第10章──手がかりⅡ
手がかりⅡ
Ⅲ
錫たちはすんなりと黒の国から戻ることができた。帰りは教えられたとおり鬼門と逆の方角に進み、やがて門が現れると門番の鬼に〝用が済んだ〟と伝えた。門番の鬼は快く門を開けてくれた。そこから一旦白の国を経由して人間界へと戻ってきたのだった。
錫は帰るなり、すぐ自分の体に魂を戻した。智信枝栄は浩子の体に戻る前に錫の自宅に立ち寄っていた。
「結局パパを助ける手がかりは何もなかったわね…」その言葉に智信枝栄もいしも黙って俯いた。「二人が気にすることないわ。私が逃げてばかりでしっかりしなかったから…」それでも智信枝栄といしは責任を感じているのか、頭を上げることはなかった。
「もっちろんパパもそうだけれど、ポッキーのおじさんも絶対に助けなくっちゃ…。おそらくは同じ種類の毒よね…。いや…呪いと言った方がいいのかなぁ?」
「……」。「……」明るく振る舞ってみせる錫に、智信枝栄もいしも乗ってこない。錫は諦めて違う話題に切り替えた。
「私ね、由真乃美鳥姫様を捜してみる」
「えっ?手がかりもないのに?」俯いていた智信枝栄がやっと口を開いた。
「そうだけど、ポッキーのおじさんが最後に伝えようとしてくれたあの言葉は無視できないわ」
「保鬼さんは十種神宝……そう言いたかったのかしらね?」。「わたくしはそう思ってますです。はい」錫は智信枝栄といしの話に耳を傾けながら、手のひらから領巾を取り出し、それをゆっくりと振った。
「以前須勢理毘売様はこう言ったわ──〝十種神宝は、今は一つに集約されている〟と…。つまりよ…昔は文字どおり十種類あった神宝も、今は私が貰ったこの領巾だけということになるわ…。もしもよ…ポッキーのおじさんが門番をしていた時に、すでに十種神宝が一つに集約されていたとしたら……須勢理毘売様が持っていたこの領巾が唯一の神宝のはず……そうよね?」
「だけど当時の門番は由真乃美鳥姫様。で…そのお方が道具を使って蛇やムカデを追い払っていたと保鬼さんは言っていた…」智信枝栄が違う角度から意見した。
「須勢理毘売殿が由真乃美鳥姫殿に領巾を貸したということは考えられないですか?」いしが言った。
「それは無きにしも非ずね。だとすれば二人は顔見知りだということね」
「もしそうなら須勢理毘売殿を訪ねることで、由真乃美鳥姫殿のことが分かるかもしれませんね、ご主人様」
「そうだよね。いし…とっても良いヒントをくれたわ!」錫のその一言で、いしは嬉しさのあまり部屋中を走り回った。
「そんなわけで浩子…須勢理毘売様から手がかりを得られるかも。少し休んだら白の国に行くわ。でも今度は私一人で行ってくる。どのみち須勢理毘売様に会えるのは一人だけだしね」
「スン一人で大丈夫なの?」
「大丈夫よぉ。気ままな一人旅っていうのもおつなものよ」
「……まぁ、今の白の国の治安はいいでしょうけどね…くすっ」智信枝栄はおちゃらけながら答えた。
「あっそうそう…一つだけスンに聞いておきたいの…。スンと矢羽走彦のやり取りで、〝大王様が言ってたのはこのことだったのね…〟って言ったその内容を教えてほしいの」
「あぁー…あのことね!」
「それはわたくしも教えてほしいですけん!」いしもその話に食いついた。綿は何も言わなかったが耳がピンと立っていた。
「それはね、私が円満の城に連れて行かれた時の話なの…」
「あの時どうしてご主人様の魂だけが点滅していたのか──今だにわたくしは分からんですけん」
「でしょ?それが矢羽走彦と関係があったってわけ!そしてね…あそこには、私たちがよく知っているコワ~いお方がいたの…」錫は言葉とは裏腹に、ニコニコしながら話し始めた。
