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第12章──つけ狙う影Ⅰ

 つけ(ねら)かげ



 Ⅰ


「お、越知さん……これは……?」それは明らかに越知だった。ただ最初の部屋の越知と違っていたのは、皮膚(ひふ)表面(ひょうめん)爬虫類(はちゅうるい)のウロコを(まと)っていたことだ。

「越知は感染(かんせん)したようです…」

「か、感染です…か…?」

「はい、主人には決して近寄(ちかよ)るなとあれほど(くぎ)()しておいたのですが…。ここにいる越知は全身毒に(おか)されて見てのとおりです。そして最初の越知は、あなたがご(らん)になったとおり──()()です」

 ──「〝知能は低下し、魂は肉体から離れるだろう…〟大ムカデさんが言っていた毒の症状とまったく一緒だわ…」

「言葉は悪いですが、主人もこの子も生きた(しかばね)にされてしまったのです…」錫の目の前にいる越知(おち)英資(えいすけ)は、肉体こそあれ魂は無かった。それ(ゆえ)知的(ちてき)能力(のうりょく)皆無(かいむ)(ひと)しかった。そして先ほど別の部屋にいた越知は、自分に肉体が無いことにまだ気づいてはいない。(のど)(かわ)いたと美味(おい)しそうに飲んでいた水も、実際には本人の錯覚(さっかく)()ぎなかった。

「どんな憑物がなんの目的でこんなことをしたのか分かりませんが、私は越知の魂が主人のように連れ去られぬよう隔離(かくり)したのです。先ほどの部屋の四隅(よすみ)には霊気が出入りできないよう、特殊(とくしゅ)なお(ふだ)を張ってあります。それである程度は外敵(がいてき)から守れますし、本人もあの部屋から外に出ることはできません」

 錫は(まばた)きも忘れて乾丸夫人の話を聞いていた。「…乾丸の奥様っていったい何者なのですか!?」

「私は文字どおり乾丸の妻です。こんな風に顔を隠しているのは、私自身も感染を防ぐためです。この毒は目、耳、鼻、口などから感染しますから、主人に触れることが多い私はこうして自分の身を守っています」それを聞いた途端(とたん)、錫の顔から〝すぅー〟っと血の気がひいた。

「……それじゃ私も越知さんから、か、か、感染するんじゃないですか?」毎度(まいど)のことだが錫はビビッて顔を引きつらせている。

(さいわ)いこの毒は、最初の感染者である乾丸からしかうつりません」安心した錫は一瞬にして血の気が戻った──分かりやすい性格だ。

「それにしても、どうして奥様はそんなに詳しいのですか?あまりにも知りすぎてますよね…?」

「私は少しばかり未知の世界を垣間見(かいまみ)る力があります」

「自分が知らないことでも分かってしまうのですか?」

「えぇ……」

 ──「おんなじ力がほしい…」先が謎だらけの錫にとって乾丸婦人の能力は(うらや)ましい限りだ。

巫女(みこ)さん──あなたは探し物をしていますね?」

「えっ!?は、はい…分かるのですか?」

「えぇ、分かりますとも…。本当はあなたと初めてお会いした時にゆっくり話したかったのです。けれどあの時、得体(えたい)の知れない憑物が越知とあなたとを行き来していたので様子を見ていたのです」

 ──「矢羽走彦のことだわ…。恐ろしや乾丸婦人!」

「それで……私はこれからどうすればいいのでしょう?」

「そうですね……これをお持ちなさい…」乾丸婦人はその場でメモ用紙とペンを取り出すと、さらさらと何かを書き(しる)し、丁寧(ていねい)に二つ折りにして錫に手渡した。

「家に帰って読んでください。きっと役立つと思います」

「……。ありがとうございます…」

 錫は今一度、意識の無い越知に声をかけ、乾丸婦人に礼を言うと屋敷を後にした。

 乾丸夫人は玄関先で錫の後ろ姿に手を振った。だがサングラクの向こうの目は(するど)く錫を見つめていた。




 Ⅱ


「ご主人様、お帰りなさいませ!」錫の帰りを心待(こころま)ちにしていたいしは、飛びついて錫を迎えた。

「もう甘えんぼだねいしは…。今度は一緒に連れていってあげるわ」

「ほ、本当ですか?ご主人様約束ですよ!」

「うん、乾丸婦人にはあんたの存在を隠しておいても仕方ないと分かった…」

「そんなにスゴい方なのですか!?」

「うん…スゴすぎ…。おまけにこんなメモ書きまで(もら)ってきちゃった!」錫は二つ折りになったメモ用紙を広げた。


 〝そこは誰もが(きら)異国(いこく)

