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暇なので魔力操作の練習をしよう。

焚き火の明かりがゆらゆらと揺れる中、セラさんがふと視線を上げて、ぽつりと口を開いた。


「……でも、一つ思い出しました」


「ん?」


「ルクスくん……フィリア様と、レティシアさんにも――贈り物を差し上げていませんでしたっけ?」


「……っ」


ぎくっ。反射的に目をそらす。完全に動揺の証。


「……どうなんですか? ルクスくん?」


セラさんの声が、一段トーンを下げて迫ってくる。やたら穏やかに聞こえるのに、背後からゴゴゴゴとプレッシャーが押し寄せるような圧。


(やべえ、この人怒ってる! この“静かな怒り”は本物だ!)


……ここは、もうアレしかない。俺の切り札――


「好きな人が、3人いたら……ダメなんですか?」


あどけなく、小首をかしげて、つぶらな瞳でまっすぐセラさんを見上げる。無垢な少年の、最終奥義。


セラさんは一瞬、絶句した。


「……だ、ダメでは……ありませんが」


「ただし」


「複数の女性を娶るなら、それ相応の地位と覚悟が必要です。成功した商人か、貴族にでもならないと、法的にも倫理的にも……」


「なら、俺……そうなれるように、頑張ります」


「もし、それがかなったら――結婚してくれますか、セラさん」


セラさんは一瞬、まばたきをして……それから、ふっと小さく笑った。


「……ちょっと複雑ですが……」


「でも、そんなことができる男の申し出を、断ることなんて……私には、できそうにありません」


頬に、焚き火の赤が映ってるのか、ちょっとだけ照れてるように見えた。


(よし……目標、できた)


俺の旅の目的に、「出世」が追加された瞬間だった。



食事もひと段落して、焚き火の揺らぎと星空の光に包まれながら、

俺とセラさんは、のんびりと話をしていた。


……そのとき。


「……う……ん……」


馬車の中から、かすかな声が聞こえた。


「……フィリア!?」


俺はすぐに立ち上がり、焚き火のそばに置いていた食器もそのままに、馬車へ駆け寄る。


布をめくって中へ飛び込むと――

そこには、ゆっくりと体を起こそうとするフィリアの姿があった。


「……フィリア!」


続いてセラさんも、足音を立てずに駆け込んでくる。


「ここは……?」


フィリアが、寝ぼけたような声で周囲を見渡した。

視線はまだ焦点が合っておらず、夢と現実の境界をふらふらしている感じだった。


「……フィリアさま……!」


セラさんがフィリアの隣にしゃがみこみ、そっとその小さな体を抱きしめる。


「よかった……本当によかった。大丈夫ですか?」


涙が滲むような声で、セラさんが静かに言った。


フィリアは、ゆっくりと瞬きをしてから、小さく笑った。


「……すごく、長い夢を見ていました」


「とっても、悲しい夢でした。

ひとりぼっちで……誰もいない場所にいて……」


でも、とフィリアは続けた。


「最後のほうは、なんだか……すごく、あたたかかったんです」


ふわっと微笑むその顔は、まだほんの少し夢の中にいるみたいで。


(……少しはよくなってきているのかな?)


