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貴族こわい、腹黒いっす

子爵――ヴェイル様は、取り巻きたちを引き連れて村長の家へと向かっていった。


「……ふぅ。緊張したぁ……」


気が抜けて、俺はその場で腰を落とした。


「ははっ、よかったじゃねーか。金貨三十枚、人生初の大金だな?」


横でガロン師匠が、相変わらずの軽い調子で笑っている。


「よかったはよかったですけど……額がデカすぎて、逆に怖いです。これ、襲われたりしません?」


「金目の顔してるしな、お前」


「勘弁してくださいよ……」 


ちらっと短剣を見て、ため息ひとつ。でも。


「……でも、転移の魔道具を俺が見つけたってだけで、結局、師匠とレティがいてくれたから生き延びれたわけで」


「三等分、しません? 俺ひとりの功績じゃないですから」


すると師匠は、何をいってんだと言う顔をして――


「バカ言え。あれはお前がもらったもんだ。自分の力で勝ち取ったご褒美ってやつだ」


「……でも」


「俺は俺で、別ルートでちゃんと“もらってる”から気にすんな。役得ってやつだ」


その言い方が妙に引っかかる。


(何、もらったんだ師匠……まさか、美女とか?)


「レティもな、あとで正式に褒美が渡るって話だ」


俺は空を見上げて、口を開く。


「でもさ、そんなにポンポン金貨配って、大丈夫なんですかね……?」


するとガロン師匠が、腕を組んでぼそりと答えた。


「大丈夫だ。今回の発見の価値は、その比じゃねぇからな」


「え……」


「まぁわかんねぇよな、“転送魔術”の解析が進めば――流通が変わる。運搬時間、輸送コスト、盗賊被害……全部吹き飛ばせる可能性がある」


「つまり莫大な利権ってわけだ。国全体が動くレベルのな」


「……え、そ、そんなデカい話なんすか」


「失敗しても、この領内での解読作業になる。つまり王国に“貸し”ができるってことだ。発言権を持てば、いろんな事業に首突っ込める。“利権”が生まれる。そしたら三十枚なんて、端金だよ」


俺は思わず金袋をぎゅっと握りしめた。


(そんなやばいもんみつけたのか……怖くなってきた)


「……で、さっきの短剣の話だけどな」


師匠が、少しだけトーンを落として続けた。


「あれは、たしかに“褒美”の一つだ。けど――それだけじゃない」


「……どういうことっすか?」



師匠がちらっと俺の腰にある短剣を見て、ぼそりと言った。


「ルクス。……さっきのあれな。あの“名誉の短剣”。あれ、ただの飾りじゃねぇ」


「いや、わかってますよ。すげぇ大事なやつってのは……でも、正直よくわかんないですけど」


「もらっといてアレだけど……なんか、めんどくせぇなぁって」


そう、なんか重い。手触りからして、もう“責任”が詰まってる感じ。


師匠は、苦笑しつつも真面目な顔に戻って、ゆっくりと話し始めた。


「まず、あれを渡された意味を考えろ。名誉の褒美、ってだけじゃねぇ」


「領主様は、“お前に期待してる”と同時に、“囲い込み”を始めたんだよ」


「囲い込みですか?」


「そうだ。貴族のやり方だ。“期待の若手にはうちの家紋を与える”ってな」


「でも、師匠の弟子ってことで――」


「ああ。ガロンの弟子で、戦果を挙げたって実績付き。“血の繋がらない後継候補”だな。俺の信頼も含めて、領主様は“投資”したわけだ」


「もしかして俺、師匠に売られました?」


「そういうもんだ」


(いや素直か)


「嘘だよ、冗談だ」


(いや冗談かよ!)


