褒められているやつを見ると嫉妬する
今日は朝から、村の広場がなんだか騒がしい。
馬車の行き来やら、領主様の騎士が復興の手伝いをしていたりと外はバタバタだ。
(……こういう時は、庭に限るよな)
というわけで、俺は自宅の裏手――陽の当たる庭で、木剣を握っていた。
相手は、すっかり俺の稽古仲間になったこの子。
「今日もやるわよ!ルクス!」
そう言って構えるレティは、どこか嬉しそうに笑っていた。
春の風に髪がなびいて、剣が交差するたびに**カンッ!**と澄んだ音が空に弾ける。
レティの動きは、相変わらず無駄がなくて、でもどこか柔らかい。
「なあレティ。そういやお前……褒美、何もらったんだ?」
カン! カンカン!
連撃を受けながら、俺はタイミングをうかがう。するとレティが、にこっと笑いながら身を引いた。
「えへへ……お母様に、会えるの」
(それが……褒美?)
(いや、それ褒美なのか?って思ったけど――)
(前世で読んだ“モテる男・十ヶ条”に書いてあったな……『余計なことは言うな』って)
「そっか、よかったな! それで最近ちょっと機嫌よかったんだっっなッ!!」
打ち込みながら言い終える。剣を振る俺に、レティはくすっと笑って、ふわりと回避する。
「えへへっ……だって、母様に会うの、一年ぶりなんだもん。嬉しいに決まってるでしょ?」
甘えたような口調のまま、するりと懐に滑り込んでくる。
「るーくす、ほら、隙あり♪」
ドゴッ!
「ぶはっ……!?」
見事な掌底が俺の鳩尾を捉えた。空が舞い、背中から落ちた土の感触がする。
(こいつ、可愛い顔して容赦なさすぎんだろ……)
空は青くて、春風はやけに心地いい。
……でも、俺の肺は酸素を探してさまよってる。
「えへへ、今のはちゃんと決まったでしょ?」
レティが得意げに木剣をくるりと回して笑ってる。
(めっちゃ悔しい!)
そんなやり取りのすぐあとだった。
パチ、パチ、パチ……
静かな拍手が、庭に響いた。
「なかなか……ハイレベルな訓練をしているな」
……ん?
その声を聞いた瞬間、俺の心臓がひっくり返った。
木の陰、馬車の陰――その隙間から、優雅な一歩を踏み出してきたのは――
「……ヴェ、ヴェイル子爵……っ!?」
あの、風のようなマントと上品な微笑み。見間違うはずがない。
(なんでこの人がここにいるんだ!? え、なに、視察!? 俺の庭!?)
ルクスはテンパってあたふたしている。
背筋が凍るのを感じながら、俺は思わずレティの方をちらりと見た。
すると彼女は、すっと木剣を置いて一歩前に出た。
「ヴェイル子爵様。わたしたちが騒がしくしてしまって、申し訳ありません」
深く、丁寧に頭を下げる。
その凛とした姿に釣られて、俺も慌てて頭を下げた。
「このような場末の家に、お足を運んでいただくなど……畏れ多く、恐縮ですっ」
しかし、子爵は肩をすくめるように優しく笑い、手を軽く上げて制した。
「いや、頭を上げてくれ。堅苦しくしすぎると、こちらも落ち着けない」
その声は柔らかく、それでいて品のある抑揚を持っていた。
「私の方こそ、不意に訪れた無礼を詫びよう。……少しだけ、話がしたかっただけなのだ」
風がふわりと吹いて、彼のマントがなびいた。
子爵は、微笑んだまま俺たちを見つめて、こう言った。
「そんなに畏まらなくて構わないよ。普通に話してくれていい」
その一言に、俺もレティも少し肩の力が抜ける。
「二人とも……すごいな。今の稽古、なかなかのものだった」
「はいっ。わたしたち、いつも二人で訓練してるんです」
レティがにこっと笑って答える。
「なるほど。……ところで、君たちは今、いくつだったかな?」
「十一ですっ」
「九っす」
間髪入れずに答える俺たちに、子爵の目元がふわっと緩む。
「そうか……それで、あれほどの動きか。驚かされる」
「王国の幼年学校でも、ここまでの動きができる者は……そう多くない」
(……へえ、そんなすごいのか、レティ。……いや、俺も入ってる? え?)
