セラ式剣術ドリル2
からだのあちこちが痛ぇ。
連日の剣術訓練で、筋肉がバキバキにきしんでいる。
そのうえ――現在、教会の床を雑巾で磨き中である。
(早く帰ってゆっくりしたい...)
ちらりと前を見ると、長机の向こう――
セラさんがフィリアと並んで座っていた。
二人とも分厚い書物をいくつも開きながら、静かにページをめくっている。
セラさんは、細いペンを走らせながら、時折フィリアに何かを指差して説明しているようだった。
フィリアもうんうんと頷いて、真剣な顔でその横顔を見つめていた。
(……あれ、もしかして勉強教えてる?)
そんな穏やかな空気の中、ちらほらと話し声が聞こえてくる。
耳に入ってきた単語は、「結界強度」「領界術式」「光素転写」――
ひとつも意味がわからん。漢字だけで頭が爆発しそうだ。
(……うわ、絶対難しいやつ)
ながめているとフィリアがこちらに気づいて、ちょうど視線が合った。
ふわっと微笑んでくれた。
その笑顔は、さっきまでの張り詰めた空気を一瞬で和らげるほど優しい。
(ああ……癒される)
俺もつられて手を振ると――その横、セラさんがピクリとこちらに振り返り、
ジトッ。
(……はい、すみませんでした)
目が完全に「邪魔するな」って言ってた。
掃除、続行するしかないな。まあ、そもそもこれはセラさんの剣術指導の“対価”でもあるし。
(約束したしな……ああ、でも腰がもげそう)
「ルクス、大丈夫? 顔がひきつってるよ?」
声をかけてくれたのは、横で一緒に雑巾がけしてるレティだ。
「うん、元気。すっごく、元気」
「嘘だ~。ほら、動きがヨロヨロしてるもん」
レティはケラケラ笑いながら、横で器用に手を動かしていた。
なんだかんだで、俺が掃除するって言ったら「なら私もやる!」って手伝ってくれている。
(ありがてぇ……あとで干し肉進呈だな)
「ねえルクス、セラさんの教えって、そんなにキツいの?」
「キツい。目がね、剣より刺さる」
「ふふっ、想像つくかも。私、目を合わせた瞬間に背筋がピンってなるもん」
「……でも、ちゃんと教えてくれるから、ありがたいよ。動きも少しずつよくなってるし。実際、レティにも負けないくらいに――」
「お?」
……あっ、今の、言葉選び間違えた。
「いや、その、気持ちの上ではね!? まだ負けてるけど、追いつこうって気持ちは――」
「ふふん、精進することだね、家臣くん♪」
ニヤリと笑いながら、俺の肩をポンッと叩いていく。
軽いはずなのに、なぜか筋肉痛に直撃して声が漏れそうになる。
「ぐっ……レティ、やさしくして……俺いま、半分死んでるから……」
「しょうがないなあ。じゃあ後で干し肉、ひとつだけでいいよ?」
「もう三枚くらいあげるよ……」
そんなバカ話をしながら、床磨き終えたとき。
「――ふぅ」
俺は腰に手を当てて、でっかく息をついた。
(……やっと終わった……俺、やりきったよ……)
教会の窓から差し込む光が、床に反射してきらきらしてる。
その光の中で、レティが満足そうに手をパンパンとはたいた。
「おっつかれ、ルクス。ピカピカだね!」
「おう。今日の床は……魔法より光ってるな」
(つーかこのまま倒れたら、誰か運んでくれ……)
そんなことを考えていると――
「ルクスくん」
声をかけられて、顔を上げると――セラさんが、すっと立ち上がっていた。
どうやら向こうの勉強もひと段落したらしい。
「掃除、お疲れさまでした。……では、このあと稽古しましょうか」
「えっ……いやいやいや、セラさん!? 俺もう今日は体がバグってるんですって! この脚、今“棒”って呼んでもいいレベルでして!」
必死の形相で訴える俺を見て、セラさんは――
相変わらず冷たい目線で、じっと黙っている。
(セラさんの目が冷たい...でも本当に今日くらいは休みたい!)
