第14章──堕羅の門番Ⅲ
Ⅴ
いきなりカウンターパンチを食らわされた気分だった。堕羅の大門の門番は祖父なのだと、錫はずっとそう信じ込んでここまで辿り着いた。
――「今頃になって…堕羅の大門の門番が私だなんて……そんなこと…」戸惑っていたのは錫だけではなかった。横で聞いていたいしも、たいそう驚いて錫を見守っていた。
「し、錫雅が……つ、つまり私が門番…?それは絶対に間違いないことなの…?」錫は念を押して赤鬼に聞いた。
「そんなこと間違えるはずないじゃないですか。この島へ続く門だって、錫雅の旦那だから通したのですよ。旦那以外は絶対通したりしませんよ」
「そ、そうか…」
「本当にからかってないのですか…?あっ、旦那もしかして記憶喪失ってやつですか?」
「ち、違うわよ……いや…違わないかな……?当たらずとも遠からずってやつ?……もうなんだっていいわぁ!」錫は半分ヤケクソになっている。
「どうも最初から話が噛み合わないと思ったんです…。記憶をなくしているんなら、なんだって教えますよ――なんたって旦那は門番様ですからね」
「聞きたいことだらけよ…。堕羅の大門の玉のこと、それからこの意味不明の木の実、それにこの小さな別世界…どれもこれも私の知らないことばかりよ…」
「では順番に話すとしましょう!まずこの世界…創られてからまだ数十年です。そして創造主は――旦那です…」
「にゃ――!」いきなりカウンターパンチを食らわされた錫だった──二発目だが。
「旦那は人間界にある自然の霊気を大量に溜め込んで、無空間だったこの場所で一気に爆発させました。そして新たな新たな世界が誕生したのです」
「まるでビッグバン――!」
「その理由はこの葉っぱのような実を育てるためです…。ですがこの木の実をどう使おうとされていたのかは知りません」
それならばもう分かっていた。大ムカデを番いで地獄へと送ってやるために、ひらひら散る木の実が必要だったのだ。錫は赤鬼と会話を進めながら、今までの大きな勘違いを整理し直さなければならなかった。思い込みにより狂いの生じた歯車は、今や大きなズレになっている。
――「信枝が門前で待たされ、私だけがこの島に足を運べたのは私が堕羅の門番だったから…。そしてこの世界の創造主が私だとすると…」
「ねぇ…赤鬼の親分さん。あなたの雇い主はもしかして私?」
「もしかしなくても旦那が雇い主です」
「やっぱりそうだよね……。じゃ、もう一つ聞くわ――さっきの赤い門を通ることを許されているのは堕羅の門番である私だけなんでしょう?」
「さようです…」
「そうすることを決めたのは誰?」
「この新天地の創造主は旦那です。ここでは何もかも旦那の言うことがすべてです。私は旦那に雇われる折り、旦那以外は誰も通すなと厳しく言われました。あっ、けど狛犬は例外ですよ──創造主であろうとも、新たに誕生させた世界を探して再びここに来るのに、狛犬の嗅覚は不可欠ですからね」
「ぼんやりとだけど新天地のことが分かってきたわ。では赤鬼の親分さん……私に堕羅の大門の玉を渡してもらえる?」
「承知しました――ではどうぞ旦那…」すんなりと錫に差し出した物は、二本のうち一本の金棒だった。手渡されると〝ずしっ〟っとした重みに耐えきれず体が崩れそうになった。
「な、何よこれぇ~…おっもぉ~い……どうして金棒?」
「どうしてって……旦那は私を大門の玉の守り役に雇う時、この金棒を私に渡しました。肌身離さず持っていてくれと…」
「それって、もしかして…この金棒が大門の玉ってこと?」
「ご主人様は大門の玉が見つからないように、金棒に形を変えていたのではないでしょうか。鬼が金棒を持つのは自然ですけん」
「うん、そうね…それが正解だったら私の霊気で元に戻るはずよ。…やってみるわね」錫は金棒を地面にそっと置き、両方の手のひらをお椀のようにすると真っ赤な霊気を集め始めた。赤く澄んだ霊気が手のひらで大きな塊になると、錫は合わせた手のひらの隙間から砂をサラサラと落とすように金棒に注いだ。果たして──金棒はみるみる形を変化させ、ちょうど手のひらに収まるほどの水晶玉になって落ち着いた。
「…こ、これが堕羅の大門の玉…スゴい霊気…。こんなのが三つ集まったら…」無色透明の小さな水晶玉に、錫はただならぬ威圧感を覚えた。もしも三つの玉が邪悪な者の手に渡れば、平和を好む者たちの脅威になると懸念したからだ。
