第15章──カン違いⅤ
Ⅷ
黒の国では騒動が起きていた。かつてない危険な化け物が脱獄して潜伏しているというのだ。そのため異例の厳戒体制が敷かれ、〝如何なる者であろうと、黒の国以外の者は例外なく捕獲して特別牢獄へ送致せよ〟との命令が下ったのだ。鬼たちは化け物捜しに追われ、亡者の監視が手薄になっていたが、それは仕方のないことだった。
そんな中、兄鬼と小鬼稚は、その危険な化け物を逃がした罪人ならぬ罪鬼として責任を問われることになったが、まずは化け物の捕獲に全力を尽くせと親方から言い渡されていた。
「兄鬼ここも立ち去ったあとです…。だんだん堕羅の大門に近づいていきますね」
「どこだっていい。とにかく追いかけるのみだ…」
「でも…堕羅の大門が開きかけてますぜ…」
「バカ野郎!言ってる場合か。匂いを追え、匂いを…」
「あっ!?……兄鬼あれを!…誰かが捕らえられて…」小鬼稚が指さして言った。
「はっ!……まさか…。特別牢獄に連れて行かれるのか…?」兄鬼は呆然としたまま、その姿を見送るしかなかった。
Ⅸ
辰夜代は手下から聞いた牢獄の化け物の話が気になっていたが、堕羅の連中の戦意喪失を懸念して今は伏せていた。
「さあ行け!蚣妖魎蛇様のご命令だ。この機を逃さず黒の国を攻めて、地獄の亡者たちの霊気をできるだけ奪え!」毒気を帯びた爬虫類や虫たちは堕羅の大門を抜け出すと、手薄になってる鬼たちを掻い潜り地獄の亡者たちに毒を吐いた。毒を食らって動けなくなった亡者たちの霊気を吸い取る度に堕羅の連中は肥え太っていった。
「よいか…霊気をできるだけ吸い取って、蚣妖魎蛇様に捧げるのだ!」指揮を執っていた大蛇の辰夜代は、自らも大きな牙を剥くと地獄の亡者や鬼たちにまで容赦なく襲いかかった。
黒の国は今や──正真正銘の地獄と化していたのだった。
Ⅹ
顔色のすぐれない錫に、紗樹は冷たい水を飲ませて落ち着かせた。
「もう大丈夫です…」言葉と裏腹に、錫は落ち着いてはいられなかった。
「………もし、私の考えていることが正しければ……すべて私のとんでもないカン違いが解決を遅らせ、美鈴さんを苦しめてしまっていたことになります…。だけど本音はむしろ──私の考えが間違っていてほしいです。こんな恐ろしいことが…本当であってほしくないもの…」錫はそう言うと、また体中に寒気を感じて、真っ青な唇を小刻みに震わせた。
「お母さん……懐中電灯と工具箱があればお借りしたいのですが…」
「あります」紗樹はすぐに物置から工具箱とLEDの懐中電灯を二本持ってきた。
「さてと…和室の畳を上げて床下に入らせてもらいます」
「はい?ゆ、床下ですか…?」紗樹には錫が何をしたいのか見当もつかない。
錫は今まで美鈴が布団を敷いて寝ていた真下の畳を上げると、工具箱から梃子や釘抜きなどを器用に使って床をはがし始めた。
「ご主人様、何をなさるおつもりで?」いしは錫を見守るように横に座って尋ねた。
「おばあちゃんに固定観念を捨てろっと言われたけど、どうすればいいのか正直私の固い頭では難しかったの…」錫は一枚一枚、床に敷きつめられた板をはがしてゆく。「いし…あんたはやっぱり私の最高の家来よ……閃いたのはあんたの一言」
「ご主人様……わたくしは何もそれらしいことは言ってませんですけん…」
「ううん…言ったわよ。大きなドラム缶の話をしたでしょ?」
「………?はい…それならば確かに…」
「それで固定観念を捨てろっていう意味が分かったの──〝こういうことなんだなぁ〟って…。そうしたら次々と解らなかったことが繋がって、一つに纏まったわ」
「それで…解った答えは床はがしと関係あるのですか?」
「大ありよ!憑物がどうして聖霊されないように逃げ回っていたのか──それはね…自分の閉じこめられている場所を誰かに伝えようとする執念がそうさせたの…」
「ご主人様…本当に憑物は西河ではないのですか?西河が獄中で死んだ無念を晴らしてほしくて逃げ回っていたのではなかったのですか?」
「そう思い込んでいただけだったのよ。憑物はお酒が飲みたかったわけでもビールを嫌がっていたわけでもなかった…。本当は私たちに伝えようとしていたのよ──身近にある缶ビールを転がすことで何かを連想してほしくて…」
「それがドラム缶ですか…?」
「そう………正しくカン違いだった。西河良之が獄中で病死した話はおそらく本当のことよ。そして…この家の住人で亡くなったのは西河だけだと私は思っていた。だけど、もう一人この家で死んだ人間がいたとしたらそれは誰だと思う?」
「………もう一人…?────まさか…ご主人様…まさか…つ、妻の…」
「そう…男と失踪したことになっていた西河の妻──浪子さん…」
「そ、そんな…」
「妻に逃げられたとくだを巻いていたのが、すべて西河が仕組んだ狂言だったとしたら…。西河が妻の浪子さんを殺していたとしたら…」
「首を絞められて殺されたのは浪子殿…。そうかっ!ご主人様…この憑物が浪子殿だとすると…。そしてこの家で西河に殺されていたとすると…。浪子殿は二階の部屋を嫌がっていたのではなく、自分の存在を伝えるためにこの部屋に執着していたのですね」
「うん。それに〝苦しい、狭い、動けない、暗い、冷たい〟これらの言葉すべてを私は獄中の西河に当てはめて考えていた。だけど…もしこれが浪子さんだったらどうなる?」
「ご、ご主人様…あまり考えたくありませんが…」
「西河が浪子さんの首を絞めて殺し、狭くて暗い場所に死体を隠しているとしたら……謎だったこと全部に筋がとおるでしょ?」錫は自分が話している言葉に恐怖した。そしてある程度床をはがすと、懐中電灯で床下を恐々と照らしてみた。
「…………! …ど、どうしよういし……あ、あった…ホントにあった…」懐中電灯の明かりに照らし出されていたのは、半分土中に埋まった大きなドラム缶だった。中には冷たいコンクリートが流し込まれているので、死体を確かめることはできなかったが、錫がチャクラを開くと、今度ははっきりと女性の姿がそこにあった。錫が〝もう少しだから待っててね〟と声をかけると、にっこり笑って安堵したようだったので、まず浪子に間違いないだろう。
紗樹に事件の真相を話した後、錫は改めて聖霊をおこなった。今まで憑物となって逃げ回っていた浪子は、今度は素直に錫の聖霊に従い邪身玉に収まると、そのまま天へと昇っていった。
「ここから先は警察の仕事ね…。さぁ、いし…帰ろうか!?」
「はいですけん!」後のことは紗樹に任せて錫はその場を後にした。




