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迫る猟犬

スパイからの報せは、まっすぐ“帝国の情報塔”へと届く。

この領都の外町、そのさらに奥――

誰も近づかないスラム街の、廃教会の地下。

そこに“狩りの司令塔”はいた。


「……鳴ったか」


受信専用の《マジックギア・レシーバー》が低い唸り声のような音を立てている。

フードの男はその報告をじっくりと聞き終えると、背後に立つ影に声を投げた。


「――準備を。今使えるのは……“三匹”か」


コートの裾を翻し、暗がりから現れた3人の影。

彼らは、静かにうなずき、無言で装備を整え始めた。

それはまるで、野に放たれる猟犬のような――


「……獲物は、二頭引きの荷馬車だ。現在東の街道を進んでいる。

殺すな。捕らえろ」


「我らが迎えるのは――帝国の未来そのものだ。

軽々しく扱うことなど許されん」


「必ず……“丁重に”連れて帰れ」


その言葉に、3人の“猟犬”が小さくうなずき音もなく、消えていく。

フードの奥で光る眼。まるで、漆黒の夜に潜む獣のような眼差し。


「……今、お迎えにあがりますよ、フィリア・アルステリア」


その名を、囁くように。

だが、そこにはぞっとするような執念と熱量が籠もっていた。


“狩り”は、始まった。

気配を消し、武器を研ぎ、影の中から迫る。

静かに、そして――確実に。



セラさんが戻ってきて、再び馬車はゆっくりと動き出す。

車輪が時折ガタンと跳ねるけど、なんかもう慣れてきた。


「あー、でも次こそ街に来たら、いろいろ回りたいなぁ……」


遠ざかる町並みを見ながら、俺はつい口元が緩んだ。

(だってな、めちゃくちゃいい匂いしてたんだよ。肉と焼きたてのパンと、なんか甘い果実の匂い……)

腹は減るし、目にも毒だしで、ちょっと地獄だったぞ。


そんな俺の内心を見透かしたかのように――


「ふふっ、はい。おみやげです」


セラさんが笑顔で、布包みを俺に差し出す。


「おお……これは……!」


受け取ったのは、見た目ホットドッグっぽいパン。

でもただの肉パンじゃない。ぎっしり詰まってる具材がまた食欲をそそる。


「ガルドパイです。

この辺の名物で、旅人にも人気なのだそうですよ」


パンに挟まれた肉は香ばしく焼かれ、玉ねぎと酸味の効いたトマトらしきソースが絡んで――


「……うっま!!」


かぶりついた瞬間、うなる俺。

フィリアも「んっ……」と目を丸くしてる。


「これ、をチョイスしたセラさんの感性に痺れちゃいます!」


「ルクスくんが嬉しそうで、良かったです」


笑うセラさんの横顔がちょっと誇らしげで、俺も思わず笑ってしまった。



だけど、その後方――

遠く離れた城壁の影に、“3つの影”が馬車の車輪跡を静かに辿り始めていた。

狩人たちは、もうすぐそこまで来ている。



馬車は、平原のど真ん中を一直線に走っていた。

地平線まで見渡せる空間に、馬蹄の音がこだまする。


「……風が気持ちいいですね、ルクスくん」

干し草の上でフィリアが微笑む。


帆布を開け放った荷台に、春の風が通り抜けていく。

けれど、その穏やかな時間は長くは続かなかった。


「……ん?」


ふと、後方から馬蹄の音が迫ってくるのに気づく。

ちらりと振り返ると、2頭の馬に乗った男たちがこっちに向かって走ってきていた。


(同じ方向か……にしても、なんか速くね?)


不安になってセラさんに声をかける。

「セラさん、後ろから馬……2頭、けっこうなスピードでこっち来てます」


御者台のセラさんが振り返りもせず、静かに尋ねた。

「……ルクスくん、先ほどから近づいているんですか?」


「はい、けっこうな距離を縮めてきてます」


するとセラさんの声が一段と硬くなる。

「お願いがあります。――念のため、矢を“当てずに”、その馬たちの“前”に威嚇射撃してください」


「……威嚇?」


「もし普通の旅人であれば、それだけで減速するはずです。

ですが、それでも距離を詰めてくるようであれば――“敵”と判断できます」


(……そう来たか)

確かに、ずっとこっそり進んできた俺たちが、いきなり馬に追われるなんておかしい。

でも普通の人だったら可哀想だって気持ちもある。


けど――もしも本当に“追っ手”だったら?


(……ここで油断して、何かあったら)

そのとき俺は、フィリアの笑顔を思い出した。


「……了解」


すぐさま荷台の後部へ移動。

水樽を横に移動させ、即席の遮蔽物にする。

風を孕んだ天幕を、両手でばっと開けた。


――見える。2頭の馬、そして武装した2人の男。


(やっぱ怪しい。……いくぞ)


ギザドロン弓を構える。

風を読む――


「……行けッ!」


矢が、ピュッと音を立てて飛ぶ。

馬の“前方”の地面に数本――パスパスッと連続で突き刺さる。


通常の旅人なら、ここで驚いて止まる。

だが――


「減速しない……!?」


2人の男は、速度を一切落とさずこちらに突進してくる。

そのうちの一人が――腰から抜いたのは、黒い弓。


「マジか……! こっちに撃つ気かよッ!」


やっぱり――あれはただの旅人じゃない。

俺たちを狙ってる、“狩人”だ。


(フィリアを――守るッ!!)



