驚愕
原田学の葬儀が始まる。
あの日、俺はまだ事務室の椅子から動けずにいた。
ペット探し以外に久し振りに舞い込んだ仕事の依頼と、ボンバー原っぱの出立ちを思い出しては少なからず興奮していたのだ。
(何であんな格好していたのかな?)
スキンヘッドも然ることながら、ジーンズの上下が気になった。おまけに釦は掛かっていなかった。
(あれじゃ寒い筈だ。あのまま帰してしまって良かったのだろうか?)
寒空の下で震え上がったであろうボンバー原っぱが気の毒に思えた。
(瑞穂の服を貸してやる訳にはいかないし、俺もそんなに持っていない。まさか妻のコートじゃ……)
そんなことを考えながら、テレビで今の温度を知りたくなってリモコンを探した。データ放送の天気予報でも確認出来ると思ったからだった。
それは瑞穂の手の中にあった。その時瑞穂の様子がおかしいことに気付いた。
瑞穂は夕方のニュースを見ながら固まっていた。それであの痛ましい事件と木暮君のお兄さん殺人事件を知ることになったのだ。
瑞穂の様子を見ようとしたその時、一瞬目が釘付けになった。
ボンバー原っぱの顔が、大映しになったからだ。
『何故だー!?』
俺は興奮して奇声を発した。
目の前のテレビ画面に映っていたスキンヘッドを見たからだ。俺の声に瑞穂は肩を上げた。それは紛れもなく驚愕。瑞穂は口を開けたままで震えていた。
それは俺も同じだった。
『コイツ、さっきのヤツだよな?』
俺の質問に瑞穂は頷いた。
(何かがあったんだ)
小刻みに震える手と唇。それはガチガチと異様な音となった。歯の根が合わないというのはこのことなのか?
俺は思わず瑞穂を見つめた。
それは瑞穂にとっとも、みずほちゃんが殺された時以来の衝撃だったようだ。
俺達はあの時、ボンバー原っぱが首に着けていたゴールドスカルのペンダントヘッドに何かを感じた。
それが何なのかを、瑞穂の発言でもう一度思い出していた。
(まさか、木暮君のお兄さんの霊がボンドー原っぱを呼んだ?)
それはあり得ないと思いつつ、コマーシャル明けを待つことにした。其所で又驚いた。
画面にスキンヘッド男性が大写しになったからだった。それはボンドー原っぱではなく、木暮君のお兄さんだった。
それは週間ニュースにもなる大事件だった。其処にいたコメンテーターは口々に二人は事故死したのではないのかと言っていた。
でも俺は違うと思っていた。
(やっぱり、瑞穂とみずほちゃんの力なのかな?)
そう思う半目、頭では否定した。
俺はその事実に困惑して堪らず泣いていた。
瑞穂が語ってくれたあのゴールドスカルの意識を思い出して俺は又震え出した。
その番組でボンドー原っぱこと原田学の葬儀は、あの日みずほちゃんを見送った斎場だと言っていた。
――岩城みずほが学校の屋上から飛び降り自殺したらしいよ――
瑞穂が見せてくれたフィーチャーフォンに残されたメールには悪意が込められていると感じた。
そのメールは、みずほちゃんの携帯を奪った町田百合子が送ってきたものようだ。
瑞穂は事件の戒めとして、それを保存していたのだ。
瑞穂のあまりにも未熟な霊感のためにみずほちゃんを死に追いやった。と、思っているからだ。
みずほちゃんの《死ね》と朱印されたコンパクトで覚醒したけど、それじゃ遅いんだ。
今度のボンドー原っぱの件もそうだ。
瑞穂の中途半端な霊感が招いたことかも知れない。
(でも、あの場合俺達に何が出来た?)
俺は瑞穂が又落ち込むのではないのだろうかと心配していた。
それは見抜けなかった俺の責任でもある。
俺は自分の行為を棚に上げようと正当化させようと思っていただけなのかも知れない。
瑞穂は、デパートの従業員用エレベーターの前で亡くなったロック歌手・木暮敦士の弟を訪ね一緒に葬儀会場へ行くことにしたそうだ。
それに、今後の対策をしっかり練るためにも彼処へ行かなければならないと思ったのだ。
「あのダイイングメッセージを俺は誰かに伝えなくてはいけない。きっとそれが俺に課せられた使命なんだ。そう思った。でもそれを知ったら木暮はきっと、俺以上に取り乱すに違いない。俺はそれをどう伝えなら良いのか考えあぐねていたんだ」
瑞穂は木暮君と向き合う決意をして出掛けて行った。
「俺が電話で連絡を入れていたからだろうか? 木暮は学生服を着て玄関前で待っていてくれた」
出掛けたかと思うと瑞穂はすぐに戻って来て、木暮君との会話を包み隠さずに話してくれた。
「木暮はユミから聞いた雀と燕の兄弟の話をしてくれた。雀は母親の死後すぐに飛んで行った。でも燕は呉服を誂えてから行ったそうだ。だから父親が激怒して、雀を優遇したそうだ。『だから、俺達も学生服で行こう』その時そう決めた」
瑞穂が戻って来たのは学生服に着替えるためだった。
「そのユミって?」
「ホラ、俺の担任の浮気現場の依頼主だよ」
「あ、あの娘か? ユミって言のか?」
俺を手玉に取って、親父殺しの片棒を担がされたことは記憶に新しい。あの娘は今何をしているのだろうか?
