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第16章──危険な化け物Ⅲ


 保鬼(ぽっき)から聞かされていたとおり、祠の中は(ひかり)(こけ)のおかげですんなり進むことができた。どのくらい奥へ進んだろうか──いきなり大きな空間(くうかん)が目の前に(あらわ)れ、美しい(いずみ)が目に飛び込んできた。泉は錫が想像(そうぞう)していたより(はる)かに大きい。泉の底からは七色に(かがや)く光が(はな)たれ、キラキラと水面(みなも)を照らしている。地獄(じごく)八景(はっけい)登録(とうろく)したいほどの美しさだ。(しばら)(われ)を忘れて祠の泉のとりこになっていると、いきなり(くじら)勘違(かんちが)いしてしまうくらい大きなカエルの魔物が水面(すいめん)に顔を出した。毎度(まいど)のことだが錫はビビッて、その場にへたり込んだ。

 「…こ、この朱色の木札が目に入らぬか…」錫は取りあえず印籠(いんろう)代わりの木札を出してみた。

 「……何してるんで?」。「…えっ!?」

 「いきなりそんな物をボクに見せて何してるんで…」

 「…み、水戸(みと)黄門(こうもん)さまならぬ堕羅の大門さまごっこ…」引きつった顔で笑いを誘ってみたがダメだった。

 「今日はなんの用で?」

 「あっ、あのぉ…私は堕羅の門番だよね?」

 「はい?おかしな門番様だな…違うお方のようだ…」カエルの魔物は不審(ふしん)な顔をして錫を見た。

 「ち、違わない違わない。ねぇ、私の預けた玉を返してもらえる?」

 「そりゃ…返すには返しますが………あのぉ~褒美(ほうび)は?」。「褒美?」

 「いつものあれですよ!…ほら、邪悪の魂が詰まった邪身玉」

 「あっ、あ~あ~あれね…ははは…。今日は忘れちゃったの…近いうちに必ず持って来るから許して!」

 「門番様じゃなければひと飲みにするところだ…」それを聞いて錫はぞっとした。

「ちょっとお待ちを…」カエルの魔物は不満気(ふまんげ)に泉の底に(もぐ)って行ったが、じきに戻るとネットリとした長い舌を、錫の目の前まで()ばしてきた。舌の先には堕羅の大門の玉がくっついている。錫は玉に手を伸ばし、まるで鳥もちから引っぺがすようにして玉を取ると、それを(ふところ)へ大事にしまった。

 ──「本当はこのまま帰りたいけど…私にはあと二つすることがある…」

 「あのね、()()()()さん…二つお願いがあるの」

 「デカエルってボクのこと?…デカいカエルだから?…それイイじゃん!」気に入ったようだ。

 「まず一つなんだけど──この祠の泉の聖水を持って帰りたいの…」 

 「はっ!?この聖水を?この清らかなる水を?…ダメダメ!」

 「ダメって…どうしてダメなの?この聖水(せいすい)がないと困るのよ…」

 「門番様、持ち出せないんです…聖水は…」

 「堕羅の亡者の毒消(どくけ)しにどうしても必要なの…。それに(めす)の大ムカデさんを(きよ)めるのにも…」

 「理由はどうあれ、この泉の聖水はどこまでも聖水なのです。手で(すく)った途端(とたん)に聖水ではなくなります…だから持ち出せません。ただし…」

 「…ただし?…何か方法があるのね…?」

 「唯一(ゆいいつ)天然(てんねん)の入れ物があれば…そして泉から持ち出したときに、誰の目にも()れられなければ聖水のまま使えます…。だがそんな物があるかどうか…」錫は即座(そくざ)にピンときた。リーフ形の木の実を取り出すとカエルの魔物に見せて問いかけた。

 「デカエルさん…これ見て!これは門番だった私が、この葉っぱ型の木の実を作るために、わざわざ植物が育つ空間まで創造(そうぞう)して育てた木の実なの…。大ムカデさんは聖水とこの葉っぱを用意すれば(めす)の大ムカデさんと(つが)いになれると言った…。もしかしてこれで聖水を(すく)えば持って帰れるとか…?」錫が取り出した木の実を見ていたカエルの魔物は、両頬(りょうほほ)薄皮(うすかわ)風船(ふうせん)のように大きく(ふく)らませて〝グワッ〟と低い声でひと鳴きした。その低音は大きな祠全体に反響(はんきょう)して、錫はめまいがしそうだった。

 「こんなものが今もあったとは──いや、今の話だとそうではないな…。門番様がわざわざ育てたってわけか…。さすが門番様はスゴい霊力の持ち主だ…」カエルの魔物はネットリとした舌で口元をべろりと()め回して感心した。

 「デカエルさん、これ…なんなの?」

 「これは宝水玉(ほうすいぎょく)の実です。大昔…ボクがここに棲み始めた頃、一度だけこれを使って泉の聖水を持って帰った門番様がおりました。こいつがあれば問題は一挙(いっきょ)に解決です!」

 「ホ、ホント!?」錫の心に(いっ)()()(ぼう)の光が差した。

 宝水玉の実は両先は(ほそ)っていて、全体に(まる)みを()びた()りがあった。ちょうど紙風(かみふう)(せん)(ふく)らませる前の状態(じょうたい)という表現(ひょうげん)がぴったりくる形だ。どうしてそんな形なのか──その理由はすぐに(わか)った。