「つまり……あれを持ってると、ちょっとは偉く見られるってこと?」


「“貴族の関係者”扱いってやつだ。庇護も受けられるし、門前払いもされにくくなる。ギルドでも関所でも、“ヴェイル家の推挙者”って名乗れるからな」


「うーわ……便利だけど、逆に“めっちゃ見られる”やつだ」


「当たり前だ。信用ってのは、“信用に足るか”試されるもんだ。門が開く代わりに、全部“ヴェイル家の顔として”見られる。失敗すれば……」


「“ヴェイル家の面汚し”、ってやつですね」


「そうだ。そして、そうなったら――」


師匠が、人差し指で短剣を軽く指した。


「それは、返却される。……いや、“取り上げられる”んだ。非公式の出禁、推薦破棄、完全に短剣、折られてお前と関係はもうないって宣言されるか、やばけりゃ責任を取らされて消される」


「……なにその、社会的死亡イベント」


「貴族の世界じゃ普通だ。推した奴が問題起こせば、“見る目がなかった”って評価になる。だから、いざとなりゃ即座に切り捨てる。名を貸すってのは、それだけ重い行為なんだよ」


「……つまり俺、いま“ヴェイル家の顔”になってしまったと」


「半分な。まだ正式な縁者じゃない。“準招待権”だ。表向きは“推挙者”、中身は“試用期間中”ってとこだな」


「ぜっっっったい面倒ごと増えるじゃないですかこれ」


俺は頭を抱えてしゃがみ込んだ。


「金貨三十枚だけでよかった……いや、むしろもらいたくなかったかも……」


「ははっ、だろうな。でももう渡されたんだ。お前は、もう“見られてる”側だ。使うなら慎重にな。特に――」


師匠の目が、ほんの一瞬だけ鋭くなった。


「その短剣を“使わせろ”って言ってくる奴には、気をつけろよ」


「……へ?」


「他人に持たせたら、それは“偽装”になる。短剣使って通行や取次されたら、お前だけじゃなく、ヴェイル家ごと疑われることになる」


「罰も、重いぞ。下手すりゃ“あの世行き”だ」


「……あーもう、ほんとめんどくせぇ……」


でも。その重みの中には、確かに“力”にもなる。


俺がこの先、何かを成すとき――この短剣が、鍵になる場面もあるかもしれない。


(……でもやっぱ、手放せたら手放したいかも)


……さて、この“名誉の短剣”が、今後どんな面倒ごとを呼ぶやら――



「……貴族って、怖いっすね」


「言葉に裏がありすぎて、正直ついていけないです。腹黒いっすよ、ほんと」


「やっぱり、今からでも辞退って――」


「無理だな」


ガロンが笑って言った。


「……ただな。あの人の腹づもりは、貴族らしいっちゃらしいが――根は、悪い人じゃねぇよ」


ふっと、どこか懐かしそうに笑って。


「困ってる人間を見過ごせない、優しい方でもある。もちろん、甘いわけじゃねぇから、そこは間違えんなよ?」


その声は静かで、けれど妙に重みがあった。


「多分……ルクス。お前、この先、外の世界に出るんだろ?」


唐突な問いかけ。でも、俺の胸の奥にあった想いを、するっと見透かされた気がした。


俺はしばらく黙ってから、ゆっくりと答える。


「……そうっすね。正直、言いづらいけど」


「俺、やっぱ……この村で終わりたくない。ガロン師匠の弟子だってのは誇りですけど、それでも――」


言葉を選びながら、でも少しずつ、自分の中にあった想いを口にしていく。


師匠から「村を任せたい」と言われたこともある。でも、それでも――


「世界を見てみたいんです。いろんな人と出会って、知らない景色に触れて、バカやって、時には泣いて、笑って……」


「――それで、胸張って『人生楽しいっす』って言えるように生きてみたいんです」


「可愛い女の子とイチャイチャするのも諦めてませんし」


少し照れ隠しのつもりで茶化して言うと、師匠は小さく吹き出した。


「……だろうな。俺がその歳でお前の立場だったら、同じこと考えてるさ」


そして、ゆっくりと立ち上がって、俺の肩をぽんと叩いた。


「だから、後ろめたく思う必要はねぇ。俺は――お前を応援するよ」


まっすぐな目で、そう言ってくれた。


「そのときになったら、きっとあの短剣と、領主様が……お前の力になってくれる」


俺は、黙って頷いた。


「それだけは、忘れんな」


春の風が、ふわりと吹き抜けた。


なんだか、胸の奥が少しだけ――熱くなった気がした。

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