魔獣の脅威
薬草を学び始めて、もう一ヶ月が経つ。
師匠――ガロンおじさんが村を発ってからも、すでに一ヶ月半。
未だに帰ってくる気配はない。
おばあちゃんの薬草ストックはもう十分らしく、「また手が足りなくなったらお願いね」と、嬉しそうに送り出してくれた。
レティは……ちょっと寂しそうだったけど。
「じゃ、今度は遊びに来いよ」って言ったら、
「しょうがないから行ってあげる」だってさ。
(ほんと、素直じゃねぇな……)
さて――今、俺は走っている。
ぐるぐると、村の外れの畑道を。
(今は身体強化を鍛えるんだ)
レティに勝ちたい。あの一撃でぶっ飛ばされた日のことは、今でも忘れられない。
(あいつの瞬発力……俺も、ああなりたいんだ)
足に魔力を込める。
太ももに、ふくらはぎに。筋肉を意識しながら――
グッと魔力を圧縮して、動作の瞬間に解放する!
ドッ、ドンッ!
足が地面を蹴るたび、小さく砂煙が巻き上がる。
「っはぁ、っは……!」
膝に手をついて、ゼェゼェ息をつく。
そんなときだった。
(……あれ? なんか騒がしいな?)
耳を澄ますと、教会のほうから人のざわめきが聞こえた。
慌てて駆け寄ると、村人たちが入口の前に集まって、なにやら深刻そうな顔をして話している。
その中に、見覚えのある小柄なシルエット。
――フィリア。教会の見習いシスター。
「フィリア! なにかあったのか?」
声をかけると、彼女はビクリと肩を震わせ、こちらを向いた。
「ルクスくん……よかった、無事で」
その表情は、ひどく不安げだった。
「なあ、何が起きたんだ?」
「……村の外れで、死体が見つかったの。しかも、噛み千切られたみたいに……」
「……え?」
「目撃者がいたみたいで、たぶん魔獣。狼の……“ドレイザ・ハウンド”じゃないかって、村の人が」
(ドレイザ……ハウンド?)
聞いたことがある。中型で素早く、凶暴な狼型の魔獣。魔法にも少し耐性があるって話だった。
フィリアは声をひそめ、さらに続けた。
「……ねえ、隣村のこと、聞いた?」
「隣村……?」
「……ルーメ村。昨日の隣町から帰ってきた人が……村が、なくなってたって」
「なくなってた?」
「家は焼けてなかった。でも……誰も、生きてなかったんだって」
フィリアの手が小刻みに震える。
「痕跡があったの。血が……大量の血が、道にも壁にも……それから、食いちぎられた跡。みんな……みんな、食べられてたって」
(……マジかよ)
背筋がゾワッとした。
村ごと――食われた?
これが、魔獣の仕業だっていうのか。
なら次は、俺たちの村が――
周囲では、大人たちが口々に議論している。
「ハンターのガロンがいれば……」
「でも今いねぇじゃろが!」
「街に使いを出して、冒険者に討伐を――」
「そんな悠長なこと言ってられるか! 次の犠牲が出る前に、なんとかせにゃ!」
教会前の空気が、重く、張りつめていく。
――そんな中、俺はじっと、拳を握っていた。
「おお、ルクスじゃねぇか!」
教会の石段を上がったところで、近所の大工のおじさん――ブラムが、こちらに気づいて声を上げた。
「そうだよ、ルクスがいるじゃねぇか! この前だって、山の猪を一人で仕留めたって話だ!」
「おうおう、あのときの解体も見事だったって薬屋の婆さんが言ってたぞ。腕は確かだ」
ざわめきの中に、いくつかの視線が俺に集まる。
(……なんだこれ)
でも次の瞬間、鋭い声がその流れを断ち切った。
「バカ言うな!」
そう言ったのは、鍛冶屋のグレンおじさんだ。いつも厳つい顔だが、今は特に険しい。
「いくらガロンが認めてようと、ルクスはまだガキだぞ! 魔獣だぞ!? 人を食ったんだ!」
「けど、俺らよりよっぽど戦えるだろ!」
「魔獣ってのはな……その辺のイノシシやクマとは違うんだ。魔力を使うし、動きも速ぇ。知能もあるかもしれねぇ」
言葉の圧に、場の熱気が一気に冷める。
グレンおじさんは俺に向き直って、静かに言った。
「ルクス、お前のことをバカにしてるわけじゃねぇ。実際、お前はすげぇよ。俺らの誰より狩りがうまいかもしれん。でもな――」
拳をギュッと握りしめる。
「これは一人でどうにかできる相手じゃねぇ。お前が死んだら、誰が責任取るんだ?」
沈黙。
誰もが言葉を飲み込む。
でも、別の誰かが、ぽつりと言った。
「それでも……俺らよりは、戦力になるのは間違いない」
「だったら、せめて数人で組んで動くしか……」
「街に行く時間がねぇかもしれねぇんだ、次が出たらもう――」
視線が、俺に集まる。
期待、心配、不安、そして、希望。
(……俺に、できるのか?)
