第10章──手がかりⅢ
Ⅳ
円満の城は天気流を渡ったすぐ近くに存在する小さな古城で、金ピカな飾り物など一つもないお粗末な城だった。
天気流を渡ってきた魂の中で、白く発光するはずの魂が点滅した場合、その魂はいったん円満の城に連れていかれる。錫もどうしたわけか点滅発光してしまったので、例外なく円満の城で取り調べられることになった。がらんどうに近い簡素な大部屋に通された錫は、二体の鬼に監視される中、言われるまま部屋の中央に立った。すると、それまで錫雅尊だった錫の姿が、本来の錫の姿へと戻ってしまった。内心驚くも、そのまま待っていると、どこからか金の装束を纏った恰幅のいい大きな男が現れた。手に笏を持ち、冠のような祭帽を被っている。燃えるような真っ赤な肌、大きく見開いた眼に蚕のような太い眉毛を蓄えたその大男が険しい表情で錫を上から睨むその様は、どこかで見たような記憶があった。
大男は錫の目の前にあった大きな木製のイスにどっかりと座ると、見た目とは違う落ち着きのない口調で話し出した。
「恐くないよ恐くないよ。かわいそうにね…お嬢ちゃんだったんだね…うんうん。後で鬼たちを叱っておくからね…うんうん…」と、こんな調子だ。「おじさんは顔は恐いけど優しいからねぇ、うん…。これでもここの大王様だったりしてねぇ~…お嬢ちゃん、ぐふふふ」拍子抜けして恐怖心のなくなった錫は、思い切ってこっちから質問してみた。
「私はこれからどうなるんですか?」
「ごめんねお嬢ちゃん、先に終わらせようか?…ね、ね」大王は手に持っていた帳面を錫に向けて一振りした。すると、錫の心の中である物語が始まった──。
錫は貧乏な家庭で育った娘だった。もうすぐ誕生日を迎える父親に暖かい服を買ってやりたいが、家にはそんな余裕はない…。ある日金持ちの知人宅に招かれて遊びに行くが、階段の踊り場でお札を一枚拾う──錫には大金だった。だが錫は拾ったお札を正直に知人に手渡した。
次に錫はいつも自分をイジメていた友人が、逆にイジメに遭うという場面をむかえる。錫は友人から受けた惨い仕打ちをすべて水に流し、その友人に手を差し伸べた。そこで錫の物語は終わった──。
大王は手ぬぐいを片手に、目を真っ赤にして泣いていた。
「はい!お嬢ちゃん合格、お嬢ちゃん合格…。なんにもない…なんにも出てこない、んーんー…」大王は一人で納得しているが、錫にはちんぷんかんぷんだ。どうなっているのかと尋ねてみると、大王は側近の鬼に説明するよう命じた。
鬼の説明によると、被験者に何かしらの物語を与え、その結果によって、天国か地獄かに分けられる──所謂お裁きだ。心の歪んだ魂は、拾ったお札を必ず自分の懐に入れようとするし、イジメられた人間には、ここぞとばかりに何倍にもして復讐しようとするらしい。ここは公平に円満に裁きを執り行うところから──円満の城と名が付いていた。
「お嬢ちゃんは心がきれいきれい。白の国に行っていいからね…うん」ねったりと優しい大王は、錫が黒の国に行きたいと言いだすと驚いて止めにかかった。それでも錫が譲らないので、大王は諦めてこう言った。「お嬢ちゃんの魂はきれいだから問題ないのよ…。その点滅は、おそらくお嬢ちゃんに助けてほしい憑物が潜んでいるからだと思うの。でもお嬢ちゃんが黒の国に行くんなら、わざわざ取り出す必要もないから放っておきましょう。はい、もう解放よ、お嬢ちゃん」
「と…こんな調子だったの…」
「理解できたわ。大王様が言ってた憑物って矢羽走彦だったのね?」
「うん、そういうことよ。私の中にいたなんて、ちょっと気持ち悪いけどね…」
「本当です…。矢羽走彦の奴、許さんですけん」いしはかなりご立腹だ。
「とっておきはね、大王様の最後の一言なの…『お嬢ちゃん、私はここでは円満大王だけど、人間界では閻魔大王と呼ばれて恐れられているのよ』だって。ね、おかしいでしょ!?」これには智信枝栄もお腹を抱えて笑った。
「エンマンの大王がいつしかエンマ大王になったのね?うふふふ…」
「しかも顔は閻魔大王なのに、イメージは全く違うんだよ。きゃはは」いしは楽し気な二人を暖かく見守っていが、綿は相変わらず我関せずだった。
それから智信枝栄は浩子の体が恋しくなったと笑いながら帰っていった。錫は部屋の隅ですましている綿に声をかけた。
「ねぇ綿…信枝の様子を見に行ってくれない?綿も気になってるんでしょ?」
「……はい、分かりました。だったら、ちょっとだけ信枝殿と話してきてもいいですか?」
「どうぞどうぞ。ご自由に」そこへいしが割り込んできた。
「また余計なことを吹き込むなよ!」綿はムッとした。
「人聞きの悪いこと言わないでくれる!」
「お生憎だが、わたくしは狛犬だ」綿はまたまたムッとした。
「…………ふんっ!」綿は怒って尻尾をぴんぴんと振ると、とっとと部屋から出ていった。
「もう…いしってば!ダメでしょ…喧嘩ばっかりして」
「すみません…。あの雌狛…どうも鼻についてしまって…」
「女の子をイジメちゃダメだよ」
「イジメられてるのはこっちですけん…」
「あのねぇいし…よく聞きなさいよ…」
トントン──。ノックの音で話は打ち切りになった。いしはお小言を免れてホッとした。
「あたしだよ錫…」ドアの向こうからミツの声がした。
「あっ、おばあちゃん!ちょっと待ってね…」錫は大急ぎでドアを開けた。
「わーい、おばあちゃん……お帰りなさーい!」錫は思い切りミツに抱きついた。
「あ~……そんなにきつく抱きついたら…あばらが折れる…」ボキッ──!