 「そいつをこの泉に浮かべてみてくださいな」錫は言われるまま宝水玉の実をそっと泉に浮かべてみた。何が起こるのか──錫は興味津々(きょうみしんしん)だ。目を()らして見ていると、紙風船に空気を入れて膨らんでゆくように、宝水玉の実は、どんどん聖水を()()んで丸い形へと変化した。「これが宝水玉と呼ばれる所以(ゆえん)です」

 ──「このために錫雅は時間をかけて木の実を育ててたんだわ…。まぁ、私だけど…」

 「これなら聖水は(けが)れることなく持ち運べます」

 「やったぁ──!ありがとうデカエルさん…。けど…もう一つやっかいな問題が…」

 「なんです?()(しず)みの(はげ)しい門番様だな…」

 「あのね…ここにとっても危険な化け物が入ってこなかった?」

 「あ~…来ました来ました。でもあいつは今までに(るい)のないヘンテコな奴でしてね…。聖水や玉を奪いに来たわけでもなさそうなのです。そこの泉の端を通って奥へと行けば牢があります──奴はそこにおります…。そのうちエサにしたいのですが…それがね…ちょっと…」錫は恐怖を感じた。保鬼の話だと門番以外が祠に入れば、カエルの魔物の餌食(えじき)にされると言っていた。ところが化け物は、カエルの魔物でさえもエサにすることを躊躇(ちゅうちょ)する何かの理由があるようだった。凶悪(きょうあく)で頭の切れる化け物にどう立ち向かえばよいのか──錫はすっかり(おび)えてしまい、このまま逃げ出したい衝動(しょうどう)()られた。

 「デカエルさんには危害(きがい)(くわ)えなかった?私は事の成り行きでそいつを捕まえないといけないの…」

 「危害は加えられていません…。今のところはおとなしい奴です……でも…」

 「で、でも…?」こういう〝でも〟の後は、厄介(やっかい)な話にしかならないと錫は(あや)ぶんだ。

 「確かに何を考えているのか分からない奴です。あんな奴の方が危険なのかもしれません。それに…(きわ)めて危険な霊具を手にしていて…。僕が躊躇(ちゅうちょ)している理由はそれです…」

 ──「やっぱり…」その時、泉の奥で声がした。

 「誰だ?誰と話している…?」どうやら化け物が感づいたらしい。

 「ボクの旦那(だんな)があんたを捕まえに来たんだ」

 「なんだと…?」化け物の声が急に(けわ)しくなった。

 「門番様…ボクも奴のことは何も知りませんから、ここから先はご注意を!」どうやら助けてくれる気はなさそうだ。

 「わ、わ、私はあなたを捕まえるように頼まれただけで…(あらそ)うつもりはありません。素直(すなお)に捕まりましょうね…?」錫は完全にビビっている。

 「誰に頼まれた…?兄鬼と小鬼稚か?」図星(ずぼし)だ──。やはり頭は良さそうだ。自分から近づきたくない錫は、化け物をおびき出すことにした。

 「隠れてないで出て来なさいよ!」

 「私は捕まらん…お前がこっちへ来い。だが…どうなっても知らんぞ…むふふふ…」気味の悪い笑い方だ。錫は絶対に近づきたくなかった。だが、それでは解決しないのも分かっている。

 気がつくと錫は、少しずつ泉の奥へと歩き始めていた。恐さは(ぬぐ)えない──堕羅の大門の門番という責任感だけが錫を突き動かしていた。

 「来るのか…?むふふふ…この私と戦うとは(おろ)かな奴だ…」化け物は(いた)って冷静だ。この冷静さ一つ取ってみても、奴が(きわ)めて凶悪(きょうあく)な化け物だと想像できた。

 それでも錫は歩いた。一歩──いや半歩。左側は泉、右は祠の壁だ。光る(こけ)に右肩を(こす)りつけるように細い岩の足場をゆっくりと進んだ。晶晶白露を(にぎ)った手は、肉体もないのにベットリと汗ばんでいる。

 泉の奥には裏側へと通じる大きな穴がある。その穴から明かりが()れていた。化け物の声はどうやらその向こうから聞こえてくるようだ。錫の歩みは半歩から〝じりじり〟に変わっていた。カタツムリのような(あゆ)みだが、それでも確実に()()()は近づいている。

  ──「いよいよだ…。もう後には引けない。突然襲われたら晶晶白露で一気に片をつけるしかない…」錫は腹をくくって明かりの漏れている穴の中へと入って行った。

 

 そこは小さな鍾乳洞(しょうにゅうどう)のような空間──奴の姿はない。自然の岩があちこち出っ張っている。どうやら奴はその岩陰(いわかげ)のどこかに隠れているようだ。

 「け、気配(けはい)で分かるのよ…。隠れてないで出てきなさいよ!」錫は強気で言った。

 「ふふふ…(おろ)かな奴だ…。いいのだな?どうなっても知らんぞ…ふふふっ…」本当は〝出てこないで~!〟と叫びたかった。しっかりと握っているはずの晶晶白露が大きく震えている。

 そんな錫をよそに、不敵(ふてき)に笑いながら(きわ)めて危険な化け物は、岩陰からゆっくりとその姿をのぞかせた。

 ついに(あらわ)れた化け物と対峙(たいじ)した錫は、あまりの衝撃(しょうげき)に言葉を失い、晶晶白露を持っていた手をダラリと下げて、口だけをパクパクさせて(つぶや)いた。

 「パ……パ……パパ…?」極めて危険な化け物の正体────それは誰あろう天登龍門だった。


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