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第9章──堕羅Ⅱ

 堕羅Ⅱ



 Ⅲ


「ねぇいし…見て、あそこ!恐ろしくデッカイへいが見えてきたよ…」

「きっとあれが()()ですよ、ご主人様」

「急ぐのよ、いし…」

「はいですけん!」大好きな主人を背に乗せて歩いていたいしは、錫の一言で(いきお)いよく疾走(しっそう)した。

「きゃっ!はや~い…」まるで塀のほうが(せま)ってくるようだ。「いし、ほら見て…塀と塀の間のでっかい赤黒い霊気…もしかしてあれが堕羅の大門かしら?」

「間違いないですよご主人様。ほら…浩子殿があそこに!」

「わっ、本当だ!ひろこぉ~…ひろこぉ~…!」まだまだ声は届きそうになかったが、智信枝栄は錫たちの姿を見つけて大きく手を振った。「いし、もっと急いで!」

「はいですけん!」返事はしたものの速度は変わらない。〝無理です〟と言わずに(したが)うのがいしの忠義(ちゅうぎ)だ──。


 錫と浩子といしは共に再会を喜んだ。だがそれも(つか)()だった。

「……ねぇ、信枝は一緒じゃないの?」錫は智信枝栄に尋ねた。

「えぇ……。もし信枝が一人だったらここまで来れるかしら…?」

「こうなったら綿と一緒であることを祈るしかないわね。あの子はいつも私たちの話をどこかで聞いていたから、もし一緒なら堕羅に連れて来てくれるはず」

「えぇ、そうね…。それでねスン…今のうちに伝えておくことがあるの…」智信枝栄はそう言って堕羅の大門に視線を向けた。「まず一つ……。この堕羅の大門の内側へと足を踏み込んだらね…スンの姿は錫雅尊から香神錫に戻ってしまうのよ」

「えぇっ!?うわぁ~…それって私と信枝が一緒に堕羅に入れないってことよね?」

「うん。たちまちスンの正体がバレちゃう」

「どうしよう……そうなったら信枝はショックで死んじゃうかも…」困った錫だったが、すぐに何かを(ひらめ)いて目を輝かせた。「ねぇ浩子、信枝が来たら今日は帰りましょ。とりあえず堕羅の大門もこの目で確かめたんだし……ね?そうしよ?」

「……スン…その言葉は逃げ口実(こうじつ)じゃないわよね?〝これ(さいわ)い〟なんて(ずる)い考えじゃないわね?」智信枝栄は疑いの(まなこ)で錫を覗き込んだ。

「ち、違うわよ………信枝のことを心配して言ってるのよ…」錫は視線を()らした──目は(はげ)しく泳いている。

「ふ~ん………………わかりやすい子。まっ、今日のところはスンの意見を優先しましょうか」智信枝栄は〝くすっ〟っと笑って言った。


「やったねぇ──!そうこなくっちゃ浩子!」

「ちょっとスン…必要以上に喜ぶのね…」智信枝栄が意味ありげに言うと、錫は舌を出して自分の頭を叩いた。


 それから智信枝栄は、鬼から仕入れたもう一つの内容を告げた。

 結果から言えば、黒の国の魂、また堕羅に()む魂に対して、決して霊的な手出しをしてはならないということだった。

 例えば邪身玉に封印するなどの行為は固く禁じられていて、この法を犯せば軽くとも黒の国への出入り禁止、場合によっては禁固刑(きんこけい)(しょ)せられるのだ。白の国の魂と違って、黒の国の魂は重い罪を犯した亡者たちだ。地獄に落とされたこの連中は所謂(いわゆる)囚人(しゅうじん)であり、黒の国で(つみ)(つぐな)っている最中(さいちゅう)なのだ。そこへ霊的(れいてき)措置(そち)で対処することは、(ばつ)の上乗せになってしまうのが禁止の理由だ。ただし黒の国の魂どもを管理する獄卒(ごくそつ)の鬼たちだけは、(かな)(ぼう)や他の武器の使用を許されていた。


「ふぅ~ん…刑が確定した囚人に対して、お前は悪い奴だと言って銃で撃つようなものかしら?」

「そんなところね。よそ者は私たちなんだから、亡者を恐れるならここに来るなっていう話よ…。そんなわけで黒の国では霊的手段は禁止。(ただ)し外部の者にはその限りではない」