でも正直、いつもボコボコにされてる側としてはあんまりピンとこない。
「もしよければ……私の騎士に稽古をつけてもらうといい」
子爵が目配せをすると、背後から一人の騎士がスッと前へ出てきた。
銀髪に浅黒い肌、鍛え上げられた体躯に、鋭い眼差し。
「……よければ、お手合わせ願えますか?」
木剣を手に、騎士がレティに声をかける。
「はいっ、喜んでっ」
レティが嬉しそうに微笑んで、すぐさま構えを取った。
――そして。
バシュッ、カンッ!!
庭に響く木剣の音が、先ほどよりも一段鋭い。
(えっ……ちょ、何あれ、速くない!?)
レティの剣筋が、さっきとまるで別物。
いつもより数段鋭く、正確で、速い。
(俺……これ、めっちゃ手加減されてた……?)
騎士は最初こそ余裕の構えだったが、次第に本気になっていくのが見て取れた。
でも――それでもレティは、笑っていた。
「ふふっ、もっと本気で来てくれてもいいんですよ?」
足さばきも見事。剣筋の角度、反応速度……すべてが洗練されていて。
(……レティ、強っ!!)
だが次の瞬間――
カン! シュッ――ドッ!
騎士が体を沈め、すっと脇に差し込んだ一撃が、レティの胴へ入る。
「ちっ……!」
レティが小さく舌を打つ。
(うお、やっぱりあの騎士もただ者じゃねぇ)
そう思っていたとき――
子爵が、静かに俺の横へ来て、ぽつりと声を落とす。
「……彼女、すごいだろう?」
「間違いなく天才だ。さらに最近の彼女の剣はさらに磨きがかかった」
そう言って、子爵はちらと俺の方を見る。
「……きっと、君のおかげだ」
「俺ですか……?」
突然の言葉に戸惑いながらも、俺は正直に答える。
「……どうでしょうか。いつもやられてばっかりなんで……正直、よく分かんないです」
子爵は、少し笑って――
「はは……君は、風水流を習っているのかい?」
「はい。教会にいるセラさんに、剣を教わってます」
「ほう、セラ嬢が……それは、幸運だったな」
彼は、どこか懐かしそうな顔で空を見たあと――ふと話題を変えた。
「そうだ。ルクス君、君の“矢の腕前”を一度見たいと思っていたんだ」
「……もしよければ、見せてくれるかな?」
ヴェイル子爵が、柔らかな声でそう言った。
その表情はあくまで穏やかで、笑みも崩さなかったが――
その目は穏やかで、でもほんの少しだけ、期待に光っていた。
(……やるしかねぇな)
俺は、背筋を伸ばして頷いた。
「――はい、構いません」
声が少しだけ乾いていたのは、自分でもわかってた。
(見せてやるよ、俺の本気を)
だけど、その裏にあったのは――小さな棘だった。
レティに負けた。
動きでも、力でも、笑顔の余裕でも。
その上、領主や騎士にすら「天才」って褒められて。
(天才、ね……)
(天才パーリィーピーポーってやつ?)
――ちょっと、ムカついてた。
だから俺は、家の奥にある物置を開けた。
手に取ったのは、《ギザトロンの弓》。
師匠――ガロンから渡されたものだ。
ギザロドンっていう巨大魔獣の牙を削って作られた、超高反発の化け物じみた弓。
子ども用とは思えないくらい、異常な反動がある。
(俺だって……弓なら、そこそこなんだぞ)
手にした瞬間、握り慣れた感触が指先に蘇ってくる。
背中に矢筒を背負い、庭へと戻る。
みんなの視線が、すっとこっちに集まった。
レティも、さっきまで戦ってた騎士も、子爵さえも、俺の手にある弓をじっと見ている。
視線が熱い。
(見たいっていうなら……見せてやるよ)
そう、腹の底で呟いた。
負けっぱなしじゃ、終われないんだよ。
「……子爵様。どこを、お狙いしましょうか?」
その声に、子爵はふっと小さく目を細めた。
そして――指先をすっと、空の向こうへ伸ばす。
「ではあの教会の、風見鶏を」
視線の先には、小高い丘の上――ルレイ村の教会が見えていた。
真っ白な壁に、尖塔の屋根。てっぺんには、金色の風見鶏が風に揺れている。
(あれかよ……)
我が家から教会までは、目測でおよそ1キロ。
田畑がずっと続いてて、遮るものはほとんどない。空は広く、晴れ渡っていて、風見鶏もくっきり見える。
――でも。
(普通、届く距離じゃねぇ)
いや、無理だ。
現実的に考えても、子どもが射つ矢が、1キロ先の風見鶏に届くなんて話は聞いたことがない。
でも。
今さら、「できません」なんて言えない。
この場には、子爵がいる。騎士がいる。レティがいる。
みんなが、俺を“何か”として見ている。
(……ムカつく)
別に、当たらなくたっていいんだよ。
俺なんか、所詮は普通のやつだ。
風紋の短剣をもらえるような人間じゃない。
魔獣を倒せたのもたまたま。
転送魔道具を見つけたのも、運が良かっただけ。
(そうだ、証明してやればいい)
(俺は……“英雄”なんかじゃないって)
風を裂くような才能も、敵を斬るような剣もない。
ただの、ちょっと運が良かった村のガキだって。
(……やけくそだ)
俺は矢筒から一本、しっかりした矢を抜いて弦に番えた。
手が震えていた。
でも、言葉だけは――止まらなかった。
「我は求む、風の精霊よ――この矢を、風から守れ」
風除け。
空気の乱れを避け、風に弾かれないよう補正する。
でも――
(絶対に、これじゃ足りねぇ)
(この距離、この弓、この俺じゃ、当たらない)
くそ。
悔しい、悔しい、悔しい。
それに、自分のやりたいことに自分自身が応えられないことが、くそほど悔しい。
(やる前から結果が見えてるなんて、最悪だ。クソだ)
でも……ふと、頭の奥で、誰かの声がする。
(お前の目標、なんだった?)
