フィリアと魔法のお勉強タイム1
本日も例のごとく、馬車を止めての“夜営”である。
村の明かりが遠くに見える場所で、馬車は道端の茂みに入って停車。
フィリアは昼頃から体調がわるくなってからまだ寝てる。
セラさんは焚き火の世話をしている。
俺は馬の干し草をほどよくほぐしながらぽつりと聞いてみた。
「今日も村には寄らないんすね」
するとセラさんは、焚き火の炎をじっと見つめたまま、真面目な口調で答えた。
「はい。理由はふたつあります」
「まず――村に入れば、どうしても目立ちます。
特に今の構成は“子供2人と女性1人”……行商人にしては目立ちすぎます」
「……まあ、確かに」
「そしてもうひとつ。
もし、追手がこの辺りまで来ていた場合――
村にそんな“目立つ旅商人一行”がいたと知られれば、
即座に私たちだとバレるでしょう」
「……なるほど」
(見た目と人数、組み合わせだけで身元がバレる可能性があるってことか)
「だからこそ、“ここを通った”という痕跡自体、
極力残さないようにしているんです」
セラさんの顔は、いつものクールビューティーより少し険しい。
そこに見えるのは、冷静な判断と――強い“守る意志”。
(……さすが、フィリアの護衛だな)
「……ご苦労様っす。セラさんがいなかったら、マジで詰んでますね」
「ふふ、光栄です」
そう言って、セラさんはふっと微笑んだ。
(さて……今夜もまた、“静かな夜”を守る番だな)
◇
夜の森。焚き火の灯りがやわらかく揺れる中、
俺は馬車のそばで――フィリアと並んで座っていた。
フィリアは目を覚まし、俺の隣で嬉しそうに微笑んでいる。
セラさんはすでに就寝中である。
フィリアは寝過ぎてもう寝れないそうだ。だからおしゃべりしてる。
「えへへ……ずっと、ルクスくんと魔法のお話がしたかったんです」
「そりゃ光栄っすね、お姫さま」
「お、お姫さまって……ちがっ……わたし、ただのフィリアですから……!」
(※王女です)
そんなやりとりから始まって、自然と話は魔法の話題へ。
「最近はどんな魔法の練習をしてるんですか?」
「んー……今は水魔法の練習してるとこかな」
俺は手を前に出して、集中。
イメージは“静かな泉”。そして、水がそこから湧き出すように――
「我は求む、水の精霊よ。この手に水を満たせ」
――ボシュッ。
手のひらに、ふわっと透明な水が現れた。小さな水玉。
「ほら、こんな感じで。だいぶ安定して出せるようになってきたよ」
「でもさー、風魔法は感覚的にすぐ扱えたんだけど、水はちょっと苦手で」
「あと、魔法の本って、戦闘系の魔法ぜんぜん載ってないじゃん?
だから今のとこ“飲み水出すマシーン”で止まってるんだよね」
フィリアは少しだけ考えるように首をかしげて――
「……なら、ルクスくんが“使いたい魔法”、わたしが教えてあげますよ?」
「わたし魔法が得意みたいなんです」
「マジで!? やったー!」
「じゃあじゃあ、まずは――水魔法で“攻撃できるやつ”がいい!」
「ふふっ、男の子は攻撃魔法がすきですよね」
フィリアは小さく笑ってから、手を前に出し――そっと詠唱を始めた。
「我は求む、水の精霊よ、この手に水を満たし、我が敵に叩きつけたまえ!」
彼女の手の中に、水の球が現れ、ふわりと浮かんだ。
それが軽く振られた手の動きに合わせて、一直線に――
バシュッ!
木の幹に命中し、水しぶきを上げてはじける。
「おおぉ! 今の、結構な威力あるじゃん!」
「“水撃弾”って呼ばれてます。
大きな水を早く打ち出すことで、相手に衝撃を与える魔法なんです」
「なるほどね……重いから、ダメージも出るって感じか」
よっしゃ、俺もやってみるか。
「我は求む、水の精霊よ、この手に水を満たし、我が敵に叩きつけたまえ!」
手に現れた水玉をぶん、と前に振る。
――ボチャッ。
「……あっ、半分くらい途中で崩れた」
フィリアがくすくす笑う。
「でも、初めてにしてはすごいですよ? ちゃんと形になってます」
「ふふん、俺ってば“やればできる子”だからね」
「ふふ……もっと練習したら、きっとルクスくんならすごい水魔法使いになれます」
水撃弾を何発か試したあと、俺はぐったりと地面に座り込んだ。
手のひらからじんじんと疲労感が残ってる。
「……この魔法は魔力結構持ってかれるな」
フィリアは、まるで先生みたいに説明してくれた。
「それはですね……魔法には、大きく分けて二つの形があります」
焚き火の灯りに照らされたその横顔は、どこか神秘的だった。
「ひとつは、“自然から恵みを借りる”魔法。
もうひとつは、“存在しないものを、世界に一時的に投影する”魔法です」
「投影って?……幻影とかじゃなくて?」
「いいえ、“本当に存在するようにする”んです」
もっと詳しく、と頼むと、フィリアは地面に枝で図を描きながら丁寧に続けた。
「少量の水を出すような魔法なら、周囲の水分を集めて形にすることができます。
これは“自然からの借用”の範囲内です」
「ふむふむ、なるほど?」
「でも――それ以上の量になると、現実の自然現象では再現できない。
だから、世界の“法則”に一時的にねじ込み、
“今ここにある”ことにする……それが“投影”です」
「……ってことは、世界に“無理やり納得させてる”ってことか」
「そうです。そのぶん、魔力の消費も非常に激しくなります」
たしかに……
さっき木に当てた水撃弾、バシャっと弾けて水は出たけど、
木の表面は“湿ってる程度”だった。
(もし本当にあの量の水が飛んできてたら、もっとベシャベシャになるはずだよな)
「じゃあ、川の近くで使ったらどうなるんだろ?」
そう尋ねると、フィリアはぱっと笑顔になった。
「それ、すごく良い質問です!
