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みつせがわのだくりゅう。 -08- // 2126年10月23日(水) AM11:30

 日本国、岐阜県、航空自衛軍・岐阜基地。


 飛行開発実験団(ADTW)


 第二世代・新世代情報統合システムの監視業務に着いていた一人の男は、突然に発生した警報の連続に腰を抜かしそうになった。


 ーーー聴覚、視覚、触覚を用いて、精神を間違いなく揺さぶる様に調音された、本物の(・・・)非常時にしか発生しない筈のシグナルだった。


 非常時には偽物(後方向け)本物(前線向け)がある。そして、それらは明確に区別されるべきなのだ。


 彼は、確かに航空自衛軍の一員。身分が軍人ではあった。だが、これまで一度たりとも物理的な戦場へ赴いた経験はなかったし、今後もそんな経験を積む予定はない。民間組織から引き抜かれた技術職扱いの着任だったからだ。


 しかし、新世代情報統合システムに触れる立場にあると言うことは、物理的な弾丸ではなく、情報的な弾丸が飛んで来る、新しい、情報的な戦場についてはエキスパートである筈だった。


 ーーー身体は鈍いかも知れないが、頭脳の方はかなり俊敏であり、情報収集と分析の訓練なら十二分に施されていた。


 新世代情報統合システムとは、「人間の表層意識へと干渉する相互影響(相呼応)機能」。つまり、擬体技術と言う民間で開発された医療体系を、軍事的なインターフェイスへと採用・応用した大規模システムのオペレーションシステムだ。


 具体的には、攻撃ドローンなどを多数用いたスウォーム操作依託作業を実行する場合に不可欠な、オペレーターと多数の攻撃ドローンの間に入って、命令者と実行者にとって、目的達成手段の最適化探索を自動化する為の『特別システム』を起動させる唯一の手段である。


 飛行開発実験団(ADTW)は、新世代情報統合システムの開発には成功したが、運用開始してから半世紀が経過しても、それがどんな理屈で作動しているのかを証明出来ていなかった。


 かなり、オカルトな要素の強いシステムである。実際、起動中のシステムを指して、『神懸かり』と呼ぶ者達も多かった。特に、年配の、初代情報統合システムの開発活動の詳細を知る者達は、必ず『神懸かり』と呼んで、『祟り』に対して恐れを持ち、『神(仮)』を敬って活用していた。


 実際、「外面を観察すれば上手く動いている」とか「結果からこの様な理屈で動いている」など、人間は自分で開発しながらも、新世代情報統合システムを自分の頭脳で今ひとつ理解出来ていない。


 運用年を積み重ねた結果、『特別システム』の起動成功率は年々上がっている。それでも、近い将来に起動率70%へ届く見込みはかなり薄い。とは言え、起動さえしてくれれば、日本側の人的喪失の可能性ゼロと言う破格の条件で、大規模な対艦戦闘、対地戦闘、対空戦闘を始められた。そして、かなり有利に終わらせることが出来た。


 その男が突然に本物の非常時の警報が出た事実を、「上」と「横」へ瞬時に信号で伝達すると同時に、どこの部隊の機材が予告もなして『特別システム』を起動させて『神懸かり』に成功したのか調べ始めた。


「は?」


 男は、市ヶ谷が新田原か与那国のアラート部隊。或いは馬毛島の民間軍事会社が抱えるシステムの「端末」と予想していた。だが、インターフェースが示す「端末」は、予想していた候補(それら)の中の一つではなかった。


「宮城県、仙台?」


 そこそこ上級の情報パスを持つこの男が知る限り(・・)は、「端末」は宮城県には存在しない筈だった。


 松本航空基地は、今でも政治・軍事的にホットであり続ける南シナ海には接していない。だから、『特別システム』に連結可能な機材を配備している筈がなかった(航空自衛軍は、全機材を『特別システム』へ連結すると言う高コストを賄うだけの予算を獲得出来ていなかった)。


「!!」


 しかも驚いた事に、『特別システム』によって引き起こされた『神懸かり』の程度は、過去に観察されたレベルを遙かに凌駕する、『X』クラス。『A』、『B』、『C』、『M』、『X』と定められた5クラス中最大。


 過去に最大レベルは、半世紀前に南シナ海で行われた対人民共和国・人民解放軍・海軍の打撃艦隊との決戦時。


 かつての航空自衛軍・主力戦闘機、川崎・XF-4Aとスウォーム・ドローン群が初投入された航空戦だった。


 それでも『M』クラス。その後、何度か成功した『神懸かり』の程度は『B』〜『C』である。


 宮城県、仙台のマップ上に、『鳥居』のマークが表示される。バックアップ担当の人工知能も、『神懸かり』の発生を認めたと言うことだ。


 男は、飲み込むのを忘れていた唾が、口内に相当量が溜まっていることに気付いた。同時に、かなり息苦しい。どうやら、呼吸をするのもおざなりになっていた様だ。


『鳥居』のマーク発生。これで『神懸かり』の実現は確定。


 男は(コード)でつながれた受話器を取り上げて、基地指令官の秘書へ、直属の上官を飛び越えて通話をコールした。


 呼び出し音。もどかしい。秘書役の副官か、近くにいる誰かが受話器を取り上げた。


「こちら飛行開発実験団(ADTW)、新世代情報統合システム・当直オペレーター。たった今、新世代情報統合システムの無通知の起動を確認。『神懸かり』発生中。クラスは『X』。繰り返す、クラスは『X』。規定に基づき、指令の判断を求む」


