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戦場に咲くは狂気の華

「……暗いな。これの出番だな」


それは小さな水晶球のような魔道具。掌に収まるサイズで、半透明の中に、わずかに光が揺れている。


それに、すっと魔力を込めた。


ふわり、と。


淡い光の玉が浮かび上がり、ほのかに周囲を照らす。


光の玉はまるで生き物のように、ふわふわと肩の上へ寄り添い、静かに漂った。


ただでさえ不気味な洞窟内に、適度な灯りが差し込むことで、ほんの少しだけ安心感が生まれる。



洞窟の奥は、思ったより開けていた。天井も高く、壁も滑らか。もう張り付くスペースも、隠れる影も少ない。


「……ここからは、隠れる場所が少ねぇだろうからな」


先を歩くガロンが、静かに呟いた。


「多分……出てくるぞ」


レティはごくりと唾を飲み、背筋を伸ばす。


剣の柄をしっかりと握るその手には、かすかな震え――だが、目は決して逸らさない。


「いいか、レティ」


ガロンの声が、ぴしゃりと空気を断つ。


「もし20体以上いたら、すぐに撤退だ。いいな?」


「はい」


「それと――明らかに“大型”の個体。ちょっとでも“異様”な奴がいたら、即脱出だ。戦うな。逃げろ」


「……わかりました」


(ガロンさんがここまで念を押すなんて、相当危ないってことか)


でも、レティの胸には――確かに、火が灯っていた。


(強くなりたい。大好きな人たちを守れるように。だって私は、騎士なのだから)


そして――


「来るぞ」


ガロンの声が落ちた瞬間――


奥の影から、ホワイトゴブリンが現れた。


一体、二体、三体、四体――次々と、雪のように白い影が現れ、岩陰からずるずると這い出てくる。


レティは息を吸い、剣を構えた。


「……やります!」


白い影が次々と蠢き、地を蹴って迫ってくる。


「俺がフォローする。だから好きにやってみろ」


その言葉に、レティの口元がふっとほころぶ。


「待ってました」


彼女は深く息を吸い――魔力を身体へ流し込む。


その魔力は、ただの強化ではない。収縮と圧縮を繰り返し、内部でうねるように燃え上がる。


(……ああ、出たな)


ガロンは目を細める。


獣のような気迫。レティが見せる“戦士”としての一面――それは、獰猛そのものだった。


ゴブリンが吠えながら一斉に突っ込んでくる。


数は十体。普通の人間なら、間違いなく取り囲まれて終わる。


だが。


――ズバンッ!


レティの剣が、ひと振りでゴブリンの胴体を真っ二つに裂いた。


(……えぐいな、こりゃ)


振るえば肉が裂け、骨が砕け、悲鳴が止む。


背の低い洞窟では、振りの大きい武器は危険。壁や天井に刃がぶつかれば、隙ができる――


……はず、だった。


危ないと思い、ガロンがフォローに入ろうと一歩踏み出したその瞬間、


「……ん?」


ゴリゴリゴリゴリ――!!!


レティの剣が、洞窟の天井を削りながら、まるで構わず振り下ろされた。岩片が飛び、火花が散り、それでも剣の軌道は微塵もぶれない。


壁だろうが天井だろうが、そこに何があろうが、彼女の“範囲”に入ったものはすべて――破壊される。


ゴブリンの群れは、レティの前に出た瞬間、文字通り“砕けていく”。


斬られるというより、“破壊”されていた。


そして何より、戦うレティの顔――


歯を見せて、獣みたいに笑っていた。


「ははははははっ!!」


洞窟中に響き渡る、けたたましい笑い声。


レティの口元からこぼれたその声は、少女のものとは思えないほど獰猛で――狂気すら孕んでいた。


「ははっ! もっと来なさいよッ!!」


ゴブリンが一体、真横から跳びかかる。


だが次の瞬間、レティの剣が――


ゴリッ!!