「旦那、葉っぱの木の実も何枚か必要でしょう?ひらひらと落ちてくる木の実を上手くつかんでください」赤鬼がそう伝えた次の瞬間だった。「ほら旦那…落ちてきましたよ!」そう言われて錫は落ちてくる木の実をつかもうとしたが、これが意外に難しかった。葉っぱはそのまま地面に落下し、音もなく消えてしまった。
「あ~ん…何これぇ…。思ったより難しいじゃな~い」
「すぐにまた落ちてきますから」赤鬼の言うとおり、しかも今度は二枚同時に落ちてきた。錫はどちらを取ろうか判断に迷った――あわよくば二枚とも取りたかった。
――「二兎追う者は一兎をも得ず……よし、取るのはこっちのやつ!」錫が狙いを定めて待ち構えていると、いしが高く飛び跳ねてもう一枚の木の実を見事に銜えてキャッチした。あまりの格好良さに錫は目を奪われたが、自分も負けじと、ぎこちない腰つきで狙っていた木の実をつかみ取った。
そのあと、さらに木の実を三枚集めた錫は、その場を引き上げることにした。もっとも三枚の木の実を取ったのは、全部いしだったが――。
「信枝殿、お待たせした…」錫が島から戻ると、信枝は目を輝かせた。
「おかえりなさ~い!錫雅様のためなら何年でも待ちますわ…」
――「あぁ~~…いつもの姉御肌の信枝が恋しいわぁ…」そんなことを思いつつ、錫は赤鬼たちに礼を言った。
「用が済んだのでこれで失礼する。大変世話になったな」信枝の手前しゃべり方が凛々しくなった錫に、赤鬼は怪訝な顔をした。それにいち早く気づいたいしが、すかさす赤鬼の気をそらした。
「赤鬼殿…一つ尋ねたいのだが、もし堕羅に棲む奴らの毒に侵されたらどうすればよいのかご存じか?」いしの機転の良さに錫は救われた。
「堕羅の?それなら聖水で中和されると聞いたことがありますよ」
──「ナイスだわ、いし!」錫はいしを褒めてやりたかったが、それは後回しにして赤鬼に突っ込んで聞いてみた。
「その聖水はどこにある?」
「…さぁ、そこまでは…。でも私でさえ聖水のことを知っているのですから、他に知っている者がいるはずです」
「分かった…必ず見つけだす。世話になった…感謝する――ではさらばだ!」錫は信枝の前でボロが出ないうちに早く引き上げたかった。さっさと信枝をいしの背中に乗せ、自分もいしに跨ると挨拶もそこそこに新天地を後にした。
人間界へと帰ってきた錫は、信枝の様子がどこかおかしいと感じていた。
「信枝殿…やけにそわそわしてどうされましたか?早く自分の体に戻りなさい」
「いいえ…私はこのまま錫雅様に付き添っていたいのです」
――「ぶぇ~…それは困るぅ……いくらなんでもそれだけは…。私が肉体に戻れない…」
「信枝殿、また会えますから…だから今日はこのまま帰りなされ」
「そんなんじゃないんです…それが理由じゃないんです…」
「えっ…!?」
「錫雅様がスンの守護神様として戻るのを見届けたら帰ります…」
――「やっば~い…完全に怪しまれてる…。さっきの赤鬼の親分さんとの会話がまずかったかな…?」
「正直に話します。実は錫雅様の後を追いかけて来たのは最初からこうするためだったのです…」
――「最初から?…じゃぁ、もっと以前から疑われてたってこと…?」
「最初に地獄に来た時、私と綿は気を失い月夜美乃神様に助けられました。月夜美乃神様は錫雅様のことをご存じで、今は人間として生まれ変わっていると教えてくれたのです。私は錫雅様を疑いたくなかったですが、どうしても気になってしまって…。もしそれが本当ならスンの守護神だというのは嘘だということになります。そして、人間として生まれ変わっているなら…もしそうなら錫雅様はいったい誰なのか――この疑惑がどんどんと膨らんで、自分の心が私を勝手に突き動かすんです。イヤな女だと思いますよね?思われて当然です――だって…私自身がそう思っているんですから…。錫雅様を疑って後を追うようなマネをするなんて、自分でも最低だと嫌悪しています。でも…でもどうにもならなくて。だから綿に頼んで錫雅様がどこかに出かける時は必ず知らせてほしいとお願いしたんです」
「それでずっとご主人様の後を?」いしが尋ねると信枝はこっくりと頷いた。