「いててて…」。「えっ!?……お、おばあちゃん…」
「ははは……ウソだよ!これだよ、これ…」ミツはそう言いながら悪戯っぽく手に握っている物を見せた。
「へっ、割り箸!?」
「部屋で弁当を食べててね…割りばしを持ったままここへ来ちゃったんだよ。あんたが強く抱きつくもんだから、からかって手で折ったんだ。あっはっはっは…」
「もう、おばあちゃんたら…のっけから冗談きついよ!」
ミツは淹れ立てのコーヒーを一緒に飲もうと、錫を自分の部屋に誘い、ひと息吐いたところで錫に尋ねた。
「ところで…あんたどこへ行ってたんだい?」
「………………地獄」錫はコーヒーを一口すすってから答えた。
「ふぅ~ん……そうだったのかい…」。「驚かないの!?」冷静なミツに錫の方が驚いた。
「あんたは生きたまま天国に行った英雄じゃないか!今更何を驚くんだい?」ケロッとして答えるミツに、錫は〝腹の据わった婆さんだ〟と改めて感服した。
「それで…何しにそんなへんぴな場所に行ったんだい?」
「へんぴって……その表現かなり違和感あるよ」くすくす笑いながら、錫はあらかたの経緯をミツに説明した。
「相変わらずあんたって子は……まるで冒険物語を聞いてるみたいだよ…」
「ニコニコしながら聞いているおばあちゃんの方がスゴいわ!」
「あんたの話だと、地獄行きの表向きの目的は〝なんとかの玉〟を見つけることだけど、本当は一さんを助ける手がかりがほしかったってことだね?」
「そう。それにパパを助けられれば乾丸先生も助かるでしょうからね」
「うーん……私はそこがどうも引っかかるんだがね…」
「ちょっとおばあちゃん、何が引っかかるの?」
「んむ……ちょっと私も調べてみたんだけどね…。どうも一さんの呪いは妙なんだ…」
「どうして…?どうして妙なのおばあちゃん?」
「今はなんとも言えないよ…ただ私がそう思っているだけだからね…」ミツはそれ以上のことは語らなかった。
Ⅴ
身体を休めて霊気を存分に蓄えた錫は、白龍に乗って、一人須勢理毘売の住む白の国へと急いだ。
須勢理毘売の住んでいる場所は、錫の記憶にしっかり残っている。白の国は足元一面を白い靄が雲海の如く覆っているので入り口は見えないが、ある地点から先は、地下へと続く緩やかなスロープになっている。完全に地面の下に潜ると、四方すべてが靄で囲まれたトンネルが現れて、その突き当たりには、やはり靄でできた扉がある。これを一気に突き抜けると、広いドーム型の空間が待っている。その中央にある小さな“かまくら”型の部屋が須勢理毘売の住まいだ。
錫は自分の記憶に満足しながら、ぽっこりとした須勢理毘売の部屋まで辿り着いた。少し緊張気味にそっと中を覗きかけると、須勢理毘売はとっくに錫の気配を感じ取っていたらしく先に声をかけた。
「わざわざ私を訪ねて来るとは…何かあったのですね?さぁ、長旅で疲れたでしょう…中にお入りなさい…錫」暖かい須勢理毘売の言葉にほっこりした錫は、木札を片手に今までの経緯を掻い摘まんで説明した。須勢理毘売は、錫が話し終わるまで一切口を挟まなかった。
「……どうしてもこういうことに関わってしまうのですねぇ…あなたは…」
「そうみたい……だからね、須勢理毘売様お願い。なんでもいいから教えて!」
「わざわざ訪ねて来てくれたのです…私の知っていることをお話ししましょう」
「やったー!」錫は両方の親指を立てて喜んだ。
「まず祠に限ってのことですが、堕羅の大門の門番は、代々共通してあそこに玉を隠します。理由は祠の魔物が玉を守ってくれるからに他なりません。残りの二つの玉は門番次第です。もっと詳しく説明しましょう…」錫は一言も聞き漏らすまいと、しっかり両耳を立てた。「二つの短文〝地獄からムカデの鬼が来る〟〝ひらひら散る木の実は鬼様も飛びつく実〟この二つの短文は、門番が隠した玉の在処を示したものに違いありません。なぜなら〝大門の赤鬼は祠泉飲んで襲われる〟──この短文が、歴代の門番が玉を隠してきた在処を示しているからです。ここまでの説明は分かりますか?」
「うんうん…分かる。一つの短文が堕羅の玉を示しているということは、残る二つの短文も堕羅の玉を示していると考えて間違いないということでしょ?」
「さすが錫です。もし玉の在処を示すヒントがなければ、三つの玉を見つけ出すことなど不可能です。虎慈様は玉の在処をこの短文に託したのです。答えに辿り着けば玉が見つかるように…」
