検問突破
今日もいい天気だ。
雲ひとつない青空に、やわらかな風が頬を撫でてくる。
馬車の布をめくって外をのぞくと、視界いっぱいに――
見渡す限りの畑、畑、畑。
整然と区画された田畑が、まるで大地に描かれた模様のように広がっていた。
「おお……見晴らしすげぇ」
御者席にいるセラさんに声をかける。
「これ、全部耕してるんですか? 人の手で?」
セラさんは軽くうなずいて、風に髪を揺らしながら言った。
「はい。ここは領都一帯――王国でも屈指の穀倉地帯ですから。長い年月をかけて開拓され、整備された土地です」
「なるほどな……景色も、人の努力の結晶ってわけか」
風が心地いい。目に映るすべてが、なんかでっかく感じる。観光気分、ってやつだな、完全に。
馬車の中をのぞいて、フィリアを呼ぶ。
「おーい、フィリア。ちょっと外、見てみ?」
「え……あ、はい……わぁぁ……!」
ぱっと帆布を開けた先の景色に、彼女は目を輝かせる。
「とっても……綺麗……」
「だろ? 逃亡の旅とは思えんよな」
「ふふっ……なんだか、旅してるって実感、湧いてきますね」
その笑顔に、俺もつられてニヤけそうになる。
(やっぱ、フィリアの笑顔は破壊力が高ぇな……)
馬車はゆっくりと小高い丘を越え――
その先に、巨大な影が見えてくる。
「あれ……あのデカいやつ。お城?」
俺の問いに、フィリアが嬉しそうに頷く。
「あれが領都です。でもお城じゃなくて、“防壁”なんですよ」
「防壁……?」
「はい。あの中に、大きな町があるんです。王都ほどではないですが、とてもにぎやかで、いろんな人が集まっていますよ」
「へぇ……でっけぇな。あれ、全部囲ってんのか」
「今回は立ち寄りませんが、機会があればぜひ。きっとルクスくんも気に入ります」
セラさんが、御者席からさらっと言ってくる。
風がまた吹き抜けて、馬車の帆布がぱたぱた揺れる。
逃げの旅なのに、なんだか“自由”を感じる。
◇
馬車が城壁へと向かって進んでいくと、人通りがぐっと増えていった。
「うわ……なんか急に人の海だな」
道の両側には露店が立ち並び、荷を積んだ馬車や、行き交う旅人、商人、兵士――その喧騒がまるで“町そのもの”の鼓動みたいに響いていた。
「あそこに見えるのが、領都の城壁です」
セラさんが御者席からそう言う。
「そして、この辺り一帯が“外町”と呼ばれています。こういった城壁や城の周囲には、こうして市が形成されることが多いんですよ」
「へー……なるほどな。確かに、ここだけで十分“町”だ」
建物も密集していて、外町というより、もう“準都心”。
この活気、観光地みたいな感じさえある。
「今回は城壁内には入りません。この外周を回って、東の街道沿いにある“オルナ”という町を目指します」
「了解っす」
そう返した直後――
前方でなにやら列ができていた。
「ん……? 検問?」
兵士が数人、荷馬車の列を一台ずつ止めている。商人や旅人たちが書類を見せたり、荷物を確認されたりしているのが見える。
その様子に、セラさんがふっと眉をひそめた。
「ルクスくん……」
「……っすね」
すぐに空気を読んで、馬車の後方へ回る。
帆布をめくり、フィリアのもとへ近づいた。
「フィリア、ちょっと大事なお願いがある」
「はい?」
「検問があるみたいなんだ。だから――干し草の中に隠れて」
「……わかりました」
フィリアは迷いなく、慣れた動作で干し草に潜り込む。
(なんかもう、隠れるの板についてきたな……)
「少しの間だけ、我慢してくれな」
「ええ、大丈夫です。ルクスくんがそばにいてくれるから……」
そう言って笑う彼女に、俺は一枚厚めの布をそっと被せた。
そして。
腰に手を当て、ヴェイル・エルトネス子爵からもらった風紋の短剣を、そっと鞘ごと握った。
(……何も起きなきゃいいが、備えだけはしておこう)
風が少し強まって、馬のたてがみを揺らす。
検問は、すぐそこまで近づいていた。
◇
前方では、検問官とセラさんがなにやらやり取りしている。
「……この荷は、領主様からお預かりしたものでして」
「ええ、調査地からオルナへ運ぶようにと。早急に、とのご指示です」
その声は静かだが、しっかりと芯がある。
さすがセラさん、ハッタリじゃなく“本物の重み”がある話し方だ。
しかし――
「ですが、中身を一応確認させていただきたく」
「……っ、それは機密扱いです。ご容赦いただけませんか」
「規則ですので」
(チッ……ダメか)
荷馬車の帆布が揺れる気配。
検問官のブーツの音が、一歩、また一歩とこちらに近づいてくる。
そのまま馬車の端――入り口へと、さっと身を滑らせ外に出る。
「こんにちは」
俺が顔を出してそう言うと、検問官の動きが止まる。
年配の兵士だ。見るからに手練れで、顔つきも油断がない。
俺はゆっくり、腰に下げていた短剣――“風紋の短剣”を引き出し、鞘ごと静かにその紋章が見えるように構えた。
「……この短剣の印に、見覚えありませんか?」
検問官の目が細くなり、一瞬、空気がピリつく。
「それは……」
「ヴェイル・エルトネス子爵直々に預かったものです」
言葉を止めずに、俺は続ける。
「この馬車には、子爵が関わっている“調査物”が積まれています。もしあなたが中を確認するというなら――それは大問題になります」
検問官の額にうっすらと汗が滲む。
「……あくまで規則ですので」
「では、確認させてください。あなたの階級、氏名、そして上官の名前」
「なっ……」
「子爵への報告義務があります。中身を開かれたとなれば、当然、“何者が、どの権限でそれを行ったか”明記しなくてはなりません。お互い、面倒なことは避けたいですよね?」
沈黙。
数秒後、検問官は少し顔を強ばらせながら、肩をすくめて一礼した。
「……失礼いたしました。通っていただいて構いません」
「ありがとうございます」
俺は一歩下がって、帆布の中へ戻り――そのままフィリアの隠れている干し草に、そっと目配せする。
(……ふぅ)
風紋の短剣を静かに納め、腰に戻す。
“あの男”の名前と力は、やっぱり本物だったらしい。
そして何より――
“ああいう奴ら”に、ビビらず対応できた自分。
(……ちょっとは、“外の世界仕様”になってきたかな、なんてね)




