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山道に潜む影

セラさんの声がかかった。

「ルクスくん、少し……来てもらえますか」


呼ばれて、御者席へ。風が少し冷たくなってきて、森の空気がぴりっと張り詰めていた。


「どうかしました?」


セラさんは手綱を握ったまま、静かに言った。

「……先ほど、狼のような影を見ました」


「……なるほど」


「襲ってくるとは限りませんが、念のため警戒を」


俺はうなずき、御者台の上に立つ。前方、左右、後方――周囲を見渡す。


(……木が密集してるな)


ここは山道。両側には生い茂る木々。春の息吹で新芽が出てきたとはいえ、まだ草は少ない。


つまり――腹を空かせた獣が、山を下りてきてもおかしくない時期。


(馬が狙われる可能性……あるな)


風に紛れて、微かな葉擦れの音がする。鳥の鳴き声――なし。静かすぎる。


(……来るかもしれない)


俺は肩から弓を外し、矢筒に手を添える。風向き、光の反射、枝の影――すべてに目を配りながら、気配を読む。


「大丈夫、セラさん。俺が見てます」


「……心強いです」


御者台の上。俺はじっと、森の奥に目を凝らした。風がまた、少しだけ強くなった気がする。


――戦いの匂いが、少しずつ近づいてきていた。



空気が変わった。風に混じって、かすかな土と獣の匂い。俺の背筋が、ぴんと立つ。


(いるな……間違いなく、何匹か)


森の奥――枝の揺れが、風のせいだけじゃないのが分かる。気配が複数、しかも足音のタイミングがズレてる。


(……群れか)


狼は、集団で狩りをする。しかも、バラバラに突っ込んでくるわけじゃない。役割分担して、連携して、的確に仕留めにくる――手練れだ。


(こっちが無傷でいるうちに、何匹か落とせば……引くだろ)


そう考えてた矢先、右の林から――シュバッと二つの影。

「来たっ……!」


木々の間を、狼が駆ける。二匹。俺はすぐさま弓を構える。


(くそ、木が邪魔だ……)


走ってくる方向と、木の配置を目に焼き付ける。狼がへの射線が通る――そこだ。


ギザドロンの弓を引き、狙いを定めて――

「っしゃ、いけッ!」


矢は木々の隙間を縫うように飛び、見事に一匹の狼の胴体を貫いた。


「一匹目、落とした」


もう一匹は、仲間の倒れる様子を見て、その場でピタッと止まった。攻めてこず、様子見の構え。


(……このまま、下がるか? いや、まだ終わらん)


背後――聞こえる。別の足音。

「後ろからも来てるか」


ぱっと振り向くと、一匹。速い、でも警戒してる……突っ込んではこない。


(なら、“正確に”撃つ)


矢を引き、狙い澄まして――

ビュッ!

「――一発必中!」


狼の頭に、矢が突き刺さる。バタン、と倒れた音が、周囲に重く響いた。


「よし……二匹落とした。これで――」


しばらくの沈黙。森の影に潜んでいた気配が、少しずつ、遠ざかっていく。


(……撤退、だな)


狼もバカじゃない。仲間を立て続けに落とされりゃ、無理はしない。


「はあ……よかった」


とはいえ、まだ気は抜けない。狼の群れは、通常5〜8頭、多いと10〜15頭にもなる。完全に諦めたとは限らないし、恨みで追いかけられる可能性もゼロじゃない。


でも――


(こっちだって、生きるためにやってんだ)

(少し間引けば、群れで必要な食料も減る。狙われたからやり返した。お互い様だろ)


森の奥に目を向けた。でももう、気配は――なかった。


(……引いたな。よし、これで一安心)


弓を肩に戻して、深く息を吐く。緊張がほどけると、思ったよりも体がこわばっていたのに気づいた。


そのとき――後ろから、落ち着いた声がかかる。


「……お見事です、ルクスくん」


ちらりと振り向くと、セラさんが御者台から、やわらかく微笑んでいた。


「冷静に判断して、的確に撃ち落とす……本当に、頼もしいですね」


「いやぁ、それほどでも。まあ、村の狩りではエースだったんで」


そう言いながらも、ちょっと頬が熱くなる。……不思議だ。


狼を2匹も射抜いたのに、今いちばん心臓が跳ねたのは、セラさんに「お見事」と言われた今だ。


(……ちょろいな、俺)


「でもほんと、助かりました。フィリアさまも馬も無事で……ありがとうございます」


セラさんがぺこりと軽く頭を下げた。


狼の気配が消え、空気が落ち着いたその瞬間だった。


――《スキル「弓術3」を習得しました》


頭の奥に、カチッと何かがはまるような感覚。


「おお……マジか」


あのとき、馬車が動いてる最中――木立の間を縫うように矢を放った。つまり、空間把握がうまくできているってことなのかもしれない。



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