「う~ん……話は分かったけど、晶晶白露が使えないのやっぱり不安…」

「そうね……何かあったら、ひたすら逃げましょう!」

「わっ…浩子でもそんなこと言うの?」。「私だって恐いもの…」二人はくすくす笑い合った。


「あっ!ご主人様、あそこを!」それまで二人の話を黙って聞いていたいしが叫んだ。何かが猛スピードでこちらに向かってくる。まだまだ遠く見えていたが、その姿はたちまちハッキリした。


「お待たせしてすみません…」綿だった。

 綿は錫と智信枝栄にだけお辞儀(じぎ)をした。そのわざとらしい態度にいしが顔を(くも)らせた。

「信枝殿は一緒ではないのか?」いしが不機嫌そうに尋ねた。

「今からその話をするのよ。いちいちあたいの先回りをしないでもらえる」綿のぶっきらぼうな態度に、いしは犬歯(けんし)を〝ぎしぎし〟と()り合わせて(いか)った。何かにつけて火花を散らしているいしと綿だったが、錫たちの目にはこの両者の小競(こぜ)り合いが可愛く(うつ)るのだった。


 綿は信枝と自分が月夜美乃(つきよみの)(かみ)によって助けらた事を伝えた。けれども錫雅尊が人間に生まれ変わっていると聞かされた信枝が、再び意識を失ったとは言えなかった。

「あたいが目を覚ました時、信枝殿は月夜美乃神様と何やら話をされてましたが、疲れていたらしくまた眠ってしまわれました。そこで月夜美乃神様にお願いして、信枝殿を人間界に帰してもらいました」綿はそう言ってごまかした。

「良かったね浩子。信枝は路頭(ろとう)に迷うことなく人間界に帰ったんだって」

「本当に良かったわ!信枝が一足先に帰ったということは、スンは当初の予定どおり堕羅に入れるということだからね!」

「げっ、そっち!……くしゅ~…」綿はその意味が分からずいしに尋ねた。

「堕羅に足を踏み入れると、ご主人様は人間界の魂の姿に戻ってしまわれるのだ。そうなったら信枝殿にご主人様の正体がバレてしまう」

 ──「………。だったらもう手遅れかもしれない……今や信枝殿は錫雅殿を疑っている…」綿は本当のことが言い出せなかった。今ここでみんなに余計な心配をかけたくなかったのだ。

「だけどさぁ…見てのとおり堕羅の大門も閉まったまま開かないんだし、今日のところはやっぱり帰ろうよ、浩子ぉ…」

「あらら…?信枝がいないなら、このまま帰る必要はないのですけど…?」

「そ、そうなんだけど…。だ、堕羅の大門が閉まってるなら…」智信枝栄の皮肉(ひにく)った問いかけに錫はたじたじしている。

 その時だった──。


「そこのお前たち…早くそこから逃げた方がいいぞ!」野太(のぶと)い声で近づいて来たのは、今まで見た中で一番大きな赤鬼だった。頭から突き出した二本の(つの)も立派なものだったし、持っていた金棒も体に比例(ひれい)してかなりの太さだった。背丈(せたけ)は見たところ三㍍近くありそうだ。錫の視線の正面に鬼の(へそ)がある。そのまま錫が頭を上げると、赤鬼も錫を見下ろし繰り返して言った。「早くそこから逃げた方がいい…」

「な、何で逃げた方がいいの?」錫は見た目に少々(しょうしょう)ビビってしまったが、基本的に鬼は恐ろしい存在ではなさそうだ。人間界のお化け屋敷の鬼の方がずっと恐いような気がした。

