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第18章──封印Ⅱ

 Ⅲ


 初めて訪れたときのように黒の国は静かだった。鬼たちもそれぞれの持ち場で黒の国の亡者たちに地獄の(ばつ)を与えている。錫は亡者のすすり泣く声をよそに堕羅へと急いだ。

 ──「ポッキーのおじさん……必ず助け出すから待っててね」大きな背中を小さく丸めて、暗い穴の中に消えていった保鬼(ぽっき)の姿を錫は忘れてはいなかった。

 堕羅の大門は開かれていた。錫が初めて訪れたときより、開門されている時間は長くなっている。

 (ようや)(ほこら)が見え始めたとき、見覚(みおぼ)えのある姿が目に入った────(あに)()小鬼稚(しょうきち)だ。向こうも錫に気づいていたらしく、小鬼稚は錫に向かって大きく手を振った。その様子に安心して近づいていった錫に思わぬ事態(じたい)が起こった。堕羅の大門の内側に隠れていた亡者たちが、一斉(いっせい)に大門を飛び出して来たのだ。

「バカが!たった一人でのこのこやって来やがった」最後にのっそりと姿を現した蚣妖魎蛇(しょうようりょうじゃ)は、不敵(ふてき)に笑いながら錫の(あわ)てぶりに満足(まんぞく)していた。


 格好(かっこう)など(かま)っていられない──錫はひたすら逃げ回った。

「なんなのこいつらぁ~…一匹でも気持ち悪いのに、こんなに大量だと虫唾(むしず)が走りるぅ~!」執拗(しつよう)に追いかけてくる毒蛇やムカデ──(すなわ)ち堕羅の亡者どもを(かわ)しながら無様(ぶざま)に逃げ回る錫を見るに見かねて加勢(かせい)に入ったのは兄鬼だった。

「小鬼稚…お前も助太刀(すけだち)せい!」

「あっ、はい!」二匹の鬼は錫と堕羅の亡者の間に仁王立(におうだ)ちになると、金棒をブンブンと振り回しながら、(きば)()いて襲いかかる敵を蹴散(けち)らしていった。

 ちょっと頼りないとはいえ、やはり小鬼稚も地獄の獄卒(ごくそつ)〝鬼〟である。自分の体よりも大きな金棒を振り回し、ばかデカいムカデや大蛇を()()けた。

「兄鬼、これじゃきりがありませんぜ。奴ら(なぐ)られても殴られても向かってきます…」

「うむ…このままだとそのうち()まれちまう…」ひたすら逃げ回っていた錫はその会話にハッとした。

 ──「私ってば何やってるんだろう…。これじゃ、ポッキーのおじさんの時と一緒じゃない…」逃げ回る自分のために、また誰かが犠牲(ぎせい)になる──あの時と同じことを繰り返そうとしている自分に。(なさ)けなさを通り越して(いか)りがこみ上げた。その時、堕羅の大門の向こうから大きな笑い声が聞こえてきた。

「がっはっはっは……お前が(こう)()の化け物を(たお)したと聞いたから、もう少し骨のある奴だと思っていたが、どうやら私の見立て違いだったようだな」

「あっ!あんたは蛇ムカデ…」

蚣妖魎蛇(しょうようりょうじゃ)だ!お前は本当にこの堕羅の大門を守る門番なのか?よくもこんなモヤシのような霊神が門番になれたものだな」

「…私はそんなに強くないわよ。単純だし、臆病だし、天然だし…あっ、天然だしっていっても()()()()じゃないわよ…」

「あ~っ!?」つまらない冗談は蚣妖魎蛇に通じない。

「でも、たった今決めた…もう一歩も後には下がらない!私の弱さのせいでまた誰かが傷つくなんてイヤだもの」 

「何をブツブツとほざいている…。こんな奴、私が相手をするまでもない。辰夜代(たつやしろ)…お前が可愛がってやれ」

「はい…蚣妖魎蛇様、(おっしゃ)るとおりに………ぐっふっふっふ」蚣妖魎蛇の(そば)にいた辰夜代は、一気に閉じこめていた霊気を高めた。大トカゲを彷彿(ほうふつ)とさせるような姿をしていた辰夜代は、一気(いっき)に何倍もの大きさに(ふく)れあがった。その大きさたるや、錫を一口で飲み込んでしまうほどだ。

「こいつはなぁ、私が霊気を分け与えて強くさせた分身(ぶんしん)のような存在だ。前にお前が倒した化け物のようにはいかんぞ」それを聞いて錫は(ちぢ)()がってしまった。けれど後ずさりはしなかった。口を一文字に()め、蚣妖魎蛇と辰夜代を交互(こうご)(にら)みながら両方の(こぶし)を握りしめた。

