不完全な完全犯罪?
瑞穂はまだイワキ探偵事務所にいた。
瑞穂はまだイワキ探偵事務所にいた。何か俺に言いたそうだ。
「瑞穂。言いたいことがあるのなら遠慮するな」
「うん、解った。ホラ何時か叔父さんに話したことがあったろ? 上村さんと会っていた女性」
瑞穂が録音機を示した。
「ああ、そんなこと言っていたな。この中にまだ残っているし、万が一のためにとコピーもしたから……」
「この前、その人に会ったから後を付けてみたらでっかいお屋敷に入っていったよ。表札には速水ってあった」
「ハヤミ!? 何処かで聞いた気がする。誰だっけ?」
「俺に判る訳ないよ。叔父さんそんな時こそ探偵ノートだろ? 速達の速いに水……」
「あっ、そうだ思い出した。その速水だったら確か上村さんの元婚約者で、速水るいさんとか言っていたな」
「あっ、そうだ。確か、和也さんが逮捕された時一緒に居たって言う人かな?」
「そうだよ。きっとその人だ。上村さんとは別れさせられたんだ。だけど愛し合っていたのかも知れないな」
「もしかしたら水村さんの事件は?」
「もう、何が何だか解らなくなってきた。でも、容疑者が一人増えたようだな」
俺も瑞穂も、水村さんの胎児を奪った犯人が悪徳警察官だと思っていた。
俺はその警察官を殺害した犯人と拳銃を和也さんの荷物に忍ばせたのが同一人物ではないのかと考えた。
真相はまだ闇の中だけど、和也さん以外の犯人像を模索していた。
(和也さんと一緒に居たのなら、荷物の中に拳銃も隠せる)
俺の妄想はとんでもない方へ向かっていた。
でも、速水さんを手に入れる目的で水村さんの部屋へ送り込んだのは間違いなく和也さんなのだ。
事件を書き出してみることにした。
事件が起こったのは和也さんが瑞穂の置いたバケツに足を突っ込んだ日の約三ヶ月前。
泥酔した水村さんが、和也さんに抱えられて帰宅した後だ。
同じように酩酊常態にさせられた上村さんを部屋に運び込んで和也さんが写真を撮ったから速水さんと破談したのだ。
(全て和也さんの企みだったのか? それとも偶然の産物か? 上村さんが婚約しなかったら、水村さんと結婚していたのか?)
考えれば考えるほどの和也さんが解らなくなる。
未だに決着をみないこの事件は瑞穂の霊感だけが頼りなのかも知れない。
ラジオが妻殺しの犯人ではないと言い当てたあの力だけが……
まー、それが真実だとは言い切れないけど……
「ところで、上村さんは水村さんと和解したのかな?」
「流産した子供のことか?」
「した。って言うかさせられたんだよね?」
瑞穂の言葉は的を射ていた。
「でも上村さんは何が起こったのかまでは知らなかったのかも知れないな」
「ん、どうしてだ?」
「だってさ。俺がファミレスに行った時のことだけど。何か速水さんに調べてもらっていたのじゃないかな?」
「そんな気がしてきたのか?」
「うん。きっと上村さんにだと思う」
瑞穂はそう言いながらもう一度録音機のスイッチを押した。
『思い出したんだけど、拳銃奪われて殺された警察官って、あのアパートから出てきた人よね?』
『そうよ。今ごろ気付いたの?』
『慌てて逃げ出したから何かと思ったら女性が血を流していたからてっきり殺人事件だと思ったわ』
『まさか流産だったなんてね。あの女性も気の毒ねか』
『何でそんな話するの? 女優さんじゃないけど、メシが不味い』
『あっ、ごめんなさい。だってあの女性、上村さんの恋人じゃないのよね? そこが気になって』
『本当よね。何で彼処にいたんだろ?』
『きっと新恋人よ。上村さん女性問題で破談になったそうだから』
『えっ嘘!? 上村さんはそんなことする人じゃないわ』
「ここだよ。まるで上村さんを良く知っている人の言い方だったもん」
『完全犯罪だな?』
『いいや、不完全だ。和也さんは探偵の力を軽くみたのだろう?』
『それじゃ……』
『でも、俺からは言えない。自首してくれるのを待つしかない』
『水村さん、自首してくれるかな?』
『瑞穂は水村さんだと思ったのか?』
『えっ違うの!?』
『俺の推測じゃ、上村さんだと思う。強いて言えば、上村さんと水村さんの協同の犯罪だったのかも知れない』
あの日の記憶が甦る。
探偵として捜査依頼を受けたのは上村さんだった。
だから外したいけど、マル対になってしまった。
マル対とは警察の隠語で対象者ってことだ。
上村さんは限り無く容疑者に近かったのだ。
「上村さんの部屋で水村さんはあの警察官に乱暴されて流産したんだよね? 一体誰が鍵を渡したのだろう?」
「それともう一つ、誰が水村さんを泥酔させてあの部屋に連れ込んだかだ?」
俺達の結論は堂々巡りになっていくばかりだった。
それでも行き着く先は何時も和也さんだった。
あの人以外考えられなかったのだ。
それでも、不思議だ。
新婚旅行先へ殺人の証拠を持参するだろうか?