★
そいつは牢の隅っこで兄鬼と小鬼稚とのやり取りを思い返していた──。“お前は昔っから融通が利かないんで困る”“頭が固いくせに、誰の言うことでもすぐに信用して〝ころっ〟とダマされる”──それだけを何度も何度も。
小鬼稚は覗き窓から絶えず中の様子を窺っていたが、そいつの頭の中までは覗ける由もない。
「やれやれ、静かにしてくれている」独り言だが小鬼稚の声はデカい。
「今一人か?」小鬼稚はぎょっとした。「一人だな?…そうなんだな?」
「ひ、一人だ…」返事をして良いものなのかどうか迷ったが、黙っているのが恐くなって質問に答えた。
「気の毒に…。すまない……私のために見張り番をさせられて…そして……」
「……そ、そして…なんだ!?」
「言えない…とても恐ろしくて言えない……」
「何がだ?何が恐ろしくて言えないんだ…?」小鬼稚はその続きが気になって仕方ない。
「………どうせ私が何を言っても信じないだろう?だから何も言わん。だが、あんたが気の毒でならない…」
「信じないとは言ってない…。とにかく話してみろ。何が恐ろしくて何が気の毒なんだ…え?」
「私のせいであんたが殺されるのかと思うと気の毒でならん…」
「殺される?…む、無にされるということか…?」
「あぁ……それだ…〝無〟だ!お前はもう少しで無にされる……すべて私のせいだ。許せ……」
「何がだ?最後までちゃんと話せ。いや…頼むから話してくれ」
「だが、こんな話…信用してもらえるはずがない…。すまなかった…聞かなかったことにしてくれ…」
「判断はこっちでする。だから話してみろ……な?な?」小鬼稚からそこまで言われて、そいつは何かを取り出した。
「そ、それは何だ?」
「これは私がとんでもない奴から借りてきたモノだ…。見てのとおり…ヤバそうだろう?」
「あ、あぁ……確かに…」そう言われてから見ると、小鬼稚にはそれがヤバそうな代物に見えるのだった。
「こいつを返す約束の時間がそこまで迫っているが、私はここに幽閉されたままだ…」
「だから逃がせというのか?それは無理だぞ…絶対に無理だ!」
「…そうは言ってない。よほど融通の利く奴以外、そんなことはしないだろう…。だから気の毒だと言っているんだ」
「ど、どう気の毒なんだ?」
「私が返しに行かなければ、とんでもない化け物がこいつを取り返しに来るのだ。怒り狂って回りのすべてを巻き込んで……そう…片っ端から無にするんだ。だがそんなこと信用できないだろう?そうやって手遅れになってしまう………だから気の毒だと言ったんだ…」
小鬼稚は考えた──何がなんでも此奴を牢に幽閉しておくべきなのかどうかを。兄鬼から融通の利かない奴だと言われたのは、こういうことではないのかと…。これがもし本当ならば、今度は頭を小突かれる程度の話ではない。だが、逃がすのも危険だ──と。
「オ、オレにどうしろと言うんだ?」
「どうもならん…だから気の毒なんだ。こいつを返したらまた戻って来るからいったん私を出せと言っても信用しないだろう…?せめてお前がこれを返しに行ってくれたらありがたいのだが…」
「オレがか?それでもいいのか?」
「保証はできない。間違いなくお前は無にされるだろうが、それでも犠牲は最小限ですむ…」
「……………」
「まぁ、どのみち私はこの牢で息絶える運命だ。この話はなかったことにしてくれ…。兄鬼にも黙っていた方がいいぞ。いらぬ心配させずに黙って無にさせてやる方が、兄さん思いってもんだ」
「いいや……いいや……お前は危険な奴だと兄鬼が言っていた。絶対に出さんぞ……絶対に…」