ふとそう思った。
「『お待たせ』って言ったら、『遅いんぞ!』って……、まるで宮本武蔵でも迎え撃つ佐々木小次郎の如く、木暮は俺に迫ってきた。俺はたじろいたが、兄貴の死の真相を一刻も早く知りたい木暮には無理のないことだと解っていたんだ。だから『ごめん。叔父さんの所に寄ってきたんだ』って言い訳をしていた」
俺のを棚に上げれば、瑞穂は良く言い訳する。今に始まったことではない。
「『あっ、叔父さんは何て?』って聞いたから『しっかり調べて来いってさ』って言ったよ。『そうだな、瑞穂にとっては仕事だったんだな』って木暮は言った。『だってさ、先に調査費用を頂戴しちゃったんだよ。どうしても性急に遣ってくれって言われてな。何時もならしないのに』って誤魔化した」
「誤魔化した?」
「うん。ボンドー原っぱの葬儀会場に行くのが探偵としてだからな。何か不謹慎な気になったんだよ」
「ま、それは仕方無い」
「そうだよね。『原っぱの奴、本当に切羽詰まっていたんだな。兄貴の最期と自分の姿が重なったのかも知れないな』ポツンと木暮が言った時、俺と同じだなと思った」
瑞穂は一気に言った。
「これから行くのか?
いいか。皆の迷惑にならないようにな。そうしてくれないと」
瑞穂の様子から二人だけで行かせて良いものか迷った。だから傍で見守ることにした。
報道陣が見守る中、しめやかに原田学の葬儀が執り行われようとしていた。
瑞穂は木暮君と示し合わせた通り最後尾に並んでいた。
「おい瑞穂。原っぱの出身地って此処なのかな?」
木暮君が不思議そうな顔をして聞いた。
そう俺にも判らない。
何故地元の斎場が葬儀会場だったのかも、原田学の出身地さえも聞いていなかったのだ。
「いやー知らないな。でも此処は、地元の人しか受け入れないと思うよ。だから、もしかしたら」
「殺された現場が此処だからかな?」
木暮君はそっと耳元で囁いた。
瑞穂は共学。木暮君は男子校。二人は地元のそれぞれの制服に身を包んでいた。
その時。二人に興味を持ったレポーターらしい人が近付いて来たのを見て俺は身を潜めた。
「亡くなられた方とのご関係は?」
不意にマイクを向けられた二人は少し舞い上がったようだ。
(ワイドショー!? とでも思ったのかな?)
きっと瑞穂の頭の中に、取材されて応える人達の映像が浮かんでいるんだろう。
「えっ、ああ仕事関係です」
でも瑞穂は咄嗟にそう答えていた。そう、確かに探偵の仕事だったのだ。
「ああ、解りました。何と言うグループですか?」
瑞穂と木暮君をパフォーマーとでも思ったのか、それとも爆裂お遊戯隊の話でも聞き出したいのかと勘ぐった。
レポーターはマイクを二人に向けたまま暫く其処にいた。
でも瑞穂はしゃべりたくはなかったみたいだ。
木暮君のことが知れたらまずいと思ったからだと思った。
もし木暮君が木暮敦士の実の弟だと解ったら、格好のネタを提供する羽目になるかも知れないからだ。
痛くもない腹でも触られたら、木暮君は耐えられないと思ったのだ。瑞穂だったら其処まで考えるだろう。実は瑞穂は気配りが出来る子だったのだ。
ワイドショーに取り上げられても、この前みたいに中途半端で終わると思ったからだった。
第一、瑞穂が感じた木暮君のお兄さんの意識。あのゴールドスカルの情報も解らない内にむやみやたらの発言はまずいと思ったのかも知れない。
俺が瑞穂を通して、みずほちゃんのコンパクトから知り得た事実を信じてくれるはずもないとも思っていた。
「あれっ、君は磐城君じゃないか?」
そう言いながら近付いて来たのはみずほちゃんの事件の捜査をしていた埼玉県警の刑事だった。
「あ、あの時の刑事さん」
瑞穂は思わず言っていた。それは失言だ。瑞穂の言葉に興味を持ったのかレポーターが又近付いて来たのだった。
刑事は私服だった。
勿論聞き込みのためだ。それを瑞穂はバラしてしまったのだった。
(ヤバいぞこれは……)
俺は恐る恐る刑事の様子を確認した。それと同時に報道陣も伺った。
今にも三人にマイクを向けようとしていたのだ。
そんなレポーターから逃れるために、三人は男子トイレに入った。
レポーターは女性だった。
だから此処まで入れない。
