帝国はなぜ狙う?
馬車の進む音に揺られながら、ずっと引っかかっていた疑問をセラさんにぶつけた。
「……セラさん。フィリアが狙われてるって、やっぱ帝国が関係してるんですか?」
「ええ。そうです。フィリア様を狙っているのは、“帝国”です」
即答だった。だが、その後の沈黙が妙に重たい。
「……でもさ、正直、ピンとこないんだよな。
聖女ってだけで、帝国がここまで必死になるのが」
「どういう意味でしょう?」
「いや、帝国からここまで人を送って、スパイを送り込んで、
金も人もかけて、わざわざ一人の女の子を攫おうとしてるわけだろ?
聖女だから、ってだけでそこまでするって……コスパくないか?」
セラさんは少し空を見てから、静かに口を開いた。
「そうですね……まず、帝国は厳密に言えば国土の半分を“魔境”に奪われています」
「……半分か。かなりデカいな」
「ええ。そして現在の戦況も、決して良くはありません」
セラさんの目が鋭くなる。けれど、その奥にはどこか――悲しみが混ざっていた。
「聖女というのは、“神聖魔法”を唯一使える存在なんです」
「神聖魔法……」
「その中でも、帝国が最も求めているのが――聖女様が展開できる“結界”です」
「結界って、あの……防御の?」
「いえ、それだけではありません」
セラさんは馬車の手綱を握ったまま、俺の方を一瞥する。
「伝承によれば、聖女が張る結界は“聖域”と呼ばれ、
その中に入った魔獣や魔族は――恒久的に、大幅な弱体化を受けるそうです」
「……永続で弱体化って、えげつねぇな」
「だからこそ、帝国はどんな手段を使ってでも聖女様を手に入れたい。
――この戦況を、逆転するために」
(……それってつまり、“兵器”として求められてるってことか)
セラさんは、続ける。
「ルクスくん。これは単なる“戦争”の話じゃないんです。
帝国と王国の歴史には……もっと深い、悲劇があります」
そうして、セラさんが語った話は――なんとも救いのない“人間の業”そのものだった。
魔族と魔獣が大陸に現れたのがすべての始まり。
いくつもの国が蹂躙される中、唯一立ち向かえたのが“帝国”。
巨大な軍事国家で、他国からは疎まれていた存在。
「魔族に攻められても、他の国は手を貸さなかった。
“どうせ潰し合ってくれる”、そう思っていたんです」
だが、魔族たちはその帝国さえも次第に飲み込んでいった。
「そのときになってようやく、各国は焦り、
“人類連合”を組んで帝国に支援を始めたんです」
「手のひら返しってやつか……」
「でも、帝国は違いました。
――助けられた後、今度はその支援を逆手に取って、王国に侵攻したんです」
「な……」
「“王国を滅ぼして国力を増やし、魔族を滅ぼす”。
そう考えたようです」
背景には、“マジックギア”という魔導兵装の技術があった。
「滅ぼされた“ドワーフの国”から、帝国は技術を奪いました。
火事場泥棒のように、その国の“アーティファクト”を回収し、解析したのです」
そのおかげで魔境からの侵攻をなんとか食い止めているのですが……
それ以来、帝国は世界中のアーティファクトを回収してまわっている。
――軍拡。
――傀儡国家の設立。
――魔導兵器による制圧。
「王国は当初、ジリ貧でしたが……“魔法王国”と呼ばれるだけあって、
魔法の才能に恵まれた人々が多くいました」
「王国魔法学院か……」
「はい。大魔法の連携で、どうにか帝国と“引き分け”に持ち込めたのです」
そして現在――
帝国は信用されず、魔族・魔獣の“防波堤”として使われている。
だが、各国はすでに疲弊しきっており、世界そのものが摩耗していた。
「それが、今の現実なんです」
風が吹く。
馬車が進むたび、砂埃が空へ舞っていく。
(……救いがねぇ)
「そんな状況で、フィリアは……聖女に生まれたわけか」
セラさんは、小さくうなずいた。
「フィリア様は世界の希望です」
「だから……守らねばならないんです。どんな手を使ってでも」
(――本気で、厄介なことに首突っ込んだな)
でも、引く気は――ない。
俺はもう、“守りたいもの”を見つけたんだから。
馬車がゆるやかな坂を越えたとき、セラさんがぽつりと口を開いた。
その声には、これまででいちばん強い“警告”の色があった。
「……帝国は、国家の存亡をかけてフィリア様を攫いに来ます」
俺は思わず息を飲んだ。けど、セラさんは続ける。
「私たちが“辺境”に身を潜めていたのも……王都の城ですら安全ではなかったからです」
「……それってつまり、王国内にスパイがいるってことですよね?」
「はい。残念ながら、間違いなく」
風に舞う帆布の隙間から差し込む光が、妙に冷たく感じた。
「帝国は、“姿を変える魔道具”や、“通信魔道具”を持っています。
それも、ごく一部の貴族や上位魔術師だけが扱えるような“特別なもの”ではなく……
“広く一般に運用可能なレベル”で、です」
「……魔法じゃなくて、誰でも使える道具ってことか」
セラさんはうなずき、言葉を重ねる。
「我々も、似たようなことを魔法で行うことは可能です。
でも、それは習得に年単位の訓練が必要なもの。
日常で使いこなせるような代物ではありません」
「なのに帝国は、そういうのを“道具”にして、
兵士でも、スパイでも、誰でも使えるようにしてる……」
「だから彼らは、“どこからでも侵入できる”。
身分を偽り、顔を変え、魔力すら隠して接触してきます。
どんな田舎であろうと、関係ありません」
その言葉に、背筋がひやりと冷えた。
「……だから、気をつけてください。ルクスくん。
私たちは、今この瞬間も“誰かに見られている”可能性があるんです」
(目に見える敵より、見えない敵の方がやっかいってことか……)
(帝国が相当厄介なことは理解できた)
――でも。
(でもさ……帝国の持ってるマジックギアって、ロマンあるよな……)
(くそ……ほしい。めっちゃほしい!)
