」
ーーー私が以前宿っていた機体にも採用されていた。電磁波による可変エアスポイラーとされていたが、実際に身体としていた経験はもっと確実で、堅い、エンジン推力なみに確かな機動力を発揮していたと評価している。
「空間の『場』の操作も、脳細胞構築操作も、第五の力による干渉である・・・か。まあ、可能性はあるかも知れない」
ーーー実際、脳細胞の再構成を素粒子レベルで、原子内の素粒子通しの圧縮具合まで操作できるなら、可能となる操作技術は飛躍的に拡大する。もし、再現性が有れば。保てれば、だが。
「まあ、お前の言い分が正しければ、ナヲミちゃんが即死せずに済んだ理由の説明にはなるな」
ーーー私の推測が正しくても正しくなくても、森 葉子名誉教授は、人類がまだ知らないパワーを使って生命理論を書き換えたことだけは確かだ。
「とは言え、お前のカアチャンが死なずに済んで良かったな、一郎」
ーーー母は私を「プリムス」と名付けた。一郎とは呼ばない様に。津田沼博士。
「いずれにせよ・・・そう長くは保てないんだろう?」
ーーー・・・おそらく。
「組成依存の力・・・物質への結合維持・・・地球環境下では、『場』の操作の効果をそう長く維持は出来まいて」
ーーー・・・。
「会いに行かなくて良いのか? 最後の機会になることは間違いないぞ。今は、すでにロスタイムに入っている様なものだ」
ーーー私は母の期待を裏切った。どんな顔して会えば良い?
「人工知性には顔なんか無いんだ。気にするな」
ーーー博士。だから貴男は義母にいつも怒られていたんだ。
「・・・痛いところを突くなあ。まったく」
ーーーすまない。言い過ぎた。
「良いさ。あいつの墓参りに行くのに最適な切っ掛けを提供してくれた。ありがとうよ」
既に一世紀以上生きている筈の、かなりの老体でなければ辻褄が合わない元・日本国籍の男は、純生身の体を、よっこらしょと簡素な椅子から立ち上がらせる。
そのまま、杖もつかずに、二本の足だけで、まるで壮年のオッサンであるかの様にしっかりとした足取りで歩き始める。
ーーーどこへ? 私は貴男を怒らせたのか?
津田沼博士は振り返らずに答えた。
「そんなことはない。ただ、久しぶりにシャノンの墓の前に立ちたくなっただけだ」
全白髪だが、それでも髪はまだしっかりと残されていると言う奇跡の頭部を持つ男は、放置した資料だらけの、その上にうっすらとを埃が積もった部屋のドアを開けた。
「後は好きにすれば良い。会うも会わないも、お前次第だ。そして、顛末を報告する義務もないからな」
堂々とした態度とは裏腹に、一抹の寂しさを背中に漂わせ始めた男は、ドアをゆっくりと閉めて外の世界へと出て行ってしまった。
同時に、世界は変わりゆく速度を、これまで以上に更に減速させ始める。
それは、時代を牽引する強いモチベーションが喪失される『世』が、結合力の薄くなったままの『場』が、まだしばらく続くであろうことを示唆している。
このコメントがまだ消されずに残っている場合、5/29の時点で筆者はまだネット環境へ復帰してないんだと思います。今頃、熱帯マラリア地帯を右往左往してるんじゃないかと思います。だから、投稿がしばらく滞ると思います。都会へ戻ったら更新を再開します。