心臓の鼓動が、ドクン、と大きく響いた。
(……くそ、どうすりゃいいんだよ)
◇
ざわめく大人たちの中で、俺はずっと迷っていた。
俺に、できることはあるのか。
ガロンおじさんなら、どうするか。
そんなときだった。
「……ルクスくん」
そっと腕に触れる感触。
見上げると、フィリアが不安そうな顔で立っていた。
小さな手が、俺の袖をつまむように握っている。
「……どうなっちゃうんでしょうか、この村」
その瞳は揺れていた。怯えていて、それでも俺を見ている。
(……ちくしょう)
俺はそっと、彼女の手を取り返した。
「大丈夫。俺が、なんとかするから」
「え……」
「俺には、できることがある。だからこそ……やるんだ」
ぐっと、手に力を込めた。
「俺はガロンおじさんの弟子だ。狩りの仕方も、魔力の扱い方も――ぜんぶ、叩き込まれた」
自信なんてなかった。
でも、逃げたくなかった。
誰かがやらなきゃいけないなら、俺がやる。
そのまま、フィリアの手をそっと離すと、俺は大人たちの前へと歩き出す。
「――僕も、戦いに参加します」
声が響く。
全員が、俺の方を振り向いた。
「僕はまだ子供かもしれません。でも、できることはあるはずです。ガロンさんの弟子として……戦力として、僕を使ってください!」
しばしの沈黙のあと――
「……こりゃ、もう一本取られたな」
ブラムが笑って、頭をかく。
「しょーがねぇ。お前が本気なら、俺らも腹くくるしかねぇな」
「全員で武装して挑むぞ。ルクス、お前は先導は任せねぇが、戦いには加わってもらう」
グレンおじさんが重々しくうなずいた。
「街に走りを出す手配も急げ。ガロンが無理でも、冒険者か領主に依頼を……時間との勝負だ」
戦いは、もう始まっている。
俺は――やれることを、やるだけだ。
◇
俺は走った。
教会から一気に村のはずれへ。
風を切って、石畳を蹴り、全力で。
トンッ、トンッ、と足音を鳴らして、薬師のおばあちゃんの家に飛び込んだ。
「おばあちゃん!」
「……あらまぁ、なんて勢いなのさ」
おばあちゃんは火鉢の前で茶をすする手を止めて、目を丸くしてる。
「教会で……狼型の魔獣が出たんだ。ドレイザ・ハウンドってやつ。人がやられたらしくて、みんなで討伐に行くんだ!」
「……あらあら……」
事情を手短に説明してから、俺は一歩前へ出る。
「お願いがある。痺れ薬とか、毒とか――矢に塗って使える薬を用意してほしいんだ」
「毒……を?」
おばあちゃんの表情が曇る。
「……ルクス、あんた……戦いに、参加するのかい?」
「……はい。俺にも、できることがあると思うから」
一瞬、重い沈黙。
でも、おばあちゃんはふっと細く目を閉じ、うなずいた。
「……わかったよ。魔獣に何が効くかまでは保証できないが……できる限り強い薬を作ってみよう」
そう言って、棚から材料を取り出し始める。
「ただし……扱いには気をつけな。下手すりゃ、ルクスがおっ死ぬよ?」
「わかってます。絶対に気を抜かない」
俺がうなずくと、おばあちゃんはすぐに調合に取りかかった。
火を起こし、粉をすり潰し、液体を混ぜ、どこか緊張感のある手際で――。
そのとき。
家の外から、コンコンと戸を叩く音。
出てみると、そこにはレティがいた。
「……ちょっと、外。ついてきて」
言われるがままに裏手へ回ると、レティが真剣な目で俺を見つめてきた。
「私も、ついていく」
「は? やめとけ、危ないって」
「いいえ。私はあなたに勝ったの。私の実力、あなたが一番よく知ってるでしょ?」
返す言葉が詰まる。
「でも魔獣は、人間相手とは違う。俺は狩人だから距離をとって戦えるけど……お前は剣だ。接近戦になるんだぞ、下手すりゃ……!」
「それでも私は、この村に住む一人なの。何もせずに見てるなんてできない」
その瞳はまっすぐだった。冗談でも意地でもなく、本気の目だった。
「それに――私はあなたの“主人”よ? 家臣にだけ手柄を取らせる気なんて、さらさらないわ」
「……」
言い返せなかった。
その覚悟も、言葉の端にある優しさも、全部伝わってきたから。
「本気なんだな」
「ええ。本気よ。この村を、守るの」
なら――もう、やるしかない
「……わかった。一緒に戦おう、レティ」
こうして、二回目の魔獣戦が幕をあける。
【ステータス】
名前:ルクス
年齢:8歳
種族:人間(村人)
職業:狩人
出身:ユレリ村
現在の欲望:
・魔獣を倒して生き残る
・レティシアと友達になる
・レティシアを泣かす
スキル:
・弓術 Lv2
・解体術
・矢製作
・身体強化
・精密射撃
・隠密
・薬草学
・薬草調合




