セラ式剣術ドリル
それから、俺への“セラさん式スパルタ剣術訓練”が始まった。
まず叩き込まれたのは――攻撃の基本五型。
■【攻撃の型】
突く(Thrust):最短距離での刺突。
斬る(Slash / Cut):刃を振り抜く動き。水平、斜め、縦、全部。
払う(Sweep):敵の武器や手を外へ押し払う。制圧・間合い調整。
打つ(Strike):柄や剣の側面で殴る。非致死&かく乱用。
捌く(Parry to Attack):防御しつつ、即反撃へつなげる応用技。
(最後の“捌き”以外は、自主練でもイケるからって――)
――結果、徹底的に叩き込まれている。鬼か。
クールビューティーなセラさんは、常に淡々としている。その淡々さが、逆に怖い。
たとえば、ちょっと息抜きに魔法の本を読んでると――
「いま、何をしているんですか?」
背後から、スッ……と忍び寄ってくる。
「あ、えっと……魔法の仕組みを……」
「あなた、まず命を守るために剣術を始めたのですよね? 死んでしまっては、魔法の努力も水の泡です」
冷たく、鋭い視線。逆らう選択肢など、どこにもない。
「……はい。やります」
(あの目で見られると、心が裸になる気がする……)
疲れて倒れていれば――
「あと何分で起き上がりますか?」
タイムリミットが怖い。
休んでいても――
「ルクスくん、姿勢が崩れています」
どこからともなく現れる。もはやストーカーである。
(くそ、もう怖いよこの人……いや、天使の仮面をかぶった“教育特化型の悪魔”だろ……)
でも、だ。
教え方は、驚くほど丁寧で的確だ。
一回ごとに動きの無駄を指摘され、改善点が示される。
「その突きは、肩からではなく、肘で導いて。刃の軌道を最短に、力を前へ通すように」
レティの戦い方は、言ってしまえば“パワー系”だ。
でかい剣でぶっ叩く。気合で押す。敵を吹き飛ばす。
非常に多くのエネルギーを使う。
でもセラさんのそれは違う。
一回一回の動きが、しなやかで効率的で、まるで舞うように美しい。
実際に、剣を構えて撃ち合ってみると――
「――はい、防ぎました。次」
「ぐっ、もういっちょ!」
「……はい、防ぎました」
こっちが何回斬りかかっても、セラさんは一切攻めてこない。ただ、防ぐだけ。
なのに、こちらの勢いがじりじり削られていく。
(え、なんだこれ……剣をかわされるたびに、俺が無力になっていく気がする……)
セラさんはほんの少し息を整えながら、俺を見た。
「――いい動きになってきました。無駄が減りましたね」
その声には、わずかに温度があった。
(あ……なんかちょっと、嬉しい)
たぶん、セラさんの中では、これが“褒めてる”ってことなんだろう。
俺は、改めて思った。
この人に、ついていけば――ちゃんと強くなれる気がする。
(そして、強くなったらモテる……はず!)
……その前に、膝が笑って立てなくなってるんだが。どうなる、俺の脚力。
◇
(……教え甲斐がありますね、ほんとに)
稽古場の片隅で、静かに剣を構えるルクスくんを見ながら――セラは、いつもの無表情のまま、心の中でそっと呟いた。
(動きの修正が一回で伝わる。筋肉の反応も鋭い。……やはり、野山での狩りを続けてきた身体、ということでしょうか)
まだ幼さを残した顔立ち。なのに、体は意外と――いや、想像以上に締まっている。しなやかに、そして確かな力を備えて。
(しかも、数日で“型”を馴染ませるなんて……)
普通なら、構えを覚えるだけで数週間。踏み込みに反射が伴うのは数ヶ月かかってもおかしくない。けれど――
(この子は……違う)
初めて、村で見かけたときから“只者ではない”とは思っていた。魔獣退治をやってのけたという噂も、まさかと思ったが――本当だった。
(しかも……そのうえ――)
セラの視線が、ふとルクスの横顔をなぞった。
(……可愛い)
すらりとした身のこなし。少し長めの睫毛。風に揺れる髪の奥の、真っ直ぐな眼差し。
(……ほんとうに、可愛い)
胸元に視線が滑っていくのも気づいてる。だが――
(……年頃の、男の子、ですものね。許容範囲です)
むしろ、あの調子に乗った笑顔を見ていると、なぜか“許したくなる”。鼻で笑って叱りながらも、内心では――
(……ふふ。構いたくなってしまいます)
セラは、呼吸を整えるふりをして、小さく息を吐いた。
“強くなりたい”というその理由が、誰かを守るためではなく――ただ「モテたいから」だったとしても。
それが不純だなんて、どうして言えるだろう。
むしろその真っ直ぐさ、むき出しの欲望こそが――
(……いじらしくて、たまらない)
剣を振るたび、褒められるたびに顔を輝かせるあの子は、
自分が見てきた“男”たちとは、まるで別物だった。
――純粋で、真面目で、だけどちょっとだけスケベで。
(……触れて、いいのなら)
セラの頬が、ほんの少しだけ――微かに紅く染まっていた。
だが、表情には出ない。出してはならない。
(私はただの指導者……ええ、それ以上でもそれ以下でも……)
なのに――ルクスくんが水を飲んでいる隙に、無意識に視線を追ってしまう。
なぜか、彼の剣筋が滑らかになるたびに、胸の奥がちくりと疼く。
(……こんな、情けない)
でも、止まらない。
この感情の名前が、恋なのか、庇護欲なのか、それとも――
(いっそ……手枷をはめてしまえたら、どんなに楽か)
そんな、危ないことまで――ふと、考えてしまう自分がいた。
フィリア様に悪影響が出ないよう、見ておく必要があった
それだけのこと――だったはずなのに。
セラはそっと目を閉じた。
頬に当たる冷たい風が、理性をつないでくれている間だけは――まだ、平気。