 一匹(いっぴき)ではない・一頭(いっとう)でもない・二羽(にわ)はいるけど(はね)はない

 花咲(はなさ)(ただよ)(かお)りをかぎ分け、ただひたすらに進みなさい〟


 読み終えた錫は(かた)まったまま沈黙(ちんもく)だ──。

「………なんじゃこりゃ!?こんなのばっかりね……もうイヤ!」

「ご主人様、投げ出すのが早すぎますけん…。まだちっとも考えてないではありませんか…」

「だってぇ~……」

「ご主人様は破天荒(はてんこう)(こころ)みで見事に秘宝を手にした英雄(えいゆう)なのですよ」

「あれはまぐれよ…。ほら、いし…ちょっと静かにして………………〝ポンっ〟」

「それはなんかのお(まじな)いですか?ご主人様…」

「頭がショートした音よ……」いしは錫の(おさな)さが可愛くて思わず微笑(ほほえ)んだ。

「これはご主人様が以前わたくしにそうされたように、答えを暗号化(あんごうか)したものですね。誰かに答えを(さと)られないようにするために…」

「何であれ今はゆっくり問題を()いている(ひま)はないの…。すぐに地獄に行って、大ムカデさんが教えてくれた新天地を探すんだから!」

「はい。かしこまりました。ご主人様、背中にお乗りください!黒の国への行き方は分かりましたけん、いしがお連れいたします」

「いし…あんたヤルわね!」錫が肉体を抜け出すと、いしは北東(ほくとう)に向かって颯爽(さっそう)と走り出した。


「白龍と黒龍は、同じ丑寅(うしとら)の方角…つまり北東に向かっていても、最後には白龍は白の国、黒龍は黒の国に連れて行ってくれます。これはそれぞれが違う次元(じげん)棲息(せいそく)しているからです。自慢ではありませんが我々(われわれ)狛族(こまぞく)は鼻が()くので、一度通った次元の(にお)いが分かりますです。(ゆえ)に白の国も黒の国も、どちらでも行くことが可能ですけん」

「うわぁ~…カッコイイいし!」その言葉を聞くや(いな)や、いしはサラブレッドよろしく鼻息(はないき)(あら)くして一段と爽快(そうかい)に走り出すのだった。


「さぁ、ご主人様もうすぐ天気流に着きますけん」

「やっぱりあそこを渡らないといけないの?」

「別の道を知らんのです。今回は頑張って渡ってください…」

「うん……」前回のことがあって心配していた錫だったが、天気流を渡った後、今度は綺麗(きれい)に発光してくれたのでホッとした。鬼は錫たちを白の国に(いざな)おうとしたが、錫はそれを断って黒の国を選んだ。この時これを不審(ふしん)に思った鬼が、たまたま近くをとおりかかった駕籠(かご)を止めてそのことを報告した。駕籠は二体の鬼が(かつ)いでいたが、誰が乗っているのかは四方(しほう)御簾(みす)()らしてあるので分からなかった。報告を聞いて御簾を半分手繰(たぐ)り上げ、駕籠の中から“ちょこっ”と(のぞ)かせたその(にく)めない顔に錫は見覚えがあった。

「あっ、大王様だ!」。「あらっ…お嬢ちゃん!」

 円満大王だった──。恰幅(かっぷく)が良すぎて大きい駕籠でも窮屈(きゅうくつ)そうだ。大王は〝うんしょ〟と駕籠から抜け出し、錫の左手を取ると、優しくもスケベっぽく、その(なめ)らかな手の甲をさすりながら早口で言った。

「元気だった?元気だった?うんうん良かった良かった!おじさん嬉しい、うん嬉しい」地獄を統理(とうり)する大王とは思えない落ち着きの無い(さま)が、見た目と()()()()滑稽(こっけい)だったが、錫はこの円満大王が好きだった。

「それでお嬢ちゃんはどうしてまたここに?おじさんに話してごらん。恐くないからね、恐くないから」錫は堕羅の大門を封印するための玉を探していることと、父親が憑物の毒に(おか)されていて、それを助けるための解毒(げどく)の方法を探していると話して聞かせた。