「答えに辿り着けば……か…。それが難しいのよねぇ」
「そうでもありませんよ。運の良いことに、ムカデとくればこの神というお方がいます──須佐之男命です!」
「ひゃ~!あの須佐之男命!?須勢理毘売様のお父様!?」
「うふふふ……それは神話でのお話──実際は親子などではありません。神話に登場する神々の多くは、霊能力者や特殊な技能を持った人たちがモデルになっています。あまりにも事実と違いすぎて驚いてしまうこともしばしばあります。須佐之男命などはまさにそれかもしれません…」
「……そ、そうなのぉ!?」
「百聞は一見に如かず──直接会いに行ってみるといいです…」
「会えるの!?──会います会います!どこに行けば会えるの?」
「白の国の最南端に堕羅と同じように、その一画だけ仕切られた広い世界があります。けれどそこは堕羅のように固く閉ざされてはいません。頼めば門番がいつでも開け閉めしてくれます。門の脇には祠がありますから、そこを覗いてごらんなさい」
「ありがとう須勢理毘売様。すぐ行ってみます!……でもその前にこれだけ教えて。最初に説明したように、須勢理毘売様を訪ねてきたのは由真乃美鳥姫様の居所が知りたかったからなの。門番だったおじいちゃんが無になってしまった今、その前の門番だった由真乃美鳥姫様は重要なカギになるかもなの…。もし推測どおり須勢理毘売様が由真乃美鳥姫様に領巾を貸したなら、お二人は知り合いだということなる…」
「残念だけどあなたの推測はみごとに〝ハズレ〟です…」
「にゃっ…」今まで期待していたものが一気に崩れて瓦礫と化した。
「ポッキーのおじさんの言っていた蛇やムカデを追い払う道具は領巾ではなかったってこと?」
「いいえ、領巾に間違いないわ。それに私と由真乃美鳥姫との関係も、そして彼女の居所もすべて分かります」
「ホントに!?けどそこまで分かっているのに知り合いじゃないの?」
「えぇ…知り合いなどではありません。…ねぇ錫…私がどうしてこんなに堕羅のことに詳しいと思いますか?」
「……ん~っと……おじいちゃんに聞いたから!?」
「残念…違います。それはね──────私が由真乃美鳥姫だからです」
「……………へっ!?」錫の頭脳回路は故障寸前だ──。「ど、同一人物…?」
「はい!由真乃美鳥姫は私が以前人間界で修行していた時の名前です。とっても気に入っていたので、白の国に帰った後もその名前を使っていました」
「…ちょっと待って……つ、つまりそれっておじいちゃんの前の門番が須勢理毘売様ってことよね…?」保鬼の言っていた門番が須勢理毘売だったことで、錫はいっぺんに視界が広がったような気がした。「だから堕羅の大門のことをそんなに詳しく…。ねぇ、須勢理毘売様…他にも堕羅の大門の秘密を知ってるなら教えて…」
「錫…よく聞きなさい。本当は私が門番だったということも話してはならないのです。門番には厳しい守秘義務があります──門番から雇われた者たちが多くを語らないのも、その門番から厳しく口止めされているからに他なりません。けれど、僅かずつでも情報を得てゆけば徐々に形になりましょう」
「……そ、そんなぁ~…」せっかく大きな収穫を得られると思った錫は、肩透かしを喰らってがっくりと項垂れた。
「これだけは教えて差し上げましょう──過去の門番は、もう門番ではありません。ですから私はもう祠には入ることができません」それを聞いて、ますます錫は肩を落とした。
「そんなに気を落とさずに…あなたは生きた人間の魂でありながら、破天荒な試みで白の国を救った英雄ですよ。自分を信じて前に進みなさい!」
「そ、そうね…私が諦めてはいけないんだった──私が諦めない限り、必ず道はあるはずだもんね」
「分かったら、須佐之男命に会いに行きなさい。……そして、人間界に帰ったら、そのままお待ちなさい。私からあなたのもとに出向きますから…」
「えっ…須勢理毘売様が…?」錫は須勢理毘売が出向いてくる理由が分からなかったが、とりあえず礼を言うとその場を立ち去った。
「可哀想な錫……それだけの手がかりで何を得られましょう…。たとえ私の知っていることを全てあなたに話したとしても、この先必ず大きな壁に突き当たるでしょう…。堕羅の大門の本当の秘密を……あなたはまだ知らないのですから……」須勢理毘売は、顔を曇らせて静かに呟いた。




