小さな英雄と領主の褒美
春の空気は、どこか緩くてやさしい。
雪はほとんど解けて、地面のあちこちから緑が顔を出している。あの白銀の季節が、もう遠い昔のように感じる。
(やっと春か……長かったな)
村の農家たちはもう忙しそうに畑に出ていて、俺も久々に山へ入って狩りをしていた。
剣の稽古はひと段落。セラさん曰く、「これからは自主練で、動きを身体に染み込ませていく段階」なんだそうだ。
(……いやまあ、毎日がスパルタだったからな。これでもまだ足りないって思えてる時点で、もう毒されてる気がする)
今日は獲物も取れたし、そろそろ戻るかと山を下りて村へ向かっていると――
「おーい、急げ急げ!」
「馬車が通るぞー!」
村の入口で、子どもたちや農夫たちがざわついていた。
見ると、道の先に数台の立派な馬車。しかもその前後には鎧姿の兵士たちがぞろぞろ。
(……おおっと、これは)
どうやら領主の一行が村に来てるらしい。珍しいこともあるもんだ――と、思っていたその時。
「おう、ルクス!」
聞き覚えのある、ちょっと気の抜けた声。
「――師匠っ!」
そこにいたのは、いつものひょうひょうとした顔で笑ってるガロン師匠だった。
冬前から、もう4ヶ月近く姿を見ていなかった。さすがに心配にもなるっての。
「どこ行ってたんすか! ……マジで、死んだんじゃないかと思ってましたよ」
「はっはっは、そう簡単にくたばるかよ」
聞けば、あの冬の豪雪で山道はほとんど封鎖されていて、戻ってくるのも一苦労だったらしい。
そのうえ――
「今回は領主様の要請でな。お前が見つけた“転送魔道具”……あれの調査のために、王都から研究者と騎士団が来てる」
「え、マジで?」
まさか、そんな大事になってるとは思わなかった。
「下手すりゃ、遺物クラスの代物だそうだ。ルクスの名が歴史に残るかもな!」
「いいですねそれ! 自慢しまくります!」
そのとき、上品な男が、ふいにこちらへ歩み寄り――俺の方へ視線を向けた。
絹の上着に金の留め具、風を模した紋章の入ったマント。ゆるく結った髪の下の瞳は、気さくな笑顔を湛えていながら、どこか鋭さも感じさせる。
「……ガロン。この子が、君の話していた弟子か?」
低く落ち着いた声には、気さくさと威厳が同居している。
「はい、ルクスと申します。私の弟子です」
師匠が、いつもより少しだけかしこまった声で答える。
男――ヴェイル子爵は、俺のことを頭のてっぺんからつま先までじろじろと見つめ、うんうんと頷いた。
「……この子が、ガロンに付き添い、魔獣の目を射抜き……さらに“ドレイザ・ハウンド”を機転を利かせて討伐し、村を救ったと?」
「はい。機転を利かせて、見事にやってのけました」
師匠が胸を張って即答する。
「それに加えて――単騎でホブゴブリンの集団を一人で半壊させた。あまつさえ、偶然とはいえ“転移の魔道具”まで発見したと聞いている」
子爵の瞳がすっと細められる。けれど、そこにあるのは疑念ではなかった。静かに光る、称賛の色。
「まさに、“天運”を持った子よな……」
そして、ふっと口調を柔らかくして続けた。
「……私の代わりに、この村を守ってくれたこと、心から礼を言おう」
その声は、空気が揺れるほど静かで、けれど温かかった。
そして、ほんの一瞬だけ目を伏せて、ぼそりと呟くように――
「……あの時の、“情け”が、ここにきて芽吹いたということか」
ルクスが戸惑っていると、子爵は今度は朗らかな声で笑った。
「さて、小さな我が英雄には――褒美を取らせねばなるまいな」
そう言って、優雅に片手を上げる。その仕草ひとつで、場の空気がきゅっと引き締まった。
「――ルクス。君には、私より正式に“褒美”を授けよう」
その言葉に、場が一瞬ざわめく。従者が恭しく歩み寄り、布に包まれた小箱を捧げ持ってくる。
場がぴりっと静まり、注目が集まる。まず差し出されたのは、ずっしりとした革袋。
「こちらは金貨三十枚。子どもには多いかもしれんが……君の功績には見合うだろう」
中で、金属の重みが鳴る。俺は一瞬、息をのんだ。
(……三十!? 三十枚て、普通にえぐくない?)