俺はそっと膝をついて、隣に腰を下ろす。

水差しを手に取り、フィリアの唇に当てた。

手を添えて、少しずつ――ゆっくりと。


こくん、こくん、と喉が動く。


「……ありがとう」


かすれた声が、ふいに漏れた。


「……あれ……ルクス、くん?」


フィリアが、ぱちりとまばたきをして、俺の顔を見上げる。

焦点が合ったその目が、優しく揺れて――ふんわりと、笑った。


「……お水、飲ませてくれて……ありがとう……」


そのまま、安心したように目を閉じると、フィリアはすーっと息を吐いて――

また静かに、眠りへと戻っていった。


俺はその寝顔を見つめながら、ゆっくりと息をついた。



フィリアは、干し草のベッドにすっぽり包まれて眠っている。

布団と干し草の合わせ技で、見た目以上にふかふか。

顔色も少し良くなっていて、寝息も穏やかだった。


俺とセラさんは、馬車の外に出て焚き火の前に腰を下ろす。


「じゃあ、今夜は……交代で見張りですね」


「えっ、見張りって……必要なんですか?」


思わず聞いてしまう。

こんな静かな場所で、誰かが襲ってくるような気配もないし。


すると、セラさんはごく自然に頷いた。


「はい。“野営”するなら、見張りは基本中の基本です」


「外の世界では――夜襲、盗賊、獣、魔物……いろんな脅威があります」


「それに、火の番も重要です」


そう言いながら、セラさんは焚き火に薪を静かにくべた。


「焚き火が消えれば、寒さと暗闇に襲われます……」


「何より、焚き火は“私たちが起きて警戒している”という合図にもなるんです」


「……ああ、なるほど」


「獣や魔獣は本能的に火を嫌います。炎や煙の匂いだけで、近づきにくくなります」


「逆に――」


セラさんの声が少しだけ低くなる。


「火を見てもひるまない相手……たとえば、魔獣の群れや、数に物を言わせる盗賊団。そういう連中は、逆に“居場所が分かった”と判断して、襲ってくることもあります」


「焚き火は、武器であり、警告でもあり、時に“呼び水”にもなるんです」


「……厄介ですね」


「でも、安心してください。ここは比較的、治安のいい地域です。大規模な盗賊団はまずいませんし、魔獣もこの辺りは生息していません」


「今のところ、警戒すべきは――野犬や小型の獣、小規模な野盗くらいでしょう」


そう言って、セラさんはゆっくりと立ち上がった。


「ですから、ルクスくんは――先に、休んでください」


やわらかく微笑んで、俺の方を振り返る。


「見張りは、私が先にします。こう見えて、夜目も利きますから」


でも、明らかに疲労の色が滲んでいた。


(……やっぱり、かなり無理してる)


「セラさん。……先に休んでください」


「気にしなくていいんですよ。今は、力を温存することが大切です」


「でも全然大丈夫なんです」


俺は微笑んで言った。


「フィリアの世話してるとき、実は……少し寝てしまってて。

そのぶん、今はしっかり目が冴えてるんです」


セラさんは一瞬だけ驚いた顔をしたが、すぐにふっと笑った。


「……では、お言葉に甘えて。何かあれば、すぐに起こしてくださいね」


セラさんはそう言うと、腰に提げていた小さな銀の球を取り出した。


「それと、これを。時間計りの魔道具です」


ぱちん、と蓋を軽く開けると、中から淡い光の文字が浮かび上がる。


(まぁ、時計だな。魔力で動くらしい。ねじまき式じゃなくて魔力式……さすが異世界)


「この針がここを刺したら、起こしてください」


「わかりました」



セラさんが立ち上がり、馬車の寝床へ向かおうとしたとき、ふと立ち止まり――


「……あっ、そうだ」


馬車の荷台から何かを取り出し、俺の手にそっと渡してきた。


「これ、よかったら使ってください。

野営って、けっこう暇でついウトウトしちゃうので」


手のひらに載ったのは、金属製の薄い円盤だった。

それが何枚も重なり、上に行くほど少しずつ小さくなる――まるで平らな円錐のような形。


12層。12枚の円盤が、繊細な層となって積み上がっている。


「これは……?」


「魔術の訓練に使う道具です。

以前お話した“風水流”――その中級以上に進むには、より高度な魔力操作の技術が必要になります」


「これは、あるドワーフの技師が作った、魔力操作の練習用の魔道具なんです」


円盤の左右には、親指を置くためのくぼみがあり、そこに魔力を流し込むらしい。


「各円盤には、一箇所だけ小さな印が刻まれています。

それを全層で綺麗に揃えるように魔力を調整できれば、かなり細やかな魔力操作ができる証拠になります」


「……そんな繊細な制御、自分にできるかな」


「ちなみに、私は6層までが限界です。

でも、それだけできれば十分戦えるようになりますよ」


(なるほど……ちょっとしたゲーム感覚で練習できるってことか)