この非常時に、そんなことを考えてる自分が一番の問題かもしれない。
◇
「さてさて……次の街に行く前に、買い出しタイムですか」
どうやら、ここは“馬車置き場”って場所らしい。
時間で利用料を払うらしく、まあ――前世で言えばパーキングエリア兼ガソスタ、みたいなもんか。
馬車を指定の場所に停めて、セラさんは買い物へ。
その間に俺は、干し草の補充と水の交換。
「……小間使いとは思えぬ働きっぷりだな、我ながら」
水樽を馬車に持ち上げる。結構重い。
買ったばかりのやつは、ズッシリきやがる。地味に腕がしんどい。
身体強化が使えなかったら絶対に持てないな。
「にしても、ここ……セルフスタンドって聞いてねぇぞ、セラさん」
ちょっとぼやきながらも、馬の鼻先に干し草を並べてやる。
馬が「フゴォ」と満足そうな音を出す。……なんかちょっと癒される。
そして――
「ルクスく〜ん♪」
馬車の帆布の隙間から、フィリアがひょこっと顔を出した。
「見て!」といって馬車の中で干し草の山にダイブしてる。
「おいおい、そんなに跳ねたら、草くずまみれになるぞ」
「えへへ……だって、ふかふかなんですもん。気持ちよくて……」
干し草の山に半分埋まりながら、目を細めて笑う彼女。
聖女のくせに、完全に無邪気な子どもモードだ。
楽しそうに転がりながら、干し草を手でポンポン。
その仕草ひとつひとつが、なんか……リスっぽい。
「……リスか。まじで干し草かじり出しても驚かねぇな」
「もう、なにか言いました?」
「いえいえ、何も。お嬢様はたいへんご機嫌麗しゅうございますね~っと」
「ふふっ、ルクスくんってほんと、時々ふざけたお顔しますね」
そんな感じで、ゆる~く、まったりした時間が流れていく。
この“逃避行”も、たまにはこういう一息がないと息が詰まるってもんだ。
――さて、そろそろ水樽の固定も終わりそうだし。
セラさんが戻ってきたら、次の街へ向けて再出発だな。
でもまあ、今だけは。
フィリアが笑ってる、それでいい。
◇
馬車置き場の奥――
陽が傾き、影が長く伸びる中、ひとりの老人が無言で干し草を束ねていた。
腰は少し曲がり、動きもゆったり。
けれど、その手付きには無駄がなく、何十年もこの作業を繰り返してきたことが一目でわかる。
水桶を並べ、馬の足元に敷かれた藁を丁寧に掃く。
その目は、一見ただの“働き者の老人”。だが――
その男の老人はふと、周囲をぐるりと見渡す。
そして――ニヤリと笑った。
「……見つけた」
誰に言うでもなく、口元だけで呟く。
その声は、どこかぞわりとするほどに冷たい。
“ここ”は毎日、数十台の馬車が出入りする。
農民、旅人、商人、軍属、そして――貴族。
「金を持つやつらが来るってのは、情報が集まるってことさ」
老人は無造作に馬のたてがみを撫でながら、ぼそりと続ける。
「身分を偽った馬車、小間使いらしくない少年、妙に気配を消していた女。
そして……荷台に隠れている“誰か”」
ひとつひとつ、パズルのピースを嵌めるように。
“見ているだけ”で、彼には察せることがあった。
なぜなら――彼は、ただの老人ではなかったからだ。
「スパイってのはな、目立たないからいいんだよ。
堂々としていて、よく動いて、真面目に掃除をして――」
老人は手元の箒をカツンと地面に当て、ゆっくり立ち上がった。
「……だからこそ、誰も疑わねぇ」
馬の嘶きだけが残る馬車置き場。
しかし、そこにはもう“気配”すらない。
まるで、最初から存在していなかったかのように――
この老人――いや、“帝国の諜報員”は、
今日も一つの情報を“持ち帰る”。
――“それらしき一行、発見。確認の必要あり。”
誰にも気づかれぬまま、敵の網はすぐそばまで忍び寄っていた。
静かに、確実に――そして、狡猾に。




