神様ありがとうの朝
朝――小鳥たちのさえずりが耳に心地よく響いてくる。
自然界のモーニングコールってやつだ。
「……はあ〜、気持ちいい朝だ」
昨夜の冷え込みがウソみたいに、太陽がじんわり体をあたためてくれる。
ただ――
「……いててて」
両腕に、鈍い痛みが残っていた。
魔力操作に夢中になってたせいか、じんじんとした重だるさがある。
(筋肉痛っていうより……“魔力痛”? そんなもんあるのか?)
(……まあ、何かを鍛えた感はある。たぶんだけど)
ふと、隣を見る。寝ていたはずのフィリアが、いない。
(……体調、戻ったのか?)
少し不安になりつつ、馬車の外へ出ると――
「うわ……」
朝日が、山の端から静かに昇ってくるところだった。
空は茜と金のグラデーション、空気は澄んでいて、目に映る景色すべてが光って見える。
高い建物も騒音もない。
前世じゃ絶対に拝めなかった“ほんものの朝”が、ここにはあった。
そして――視線の先、川辺に二つの影。
(あれは……)
フィリアと、セラさん。
川の浅瀬で、水を浴びていた。
どうやら、汗を流すために朝一番で入ったらしい。
「………………」
その光景を見た瞬間、俺の心の中に“雷”が落ちた。
(な、なんという僥倖ッ……!!)
無意識に手を合わせていた。
「神様……仏様……雷様……ありがとうございます……!!」
朝日を背に、水しぶきをあげる二人の姿――神話か?これは。
奇跡の瞬間を、まばたき一つ惜しむように見つめる。
セラさんのナイスバディーなその肢体
フィリアの透き通るような玉の肌
が網膜に焼き付く
「ビバ!ラッキースケベ!!」
(でへへへ)
(ああ……俺、弓を選んでよかった)
(目がいいからな……見逃しようがない。完璧に視認)
(これはもう……心の宝物フォルダーに、そっと永久保存)
俺は静かに、その尊き光景を、全力で“記憶”した。
◇
さてさて。朝の仕事といえば――ウマの世話だ。
「よーし、お前らのメンテナンスしっかりやっていくか!」
ブラシを手に、馬たちの背へ、首へ、丁寧にブラッシングしていく。
どうやら、こういう日々の手入れが大事らしい。
毛並みを整えるのはもちろん、馬にとっては気持ちよさと安心感にもつながるとか。
仲良くなれば、走りもスムーズになるってセラさんが言ってたっけ。
「よろしく頼むな」
撫でてると、馬うれしそうだ。地味に可愛い。
だが――
「いてっ!」
油断してたら、頭をパクッと噛まれた。
「おい、齧るな。っていうかお前、草と人の区別くらいつけろや!」
うん、よだれ臭い。うん、さすが動物だ。
少しずつでも、こいつらと仲良くなれたら嬉しい。
これから一緒に旅する仲だしな。
さて――朝食の時間。
フィリアも起きてきて、すっかり元気そうだった。
朝の光の中で、布を羽織った姿が、どこかふんわり柔らかく見える。
「いただきます……♪」
もぐもぐ。
フィリアは、ちょこちょこ口に運んでは、丁寧にもぐもぐ。
でもその様子が、なんというか――可愛い。
リスとか、そんな小動物っぽさ。
「…………」
じっと見ていると、フィリアがふと顔を上げた。
「ルクスくん……じ、じっと見られると……恥ずかしいです」
「あー、ごめんごめん。なんかリスみたいでさ」
「リ、リス……ですか?」
少しだけ頬を染めて、視線を逸らす。
「だ、だめです……そんなふうに言われると……
恥ずかしいので……見ないでくださいっ」
ちょっと怒ったような、でもどこか照れたような、絶妙な言い回しにキュンときた。
(くそ、なんかもう全部がかわいい。天使か? 天使なのか?)
