再会
ラジオが現れる場所へ足繁く通っている。
俺はあの日からラジオと遭遇した場所へ足繁く通っている。
きっと又やって来ると考えたからだ。
其処はアイツの奥さんが住んでいたアパートにも近かった。
(奥さんは何で此処に住んだのだろう?)
考えればおかしなことばかりだ。アイツと暮らしてした県境とはかなり離れているからだ。
(きっとラジオの故郷か何かなんだろう? 刑期が終わるのを其処で待ち続けるつもりだったのかな?)
アイツを助けられなかったことで俺は良心の呵責に押し潰された。きっと塀の中で恨まれているのではないのかと思っていた。だから妻がアイツの奥さんを見守りたいと言った時嬉しかったのだ。
でもそんな優しい妻が殺された。その事件の前に俺は仮出所したアイツとアパートで会っている。あの時俺はアイツを怖いと感じた。
そんな想いがいつの間にかアイツが妻殺しの犯人だと思い込ませたのかも知れない。
そして又アイツを確認した。今回は奥さんも一緒だった。
奥さんは大分元気になられたようで、アイツを見ながら笑っていた。
(良かった。本当に良かった)
俺は心から喜んでいた。
二人の後をそっと付いて行く。其処は俺のアパートの近くだった。
(こんな場所に何の用なんだ?)
其処は星川にある戦火の乙女の像の前だった。
俺は建物の陰から様子を伺った。すると見覚えのある紳士が現れた。その人は紛いものなく、浅見孝一さんと八重子さん夫婦を探していた男性だった。
遠目でも泣いているのが判る。俺は其処から動けなくなった。
三人は抱き合っていた。余程嬉しいことがあったのだろう。見ている内に俺も泣けてきた。
二人が帰った後でそっと男性に近付いた。
「あぁ、あの時の探偵さん。その節はお世話になりました」
男性は頭を下げた。
「あっ、御無沙汰しております。ところで今の二人は?」
俺は時候の挨拶を軽く済ませ、いきなり話題に入った。
「あぁ、さっきの二人ですか? 私の知人の息子さんご夫婦ですが……」
「息子さん? 娘さんではないのですか?」
「浅見孝一さんにも関係ある人のご家族です。私と孝一さんは同じ病院にいまして、空襲に合い熊谷まで逃げて来ました。その時私達を引率してくれた看護婦さんの身内の方です」
男性はセカンドバッグの中から一枚の写真を出した。
「これは十七、八年ほど前に此処で撮影したものです。この方があの方の祖母にあたります。あの空襲の翌日。と言うか同じ日の正午に敗戦したことを知り、浅見孝一さんを探したのですがいらっしゃらなくて」
「八重子さんの待つ秩父を目指しておりましたから……」
俺は又余計なことを言った。これじゃ瑞穂を責められない。
「この看護婦さんは八重子さんのことは知らないようです。魘された時に名前を呼んでおられましたので私は聞いておりますが……」
「それは失礼致しました。ところであの男性は?」
「八年ほど前に会った時、お嫁さんが行方不明だと伺いました。でも再会出来たらしいです」
「それで泣いていらしたのですか?」
「見ておられたのですか? お人が悪い」
そう言いながら又涙ぐんでいた。
「息子さんはヤンチャしていらしたとか? だけどお婆様っ子だったらしいです。だから遺言を……」
「遺言?」
「お婆様が亡くなられた時に浅見孝一のことを頼まれたそうです」
「えっ!?」
「此処にいる全員が心配していたのです。そして感謝していました。浅見孝一さんのお父様が『荒川に行け!』って言ってくれたから私達は命を長らえたのですから……」
男性は写真を指し示しながら言った。
「確か、浅見孝一さんのお父様がお亡くなりになられた現場に居たのでしたね?」
「荒川で再会した時にその事実は申し上げました。でもその直後に終戦でしょ。だから尚更、浅見孝一さんだけは助かったのだと思いたかったのです」
「本当に残念でした」