(えら)いなぁ偉いなぁ、まだ(おさな)いのに…そんな大きな責任を…」心を打たれた大王は、またしても手ぬぐいで涙を(ぬぐ)った。

「ねぇ大王様…地獄にある新天地ってどこにあるのかご存じないですか?」

「おじさんは(おも)に鬼を使い、地獄の亡者たちを管理するのが仕事だからね。地理や地形はわからないの…ゴメンねゴメンね」

「そうですか…大王様ありがとう!頑張って探してみますね」

「そうなの?……だったらこっちへいらっしゃい」大王は手招(てまね)きして(もと)()た道を、錫を連れて歩き出した。


「ねぇ大王様、私がイメージしていた地獄はもっと恐ろしい場所だったの。人間界にある地獄絵を想像していましたから…。でも血の池地獄や針地獄、あるいは釜ゆで地獄なんてものは見当たらないし…。罪を犯した地獄の亡者たちには、実際どんな罰が待っているのですか?」

「それは地獄の鬼たちに聞くといいよ。詳しく教えてくれるからね」そんな会話をしながら錫が案内されたのは、円満の城のちょうど裏手だった。そこには勝手口(かってぐち)のような古い扉があって、大王がその扉を開けると奥には暗闇(くらやみ)があるだけだった。

「ここから中に入ったら地獄に出るからね。それからこれはおじさんからのご褒美(ほうび)──これを鬼の門番に見せるといいよ、うん…お嬢ちゃん気をつけてね」錫が受け取ったのは、朱色(しゅいろ)の丸い木札だった。

「円満大王様、いろいろとありがとう!」礼を言って暗闇の中へ消えて行く錫といしを、大王は涙で見送っていた。


 暗闇はほんの一瞬だった。錫が三歩も歩くと目の前に別の扉が現れ、その扉を開けると黒の国──地獄が待っていた。

「どこでもドアみたい…」小声で(つぶや)いて左右を見渡していると、錫の姿が錫雅尊の姿へと変わった。「ここではこれが私の自然な姿なのね…」

「ご主人様…今のわたくしはどちらのご主人様も嬉しゅうございますけん」


「お前たち……今ここから出てきただか?」錫といしの気配(けはい)に気づいて会話に割って入ってきたのは、図体(ずうたい)の大きな黄色の鬼だった。

「ここは円満大王様専用の隠し通路だで…。なんだってお前たちがここから?……怪しい奴だで…」

「えっと………あっ……これ…」錫は大王から受け取った朱色の丸い木札を鬼に見せた。

「あっ、これは“朱色の丸い木札”じゃないだか!」

「見たまんまの名前ね…」。「本当ですけん…きっしっし…」二人は顔を見合わせて笑った。

「これは大王様が認めたお方にしか渡さない(あかし)だで!し、失礼した…。あなたは大事な客人なようで…」鬼は木札を見ただけで錫にひれ伏した。

 ──「黄門(こうもん)(さま)印籠(いんろう)みたいな効力(こうりょく)だわ」

「それで、こんな辺鄙(へんぴ)なところに何の目的で来ただか?」

「私たちは黒の国にある新天地を探しに来ました」

「新天地…?そう言えばそんな(うわさ)がなくもないが、誰かが流したデマなのではないかなぁ?…誰も見た奴はおらんし、黒の国にそんな場所があるとは思えないだで…」

「えぇ~…そんなぁ~~。何か手がかりになるようなものはないのですかぁ?」

「そげな情けない声だされてもなぁ…。ん~…だったら(たつみ)の方向に行ってみな。そこにワシの友がおるんだが、そいつはかなり物知りだ。ひょっとしたら何か知っているかもしれんだで。ちなみに巽はこっちの方角だ」そう言って東南(とうなん)の方向を指さした。「こっちに進んでゆくと退屈(たいくつ)している鬼がおる。そいつがワシの友だ…まぁ行けば分かるだで」

「ありがとう、鬼様。行ってみます」。「おぉ…気をつけていきなさるだで」


「ねぇ、いし…案外鬼様って恐くないわね…」

「えぇ……ここだけの話、人間の方が鬼に見えることがありますけん」

「よねぇ…気障りの婆さんなんて()()()よねぇ…」錫は両方の人差し指をツンと立てて頭の天辺(てっぺん)に乗せた。

「ご主人さまぁ~…ぎゃほっほっ」錫といしはのんきに巽の方角を目指して進むのだった。

 何者かが後をつけ始めたことも知らずに──。


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