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みつせがわのだくりゅう。 -05- // 2126年10月18日 AM0YY:YY

 朝間ナヲミは、濁流に沿って、石原をしばらくの間歩いてみた。


 徒然と。何となく。気の向きままに。


 まずは、濁流へ向かって最短距離で近づき、ゴミの汚れではなく土砂で濁った水流を、客観的事実を積み上げて見極めるべく努める。


 朝間ナヲミから見て、左手から右手へと水が流れている。これで、左手に水源があり、右手に海があると判明した。そして、それ以上は何一つ分からなかった。


 歩き続けていたが、実は目的地はない。むしろ本能に従っての行動だ。


 ただ、周辺環境の把握したいと言う、若い日、戦闘機パイロットだった頃に身体、じゃない。身体はもうなかった。だから、唯一残っている、生体脳に焼き付けたサバイバル教練とトラウマを実装してある生存欲求に従っただけのことだ。


 ーーーそう言えば、昔、忘れた頃にマーティンベーカー社から郵送されて来た「イジェクションタイクラブ」のネクタイ、パッチ、証明書、タイピンとか何処に収納したっけ?


 思い出せなければ、擬体の動作ログを検索すれば良いだけだ。しかし、今は明晰夢の中であるに関わらず、非合理的な展開となっている。


 何と、もっとも基本的な機能である筈の検索用のメニュー表示スイッチが、表面意識へ接続出来てない。だから、正確な情報を閲覧出来ない。


 朝間ナヲミは、そういえば、「イジェクションタイクラブ」も記念時計が、やたらにデッカい時計だったことを思い出す。


 ーーーああ、アレは長女の向日葵(ひまわり)が持って行ったな。今でも使ってくれているから?


 ーーーあれ、ペックが自分の記念時計を息子の太郎クンへに贈ったから、向日葵(ひまわり)も同じものが欲しいって話だったよな。


 この時点で、朝間ナヲミは、おそらく、最初に意識を取り戻した地点から、4〜5時間は歩いている。それでも下流の果ては見えない。変わったのは川原の石のゴツゴツ感が減ったこと。それから、対岸が見えるくらに川幅が狭まったことだ。


 不思議なことに、生身だってのにぜんぜんお腹が空かない。さすが、明晰夢と朝間ナヲミは感動する。


 彼女は、既に、半世紀以上は擬体に宿っている。だから、生身だった頃の体感の記憶なんてほとんど覚えていない。


 実際ら、空腹とかそう言う肉体的欲求の不満感(不快感)がどういうものか、今となっては想像してみることしかできない。


 人間って一体何なんだろうな? と考えさせられる事案だ。


 夢の中だから、と、朝間ナヲミは、その場で石で敷き詰められた川岸へ腰を下ろす。日本の着物というより、浴衣っぽい衣装の、とても解放的な裾だから、両足の自由度が高いことに気付く。


 念のために、近くに(もり) 葉子(はこ)の視線が届いていない事を確認してから、人目も気にせずに豪快な胡座をかく。


 ここに(もり) 葉子(はこ)が居ないことは承知していのだが、長年続けた習慣と言うものは、突然に止めようとするとその方が大きなストレスになってしまう。


 朝間ナヲミは、(もり) 葉子(はこ)からオッサン化を危惧され続けて、何かにつけて小言を見舞われ続けると言う生活を続けて早半世紀であった。そして、それはこれからもしばらく続くと想定していた。


 (もり) 葉子(はこ)にしてみれば、出会った頃は会津で一番の美少女であった朝間ナヲミのオッサン化は、看過できない、見過ごせない、黙認できない、座視できない、放っておけない、見て見ぬ振りは出来ない、大事件であった。朝間ナヲミ当人も、自分の人生のパートナーからその様に重く扱われることは、こそばゆくもあったが、そういう親近感の圧迫については悪い気はしなかった。


 胡座姿で目前の濁流を眺めながら、ちょっと違うことを考え始める。


 両足の膝。これを人工物へと置換した後、擬体発展期の最初期では、正座を出来ないと言う構造的なバグがあったそうだ。無理矢理に正座をすると、高確率で膝ジョイント部が外れてしまったそうなのだ。


 これは、あまりに人間の本来の形状(構造ではなく)を模倣し過ぎたことが原因であったそうだ。擬体普及期の前の、膝関節を人工関節へと入れ替える治療でも、同様に無理矢理に正座をすると、高確率で膝ジョイント部が外れてしまったそうだ。


 だから、初期の擬体の全ての個体へ、正座姿勢を取ろうとすると、第二小脳経由でリミッターが掛かる仕様になっていたと聞いている。


 自然が作り出したものを人工物で代用するのは難しい。何故なら、仮に、構造を同じにしても、素材そのものが異なる。強度や柔軟性、さらに耐久性が根本的に異なるのだ。例えば、金属構造のものを木製構造へと完全に置き換えれば、すぐに不具合を起こして壊れてしまう。逆もまた然り。


 金属構造には金属構造の最適な構造がある。


 木製構造には木製構造の最適な構造がある。


 当然、自然に作られた生体部位と人間が模倣して設計する人工物による置換部位にとっての最適な構造は絶対的に異なる。


 初期の擬体技術者達もそれは承知していただろう。しかし、人工物による置換部位にとっての最適な構造が思いつかなかった。だから、自然に作られた生体部位にとっての最適な構造を参考にして設計せざる得なかったのだ。


