第19章──閉門Ⅰ
閉門
Ⅰ
錫の心配をよそに龍門は祠の中で元気にしていた。もう捕まえに来る者もいないから安心して大丈夫だと話すと、これで我が家へ帰れると思ったのか、俄然張り切って聞いていない事までしゃべりだす龍門だった。
外に出た龍門がまず驚いたのは、当然だが信枝がそこにいることだった。「の、信枝ちゃんじゃないか!?……どうしてこんな辺鄙なところにいるんだ?」その尋ね方もどうかと思うが、信枝も負けずに洒落て返した。
「お久しぶりですスンのおじさん。私は人気のないところに旅行するのが好きなんです。ここに来るのにワクチン接種もしてきましたよ」
「おっ!三種混合かい?パスポートも持ってるかい?」龍門も乗ってくる。
「お二人さん…続きは人間界に帰ってからにしてください…。私はあと一人大切な仲間を助けて、早く堕羅の門を閉めないといけないのです…」
保鬼が最後に入って行った洞穴は、そのまま大きな口を開けたままだった。自分の弱さのせいで保鬼をこんな目に遭わせた錫は、その洞穴に入っても、絶対に〝恐い〟のひと言は言うまいと決めていた。
「皆はここで待っていてくれ…。私のせいで犠牲になった仲間を助けてくる…」錫はそう言って軽く微笑むと、洞穴の中へと入って行った。
洞穴は驚くほど浅かった。入って暫く歩き、左にゆっくりと曲がったかと思うとそこが行き止まりだった。
──「あれっ!?ポッキーのおじさんがいない…」
「ポッキーのおじさ~ん?ポッキーのおじさ~ん…」二度三度と声をかけてみたが返事はない。霊力を強くしてみたも気配は感じなかった。
──「…元気になって外に出たのかな?」錫は保鬼が間違いなくそこに居ないことを確かめ、それでも後ろを振り返り振り返りしながら洞穴を後にした。
保鬼のことは気にかかる。放っておくつもりはないが、とりあえず後回しにするしかない。門番に与えられた大仕事が残っているのだ。
Ⅱ
玉は三つ揃った──いよいよその時が来たのだ。気を引き締めた錫にまたしても横やりが入った。
「門番様……門を閉める前に一つだけお願いを聞いてもらえませんか?」兄鬼だった。
「改まってどうしたのだ?なんだか気味が悪いではないか…」
「へい…実はこの堕羅の塀づたいに西に向かいますと、亡者を閉じこめておく牢獄がありますんで」
「…それで?」
「そこへ私の親方様が幽閉されているんで…」
──「またぁ~……こんなのばっかりだなぁ~…」錫はげんなりしながら兄鬼の話を聞いた。
「まさか助けろと言うのではあるまいな…?」
「そのまさかでして、へい…。門番様が牢番の鬼に口を利いてくれれば簡単に出してくれるはずです。あっしら鬼同士だとダメなんで…」
「出してどうするのだ?話を聞いてるとそうとう卑劣な奴ではないか…?」
「…あっしも小鬼稚も親方様の言いつけを守れずに、危険な化け物を逃がした罪は免れません。正直どんな罰を受けるのか──考えただけで恐いです。けれども被害は抑えたので、極刑の〝無〟にはされないでしょう…」
「私のどこが危険な化け物なんだ?」納得いかない龍門は横から口を挟んだ。
「う~ん…だが責任を負わせられるのが恐いなら、このまま放っておいたらどうなんだ?龍門殿をこんな目に遭わせた酷い奴だ。このまま牢獄に閉じこめて懲らしめてやればよいではないのか!?」
「それはできないんで…。こう見えても鬼は曲がったことはしないんです。鬼たちはいつか人間として生まれ変われることを夢見て暮らしています。親方様の頼みを聞き入れ、それをきちんと守れば早く人間になれるんですよ。なので門番様…このとおりで!」。「こ、このとおりで!」兄鬼と小鬼稚は土下座をして錫に頼み込んだ。
「よ、よしてくれ…分かった分かった…。牢番に頼むだけでよいのだな?」
「はい。ありがとうございます!」
堕羅と黒の国との境目の塀を西へ西へと向かって行くと、やがて赤鬼が三体見えてきた──鬼たちはネズミ一匹通さぬ構えで立っていた。
「ここにいる私の親方様を出してもらいたい…」
「ならん…鬼どうしの引き取りはご法度だ」
「ならば私が引き取る」
「あんたは誰だ?」
「私は堕羅の門番だ!」
「…?ほ、本当に門番か…?証拠はあるのか?」
「あるとも、玉が三つ……ほら。それについでと言ってはなんだが…円満大王様の木札だ…ほら…」
「ふえぇ~…これは失礼いたしました!」牢番の鬼はついでの木札の方に驚いた。「それじゃ、牢の扉を開けますからチョイと退いててくださいな…」その扉がどこにあるのか錫には分からなかった。目の前にあるのは黒い大岩の壁だ。その壁に一つだけ深く大きな窪みがあった。鬼はその窪みに持っていた金棒を斜め上から〝ぐっ〟と差し込んで上手く噛ませると、力いっぱい手前に引き始めた。鬼の金棒は扉の鍵と取っ手の役割となって、“のっぺら”していた岩肌の一部が〝ガゴラガゴラ〟と重たい音を立てながら開かれていった。扉が九〇度開くと、鬼が金棒を抜いて言った。
「どうぞあとはご自由に……」その一言に一番救われたのは錫だった。
「これで私はやっと開放してもらえそうだな…」
「ありがとうございました門番様……恩に着ますです」鬼は牢の中を覗き込み、奥の方におとなしく座っていた親方に声をかけた。
「親方様…助けに来ましたぜ…」そこへ龍門が割って入って牢の中を覗き込んだ。
「あっ!間違いない──こいつだこいつ!私を捕まえに来たのはこいつだった!──それにその横の連れの奴も!」さっさと帰りたい錫だったが、龍門の大袈裟なリアクションに、やっぱり親方がどんな奴なのか見てみたくなった。それに大事な父・龍門を酷い目に遭わせた詫びをさせなければ気も修まらない……。錫は少し遠巻きで信枝のやや後ろに隠れるように立って、牢の中から親方とやらが出てくるのを固唾を飲んで待った。
やがて親方が牢の中から姿を現すと────錫は大きな目をくりくりとさせたまま、声にならない奇声を発してしまった。
「ヒィ──────ッ!」
「あ、あなたは………!?」信枝さえも自分の目を疑った。
だが──驚くにはまだ早かった。親方の連れが姿を現した。
「ヒィ───────────ッ!」錫は前にも増して驚いた。これは間違いなく“まやかし”だと思った錫は、眉に唾をつけて今一度よく目を凝らしてみた──けれどまやかしでも錯覚でもなさそうだった。
親方の正体。それは間違いなく錫のよく知っている人物────智信枝栄命その人だった。
そして────その連れは────なんと────狛犬のいしだった。