「お二人が亡くなられたのはその日の午後でしたね。その頃荒川の川原では看護婦さんが中心になって、又此処に集まろうって誓っていたのです。それがいつの間にか星川の灯籠流しの日になりました」
「それではあの日も?」
「あの日は私だけでした。皆、歳をとりまして……。だから遺言を伝えたかったとか。でも無実の罪で服役なされたとか? だから奥様がその意思を継いだそうです」
「だから熊谷で暮らしていたのですか?」
俺の質問に男性は頷いた。でも、不思議そうな顔つきをした。
「すいません。俺はアイツが無実だって知っていた。でも捜査から外され、何も出来なかったのです」
「あぁ、貴方でしたか? 奥様が殺された元刑事って言うのは?」
俺は頷いた。
「あの方は犯人ではないそうです」
「はい。それは瑞穂が証明してくれました。あの子は霊感が強くて、私の妻が犯人ではないって言ってると知らせてくれました」
「えっ!? 霊感でそのようなことが判るのですか?」
「あっ、あの子は特別です。恋人が自殺を装って殺され、その女性が遺してくれた形見のコンパクトが見せてくれるのだそうです」
「俄には信じがたい話ですね」
「はい。その通りです。でも数々の難事件も解決させてくれました」
「それは頼もしい」
「あの子はアイツが犯人ではないと言ってくれた。俺はその言葉を信じたい。だからアイツに再審を勧めたいと思う」
「再審ですか?」
「再審が認められるのは、判決の元となる証拠が偽造であると他の裁判で証明された時や、判決の元となった証言が嘘であったと他の裁判で証明された時などです。アイツの奥さんはアイツを陥れたヤツに拉致監禁されていたそうですから、その裁判を起こしてもらえたらなんて思っています」
俺は出任せを言っている。第一の事件はアイツは無実だ。だから俺は色々と調べてはいたのだ。
「それは奥様が怖がるかも知れませんね」
男性の発言は的を得ていた。
俺は又、アイツの奥さんを傷付けることを考えていたのだ。
「有罪の判決を受けた人に、無罪やもっと軽い刑を言い渡すべき明らかな証拠をあらたに発見した時。これは無理かも知れない。でも前の裁判で、裁判官や検察官や警察官が証明書類を作成した人が書類に犯罪行為をしたことが明確な時なら……。つまりでっち上げです。俺はアイツが無実だと何度も訴えた。でもそれを証拠にした」
「それはどんなことですか?」
「『あの事件だったら、コイツにはアリバイがあるはずです』と俺は言い張った。すると『電話があったようだな。でもそれは事件現場のすぐ近くだそうだ。お前はコイツに騙されたんだよ。暴走族の頭だから、顔を知らない奴はいないんだ』と言われ俺は黙ってしまった」
「犯行時間直後。現場近くの道で、携帯電話を掛けている人が目撃されたそうですね?」
「はい。丁度その頃、俺に電話があった。『もしかしたらアイツは其処で掛けてきたのか?』俺のその一言が仇になってアイツは逮捕されてしまった」
「彼は本当にやっていなかったそうです」
「解ってます。だから何度も訴えたのです。でもアイツは弁護士の『裁判で無実だと訴えればいい』って言葉を信じて犯行を認めてしまったのです」
俺は又、アイツを救えなかった言い訳を始めようとしていた。それではいけないと頭の中では解っていた。でも言葉が出て来なかった。
「すいません。アイツと会わせていただけますか?」
挙げ句の果て、俺は男性にラジオとの接見を頼んでいた。
俺は遂にラジオとの再会を果たした。
そしてその場で奥さんの拉致事件で裁判を起こしてほしいと訴えた。勿論アイツは頭を振った。
「何が俺の再審のためだ。お前が楽になりたいだけじゃないのか?」
アイツに痛い場所を突かれて俺は頷いた。
「やはりな。やっぱりお前は警察官だ。俺を寄って集って共犯に仕立てた奴等と何も変わらない」
アイツはふて腐れるように言った。
それでも俺は説得した。それが亡くなった妻の意志でもあるからだ。
ラジオの奥さんが何故此処に住んでいたのか解った気がした。