実際、川や湖の近くでは“自然から水を借りる”力が強くなります」
「つまり、魔力の消費がぐんと抑えられますし――
大規模な魔法も、ずっと簡単に使えるようになるんですよ」
(おお、環境ボーナス的なやつだ)
「水魔法使うときは、川のそばを探すと効率的なのか」
「じゃあ……ここに水樽がありますから、少し実験してみましょうか?」
そう言ってフィリアが馬車の横へと歩いていく。
そこには、旅用の飲み水が入った大きな樽が積んである。
「えっと、桶……桶は……あ、ありましたっ」
少し大きめの桶を両手で抱え、どっこいしょと樽のふたを開ける。
――そして、ざばっと水をすくって、こぼさないように持ってくる姿が……
(たどたどしい……なんか可愛い)
足元を慎重に見ながら、ちょっとだけふらつきつつも――
「よいしょっ……ふー……」
と、笑顔でこっちに向かってくるフィリア。
正直、水よりも癒しを運んできている。
「では、ルクスくん。
さきほど使った“水撃弾”の詠唱に、“この水”を指定して使ってみてください」
「了解っす」
俺は水桶の前に立ち、集中して詠唱を口にする。
「我は求む、水の精霊よ、この手に“この水”を満たし、我が敵に叩きつけたまえ!」
――ボシュッ!
桶の水がふわっと持ち上がり、空中で球体となって形成される。
見事にまとまって、今にも弾け飛びそうな水球が、俺の手の前に浮かんでいた。
「おぉ……間違いなく、さっきより“軽い”」
魔力の消費が、段違いに少ない。
「これが“自然からの借用”ってやつか……
水がすでに存在してれば、それだけ楽になるってことか」
フィリアは嬉しそうにうなずいた。
「はい。そうして“存在するもの”を指定できれば、
魔力消費も抑えられますし、安定性も上がるんです」
「なるほどなぁ……これ、いろんな応用できそうだな」
“その場の水”を使えば節約。
逆に“存在しないもの”を出すには、魔力とセンスが要る。
(つまり、魔法ってのは――戦略次第で化ける)
「よし、覚えた。……フィリア先生、ありがと」
「えへへ……先生だなんて、ちょっと照れます」
そう言って、フィリアは嬉しそうに頬を染めた。
(……こういう勉強なら、毎晩やりたいかもしれん)
◇
水球の魔法練習がうまくいって、ちょっと自信がついたところで――
フィリアが、ふと思い出したように話し始めた。
「そういえば……すごい水の魔法使いの話、知ってますか?」
「どんな?」
「昔――“湖の水”を丸ごと操って、“津波”を作り出して……
敵の軍勢を丸ごと、流してしまった人たちがいたんです」
「……やばすぎるね、それ」
(魔法ってそこまでいけるのかよ……!)
思わず目を見開く俺に、フィリアは小さく頷いた。
「でも、それは……“水魔法の熟練者”が、数人で協力して放った“大魔法”です。
個人で使えるような魔法じゃありません」
「そりゃそうか……」
「魔力量、魔力操作の精密さ、そして何より――“想像力”。
全部が揃って、やっと発動できる魔法なんです」
「へぇ……」
「その魔法は、実際に歴史の教科書にも載ってます。
だから“神話”じゃなくて、ちゃんと“記録”された本当の話なんです」
「まじか……」
「そういう人たちは、“国家魔法師”として登録されて、
国の監視下で管理されるようになります」
「管理……って、なんか怖い響きだな」
「ふふ……でも、そうしないと危険ですから。
国を滅ぼせるような魔法を使える人が、どこにいるか分からなかったら――
それこそ、恐ろしいですよね?」
「……まあ、確かに」
フィリアの言葉には、静かな現実味があった。
「だから、本に“攻撃魔法”が載ってないのも……そのためなんです」
「なるほどな……」
(つまり、ヤバい魔法をぽんぽん覚えて使われちゃ困るってわけか)
(つまり“危険分子を生まないための配慮”ってことね)
「……ってことはさ、もし俺がめちゃくちゃ強い魔法使えるようになったら――」
「はい。あまり見せびらかさない方が、いいと思います」
フィリアが、ちょっとだけ心配そうな目をした。
「そういう人って、すぐに“目”をつけられちゃうから……」
(なるほど、目立てばいいってもんじゃないんだな)
「了解。“陰の最強”目指します」
「ふふっ……それ、ちょっとかっこいいですね」
魔法の世界は広くて、深くて、ちょっと怖い。
でも――その分、学ぶ価値もある。
そして、誰かを守るためなら、きっと“強さ”も意味を持つはずだ。