「もうすぐ堕羅の大門の霊気が消える…つまり大門が開くのだ。今は定期的にそういう現象が起きている。そうなれば堕羅の亡霊が襲って来るぞ」

 それを聞いた途端──錫の足が、がくがくと震え始めた。〝早く逃げよう〟──そう錫が言葉を発するより一瞬早く智信枝栄が口を開いた。

「まさに()()()()それを待っていたのです!」

 ──「私たちじゃなくて()()()()でしょうに」錫はそう叫びたかった。

「なんだと?…堕羅の大門が開くのをか…?お前たち何者だ?」。「私たちは堕羅の大門の玉を探しに来たのです」

「おかしなことを…。玉の在処(ありか)は門番様しか知らんはずだ」。「その門番はもういないのです」

「いない?」。「待てど暮らせど来ないでしょ?それはもう門番が存在しないからなのです」

「な、なんと…わしらはずっと待っておるのに…」。「だから私たちが堕羅の大門を封印します」

「ふんっ。門番様でもないお前たちに何ができるのだ?だいたいそっちの奴は見た目こそ強そうだが、さっきから足が震えているぞ…」

「か、必ずなんとかします!」錫はかろうじて返事をしたが、声は上擦(うわず)っている。

「……まぁいい…。大門が開くまでまだ半時ほどある。とりあえずそこに座れ…」赤鬼は大門の(わき)にごろごろと転がっている岩を指さすと、まず自分が大きな岩に腰をかけた。その正面にはテーブルのような一枚岩が不自然に転がっている。畳5枚分はありそうだ。錫たちはその大きな一枚岩の隅っこに腰を下ろした。


「ここには門番様からご命を受けて堕羅の大門の管理を任されている保鬼(ぽっき)と呼ばれる鬼がいる──わしも昔はその保鬼だった…」

「ポッキー?……なんとなく美味しそうな名前!」錫がちゃちゃを入れたが保鬼にはなんのことやら分からない。

「今の門番様が(やと)っていた保鬼は、堕羅から出てきた蟒蛇(うわばみ)にのみ込まれちまった…」鬼をのみ込むほどの蟒蛇を想像しただけで、錫はもう生きた心地がしなかった。

「わしはもう一線を退(しりぞ)いているが、喰われてしまった保鬼の代わりに仕方なく番をしているのだ」

「ふぅ~ん…。ねぇポッキーのおじさん一つ尋ねてもいい?」

「……ふっ…なんだ?」錫があまりにも気さくに話しかけるので保鬼はおかしかった。

「今、人間界では何かに(のろ)われている人たちがいるの。それが堕羅と関係ありそうなんだけど、ポッキーのおじさんは何か知らない?」

「わしにとって堕羅は、こんなにも近くにありながら…(はる)かに遠いところなのだ…分かるか?唯一(ゆいいつ)答えられることは、今の堕羅は何が起こってもおかしくないほど異常だということだ」

「…パパを助ける手がかりは無いようね……」錫は肩を落として浩子にそう言った。

「………そうだね…」浩子は錫と視線を合わすことなく、下を向いたままポツリと返事をした。


 それでもいつまでもウジウジしていられない錫は、気を取り直して三つの木札きふだを出すと保鬼に差し出した。「じゃ、この木札に書かれている意味は(わか)る?………………どう?」

「ふん……一つは解る…。もう一つは不確(ふたし)かだが解る…。もう一つはわしにもまったく解らん」それほど時間をかけずに保鬼はそう答えた。

「一つは解るのね?だったら教えて…ポッキーのおじさん…お願い!」

「…………お前…おカマか?」

「…………ち、違いますぅ~」そこがどんな場所であっても錫のいる所には必ず明かりがともる──智信枝栄は今更いまさらながら、錫に不思議な魅力をおぼえるのだった。



「まず(いち)の札〝地獄からムカデの鬼が来る〟──これはわしにも不確かだが、遠い昔、鬼のようなムカデが人間界に現れたらしい…その地では今でもムカデを神として(まつ)っているらしいが、真実かどうかは(さだ)かではない」錫は保鬼の話に耳をかたむけている智信枝栄の顔を見た。それだけで智信枝栄も錫の言わんとしていることを察して、首を小さく横に振った。やはり智信枝栄もそんな話は知らないようだ。

「次に()の札〝ひらひら散る木の実は鬼様も飛びつく実〟…悪いがこれは皆目(かいもく)見当けんとうもつかん…」

「気になさらないでください。私たちもいっぺんに謎が解けるとは思っていません。今はどんな事でも取っかかりがほしいんです」智信枝栄は静かな物腰ものごしうったえた。

「取っかかりか…。それならば(さん)の札は期待するがいい。的確(てきかく)に答えてやれるぞ!」

「ほんと!?」一刻(いっこく)も待てない(てい)で錫は身を乗り出した。

 〝大門の赤鬼は祠泉(ほこらいずみ)飲んで襲われる〟

「あぁ…何しろここに記されている〝大門の赤鬼〟とは、わしのことに違いないからな…」保鬼は笑って答えた。





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