第16章──危険な化け物Ⅱ
Ⅲ
錫が堕羅の大門に到着する頃には、堕羅の亡者たちは黒の国を引き払い始めていた。錫にとっては幸いだった。にも拘らず、ありもしない錫の心臓の拍数は上昇していた。〝自分が堕羅の大門の門番である限り、祠の中の化け物に襲われることはない〟──恐さを拭えない錫は、何度も何度も自分にそう言い聞かせて目的の祠を目指した。
魔物が棲む堕羅の大門の祠の入り口は、保鬼が開けっ放したままのはずだ。すぐに祠に入って、さっさと堕羅の大門の玉を貰ってこの恐怖から解放されたい──そして一刻も早く父龍門たちを助けたい。怖じ気づく気持ちと裏腹に、逸る気持ちも湧いてくる錫だった。
Ⅳ
「小鬼稚、間違いないか?」
「クンクン……絶対間違いありませんぜ。奴はこの中です」
「そうか……やっと追いついたぞ。しかしこれからどうするかだ…」兄鬼は腕組みをすると、険しい顔をして考えだした。
「兄鬼、あそこ…。誰かこっちに来ますぜ」
「…ん…見かけない奴だな……引っ捕らえろ」
「お任せください兄鬼!──おい、そこのお前…怪しい奴だな!」小鬼稚が叫んだ。
「いきなり何!?私はぜんぜん怪しくないわよ…」またしても錫は鬼に呼び止められた。
「いいや怪しい…おとなしく捕まれ!」小鬼稚はいきなり錫の腕を掴みかけた。錫は例のごとく素早く体を躱した。
「仕方ないわね……こうなったら…」錫は自分の懐をゴソゴソと弄った。「あったあった……。控え控えぇ~!この朱色の丸い木札が目に入らぬか!?この私をどなたと心得る……畏れ多くも…えぇっと…円満大王様のお気に入り、香神の錫ちゃんであるぞ!頭がたか~い!」
「はっ!?ははぁ~…」兄鬼と小鬼稚は驚いてひれ伏した。
──「ケッコウ気持ちいいもんだわね…これ」
「お嬢さんがまさかそんなに偉いお方だったなんて…」
「これってそんなにスゴいもんなの?」
「それは大王様がよほど気に入った者にしか与えない木札です。お嬢さんは、そのよほどのお方のようだ」
「ふぅ~ん…」木札をまじまじと見ている錫に兄鬼が尋ねた。
「ところでお嬢さんは何しにこんな所へ来なさった?」
「あっ、私?私は堕羅の大門の玉を貰いに来たの」錫はさらっと答えた。
「なっ!?堕羅の大門の玉…?あれは門番様しか扱うことを許されていないはず…。というより玉の在処は門番様しか知らないはず…」
「だ・か・ら…よ。私が預けていた大門の玉を貰いに来たの」
「じ、じゃ…お嬢さんが門番様…?」。「へっ!?…この嬢ちゃんが?」
「門番の私は、本当は嬢ちゃんじゃないの…」そう言って錫は錫雅尊に姿をかえた。
「あら~…今度は男に──旦那が門番様で?」
「そうなの。私が門番なの」
「しゃべり方は変わらないのですね…。なんとなく気持ち悪いなぁ…」
「ほっといて…」
「ということは、旦那は玉の在処をご存じなんで?」
「まあね!…で、鬼さんたちは何をしていたの?」
「話せば長くなるんですがね…。この小鬼稚っていうあっしの子分がドジりやがって、とんでもなく危険な化け物を牢から逃がしちまったんですよ。おかげで親方様からは大目玉です…。見つけなければ二人とも〝無〟にされてしまうところでした…」
「そうなの……化け物も恐いけど、親方さんも恐そうね…。でも良かったじゃない!〝でした〟ということは過去形でしょ?見つかったということね?…めでたしめでたし」錫は拍手して喜んでやった。
「それがそうでもないんです…」
「えっ?どうして?」
「ほら、そこの…旦那の目の前にある大きな穴──大門の祠のことを知ってますか?」
「知ってるわよ…」
「ならば話が早い。この祠の中には…そら恐ろしい魔物が棲んでいるという噂です。あっしらが追ってきた危険極まりない化け物が逃げ込んだのは、この祠の中なのです…。もうどうしてよいやら分からず往生していたところです…」
「へっ………………!?」錫は言葉を失った──。自分が門番だと分かったことで、恐いながらも祠に棲む魔物から玉を貰えるとほっとしていた矢先、よりによって今度は、とんでもなく危険な化け物が祠の中で錫の行く手を阻んでいるのだ。
「それで……旦那はどこへ行かれるので?」
「じ…実は堕羅の大門の玉は、この祠の魔物が守っているの…」
「うひゃ!そりゃ願ったり叶ったりだ!旦那が中に入って玉を貰ってくるついでに化け物も捕まえてきてくださいな」
「じょ、冗談でしょ!?」兄鬼の言葉に錫は肝が縮み上がった。祠の魔物と対面するだけでも恐ろしいのに、得体の知れぬ化け物を捕まえろなどとんでもない話だ──。だが、この祠に入れるのは自分だけだ。錫は行くに行けず、引くに引けない追い詰められた状況にあった。
「旦那…お願いだ。この兄鬼と小鬼稚を助けてください…」鬼は錫の前にひれ伏して頼み込んだ──。
──「困ったなぁ………。錫…これはあんたにしかできないことよ…。さぁ、勇気を出して入りなさい!」錫は奥歯を噛みしめ、口元を一文字にすると自分に発破をかけた。
「行ってくるわ…」錫は恐々と祠の中に入っていった──。




