勝利の夜明け
「今だッ!!」
俺は叫んだ。
「痺れ薬が効いてる! やるなら今しかねぇ!!」
――あれが立ち直れば、もう終わりだ。
今を逃せば、この村は……全滅する。
「逃げても意味ねぇ! あいつは、全部壊してくる!」
「ここで決めなきゃ、みんな死ぬぞッ!!」
その声に、村人たちの動きが一斉に変わった。
誰かが鍬を構え、誰かが鋤を握りしめ、誰かが、錆びついた剣を両手で持ち上げた。
誰もが震えていた。
でも、その目だけは――死ぬ気の覚悟で燃えていた。
「……守るんだ」
「村を……家族を、俺たちの手で!!」
そして――
「おおおおおおおおおッ!!」
うなり声とともに、もがくドレイザ・ハウンドに、村人たちが殺到する!
ドスッ! ザシュッ! ガンッ!!
あらゆる刃と金属が、巨体に叩きつけられる。
「ダメだ! 刃が……通らねぇッ!!」
「くそっ、なんでだよ……!!」
奴の毛皮は、まるで鉄板のように硬い。
刃が弾かれ、鍬の先が折れ、槍が曲がる。
それでも――誰一人、やめなかった。
逃げなかった。
「やらなきゃ……みんな殺される!!」
それは覚悟だった。
もう後には引けない。
誰かが止めなければ、この村が終わる。
――ドガァン!
巨体が暴れ、近くの男が吹き飛ぶ。
大木のような前脚が振り下ろされ、ひとりが叩き潰された。
「ぎゃああああああッ!!」
悲鳴。絶叫。血飛沫。
だけど、それでも――
「うぉぉぉぉぉおおお!!」
刃が、再び突き刺される。
バシュッ、ザクッ、グサッ!
――何度も、何度も、何度も!
硬い皮膚の隙間に、ようやく刃が入った。
滲むように血が溢れる。
「刺さった……! 今度は通ったぞ!!」
誰かが叫び、それに続くように、村人たちが渾身の力で武器を振るう!
赤黒い血が、肉を裂いた手に跳ねる。
地面が、濡れていく。
ドレイザ・ハウンドが、苦悶の声を上げる。
「グガァァアアアア……ッ!!」
巨体がよろめく。
脚が崩れかける。
――倒れるまで、刺し続けるしかない。
もう、後には戻れないのだ。
◇
……足が、動かない。
(こわい……こわい……!)
レティシアは、立ちすくんでいた。
目の前にいる“それ”――ドレイザ・ハウンドは、まるで悪夢そのものだった。
全身の毛穴が凍りつくような、死の気配。
逃げなきゃ、って思ってるのに。
剣を握ってるはずの手が、指先まで冷たくて、震えてて。
「……これで……終わり……?」
そんな考えがよぎったときだった。
ピシュッ!
ルクスの矢が、一直線にドレイザ・ハウンドの肩に突き刺さ――らなかった。
弾かれて、カランと地面に落ちる。
(……嘘でしょ……)
私は、あのとき見たんだ。
ルクスが、あの凶暴な猪を一発で仕留めたときの矢を。
その矢が、通らなかった。
つまり――絶対に勝てないってこと。
人間の力なんか、この化け物には通じない。
(ああ……もう、ダメだ……)
心の中が真っ黒に染まりかけた、その瞬間。
ドレイザ・ハウンドの動きが――変わった。
ぐらりと、頭が揺れて、脚がもつれ、口から涎が垂れる。
「……なに?」
その直後、ルクスの矢が、目に突き刺さった。
ギャアアアアアアッ!!!
凄まじい咆哮。
地面が震え、空気が裂けた。
あの怪物が、苦しんでいる――!
「ルクス……ルクスが……!」
そして、彼の叫び声。
「今だッ!! みんなでいけ!!」
大人たちが一斉に突撃し、武器を手に打ち込んでいく。
でも――私は、動けなかった。
目の前で、人が潰されている。引き裂かれている。
刃が通らない。それでも立ち向かって、叫んで、倒れていく――
(……なんで……私、動けないの……)
脚がすくんで、一歩も前に進めない。
足が、がくがく震えてる。
(くそっ……くそっ……!)
――ガチィン!
私は、右手に拳を作って、全力で自分の顔を殴った。
「――ッ! ぐっ!」
視界が揺れ、頬が痺れる。
でも、その痛みが恐怖を溶かしてくれた。
「私は……“レティシア・エルグレイン”。」
歯を食いしばり、血の味を噛み締める。
涙が、熱くこぼれる。
「エングレンの名にかけて……!」
「私は進まなきゃいけないんだ!」
剣を握り直し、魔力を足に込める。
魔力を、絞りに絞って――
圧縮し、滑らかに流し、足、腰、腕へと順に解き放つ。
それは教わった“型”。
地面を蹴り飛ばし、音速すら感じる踏み込み――
跳躍とともに、剣を振りかぶり、叫びとともに――振り下ろす!
狙うはその頭蓋、一撃で仕留める。
「沈めえええッ!!」
ズガンッ!!!
鈍い、重低音のような破裂音。
ズバァッ!!
獣の脳天に、レティシア・エルグレインの一撃が炸裂した。
◇
――ギャアアアアアッ!!!
ドレイザ・ハウンドの、最後の絶叫が夜空に響いた。
レティの剣が、真っ直ぐに頭蓋へと食い込んでいた。
砕かれた骨の音が、鈍く空気を震わせる。
次の瞬間――巨体が、ズゥゥン、と地面に崩れ落ちた。
バサッと舞い上がる砂煙。
その中で、ドレイザ・ハウンドの瞳から、スゥッと色が抜けていくのが見えた。
(……終わった、のか?)
しばらく誰も動けなかった。
でも、誰かが呟いた。
「……勝った……?」
それが、火をつけたように連鎖していく。
「……勝ったぞ!!」
「やったぁぁああああ!!」
「勝ったあああああ!!」
村中から、歓声が上がった。
死を覚悟していた。
絶望の中でもがいていた。
――そんな中で、生き残った。
だからこそ、泣いてる人もいた。
うずくまって、亡くなった家族の名を叫ぶ人。
ぼろぼろの手で、生きている仲間に抱きつく人。
血のついた鍬を落として、膝から崩れ落ちる男。
その中で、レティは剣を持ったまま、黙って空を見上げていた。
その頬には、涙と血が混じっていた。
俺は、一歩踏み出し、彼女の隣に立った。
レティはふっと、口元だけで笑った気がした。
――こうして。
魔獣との戦いは、終わった。
そして空の端に、ほんのりと光が差し始める。
鳥が鳴き、夜がゆっくりと退いていく。
それは間違いなく勝利の夜明けだった。
【ステータス】
名前:ルクス
年齢:8歳
種族:人間(村人)
職業:狩人
出身:ユレリ村
現在の欲望:
・レティシアを泣かす(保留)New!
スキル:
・弓術 Lv2
・解体術
・矢製作
・身体強化
・精密射撃 Lv2 New!
・隠密
・薬草学
・薬草調合