(この人生は“欲望のままに生きる”って、そう決めたんじゃねぇのか?)
だったら、負けたくない。
せめて、出し切って――見せつけてやりたい。
目頭が熱くなる。
でも、涙はまだ落ちない。
矢を見つめて、俺は考える。
(空気抵抗――それが問題だ)
(真空中で矢を飛ばせば、速度も、飛距離も、安定性も大きく上がる)
(矢は減速しない。風もない。狙った直線に――一直線で届くはず)
落ち着け。焦るな。
真空なら宇宙を思い浮かべろ。
あの、吸い込まれるような静けさの中を、矢が進むイメージをする。
ただ矢が進む方向に、小さな宇宙の道があるような。
「我は求む、風の精霊よ――この矢の道を、風なき空間へ変えたまえ」
真空の道。
イメージのしすぎで呼吸が荒くなる。
視界の端がチカチカする。
でも、まだ足りない。
(飛ばすだけじゃ意味がねぇ)
(当たらなければ、意味がないんだ)
この距離で“狙い通り”に撃ち抜くのは不可能に近い。
数ミリ単位の誤差も許されねぇ。
なら――俺の代わりに、誰かに狙ってもらう。
AIを思い出す。
この矢自体が自分で判断できるAIだと思えばいい。
狙うという意志を、精霊に委ねる。
願うんじゃない、命じるんだ。
「我は求む、風の精霊よ――この矢を、彼の者へと導け」
自動追尾。
三重詠唱。
ひとつの矢に、初めて三つの魔法を重ねた。
魔力が、一気に持っていかれる。
身体強化も同時に使ってるせいで、全身の血が逆流するような感覚が走る。
(……どうなるかなんて、わからねぇ)
(でも、これが――俺の、全部だ)
指を離した。
――バシュウッ!!
弓が唸りをあげて、矢は空へ走った。
俺の矢は、“風なき空間”を滑るように、無音で進んでいく。
驚くほどの速度で矢は突き進んだ。
(……これが、真空魔法……)
矢は真っすぐに――いや、上にそれていた。
真空による補正が思ったより強くて、矢は風見鶏より上へそれていく。
(あー……ダメだったか)
でもその瞬間。
**スッ――**と、空の中で“何か”が動いた。
矢が、ぐにゃりと方向を変える。
まるで、意思を持っているように。
そして、次の瞬間――
ガッシャアアァン!!
凄まじい破砕音が、風に乗って遅れて届いた。
教会の屋根のてっぺん。
あの金属製の風見鶏が、まるで紙細工のように砕け散っていた。
矢が突き刺さった、なんて生易しいものじゃない。
命中と同時に、風見鶏は真っ二つに裂け、破片が空中に舞っていた。
「……え?」
俺は――ただ、唖然と立ち尽くしていた。
自分でも、声が出ない。
当たった。
本当に、当たった!
全身の魔力が抜けていく。
でも、こみ上げてきたのは「嬉しい」ってよりも――
やっと終わった……っていう、安堵感と誇らしさだった。
(……ははは、ヘロヘロだっつーの、バカヤロウ……)
「……はー、すっきりした!」
疲れも、悔しさも、ぜんぶ矢と一緒に吹っ飛んで――
今はただ、ちょっと気持ちよかった。