壁をえぐりながら、斜めに振り抜かれる。


その剣筋は美しく、無駄は一切ない――けれども、“荒々”しかった。


「っははははッ!! 逃げないでよ! ほら、こっち!」


振り上げた剣が岩壁を砕き、剣から抜けないその破片ごとゴブリンを押し潰す。

剣を振るえば剣の先端が破片がゴブリンへ飛礫(つぶて)となりゴブリンを襲う

肉に食い込み、ゴリゴリと嫌な音が鳴るが、レティはお構いなしに追撃する。


「……近づけねぇ」


ガロンですら、そう呟くほどの剣圧。


彼女の周囲は“絶対接近禁止区域”だ。


空気ごと斬り裂くその一撃に、ゴブリンたちは恐怖で動きが鈍る。


「ッははははは!! なによ、もう終わり? もっと来なさいよッ!」


その笑い声は、まるで戦場に咲いた狂気の華。


血を浴び、剣を振り、嗤いながら、ゴブリンの群れを――破壊していく。



「……さて、一人でやっちまったな」


血と岩の匂いが混ざる洞窟の奥、ガロンが腕を組んでレティに声をかけた。


レティは肩で息をしながらも、満面の笑顔。


頬には血が飛び、服は破れ、剣は真っ赤に染まっている――それでも、どこか晴れやかだった。


「楽しかったか?」


そう聞くと、レティは息を吐きながら、


「……まぁまぁ、ですね」


と肩をすくめて答えた。

その表情には、戦いの快感に浸ったような恍惚の色が、うっすらと滲んでいた。


ガロンは笑い、再び足を進める。


「さて――じゃあ行くか。たぶん、この奥に“マザー”がいる」


レティも頷き、剣を構え直して並ぶ。


二人で洞窟の奥へ踏み込んだそのとき、入り口に立つゴブリンが一体――


レティの剣が風のように走り、影は一瞬で切り伏せられた。


「いたな」


ガロンが呟いた先に、空間の広がり。


岩壁に守られたような空洞の中心に――いた。


どしりと地面に腰を下ろし、動かない。


大きく膨れた腹。産むことに特化したため、退化してヒレのようになった足。異様に長い腕だけが、動けない身体の代わりに、じりじりと空を掻く。


それが――ホワイトゴブリン・マザー。


(……立てねぇんだな)


目だけはギラついていた。悔しさを、憎しみを、その奥に潜ませている。


“自分ではどうすることもできない”

“でも、ここにいるしかない”


そんな本能の絶望が、目だけに宿っていた。


ガロンは、静かに弓を構える。


「……悪いな」


魔力が弓へ流れ、全身を駆け巡る。


「俺たちは……相容れない存在なんだ」


身体強化を、限界まで。


筋繊維が軋み、骨がしなるほどの“過剰”な力を矢に乗せる。


――ズドン!!


放たれた一矢が、マザーの頭を直撃。


その巨体が一瞬で崩れ落ちる。


頭部が吹き飛び、苦悶の声すら出させなかった。


(これで、苦しまずに逝けたろ)


ガロンは、静かに矢を納めた。


「……これで、終わりなのね」


レティが呟くように言った。


「……あっけなかったな小規模な巣でよかったよ」


ガロンの声には、少しだけ安堵が混じる。


「マザーを失えば、残りの個体に繁殖能力はねぇ。あいつらは全部オスだけだからな」


レティが眉をひそめる。


「……でも、あれだけの数、どこから?」


ガロンも首をひねった。


「この辺りじゃ、もともと魔獣の被害はほとんどない。多分、山脈を越えてきたんだろう」


「山脈……?」


「ああ。たまに越えてくるやつがいるんだ“はぐれ個体”ってやつだな。ただ、そういう奴らは番がいないから、繁殖できない。だから、この辺じゃ被害は少なかった」


それが――今回は違った。


「だが、ここ最近、急に魔獣の数が増えてる。ゴブリンも繁殖してた」


ガロンの声が低くなる。


「……なぜなんだろうな」


洞窟に静寂が戻る。


血の跡だけが、生々しく残る中で――


“何か”が、まだ動いているような気がしてならなかった。

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