「ありがとうございます、セラさん」


「どういたしまして。では……おやすみなさい、ルクスくん」


セラさんは優しく微笑んで、馬車へと戻っていった。


俺は手の中の魔道具を見つめながら、焚き火の前に腰を下ろす。


(さて――夜の修行、始めますか)



確かに、見張りは――暇だ。


周囲はしんと静まり返り、

時おり焚き火が「パチパチッ」と小さく音を立てる以外、聞こえるものはない。


心地よいといえば心地よいけど、やっぱり――冷える。

春の夜ってやつは、容赦なく体の芯を奪ってくる。


外套を二枚重ねにして着る。


セラさんにもらった魔道具――あの円盤を取り出した。


(さてさて……遊びがてら練習しますか)


左右の親指を指定されたくぼみに当て、魔力を流し込んでみる。


右から左に――すると、金属の円盤が右回転。

今度は左から右に――おぉ、左回転。


「……うわ、すご」


一枚目は楽勝。印もすんなり合った。

「これは案外、余裕なんじゃないか?」と調子に乗って二枚目に挑戦。


……が、うまくいかない。


あれこれ魔力の量を変えて試すうちに、ふと思い切ってドバッと魔力を流してみた。

すると――三枚目が反応した。


「なるほど……流す“圧”で動く層が変わるってことか」


じゃあ、二枚目が動くラインはどのへんか――感覚を探るように何度も調整。

「あ、これくらいか」ってところで印がカチッと合った。


(ふむふむ……これはなかなか、面白いぞ)


「でも、一番上まで動かすには、どんだけ魔力要るんだ?」


試しに、全力で魔力を流してみた――

結果、五枚目までしか反応しない。


「マジか……」


だったら――と、次は“身体強化”の技術を応用。

体内で魔力をぎゅうっと圧縮してから、指先へ一点集中で解放する。


ピクリと円盤が動いた。六枚目……そして七枚目も!


「おおぉ……!」


けど、限界はすぐに来た。八枚目を動かす頃には、もう汗が出てくる。


「き、きつ……」


これだけ集中して圧縮した魔力でも、円盤はちょっとしか動かない。

なるほど、これは確かに“魔力操作の訓練”として、めちゃくちゃ実践的だ。


(よし、じゃあ――一層から順番に、合わせていく練習だ)


……


気づけば、魔力式の時計が「カン……」と低く鳴っていた。

あたりはまだ、真っ暗。空気もさらに冷え込んでいる。


意外とすぐいけるかと思ったが、現実は非情だ。


結果、合ったのは――四層まで。


「っっっくそがぁ……!」


何が難しいって、魔力を“抜く”時。

いい感じで合わせたあと、魔力を止めようとした瞬間、

――下の円盤がズレる。


(どうやら、“流す”だけじゃなく、“止める”制御も必要らしい)


ぴたっと魔力を止めるんじゃなく、

“停滞”させてから、両手から魔力を引くようなイメージ……だと思う。


「いや、これ……めっちゃイライラするな!」


ちょっと力加減ミスると、下の層が「ガクンッ」て動いたりして、

さっきまでの努力が一瞬でパー。


(なんでやねん!!!)


怒りの魔力で二層くらい吹っ飛ばしそうになりながら、

気づけば時間は、あっという間に過ぎていた。


(……ま、退屈せずにすんだし、これはこれでアリか)


ふうっと息をつき、円盤をしまって立ち上がる。


さて――次は、セラさんの番だ。


「おーい、セラさん。起きる時間ですよー」


焚き火の明かりが、まだぽうっと暖かく揺れていた。

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