第15章──カン違いⅣ
Ⅵ
「小鬼稚わかったな?」。「はい。なんとしても捜し出します…」
「これは最後のチャンスだ。もしこれで奴を見失ったら、二人とも責任を取らされて親方様に無にされるに違いない…」
「か、勘弁してください……それだけは…。それが恐くて奴の言うことを信じたのに…」
「…お前の馬鹿さかげんにはほとほと呆れるわ…。とにかく手遅れにならないうちに、奴のこの微かな霊気を追いかけるんだ」
「分かりました……兄鬼」
兄鬼は親方を呼び出して今回の失態を隠さず話した。〝絶対に逃がしてはならないとあれだけ言っておいたであろう…〟と、きつく叱られ、〝すぐにでも罰したいところだが、それより今は一刻も早く見つけ出すのが先決だ〟と指示されていた。
「幸いお前は鬼一倍鼻が利く…その鼻でこの怪しげな霊気を追いかけろ…」
「……はい。で、でも兄鬼…奴が襲って来たりしませんかね?」
「それはその時考えればいいだろうが…。捕まえなければオレたちは無にされちまうんだぞ!」
「ひぇ~……どっちもイヤだぁ~っ!」
「……お前の尻ぬぐいをするオレ様の気持ちになってみろ……ったく…」
兄鬼と小鬼稚は脱獄した得体の知れぬ危険な化け物の跡を追った。
「兄鬼、確かにここを通ってますぜ……匂いがします」
「この足取りだと、たぶんあっちの方角に進んでいったはずだ…。あそこに大きな岩陰があるだろう?もしかするとあの岩陰辺りに潜んでいるかもしれんぞ…。小鬼稚…お前一足先に行って様子を見てこい」
「イ、イヤですよ兄鬼……本当に隠れたらどうするんですか?」
「バカかお前は!…捜しているんだから隠れてたら嬉しいに決まってるだろうが…」
「だけど…」
「四の五の言わずに見てこいバカ野郎!」兄鬼は小鬼稚の背中を思いっきり突き飛ばした──。
Ⅶ
家に帰った錫は、ミツから電話の報告を詳しく聞いた。
「…それじゃ、美鈴ちゃんはそうとう暴れ回ってるって?」
「そのようだよ…。お母さんは今すぐ龍門先生でも巫女さんでも来てほしい物言いだったよ」
「行かなくちゃ…」
「錫…あんた憑物にかなり手を焼いているのかい?」
「そうなの…。今度の憑物はいくら説得しても、すぐに逃げ出してなかなか聖霊させてくれないの…」
「…いいかい錫、そういうときは間違いなく憑物が何かを伝えたがっているんだ。だからあんたも固定観念を捨てて考え直してみることだよ」
「…うん、分かった!おばあちゃんありがとう…行ってきます!」錫は白衣に赤い袴を纏い、念のために集鬼鈴と晶晶白露を車に積み込むと明日香宅へと向かった。
錫が明日香家に到着すると、紗樹はここまでに至った状況を堰を切ったように話し始めた。
「では一緒に食事をしようとした途端こうなったのですね?それが今から二時間前の話──それからずっと美鈴さんは苦しがっていると…」
「はい。ここのところ美鈴はすごく落ち着いてました。巫女さんが言われるとおり、お酒をお供えして手を合わせたのが良かったのだろうと思っていました。ただ…」
「ただ…?何かありましたか?」
「以前言われたとおり、この子をどんなに二階の自分の部屋に寝かそうとしても、いつの間にかこの和室に来てしまうんです…」
──「…どうして二階の部屋を嫌うんだろう?…いし、どう思う?」
「ご主人様…二階を嫌うのではなく、この和室を気に入っているということはないですか?」
「そうね…。死んだ西河良之は生前からこの和室を気に入っていた…。だからこれほどまで執着する…か…」錫は確証の得られないまま、とりあえず苦しんでいる美鈴の聖霊を試みた。紗樹の見ている前での聖霊だったので、桐の箱から持参の晶晶白露を取り出し、藻掻き苦しんでいる美鈴の胸に突き刺そうとした。だが今までと同じことで美鈴に取り憑いている憑物は、錫の聖霊を嫌って素早く逃げ出してしまった。
──「やっぱりダメね…」これは最初から見当が付いていたことだ。
錫は紗樹にキッチンを見せてほしいと頼んだ。紗樹が案内すると、錫は注意深く辺りを見回した。
──「これといって変わったことはないわ」冷えてしまっているが、白い大きな皿にハンバーグと付け合わせの温野菜、コンソメのスープとパンが二人分、手つかずのまま放置してある。フォークとナイフも揃えて置いてあるので、美鈴が取り憑かれたのはキッチンに入って間がなかったと考えられる。
「フォークとナイフはよく使われます?」
「いいえ…。実は今日はこの子の誕生日なんです。それでささやかですが好物のハンバーグを…」
「そうだったのですか…」考えてこんでいる錫にいしが話しかけた。
「ご主人様、西河が獄中で殺されていたとして、もし凶器がフォークかナイフだったとしたら、以前美鈴殿の首にミミズ腫れの跡が浮かび上がったことの説明がつきません…」
「確かにあんたの言うとおりだよね…。第一獄中でフォークとナイフなんか使わせるわけないわよね…」
「その他にテーブルの上にあるのは炭酸飲料とビール……ん!?またしても缶ビールですけん…ご主人様」ペットボトルの炭酸飲料は美鈴が、缶ビールは紗樹が飲むつもりだったのだろう。
「いし見て!缶ビールだけ開けられてる」錫は紗樹に尋ねてみた。「もしかして美鈴さんが苦しみだしたのは、缶ビールを開けたときですか?」
「……はい…。言われてみればそうです……はい、そのとおりです!」紗樹はっきりと思い出したらしく、力強く言い切った。
「どうやら間違いなさそうね…いし」
「西河は缶ビールを恐れている…。けれどそれもしっくりいかんですね…?」
「………缶ビールが凶器…?」錫は再び和室へと戻ると、目を閉じてミツの言葉を思い返した。“手を焼いているときは、間違いなく憑物が何かを伝えようとしている…固定観念を捨てて考え直せ”。
──「…なんだろうか…固定観念って?今の私の固定観念てなんなの…?二階の部屋、和室、缶ビール、牢獄で殺された西河、美鈴さんの首の痣…これを一旦取り除けと…?」考えてみたが、これといった答えは出てこない。
「いし…難しいことを考えてたらだんだん胸が悪くなってきちゃった…。お肉食べ過ぎたかも……ぐえっ…」
「ご主人様があの大きなドラム缶の上で焼かれたお肉をいっぺんに平らげたのには回りも驚いていましたよ」
「パフォーマンスのつもりだったけど…悪ふざけが過ぎたようだわ…ぐえっ…」
「トイレですか?ご主人様…」
「行かないわよ。もったいないもん…」錫は少しその場にへたり込んでいたが、何があったのか急に顔が真っ青になった。
「うそ…うそでしょ…………そんな…うそよ…」
「ご主人様、どうされました!?顔色が………やっぱりトイレですか…?」いしがオロオロしている。
「巫女さん大丈夫ですか?お顔の色がすぐれませんが…」紗樹が心配して錫の肩を摩った。
「だ、大丈夫です…」
「せ、洗面器ですか?ご主人様…」
「大丈夫だってば…。それよりも私は──とんでもないカン違いをしていたのかもしれない…」
「えっ!?…ご主人様、それはどういうことです…?」
「…この憑物……………西河なんかじゃないわ!」錫の血の気は完全に失われていた。