そう判断したのだ。
もっとも、みずほちゃんに一目惚れした運動会のトイレにはオバチャン達は男子用だって平気で入ってくるって瑞穂が言ってたけどね。
俺は聞き耳を立てた。
瑞穂は誰も中に居ないことを確かめてから、イワキ探偵事務所に被害者が来たことを話した。
その時にゴールドスカルのペンダントヘッドをしていたことも話した。
それを受けたからか、刑事が話してくれた。
やはり、ゴールドスカルのペンダントヘッド付きチェーンは凶器になったようだ。
原田学は電車から弾き出された時に後ろから引っ張られ、ドアの隙間に何かを挟まされた。そしてそのまま引き摺られた。
チェーンがやや長目だったために勢い余って外れたらしい。
でも刑事は知らなかったのだ。
何が凶器になったのかと言うことを。
『その大きさは?』
と、聞かれた。
『握り拳位だったかな?』
と瑞穂は答えた。
そう、あのゴールドスカルのペンダントヘッドは確かに握り拳位だったかのだ。
エレベーターや電車の扉に挟まったら簡単には取れない位の大きさだったのだ。
『俺はそのペンダントを見てないからはっきりとは言えないけど、やはりそれが凶器だったのかな。だったら兄貴もきっとそれに……』
木暮君が辛そうに言った。
『兄貴って、貴方は原田学さんの関係者ですか?』
『いいえ。デパートのエレベーターの前で変死したロッカーの弟です』
木暮君の発言に刑事は驚いたようだった。小さなため息混じりの嗚咽らしき物が聞こえた。
『ありがとう磐城君と木暮君』
刑事はそう言ってトイレを出て行った。
俺は慌てて身を潜めたが、瑞穂達が追い掛けて来た。
「ちょっと待っていただけますか? すいません。まだ話は終わっていないのです。木暮の話を聞いてやってください」
「俺は、本当は兄貴の事件の真相が解ると思って此処に来ました」
やっと追い付いた木暮君は言った。
瑞穂は現役の高校サッカーの選手だから駆け足だけは速かったのだ。
「あの事件は東京のデパートだったから内容は良く解らないんだ。でも出身地が此処だったから証拠確認の要請とかあって、調べたことがあったよ」
「どんな内容ですか?」
「いや、漏洩はマズイ。だから聞かないでくれ」
「そうですよね。でも一つだけ教えてください。原田学さんの出身も此処ですか?」
瑞穂の質問に刑事は頷いた。
「お母さんが住んでいるそうだ」
「お母さんが……」
瑞穂のため息が聞こえる。
それと同時に俺は言葉を失った。
まさか原田学の出身地が瑞穂と同じだったとは……
「あっそうだ。確か電話で、俺のことを金魚の糞だとか言ったな」
「金魚の糞?」
「突然兄貴の携帯が鳴って出た時、原田さんは兄貴が出たと思ったようです。そこで『はい。俺は木暮敦士の弟の悠哉です』と言いました。原田さんは『えっ、悠哉? もしかしたら、木暮の後を金魚の糞みたいに何時もくっ着いていた悠哉か?』って言ったのです」
「木暮よー、それを早く言ってくれよ」
瑞穂は苦笑いをしていた。
「ごめん。すっかり忘れていた」
木暮君は頭を掻いた。
「そうか、だったらもっと可哀想だな原田学さんのお母さん……」
「磐城君は優しいな。そうなんだよ。『帰っていたのなら何で連絡よこさないんだ』って遺体に取りすがっていたよ」
「解る気がします。俺が見たあのチェーンが……」
「ゴールドスカルって言ってたね。おそらくそれだろう。ドアに挟まって首を吊られたんだな。鎖の痕が付いていたそうだよ」
「俺の兄貴はその鎖で首を跳ねられた。でも原田さんが違っていて良かった。あんな惨たらしい物を見るのは俺達家族だけで充分だ」
怒りに震え、丸めた拳を手で包みながら木暮君は言った。
「すいません刑事さん。何かあったら叔父さんの事務所に連絡ください。まだ、そのゴールドスカルは見つかっていないのでしょう? 何か悪い予感がしてならないのです」
「刑事さん、コイツ凄いんだよ。霊感で見えるんだってさ」
「シッ!!」
瑞穂は木暮君の唇に人差し指を立てた。
でも瑞穂は知っているはずなんだ。瑞穂がみずほちゃんの事件を解決に導いたのが霊感だったことを……
刑事に凶器がゴールドスカルのペンダントヘッドだと伝えることが出来た。