……と思ったら、その目元が、ほんの少しだけ柔らいだ。
「……では今日は、お休みにしましょうか。最近、頑張っていましたもんね」
「え……ええ!? マジですか!?」
(やった……セラさんに“認められた感”ある……)
「ふふっ、よかったですね」
フィリアが優しく笑ってくれる。
(もうこれ完全に“勝利”だろ。今日は干し肉三昧コース……)
――と思った、その瞬間。フィリアが前に出る。
「ルクスくん。少し、後ろを向いてもらえますか?」
「……え?」
「ふふっ、ルクスくんに“とっておき”を見せてあげますね」
フィリアにそう言われて、戸惑いながらもくるっと背を向ける。
すると、彼女の小さな声が、柔らかく空気を震わせた。
「……我は求む、光の精霊よ――この者の体に沈殿する、不浄と疲労を洗い清めたまえ」
淡く、優しい光が、俺の背中にふわりと触れた。
――バッと、全身が軽くなる。
重かった肩も、鉛のような腰も、筋肉痛の兆しも。ぜんぶ、霧のように消えていった。
「……うお!? なにこれ、めっちゃすげえ!」
俺が振り返ると、フィリアは少し照れくさそうに、にこっと笑っていた。
「よかった……効いたみたいですね」
「うん、効きすぎてヤバい……フィリア、マジで俺の女神……」
「え、えへへ……ちょっと、照れます……」
ふわっと赤くなるフィリアの頬。それ見てるだけでもう癒し。
(ああもう、このまま帰って布団にダイブしてスヤスヤタイム入っちゃう? 確変入っちゃう?……)
だが、次の瞬間――
ポン。
肩に置かれた手の感触。
振り向くと、そこには満面の笑みのセラさん。
「……これなら、訓練ができそうですね」
「……は?」
俺の顔が一気に青ざめた。
(いやいやいやいや……今の流れ、“今日はお休み”って方向じゃなかった!?)
魔法で体は回復した。たしかに、元気にはなった。
でも心は……心だけはまだ地面に転がってる!
「セラさんっ、それは違う! フィリアの癒しは今日一日を幸せに過ごすためのものであって!」
「大丈夫です。心の鍛錬も含めて、剣術は奥深いものですから」
「ぐああああああ!!」
……さっきまでの“お疲れ様ムード”はどこへやら。
床に跪く俺の姿は、なんとも言えない哀愁に包まれていた。
(……フィリアは癒し、セラさんは破壊。神と悪魔が同居してるこの教会……マジで容赦ねぇ)
――まだ、俺の筋肉祭りは終わらない。
◇
ということで、セラさん式スパルタ剣術訓練が再開した。
(いや、“お休みにしましょうか”はどこいった……)
体は癒されてるけど、心はまだ床に落ちてる俺に――
セラさんは涼しい顔で、次のステップを告げてきた。
「では、今日から“防御の型”に入ります」
(あ、もう次のフェーズなのね)
これがまた、ルクスくんにとって超・重要らしい。
風水流の教えは、ただ攻めるだけじゃない。
“生き延びる”こと――つまり「死なない戦い方」を重視してる。
敵の攻撃をいなす。そもそも当たらない。
そして、攻撃の後にはすぐ離脱。
生存率を最大化するための戦術が、体系的に定義されてるのがこの流派の特徴だとか。
(……うん、最高じゃん。逃げるの、俺得意だし)
というわけで、今回教えられたのがこの四つ。
■【防御の型】
捌く(Parry):相手の刃を流すように受ける。
受ける(Block):直線的に受け止める(重めの剣やサーベル向き)。
外す(Evade):体をスウェー、ステップで避ける。
逸らす(Redirect):相手の攻撃をずらして無力化。
「これが身につけば、レティさんのような強打も“いなす”ことが可能になります」
「マジっすか!? あいつの剣、岩砕くレベルなんすけど!?」
「だからこそ、“受け止めないこと”が重要なのです。受けようとすれば、吹き飛ばされるだけ」
(めっちゃ納得した……)
ということで、まずは“捌き”の練習。
「はい、振り下ろしますよ」
「ちょ、ちょっと待っ――わあっ!?」
――カンッ!
ぎりぎりで剣をスライドさせ、セラさんの刃を受け流す。
うまくいくと、衝撃が腕に残らない。失敗すると、脳に響く。
「違います。もっと、角度を浅く。刃と刃を“滑らせる”感覚で」
「す、すみません!」
続いて、“外す”。
フェイント混じりの突きをセラさんが仕掛けてくる。
「ふっ――!」
俺は一歩、スウェー気味に体を引く。
剣先が鼻先すれすれを抜けた。あぶねぇ!
「今のは悪くありません。ただ、避けた後に“崩し”を狙える位置を意識して」
(もはや避けるだけじゃ満足してくれないのね!?)
“逸らす”と“受ける”もセットで反復。
剣で相手の攻撃を“はらい流す”のは想像以上に難しい。
けど、面白い。うまくいくと――ちゃんと、自分が“生き延びられる”感覚がある。
(これ……もしかして、俺にめっちゃ合ってるかもしれない)
ただし――疲れる。とんでもなく疲れる。
「セラさん……そろそろ休憩とか……」
「はい、では次は“連続防御”です。すべての型を交互に対応してください」
「休憩とは?」
防御の練習は、俺に新しい視界をくれた。
でも代わりに、足腰と握力は今日も失われていくのだった。
(……明日の俺、起きられるのか?)
だが今はただ、斬られないことに集中する。
――俺は生き残るために、避けて、流して、逸らし続ける。
その向こうに、“近接でも勝てる狩人”の未来があると信じて。