空港の金属探知機が反応して調べたら、中に拳銃が隠されていた。
それが交番勤務の警察官が奪われた物だったのだ。
だから俺達は和也さんが真犯人だと考えなかったのだ。
俺は和也さんの弁護士に会ってみることにした。
実は探偵と弁護士とは持ちつ持たれつ的な一面もあるんだ。
パートナーの浮気調査を依頼され確認した時など、離婚になるケースもある。
調停に探偵が調べた証拠を提出することもある。
現場写真などが動かぬ証拠になるからだ。
弁護士が探偵を紹介する場合も、反対に探偵が弁護士を紹介する場合もあるのだ。
だから探偵は弁護士とも上手く付き合わなければならないのだ。
和也さんは俺が探偵だと知らずに飛び込んできた。
瑞穂の置いたバケツに足を突っ込んだからだ。
本当は瑞穂が探偵事務所に引き摺り込んだだけだけど、ひょんなことで関わりを持つことになってしまった。
弁護士は俺が元刑事だったことを知っていた。
和也さんが俺の調査を依頼したそうだ。
だから弁護士は探偵に俺を監視するように頼んだそうだ。
(えっ!?)
俺は戸惑った。
全く気付かなかったからだ。
(あちゃ、探偵失格だ)
俺は焦っていたが、それに気付かれないように対処するしかないと思っていた。
「ところであの女性は仕事上のパートナーですか?」
「あぁ、瑞穂のことですか? あれは甥です」
言ってから、しまったと思った。
あの事件があった時はまだ女装はしていなかったから、和也さんが知るはずなかったのだ。
(ん!? そう言うことはこの弁護士も瑞穂に会ったってことか? こりゃ益々ヤバいかもな)
素知らぬ顔をしてやり過ごしかったけど……そうは問屋が卸してくれないようだ。
「もしかしたら依頼者がアパートを訪ねた時に会ったと言う高校生のアルバイト探偵ですか?」
その質問に仕方なく頷いた。
「あっははは」
弁護士は急に笑い出めた。
「まさか……」
そう言いながら尚笑う。
「ビックリしますよね。あれでゴツい男なんです。サッカーやってるから筋肉質で脱いだら凄い。それに霊感があるから……」
俺は取り繕った。
「霊感? あっ、そう言えば聞いたことがある。何かの事件を解決させた霊感探偵が居たと……」
「そう、それがアイツです」
「それは心強い。最強の相棒ですね」
「はい。自慢の家族です。両親が共稼ぎですから、小さい時から出入りしております」
俺が家族と言ったのには訳がある。
例え身内だとしても高校生に探偵の仕事をさせてはまずいと考えたからだ。
「ところで今日は?」
「あっ、その瑞穂が和也さんの関わりのある女性の異変に気付きまして、その確認を和也さんに窺いたくて面会を頼みに来ました」
「あぁ、水村麗子さんですか?」
「ご存知でしたか?」
「確か部下で恋人だったとか? でも同僚と浮気されて別れたと言ってました。その時出来た子供を流産なされたとか聞きましたが……」
「それもご存知でしたか?」
「弁護士ですから、何事も隠さずに、です。恋人と言っても清い関係だったようです」
「えっ!? あっ、そうなんですか?」
俺は苦笑いを始めた。
「もしかして、和也さんの子供ではと疑っていました?」
その質問に頷いた。
「それは流石にないと思います。私に嘘をつくはずがないですからね」
弁護士はさも満足そうに言った。
「あの、一つ宜しいですか? スタンガンを購入した人物ですが」
「和也さんだそうです」
うっかり言ってしまったらしくちょっとおどおどしていたように見えたが、すぐに冷静さを装おっていた。
面会には事前に予約が必要で、一日一組同時に三人までと決められている。