シュッ――ッ!


すぐさま屈む。

鋭い風切り音がして、バシュッと嫌な音を立てて矢が水樽に突き刺さった。


「チッ……撃ちやがったな!」


危ねぇ! マジで容赦ねぇ……こいつら、完全に“狙って”きてやがる。


即座にギザドロン弓を構える。


「――我は求む、風の精霊よ。この矢を導け!」


風除けの魔法を矢に纏わせ、すぐさま放つ。

狙いは――馬の脚!


ヒュン――ズガッ!!


見事に命中。前足をやられた馬が悲鳴のような嘶きをあげ、騎士もろとも地面に転がる。


「よっし、一匹目ダウン!」


だが、安心する暇もなかった。

もう一頭が――そのまま猛スピードで迫ってくる。


「くそっ、止まれ……止まれっつってんだろ!!」


ルクスはすぐさま矢を番え、風の流れを読みながら引き絞る。

狙うは馬の前脚――だがその瞬間、敵が何かを叫んだ。


「――□□、風の精霊よ……!」


聞き取れなかった。けど、風がざわついた。


ルクスの矢が放たれた馬に着弾する瞬間、矢の周囲に突風が巻き起こる。

矢は風に弾かれた。


(……矢避けの魔法ってところか? くそ! 厄介だ)


ならこれならどうだ。


ルクスはすぐさま魔力を練り直し、矢に集中させる。


(だったら、こっちは“真空”でいく)


「我は求む、風の精霊よ――この矢の道を、風なき空間へ変えたまえ」


風除けとは逆の概念、“風を断つ”ことで空気の抵抗すら削る。

真空状態の道を進み続ける矢が――音もなく、鋭く放たれた。


突風は反応できず、そのまま――馬の胴体に、ドスッと突き刺さる。


「――ッ!」


馬が悲鳴のような声をあげて崩れ落ち始める。


(……当たった)


だが、男は――


「……え?」


代わりに、馬を捨てた。


跳躍一閃。地面に飛び降り――

ズシャッと砂埃を蹴りながら、すごい速度でこっちに走ってくる!


(バケモンかよ……馬より速ぇぞ!?)


荷馬車の後部に、そいつの手がかかる。

このままじゃ、フィリアが――!


「セラさん!! 馬車に取り憑かれました! 荷台に登ってきます!」


俺の声に、御者台のセラさんが鋭く指示を飛ばす。


「ルクスくん! お嬢様をこちらに! すぐに!」


「了解!!」


干し草をかき分け、まだ驚いた表情のフィリアの手を取り――御者席へ!


セラさんが手綱を俺に押しつける。


「ルクスくん、お願い……! しばらく真っ直ぐ走ってください!」


「マ、マジっすか!? お、おれまだ半人前の馬操縦士なんですけど!?」


「ルクスくんなら、できます!」


……そう言い残して、セラさんが荷馬車の後部へ跳ぶ。


振り返ると、荷台の登り狙いすましたように相手の剣が抜かれていた。

そして――静かに火花が散る。


セラさんと“猟犬”の激突が、始まった。


耳をつんざくような金属音――

剣と剣が交わる鋭い音が、俺のすぐ後ろで連続する。


(くっ……ヤバい、近い! めちゃくちゃ近ぇ……!)


咄嗟に手綱を握りしめ、肩に力が入る。


馬をまっすぐ走らせるのもすごく難しい!

ちょっと間違えたら道から外れそうだ。

ちくしょう、自動車免許持ってたんだぞ!

全然勝手が違う!

と、心のなかで泣き言が出る。


そんな状態で後ろを見ることはできない。

その剣戟は、激しさを増す。


終わりは、唐突に訪れた。


ギィインッ……ギャッ!


甲高い断末魔と共に、静かに終わりを告げた。


「……終わった?」


どっちだ、どっちが勝った……

一瞬だけ反射的に後ろを振り返ると、天幕が揺れて――


そこに立っていたのは、血の飛沫を一切浴びていない、

凛としたセラさんの姿だった。


(……勝ったんだ)


前を向きながら、聞く。


「……セラさん! 無事ですか!」


「はい、大丈夫です。あちらは、もう動きません」


安堵の息を吐いた俺に、セラさんが少しだけ穏やかな声をかけてくる。


「ルクスくん……運転、もう少し頑張れそうですか?」


「……うん、もうちょっとなら!」


(心臓バクバクだけど、フィリアが横にいるから、なんか――踏ん張れる)


ちらりと視線を落とすと、フィリアが俺の膝に小さく体を預けて、肩を震わせていた。

目は伏せられ、手は服の裾をぎゅっと握っている。


「大丈夫だよ、もう……終わったから」


そう言って、そっとその頭に手を乗せた。

フィリアはこちらを見上げて、それから小さくうなずいた。


(絶対、守るから)


風が、荷馬車を抜けていく。

さっきまでの剣戟の残響も、今はただの幻だったように消えていた。

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