(一枚十万として……三百万? 三百万!?)
(うわ……この世界にキャバクラあるのか知らんけど、行ってみてぇ……)
(可愛い子に「よしよし、頑張ったね♡」とか言われてぇ……)
(行ったことないくせに妄想だけは一丁前だな、俺……)
(……あっ、鼻伸びてたわ。やべ)
「これは、君自身の自由に使って構わない。狩りに使う道具でも、勉学のための書でも……あるいは、食べたい肉を買ってもいい。自分のために使いなさい」
「は、はいっ!」
(いやマジで太っ腹すぎるだろこの人!)
続いて、別の従者が丁寧に小箱を差し出す。
「……そしてこれもだ。我が家――エルトネス家の家紋が刻まれた短剣。これには通行許可の印を刻んである。王都を含め、我が管理下の領地では“証”として機能するだろう」
ヴェイル子爵が自ら布をめくると、中には銀と黒の意匠が施された美しい短剣が現れた。柄の根元には、風をかたどったような彫刻が光っている。
俺がぽかんと見ていると、子爵がにこやかに言葉を続けた。
「困ったことがあれば、それを持って訪ねなさい。細かい扱いは、ガロンが教えてくれる。……なくすなよ?」
「は、はいっ!」
(まさか、こんな立派なもんもらえるなんて……!)
手渡された瞬間、短剣からふわりと冷たい金属の重みが伝わってきた。それはただの道具じゃなくて――信頼とか、評価とか、そういう“何か”が詰まってる気がした。
◇
子爵は軽く頷いたあと、村の人々を見渡しながら声を張った。
「そしてこの場を借りて、もう一つ――」
そこだけ空気が張り詰める。
子爵は軽く頷いたあと、ゆっくりと村の方へ視線を向ける。
「この村を救った“小さな英雄”と、共に立ち向かった諸君の働き――しかと聞き及んでいる」
澄んだ声が、広場に集まった全員の胸に、静かに沁みていく。
「その勇気と努力に応え、村のみなにも褒美を与えよう」
そこで一拍おいて――子爵が声を張った。
「この村の“税”を、向こう“二年”――免除とする」
一瞬の沈黙。そして次の瞬間には、村じゅうが歓声に包まれた。
「おおおっ!?」「二年!? ほんとか!?」「領主様万歳ー!!」
農夫たちは両手を挙げ、老婆たちは泣き笑いし、子どもたちは跳ね回る。
喜びが、村の空にまで届きそうな勢いだった。
だが――その中で、子爵の目元にはふと、別の色が宿っていた。
(……?)
横で師匠がぽつりと漏らす。
「……隣町がドレイザ・ハウンドのせいで壊滅しただろ、きっとその村に移住させるつもりだな。まずは、体力をつけさせる算段ってとこだろうな。ま、投資だな」
(なるほどね……領主も色々考えているんだな)
ヴェイル子爵は笑みを湛えたまま、俺の方をまっすぐ見て、こう言った。
「小さき英雄よ――これからの君の活躍を期待している」
その声は穏やかで、けれど確かな信頼が滲んでいた。
俺は思わず、背筋を伸ばして頭を下げた。
「……はい!」
ちらっと横を見ると、師匠が腕を組みながら、なーんとも言えない顔をしていた。
(……あれ? なんか複雑そう?)
でも、少しだけ、嬉しそうでもあった――気がする。
【ステータス】
名前:ルクス
年齢:9歳
種族:人間(村人)
職業:狩人
出身:ユレリ村
金銭:3,013,700円 UP!
現在の欲望:
・魔法を覚える
スキル:
・弓術 Lv2
・解体術
・矢製作
・身体強化
・精密射撃 Lv2
・隠密
・薬草学
・薬草調合
・風水流剣術:初級
装備:
・ギザロドンの弓
・風紋の短剣 New!