 つまり、擬体と生身の人体は、収斂発展の途上と言うことなのだ。


 そんなどうでも良いことを考えていると、何処かからか馬の(いなな)きが聞こえた。「ヒヒーン」と高く鳴く声だ。何処かで、何時だったか聞いた事のある(いなな)きだ。


 頭を上げて、首を左右に振って、周辺を見回す。


「あ」


 すると、目の前の川の真ん中付近に、見覚えのある一頭の牝馬(ひんば)が立っている。


「ハナコ」


 朝間ナヲミは、思わず立ち上がる。


 その様子が見えたらしく、鳴き声が「ブルルル」と言う鼻を鳴らす音へと変わる。自分の認めた乗り手が、自身に気付いてくれたことを察したのだ。早くこちらへ来いとアピールしている。


 良く見れば、尻尾を高く振っている。


 早く鞍に跨がれ。そう言っているかのように、蹄で足下の水を掻き回している。


 今にも、常歩(なみあし)でこちらへ寄りたい仕草に見える。


 しかし、何かしらの制限がある様で、今の位置よりもこちら側の岸へは近付けない様に見える。


 だから、朝間ナヲミの方から近付いて来るのを待っている。そうする様に働きかけているのだ。


 ハナコは、私立会津高校乗馬クラブが借り受けていた馬の一頭。だった。ウエストファーレン種の老馬。乗り手を容赦なく選ぶ気むずかしい個体(じゃじゃ馬)であり、この馬の背に鞍を着ける事をグラブのメンバーの全員が避けていた。

 

 だが、会津震災の学園崩落以後は行方不明となった。だが、ハナコは冬の東北を自力で息抜いて春になってから然るべき団体に保護された。その後に茨城県・霞ヶ浦の乗馬クラブで収容され、朝間ナヲミと再会した。


 朝間ナヲミは、何故か、ハナコに最初は拒絶されながらも、最後には受け容れられた。そして、奇妙な程に朝間ナヲミに懐いた。


 そして、再会からしばらくしてから寿命を完全に費やし尽くした。朝間ナヲミにとっては、最後を看取った最初で最後の馬となった。


 ああ。そうなのか・・・。


「ハナコがここ(・・)に居ると言うことは・・・」


 ここ(・・)は「あの世」なのだ。今は夢ではなく、死後を体験中なのだ。


 朝間ナヲミは、両足の力を不意に失って、その場に崩れ落ちてしまった。


「ごめん。ハコちゃん」


 朝間ナヲミは、自分自身が死亡した可能性については大した感慨を持てなかった。あまり頓着していなかったと言って良い。これまで、沢山の、大切な人、どうでも良い人、顔も知らない人の死と直面して来たせいで、とうとう自分の番が回って来たくらいの感想した持てなかった。


 だが、それでも、何の問題も無いわけでは無かった。


 ーーー最愛の(よめ)を裏切ってしまった。


 最後の瞬間まで必ず添い遂げると約束して結婚したにも関わらず、彼女を現世に残して居なくなってしまう。最悪の結果である。しかし、どうしようもない。心から申し訳なく思った。その上で、謝罪することも叶わない。


 現世への帰り道も分からない。最初から、そんなものはないのかも知れない。だから、せめて、ハナコの側へ行ってやろう。


 朝間ナヲミは、50年以上前に分かれた切りの、事実上の愛馬に寄り添ってやりたいと自然に感じた。久しぶりに義手ではなく、本物の腕をはむはむと甘噛みさせてやろう。


 愛情表現を受け容れてやろう。そう思って、岸から、川の中、濁流への最初の一歩を踏み出そうとした。


 そこで、何者かに右肩を捕まれた。


「ちょっと待った」


 動きを制された。


 懐かしい声が聞こえた。後ろを振り返る。


「久しぶりね」


 そこには、こちらも50年以上前に分かれた切りの、自宅の家事の責任を負ってくれていた、朝間先生の家のお手伝いさんの百合子さんがいた。


「ああ、百合子さん・・・」


 貴女も死んじゃったんですか? そう尋ねようとしたら、朝間ナヲミは声を発する寸前に人差し指で唇を閉じられた。


言霊(ことだま)って知ってる? 都合が悪いことを思い付いてもそれを決して口にしてはいけない。堪えなさい」


「・・・っ」


「それを言葉に乗せてしまうと、それが現実として確定してしまうから・・・ね」


 そこで朝間ナヲミは気付く。百合子さんの背後には、愛車の、赤いハッチバックの自動車、左ハンドルで合衆国仕様の真っ赤な200SXが止まっている。


 何という、無茶苦茶な設定だ。石原の川岸までスポーツカーで乗り入れられるはずはない。しかし、目に見れる光景はその様に余りにも理不尽で、至極に不自然だ。


 ーーーやっぱり、夢なのかなあ。


 朝間ナヲミは、突然の展開に戸惑い、登場人物の話に聞く耳を持つ以外に出来ることはなかった。


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― 新着の感想 ―
 おお、素性が謎人物『百合子』さんが☆
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