 受話器を取り上げたのは、副官の二佐であった様だ。それだけに事の深刻さに直ぐに気付く。


「発生場所は?」


「宮城県、松本市です」


「松本か? それとも海自の航空護衛艦か情報護衛艦でも沖にいるのか? 入港してるのか?」


「否定です。ネガティブ。松本市内。陸上、内陸地です」


「状況を分かっている範囲で詳しく」


「確定は発生地点が松本であること。クラスは『X』であることだけです」


「推測では?」


「発生地点で自軍の「端末」は存在せず。現時点で、我々の把握していない「端末」が、我々の意図とは無関係に『神懸かり』を発生させているのかも知れません」


「・・・!!」


 二佐は、一つの可能性に気付いた。


 かつて、航空自衛軍には、何の支援システムも使用しないで、生体脳一つで『神懸かり』を発生させる事が出来たパイロットがいた。


 彼は、そのパイロットを直接目にしたことはない。だが、見知った鴨田元空将補は該当者を見知っていると言っていた。


 ーーー朝間ナヲミ退役三佐。


 二佐は直ちに基地司令に可能な限りの詳細を伝え、飛行開発実験団(ADTW)へ独自の新世代情報統合システムを命じた。


 敵対的な行動が認められた場合、自衛軍側も新世代情報統合システムを以て対処する必要があるからだ。


 ただし、残念なことに、この時にシステムを起動させたパイロットとオペレーターは、『神懸かり』の発生に失敗した。


 そうこうしている間に、『神懸かり』と言う現象は、勝手に、静かに収束してしまった。


 マップ上で点滅してた『鳥居』のマークは消滅した。


 そして、何事もなかったかのように日常が戻って来る。


 しかし、飛行開発実験団(ADTW)は何者かによる新世代情報統合システムの違法使用の可能性の調査をしない訳にはいかなかった。


 もし、大陸の各地や日本国の南方で活動する解放軍・残党が、新世代情報統合システムをハッキングなどの手段で違法入手しているならば、それは紛れもなく国家の危機であるからだ。


 だが、意外にも、飛行開発実験団(ADTW)は半日もしないうちに、事の発端へ到達してしまうことになる。


 それは、半場、身内で実行されていた。そして、実行した者も、実は『神懸かり』を行ったつもりもなかったと分かった。また、実行者は、自衛軍の新世代情報統合システムには指一本も触れていなかったので、今回の一件を問題が起こると認識していなかった。故に、ことそのものを隠蔽するつもりは一切無かったからだ。


 ーーー私立松島大学の医学部付属、サイバネティックス課、研究施設。


 局地的には(もり) 葉子(はこ)医学博士の研究室。


 あえて言うなら、彼女の私物のノートパソコン。大昔に日本IBMで開発されたノートパソコン"Apple Powerbook 2400C"の筐体を流用した嗜好品が『神懸かり』の震源地となっていた。


 二佐は、朝間ナヲミ本人が『神懸かり』を行っている可能性を上げた。だが、実際は朝間ナヲミの関係者であある(もり) 葉子(はこ)が行ったと知って大変に驚いた。


 この件を通じて。


 飛行開発実験団(ADTW)は、かつてシステムの開発協力を仰いでいた元・自衛軍パイロットである朝間ナヲミが瀕死の状態にあり、法的配偶者である(もり) 葉子(はこ)医師が救命治療中であると知った。


 ーーー二佐は、かつての、既に忘れ去られた航空自衛軍の英雄が、今は自らを襲う運命と戦っている真っ最中と知った。


 (もり) 葉子(はこ)は、朝間ナヲミと同様に、生体脳一つで、新世代情報統合システムを遙かにしのぐクラスの『神懸かり』の発生に成功し、成功し終えたとも知った。


 飛行開発実験団(ADTW)は、自らが開発し、運用中の新世代情報統合システムの拙さを分からされた。


 運用歴半世紀を超えても、特別な人間のパワーには遠く及ばない、所詮は中途半端、或いは偽物の『神の器』しか作れていた。(あまつさ)え、高頻度で『神降ろし』に失敗する。


 今回の事件は、ただ、一人の民間人は、日本国防衛の根幹である航空自衛軍よりも、より高度な『神懸かり』を引き起こしただけのことである。


 ただ、自分達以外が『神懸かり』を発生させられる、そう言う可能性を全く想定していなかった。だから、そうではないと分からされて、目論見を否定されたことに大変驚かされたのだ。


『神懸かり』を国家、或いは担当役所への不届けのまま違法に行ったと責める事も出来ない。日本国の法律では、『神懸かり』の実行について規制する法令は存在しない。だから、実行に関する資格の所持不所持は100%不問(※=この件に関する資格認定制度は公でも民でも成立していない)。


 つまり、許可制ではない。当然、事前の届け出の義務も定められていない。誰であっても気が向いたときに気が向いただけ実行出来る。まあ、規制がないので、保証する法令も同時に存在しないのだが。


 ーーーこうやって、朝間ナヲミは、現世への一時帰還を果たすべく、辻褄の道筋は立てられた。


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