「錫雅様が地獄に行くと綿から聞いて、急いで後を追いかけました。それからのことは前にお話ししたとおりです。本当は最後まで黙って後をつけるつもりだったのですが、錫雅様が化け物に襲われる予想外の出来事にそうもいかなくなりました…」化け物に襲われたことは、けっして喜ばしいことではなかったが、それがなければ信枝に尾行され続けていたのだと考えると、錫はこれも不幸中の幸いだったと密かに胸を撫で下ろした。「ごめんなさい……本当に私はイヤな女…」
「自分を責めてはなりません…」錫は裏表の嫌いな信枝を責める気など毛頭なかった。むしろ信枝を騙している自分が後ろめたかった。初めて恋をした相手が幽霊なのだから、その素性を知る術などない。同じ女として信枝の執った行動を錫は痛いほど理解できたし、一途な恋心に胸が締めつけられそうだった。
「錫雅様…イヤな女ついでに錫雅様がスンの守護神として戻られるのを、この目で確認してから帰ります…」
「の、信枝殿…何もそこまで…」
「いいえ、そのつもりで追いかけて来たのですから…」
――「終わりだ……本当に終わりだ……先に謝っちゃおうかなぁ…」
「錫雅様、さぁ…行きましょう。スンのところへ…」
――「あぁ…もう逃げられない…」錫は袋小路に追い詰められた気分だった。
先に錫の部屋に入ったのは信枝だった。閉めてあったドアを〝ス――ッ〟と通り抜けて部屋の中へと入っていった。
――「絶交だと言われるかもしれない…」そうなったとしても悪いのは全部自分だと腹を括った。錫は覚悟を決めて信枝に続いた。
部屋の中では錫が静かに寝息を立ててベッドで寝ていた。
「錫雅様はいつもスンの側に居られるのですか?」
「そ、そうではない…。私は…私は…白の国と錫との間を行き来しているのだ…」
「そうですか……疑いたくなかったのですが、錫雅様が人間として生まれ変わっていると聞いて、私は真っ先にスンが錫雅様の生まれ変わりではないかと思ってしまいました。そうとしか考えられなくて…」
そこへ〝ガチャリ〟とドアノブが回った。「錫入るわよ…」母の鈴子だった。
「錫、いつまで寝ているの…食事にするわよ。そろそろ起きなさい!」
――「あ~…これですべて終わりだ……万事休すだ…」自分の体に戻れない錫は、焦燥と不安の中でチラリと信枝の顔に目を向けた。信枝は事の成り行きを見るつもりでいるようだ。
「うぅ~~ん……今何時?……あっ、お母さんおはよう…」
「何を寝ぼけてるの…もう夜よ!あんたが〝ギュウギュウ詰めの牛肉ゴボウ巻き〟が食べたいっていうから頑張って作ったのよ。早くいらっしゃい…」
「やったねぇ…だからお母さん大好きなんだ!私に似て美人だし!」
「逆でしょ!?あんたが私に似てるんでしょうに…。それに美人なのはお母さんだけ…ふふふっ」錫と鈴子はおかしな会話をしながらキッチンへと下りていった。
驚いたのは錫だ――。どうなっているのかまったく分からない。
――「目の前でしゃべってたのは誰?…私よねぇ?──じゃ、私は誰…?──私よねぇ…?」
「…ごめんなさい。ほんの少しでも錫雅様を疑ってしまった私を許してください。黙って後を追いかけるようなまねをしたことも恥ずかしく思っています…私が間違っていました。どんな罰でも受けますから、私を許してください…」
「信枝殿…あなたの気持ち…私には分かっているつもりです。それに錫が信枝殿を友として愛して止まないのは、裏表のないその誠実なお人柄ゆえ…。今回のことも悩みに悩んでの行動でしょう…」
「いいえ…。私は今日ほど自分を恥ずかしく思ったことはありません。訝しく思うことがあったとしても、このような行動を起こさず錫雅様に直接尋ねれば事足りたはずなのに…」
「けれど信枝殿と私とは違う世界の者同士…簡単に尋ねると申されても、実際は難しいでしょう…」
「いいえ。今思えばあの時――地獄まで錫雅様を追いかけて…そして姿を見つけだしたあの時に、堂々とあなた様の前に姿を現して、自分の抱えている疑問をはっきり尋ねるべきだったのです。その潔さがあの時の私には欠けていました。つくづく情けない…恥ずかしい…」
――「本当に信枝は実直な子だわ。ウソをついている私の方が恥ずかしい…。ごめんね信枝…本当にごめんなさい…」
「心から愛する人を疑うなんて…それが一番許せない。これからは何があろうとも錫雅様を信じてついていきます!うふふふっ」
「そ、そうか………それでこそ信枝殿だ。ははは……」
もし仮に真実がバレたとしても、この二人の絆が切れることはないだろう――――同じ思いで見守っていたのは、いしと綿だった。