受付は午前八時半から午後三時半までで、土日と祭日は出来ないとの定めだ。
だからその開始時間に合わせて早く行かなければならないのだ。
もっとも弁護士だけは特別で、緊急も認められているそうだ。
だから少しでも情報を掴みたてやって来たのだ。
俺は結局何も出来ないまま弁護士事務所を後にして、上村さんのマンションへ向かった。
ブザーを押したら、速水さんが出てきた。
でも、速水さんは俺のことを知らないはずなので初対面のような振りをした。
俺も瑞穂が撮ってきた写真で見ただけだったから正確にはそれに近かったのだ。
「イワキ探偵事務所の者です。上村さんは御在宅でしょうか?」
俺から手渡した名刺を見ながら首を振る。
その時、後ろから足音が聞こえた。
「あっ、探偵さん」
その声に振り向くと、上村さんが大きな荷物を抱えて立っていた。
驚いたことに
その後側には水村さんもいた。
(容疑者が三人揃ってお出ましか)
俺の胸は早鐘のように鳴り響いた。
でも犯人は予想外の人だった。
俺も瑞穂も疑ってはいた人だ。
でも……
本当にその人があの警察官を殺していただなんて、思ってもいなかったのだ。
三人から語られた真実は余りにも残忍だった。
水村さんが目覚めた場所は屋外階段の踊り場だったそうだ。
その時下半身に異変を感じた水村さんは手をそっと持って行って子供が流れたことを確認したそうだ。
「誰が上村さんのマンションまで私を運んだのか解らなかった。でも、思い付いたのです。あの日のお酒と同じ味だったと」
「和也さんですか!?」
「あの人以外に考えられない」
頷きながら水村さんは言った。
「アイツは俺から彼女を奪った。それが嬉かったんだろうな。破目を外し過ぎて警察官に目を着けられたんだ」
「いくら何でも、上司のお嬢さんを差し出す訳にいかないから水村さんが……」
「其処までご存知でしたか?」
「実は俺達は和也さんが落としたあの日の写真を見ているのです。和也さんが落としていかれたので、ドアの隙間からそっと入れたはずですが……」
「えっ!?」
「上村さんが事務所にお見えになった時、あの写真の方だと直感致しました」
「だから親切だったのですか?」
「悪巧みに引っ掛けられたと感じたからです」
「そして今度は和也が警察官の悪巧みに引っ掛った」
「実は、あの拳銃は私が荷物に入れたのです。勿論中身は知らずに……」
「速水さんが……ですか?」
俺はそれっきり口を閉ざした。
本当は納得した訳でもないのに、何故だかホッとした。
俺は三人の前に座り直してから三つ指をついた。
「申し訳ありません。実はあなた方を真犯人だと思い込んでいました」
「えっ!? いや、解る。判りますその気持ち」
「はい、私にも判ります。それでも、それを否定したくて調べてくれていたのですね」
水村さんの言葉に頷いた。
「私が流産したことを言い当てたあの甥子さんもきっと私を犯人にしたくなくて……」
「本当に心配しておりました。きっと一番喜ぶと思います」
「ありがとうございます。本当に優しい甥子さんで羨ましいです。あっ、裁判の日取りが決まったと伝えておいていただけますか?」
「えっ、裁判の日取りが? 出来る限り力になります。今度調査資料をお持ち致します」
「えっ、調査資料?」
「忘れてましたか?」
俺の言葉に上村さんはキョトンとしていた。
「俺も瑞穂も真犯人は和也さんだと思いたかったのです。でも何故、空港に持参したのか解らなくて」
「だから私達のことも調べていたのですね。解りました。頑張ってみます」
水村さんが力強く言った。
警察官から奪った拳銃を和也さんのバッグに入れたのは、新婚旅行に行く予定の新妻だった。




