第7話 セオ発見
蒸し暑い曇り空の下、馬を走らせ始めて五分ほど経った。
今のところ、周囲に怪しい人影等は見当たらないが、この先に大勢の盗賊が現れた以上、油断は出来ない。
ロディが、一行の先頭でマーシアと並んで周囲を警戒していると、遠くから微かに低い音が聞こえてきた。
人より五感が鋭い、狼人族の自分には聞こえたが、隣で馬を駆るマーシアが音に気付いた様子は無い。
「マーシアさん! 今、遠くで角笛みたいな音がした。注意して!」
「分かったわ!」
マーシアが真剣な顔で頷いた時、それ程遠くない所から再び低い音が聞こえた。
今度は、彼女も気付いたらしい。
訝しげに音の発する方向を見た後、不安そうにロディを見た。
「……ロディ君、これ……二回も音がしたなら、さっきの奴等への合図じゃないかな? ……あたしが出てからの時間を考えたら、撤収の合図かも……」
状況のマズさを察したのか、その声には焦りが覗える。
「じゃあ急ごう! まだ誰かは救助出来るかも!」
「ええ!」
緊迫した顔のマーシアが、後ろを向いた。
「ロバートさん! 周囲に敵はいないし、今から飛ばすわ!」
「分かったあっ!」
今、マーシアは周囲に敵がいないと言った。
なぜ、それが分かったのだろう?
チラと後ろを見たが、ロバート達も、それを訝しむ様子は無い。
戸惑っているように見えるのは、フィル達だけだ。
彼女に理由を聞きたいが、今は、セオ達の救助に全力を尽くすべきだろう。
気持ちを入れ替えたロディは、ロバートの叫びを聞いて、マーシアと共に馬の速度を一段と上げた。
上り坂での馬の体力消耗を考え、少し速度を抑えて走っていたが、もうそんな事は言ってられない。
そのまま周囲を警戒しながら、曲がりくねった山道を何分か走ると、遠くに、狭い道で不安げに立ち尽くす、二頭の馬が見えてきた。
どうやら、その周囲には数名の人物が横たわっているようだ。
最悪の事態になったかも知れない。
「あれは、おやっさんの馬! おやっさんっ! 奥様ぁーーーーー!」
後ろのロバートから、焦りに満ちた叫び声が上がったかと思うと、彼とビルの馬がロディ達を追い越していく。
「母さん……お母さんっ!」
マーシアも悲痛な声を上げたかと思うと、猛然と馬を飛ばし始めた。
横たわる人々の下に着いた皆は、もどかしそうに馬を下りて行く。
少し遅れて彼等の下に着いたロディは、周囲を見回し、隠れた賊がいない事を確認してから馬を下りた。
「マーシア? 無事だったのね!」
マーシアが駆け寄った女性が、横たわったまま弾んだ声を上げる。
彼女の母なら、それなりの年齢の筈だが声が若いし、横たわったままで顔や姿はよく分からないが、そんなに年を取っているようには見えない。
「この縄を、ほどいて頂戴。縛り方が緩いけど、中々ほどけないのよ」
駆け寄ったマーシア達に気がついたのか、他の人々も、相次いでモゾモゾと体を動かし始める。
幸いな事に、どうやら全員緩く縛られているだけで、命に別状は無いらしい。
「ビル! 奥様の縄を切ってくれ! 警備局の皆は周囲の警戒を頼む!」
指示を出したロバートが、ナイフを手に、痩せた中年男の下へ走って行く。
「……少し疑っていたが……本当にロバートか……? それにビル……お前達が、どうしてここへ……?」
縄から自由になり、力無く立ち上がった中年男が、憔悴しきった顔で訝しげに尋ねた。
彼がセオだろう。黒髪に白い物が目立つ、四十代半ば位の痩せた男だ。
気落ちしているせいか背中が曲がり、言葉にも力が無い。
「おやっさん達に、危険が迫ってると思ったんで護衛に来たんですが……遅れてすみません」
無念そうに呟いたロバートが、姿勢を正した。
「……おやっさん……この前、店の商品の数が合わない事が増えてきたと報告したでしょう? おやっさんの指示通り内々に調査を進めて、商品をくすねてた奴を見つけたんですが……そいつが、店の情報まで売っていた事を吐いたんです……」
「……商品だけでなく、店の情報もだと……? 犯人は、誰だったんだ?」
憔悴しきっていたセオの表情と声に、静かな怒りの色が浮かぶ。
「ヘイニーの野郎でした。博打に入れ込んで借金を重ねてたようで……首が回らなくなった挙げ句、闇の金貸しに紹介された奴に、情報を売っていた様です……」
