第97話〜少女セツナ・下編〜
セツナという少女、俊也のもつカギという力、この物語の始まりへと繋がる。
目の前の光景を信じられず、
俊也が一歩足を踏み出すと、セツナは
くるりと背を向ける。
俊也「セツナ、なのか…?」
少し間が空き、俊也は
次の一歩を踏み出すのを躊躇い、歩みを止めた。
???「俊也、さん…」
俊也「セツナ…?」
セツナ「…っ」
目の前の少女は自分の記憶にあるセツナ。
そのはずなのに、それとは違う既視感が俊也にはあった。
セツナ「あなたと、会うのはもう何度目でしょうか…」
セツナは俊也に背を向けたまま、話を続ける。
セツナ「記憶を持たないあなたには
きっとわたしと出会うのも、
わたしが死んでしまうのも、初めてのこと、なんですよね?」
俊也「何、…言ってるんだ…?」
俊也はどれだけ自分の記憶を遡っても
その過去にセツナの存在は見つからない。
セツナ「大丈夫です、不安にならないでください
わたしにとって、この死はあるべき結果なんです」
俊也「あるべき、結果…?」
俊也はその瞬間に芽生えた憤りを抑えきれず
止めたいた足を一歩前に進め叫ぶ。
俊也「きみの死が、あるべき結果なわけないだろ!?
いや、あっちゃいけない!!」
俊也の声を聞いたセツナは少し肩を落とし
ゆっくりと俊也の方を振り向く。
その顔は白い能面のようなマスクでおおわれており
表情は伺えず、しかし声は自らの記憶にあるセツナだった。
セツナ「…、そうやって怒ってもらうのも、今回が最後なんですよね」
俊也「最後…?何を言ってるんだ?」
セツナはマスクに手を掛け、ゆっくりと取り外す。
俊也「…、え?」
マスクをとったセツナの顔は――――
俊也「っ…!!!!がっ…!!」
突如俊也の頭に激痛が走り、膝をつき頭を抱える。
今、視界に捉えたセツナの顔は――――
俊也「君は、本当に、セツナ…、なのか…?」
セツナはゆっくりとマスクを顔に戻し、また背を向ける。
その光景をみた俊也の頭痛は少しづつおさまっていく。
セツナ「わたしは、セツナです、でも
今この場にいる私は、あなたの知るセツナの記憶はありません」
俊也「どういう、ことだ…?」
状況を呑み込めない、目の前にいるセツナは
自分が先ほどまでともにいた、いたはずの少女。
頭の理解と目の前の光景の食い違いが
さたに俊也を混乱させる。
セツナ「ここでの記憶は戻ったあなたから
失われます」
その言葉の直後、空間が、目に見えている光景が
ぐにゃりとゆがみ始める。
セツナ「怖がる必要はないんです」
ゆがむ視界の中、セツナが歩み寄り
そして俊也の目の前にマスクをした
セツナが足を止める。
俊也「セツ、ナ…」
俊也は必死にままならないゆがんだ視界の中
セツナのいるであろう方向に手を伸ばす。
セツナ「っ…」
伸ばした手はセツナのマスクの前
あと、数cm。
指先がマスクに触れる瞬間、セツナは
一歩だけ、後ろに下がる。
伸ばした手はマスクに触れることなく
空を切る。
俊也はその場に膝をつき、
歪みに引きずり込まれそうになる感覚に
必死にあらがい、セツナのいるであろう方向を
見つめ続ける。
セツナ「俊也さん、…、俊、トシ、君」
そのセツナの言葉を聞いた瞬間
先ほどの痛みを軽く飛び越えるほどの頭痛が
俊也の頭に重く響く。
俊也「がっ、あぁっ…」
俊也はその痛みとともに
脳裏にある光景が浮かぶ。
ゆらゆらと揺れるカーテン。
日差しの強さに目がくらむ。
眼下のグラウンドでは
野球の試合が行われていた。
ベースを囲うように
多くの生徒がそこで声高く
応援していた。
マウンドに立つピッチャー
ピッチャーがボールを投げる前
あたりの声は最高潮に高まる。
「トシくん、ここにいたんだ」
その声に振り替えると
教室のトビラの前に―――がいた。
「まったく、仮にもキャプテンが
どうしてこんなところにいるの?」
呆れながら近づいてくる―――の表情は
とても穏やかなものだ。
目の前に来て、同じように
グラウンドを見つめながら
ーーーの髪が風で揺れる。
「ねえ、その腕なおったら
また、部活来るよね?」
視線は自らの腕に向き、
ぐるぐるに包帯がまかれギブスで
肘から先は覆われていた。
「みんな待ってるよ?」
ーーーは揺らぐ髪を片手で押さえながら
こちらを見つめる。
「トシ君、君のいるべき場所は
そこじゃなくて、ここなんだよ」
その言葉に、違和感を抱く。
「奪われた記憶はそこにはないの、
ここに戻ってこないと、記憶は二度と戻らない」
ーーーの言葉の意味が理解できない
「もう十分苦しんだ
もう十分あらがった
もう十分、もう十分だよ…」
その消え入りそうな声に
ーーーの目から涙がこぼれ落ちていた。
「わたしのことはもういいから
救わなくていいから、だから
私のこと、私との記憶だけは
絶対になくさないで、お願い…だから…」
視界が白い光に包まれ
消えゆくさなか、小さく、最後に
ーーーの言葉が耳に届く。
「あたなには記憶を対価に
過去に戻る魔法が掛けられている
記憶がすべてなくなれば
あなたはもう過去に戻れなくなる
そうだったことすら思い出すことはないの
思い出せないことを思い出せない」
「だから最後の記憶に、わたしの記憶の錠をかけた
つまり、この記憶を見ているということは
これが最後、もう二度と過去には戻れない
失ったものすら思い出せないあなたが
何を取り戻そうとしているのか
最後に思い出せるように
彼女の死が必要だった」
「その世界での私が、セツナだったから
この世界での私がーーーだったから」
「あなたに掛けられた魔法のカギは
あらゆる世界から狙われている
転変を操ることが叶う大いなる力」
「欲しては手にすることはできず
欲さずに手にすることはできない
希望でも、絶望でもない
世界の矛盾を抱えた無二の力」
「求めた願いがある限り
その矛盾のカギはあなたのもとにある
でも、願いを失えば
そのカギはあなたのもとから離れてしまう」
「だから、最後に一度
すべてを思い出せるように
わたしはあなたに魔法をかけた」
「一度しかない」
「一度だけ、あなたが何をしてきたのか」
「そのすべてを、思い出す」
「あなたがその記憶のすべてを
受け止め切れた時
矛盾のカギは
あなたの力と変わる」
「もう一度だけ」
「その声を聞くために」
「あらゆる希望と」
「あらゆる絶望を」
「乗り越えて」
「そして取り戻すの」
「あるべき場所を」
「あるべきものを」
「あなたの」
「願いを」
これまでの物語は、これから紡がれる物語の序章。
次回から、新展開を迎えます。
物語は次の舞台へ。