「門番様、素手(すで)で戦うんで…?」兄鬼が心配そうに錫に尋ねた。

「仕方ないでしょ……私のようなよそ者は、黒の国の亡者に霊力のある道具は使っちゃいけない決まりでしょ?でも前にあなたたちに刃を向けたから(さば)かれるのかな…?」

「あれ、ご存じないんで…?門番は特権(とっけん)として霊具を使えるのですよ」

「へっ!?…そ、そうだったの?そんな大事なこと最初に教えておいてよね~…。だけど良かった…私は最初から(つみ)など犯してなかったんだ」

「おい、さっきから何度も顔色を変えて何をブツブツ言っているのだ。この辰夜代様がお前をひと飲みにしてやろう」

「やれるものならやってみなさいよ。私にはこれがあるんだから!」そう言って取り出したのは、ご存じ晶晶白露だ。

「むっ…それは!?」蚣妖魎蛇は顔色を変えて叫んだ。

「私がこんな短刀を持っていて驚いた!?」だが、側にいた辰夜代は〝ふん〟と鼻で笑うと、錫にふてぶてしく告げた。

「霊具を隠し持っているのは自分だけだと思っているのか?」辰夜代は二本足で立ち、前足を手のように使って一本の棍棒(こんぼう)を取り出した。「こいつはな、蚣妖魎蛇様が霊気を分けて作って下さった代物(しろもの)だ。なまくらなお前の短刀よりも霊力は強いぞ」

「門番様…あっしが先陣(せんじん)を切ります。ちょいと腕試(うでだめ)しのつもりで…」兄鬼は金棒を振り回し、辰夜代の(ふところ)目がけて突っ込んでいった。辰夜代はひらりと体を(かわ)し、兄鬼の横手に回ると棍棒の先を兄鬼の横腹(よこばら)に向けた。両者の間隔(かんかく)にはまだ余裕があったはずだが、次の瞬間──棍棒は確実に兄鬼の脇腹を(とら)えていた。

「うぐっ…」兄鬼はそのまま倒れ込み、痛みを(こら)えながら転げ回った。

「ぐっふっふっ…こいつを喰らうと苦痛でそうなる」見ていた錫は顔色を変えなかったが、内心ビビっっていた。

「バカな奴だ…。辰夜代よ、私の出番は無いようだなぁ。一足先に引き上げる」 

「承知いたしました、蚣妖魎蛇様。お任せください…この門番をひと飲みにしてやります」

「門番様、雑魚(ざこ)はこの小鬼稚様が引き受けます。思う存分そのデカイのと戦ってください」錫は小鬼稚の言葉に無言で頷いた。

 先に仕掛(しか)けたのは辰夜代だった。後ろ足をけり出して間合いを詰めると、棍棒を錫目がけて振り下ろしてきた。錫は身軽(みがる)(たい)(かわ)したものの、いきなりグンと棍棒の先が伸びてきた。状態を(くず)しながらもなんとか攻撃を()けたが、辰夜代は錫が体勢を立て直す前にまた襲ってきた。(うな)りをあげて振り下ろされた棍棒は、(しな)りながら錫の右肩を確実に(とら)えた。

「うぐっ──!」錫は落雷(らくらい)を受けたような苦痛(くつう)()え切れずうずくまった。

「おや…?(かた)()らしにもならんなぁ、ひひひ…」錫を見下ろしながら辰夜代は小鬼稚に言った。「お前もむやみに襲って来ない方がいいぞ。同じ目に()いたくなければな、ひひっ…」(くちびる)()んで(くや)しがる小鬼稚の姿を楽しむかのように、不敵(ふてき)に笑いながら辰夜代は棍棒を振り上げ、今度は錫の左腕を(はげ)しく(たた)いた。

「うっ──!」激痛(げきつう)が錫の霊体を襲い、握っていた晶晶白露が手から(はじ)き飛んだ。(あわ)てて()いながら(ひろ)おうとした錫の背中を、辰夜代の持っていた棍棒の先端(せんたん)が〝グイッ〟っと押さえつけた。

「おっと…取りには行かせん」さらに棍棒の先に負荷(ふか)がかかる。錫は()せたままの状態で辰夜代を(にら)みつけた。「そんな()でオレ様を見るな…嬉しくて顔が(ゆる)んでしまうではないか…くっくっく。さぁーて…マズそうなお前をひと飲みにして、その短刀も頂戴(ちょうだい)するか…」

「出来るものならやってみなさいよ…」錫がそう言うと、辰夜代は大きな手で錫をつまみ上げ、口をばかデカく開けて錫の恐怖心を(あお)った。

「きゃ──!ホントに飲み込むの!?…ちょっと、うっそでしょ──(はな)しなさいよぉ!」

「がっはっはっは…往生(おうじょう)(ぎわ)の悪い奴だ──気に入ったぞ」

「助けてくれるの!?」。「いいや…飲み込む…」

「バカ…なによ~!」藻掻(もが)く錫をまったく無視して、辰夜代がゆっくりと錫を口に運んだその時、遠くから声が聞こえた。

「待ちなさい!」遠くから叫ぶ声の主は──またしても信枝だった。綿の背に(またが)ってどんどん近づいてくる。けれども一足遅かった──錫はもう辰夜代の腹の中だ。

「残念だったな…観劇(かんげき)のようにはいかんのだ…くくく」

「錫雅様を返しなさいよ!」信枝はそう言いながらも、ぬかりなく(あた)りを見回した。自分の近くに晶晶白露が転がっているのを見つけると、透かさず移動して拾い上げ、辰夜代にその刃を向けた。