俺は、口元を隠して小さく笑った。
今日も平和で、最高の朝だった。
さて――馬車はゆっくりと走り出した。
目の前に見えていた町は、今回は素通りするらしい。
というのも、フィリアの姿を見られるわけにはいかない。
俺も一緒に、馬車の荷台にこもることに。
布で覆われた中は少し暗いけど、なんとなく秘密基地っぽくて、妙に落ち着く。
フィリアと並んで、こっそり話しながら移動中――なんて、ちょっとワクワクする。
「ルクスくん……改めて、ありがとうございます」
フィリアが、膝の上で指をきゅっと組みながら、静かに言った。
「わたしのために……ついてきてくれて」
「別にいいよ」
俺は肩をすくめて笑って返す。
「フィリアとセラさんのために何かしたかったってのも本当だけど――
俺自身、もともとあの村を出て“ビッグな男”になる予定だったしな」
「だから、今回の件は……予定が早まっただけだよ」
「……ふふっ」
フィリアが、小さく笑った。
馬車の揺れが心地よいリズムで、彼女の髪がふわりと揺れる。
「……でも、驚いたよ。
フィリアが“聖女”だったって聞いてさ」
「……実は俺、“聖女”って、なんなのかよく分かってなくて」
フィリアは少しだけ照れたように微笑んだあと、優しく言った。
「聖女とは――“人類に連なる者たち”が、危機に瀕したときに現れる存在。
そう言い伝えられています」
「“人類に連なる者たち”ってのは?」
「わたしたち“人間”のほか、獣人、ドワーフ、エルフ……その他の亜人も含めた“人種”全体のことです」
(へぇ〜……やっぱり色々いるんだな)
ちょっと感心しつつも、ふと疑問がよぎる。
「……ってことは、やっぱ“人類”って、いま危機的な状況ってこと?」
俺の問いに、フィリアは表情を少しだけ引き締めた。
「……この国では、平和に見えると思います。
でも……現実は違うんです」
「長い間、人類は“魔獣”や“魔族”の侵攻を受け続けています」
「長い歴史の中で、たくさんの国が滅んでいます」
「帝国は、魔獣領域との防波堤になっていました」
「そしてこの数十年で……国土の三分の一が飲み込まれてしまいました。」
「……三分の、一……?」
想像以上の規模に、俺は言葉を失った。
「それに伴って、王国や獣王国も魔獣領域と接するようになってきています」
「今……人類全体が、“押されている”状況なんです」
俺は黙って、馬車の隙間からちらりと空を見上げた。
旅は始まったばかり――だけど、どうやら“思ってたよりでかい話”に、俺は足を突っ込んだらしい。
(……なんてこった)
◇
俺は黙って、馬車の布の隙間から空を見上げた。
雲の切れ間から光が差している。
でも、その光が遠くに感じるのは――話のスケールが、あまりにもデカいからか。
(なるほど……その命運を、フィリアが握ってるってわけね)
その横顔をそっと見やる。
少しあどけなさの残る顔で、でも瞳の奥は決意に満ちていて――
正直、めっちゃかわいそうだと思った。
(フィリア、ガチで“世界の重荷”ってやつ背負ってんじゃん)
俺? まあ……人生2回目だし。
そこまで生きることに執着あるわけでもない。
多少危ない橋でも、前世ほど怖いもんは正直もうそんなにない。
……でもな。
“戦争”とか“世界の危機”とか、そういうので
せっかくの第二の人生が、楽しめなくなるってのは――
許せないよな。
(フィリアやセラさんたち……俺が“気に入ってる人たち”が困ってる状況ってのは、どうにも気に食わん)
まぁ人類も簡単には滅亡しないと思うし
そういう状況なら色々と成り上がる機会はあるだろう
今は、俺にできることをやる。
フィリアは今いろんなもん背負ってるし、せめて旅のあいだくらいは――
「笑ってられるようにしてやろう」
それが、いまの俺にできる“第二の人生”の使い道ってやつだ。
◇
フィリアの話を聞きながら、俺は少しだけ空を見上げて、そして――笑った。
「……なら、今度は人類が“押し返さなきゃ”ね」
フィリアが、きょとんとした顔で俺を見る。
「任せてくれ。村じゃ相撲、得意だったからさ」
胸を張って、どっしりと腰を落とす真似をして――
「――どっっせい!!」
両手で“押す”仕草を全力でやってみせる。
「ルクスくんが、どーんと押し返してやるからさ!」
ちょっと間があって、フィリアが――ぷっと、噴き出した。
それから、くすっと小さく笑って、やがてふわっと花が綻ぶみたいに、優しい笑顔になる。
「ふふ……ルクスくんって、ほんと……不思議な人ですね」
さっきまで真剣だった目が、少しだけ和らいでいた。