「くひひひ…どうやらお前の霊気ではその短刀も役に立ちそうにないな。()びた短刀に見えるわ…ひっひっ」  

「この短刀が輝くのはこれからよ。さぁ綿…おいで!」綿は待ってましたとばかり、素早く信枝に()くと、晶晶白露を握っている右手に霊気を集中させたのだった。「見てみなさい!錫雅様のときのような輝きはなくても、さっきとは雲泥(うんでい)の差よ!」

「どうでも同じことだ…()らえ!」辰夜代は自慢の棍棒を信枝目がけて振り下ろした──だが信枝は“ぐっ”と伸びてきた棍棒をひらりと躱し、辰夜代の後ろに回り込むと、尻尾目がけて晶晶白露を突き刺した。 

「がぁ~…何をした……熱いぞ────くっそ~………これしきでくたばるオレ様だと思っているのかぁ!」辰夜代は一気に霊気を高めて晶晶白露の霊気をはね返した。

「あっしらも戦うぞ!」兄鬼と小鬼稚が信枝に加勢(かせい)して辰夜代を三方から(かこ)んだ。

「…くっくっ…今のままではオレ様は不利だ……だがオレ様の腹の中に門番がいることを忘れるな。その短刀をよこせば門番は吐き出してやる。だが…このまま戦うなら、今すぐ門番の魂をオレ様の腹の中で溶かして取り込んでしまうぞ!──さぁどうする?」苦渋(くじゅう)選択(せんたく)だ──信枝は悩んだ。もともと晶晶白露は錫雅尊の大事な霊具だ。自分の判断で敵に渡せるわけがない。かといってこのままでは錫雅尊の魂はトカゲの化け物に取り込まれてしまう──簡単に即答(そくとう)できるものではなかった。

 辰夜代の腹の中で、錫は自分の行動が(まね)いた結果を歯痒(はがゆ)く感じながら両者のやり取りを聞いていた。

 ──「信枝…ごめんね…。私が成長しないばっかりに、こんな事態に巻き込んで…」

「分かったわ……晶晶白露は渡す。そのかわりすぐに錫雅様を出して──今すぐよ!」

「よし……待ってろ…」辰夜代が錫を腹から吐き出しかけたので、錫は慌ててその姿を錫雅尊に変えた。間一髪(かんいっぱつ)、錫は信枝に正体がバレずにすんだ。「これでいいだろう。さぁ、そいつをよこせ!」言われるまま、信枝は晶晶白露をそっと置いた。辰夜代は信枝を少し後ろに下がらせてから錫を放り投げると、晶晶白露を手にして満足げに笑ってみせた。「計画は失敗したが、蚣妖魎蛇様もこいつを土産(みやげ)にすれば許してくださるだろう…。ではバカども…せいぜい(くや)しがるがいい…ぐぁっはっはっは…」

 そうして辰夜代は堕羅の向こうに消えていった。


 

「信枝殿…また助けられましたね……感謝します」

「当然ですわ!錫雅様のためなら私は命だって()しみません!」

「…けれど、またどうしてここへ?」

「綿が私から抜け出だして、寝ていた私も目を覚ましたんです。事情を聞いてみると、解毒(げどく)してくださったのは錫雅様だと──しかもまた地獄に行くとか…。()(たて)もたまらず後を追いかけてみると、こんな有様(ありさま)で…」

「信枝殿が来てくださらなかったら、私は今頃〝無〟になっていたでしょう」

「これは偶然(ぐうぜん)ではありませんね…。私は錫雅様を助ける運命の女なのです…きっと♡」胸で手を組み宙を見ている信枝は少女漫画の目になっていた。

 ──「始まった始まった……信枝のシェイクスピア劇場!」

「信枝殿、私にはまだ大事な用が残っているのです…」別世界にイッてしまっている信枝を錫は軌道(きどう)修正(しゅうせい)させた。

「あっ、そう言えば綿から聞きました。理由はよく分かりませんが、錫雅様はスンのお父様を助けにここに来たとか…?」

「そ、そうです…実は…」錫はボロが出ないように慎重(しんちょう)に言葉を選んだ。「ほら…あそこに祠があるでしょ?あの中に龍門殿がおられます。今から助けて参りますから、信枝殿は(しばら)くここでお待ちください」

「はい、(おっしゃ)るとおりにいたします。くれぐれも気をつけて…」

 錫はこっくりと(うなづ)いて祠の中へと入っていった。


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