無念そうなロバートの言葉を聞くセオの顔に、徐々に怒気が満ちていく。
「まさか、店の情報を売っていたとは思わなかったんで問い詰めたんですが、奴は今回の大商いと運送計画の情報まで売ったと……高額な品だったんで、万一を考えて急いで護衛を雇って駆けつけたんですが……すみません……」
「……ヘイニー……あの……大馬鹿野郎っ!」
怒りが抑えきれなくなったのか、セオは頭を下げたロバートの前で、怒りが爆発したかのような怒鳴り声をあげた。
何頭かの馬が、セオの剣幕に驚いたのか怯えたようにセオを見たが、彼は気にする事も無く苛立たしげに言葉を続けた。
「……奴が吐いたのは、それだけかっ?」
「はい……まだ吐かせたい事はあったんですが……奴は、少し目を離した隙に……腰の紐で首を吊りまして……」
怒りの収まらぬセオに、ロバートが申し訳なさそうに呟いた途端、セオが、やるせなさに満ちた表情を浮かべて、膝から地面に崩れ落ちた。
信頼していたであろう部下に手酷く裏切られ、その彼が死を選んだと知ったセオの気持ちは理解できる。
ヘイニーとやらが生きていたら、治安を守る騎士団に突き出して裁きを受けさせたいところだろうが、おとぎ話や神話のように、死んだ者を生き返らせる方法など無い。
「……おやっさん……元気を出して下さい。馬車と荷物は奪われたようですけど、おやっさんと奥様を助けられただけでも、来た甲斐がありました……山賊に襲われたら、みんな殺されたかと……アリシアさんも、よく無事で」
ロバートが安堵したように語りかけたが、積荷を奪われたセオの表情は暗い。
「あの、クソッタレ共が……少しは話が出来る奴だったからさ」
セオが、力なく呟く。
「あのクソッタレ共が来たのは、ヘイニーが秘密を漏らしたせいだろう……アリシアさんが賊が来るのを察知したんで、銀灰だけ持って、荷馬車を捨てて逃げたんだが、追いつかれて崖の上と前後から挟み撃ちを喰らったよ……この細い道で包囲されてどうにもならなかったし……四十人はいたから、お前達が来てくれても……」
力無く座り込んだセオの頭が、がっくりと項垂れる。
「あいつら……私が善良な商人だから、銀灰を半分だけ渡せば全員の無事を約束するって言ったんだ……もう、どうにもならないって分かったし、妻やアリシアさんまで殺されるよりマシだと思ったから、アリシアさんには何もさせず、やむなく半分渡したが……」
セオの頬を、涙が静かに流れる。
「くそおっ……助かりはしたが、あれが無いと支払いが出来ん……破滅だっ! あのっ……畜生めえぇぇぇぇっ!」
セオが、恨みに満ちた口調で罵りながら地面に拳を叩き付け、遂には地面に突っ伏して声を押し殺して泣き始めた。
それを見た彼の妻らしい中年女性が、横で優しく慰めている。
ロディは、彼が気の毒で掛ける言葉が見つからない。
だが、このままでは何も解決しないし、手を打つなら少しでも早い方が良い。
意を決して、セオに近寄って屈んだ。
「セオさん、すぐ騎士団に通報しませんか?」
皆の視線が、一斉にロディに集まる。
「大量の銀灰が、危険な組織に渡ればどうなるか……治安を預かる騎士団が放っておく訳がないです。捜査と奪還は、他より優先して動いてくれると思いますよ。それに、お金が掛かりますけど、王立警備局に奪還を依頼するって手もあります」
「……あ!」
顔を上げたセオの目に、希望の光が宿った様に見えたが、それはすぐに失われ、彼は再び力無く項垂れた。
「……いや……ダメだ。納期は一週間後なんだ。騎士団や警備局がそれまでに奪還できるかどうか……それに、奴等がバラバラに売れば、奪還出来ないだろう?」
「……! それは……」
思わぬ指摘を受け、ロディは言葉に詰まった。
騎士団にせよ警備局にせよ、賊の隠れ家を突き止め、奪還するのが何時になるかなんて誰にも分からない。
襲撃者は、事前に情報を得て計画を立てた周到な奴等だ。騎士団や警備局が動く事は予想しているだろうし、奪った品を金に換える算段もついているだろう。
奪還出来たとしても、納品が間に合わなかった時は、状況によっては支払いが出来ず破滅するし、仮に無事に支払いが済んだとしても、取引先の納期を破った信用の失墜は痛いだろう。
次の言葉が続かないロディの横へ、誰かが歩いてきて屈み、セオに優しく声を掛けた。
「セオさん、私が取り戻してきます。奴等の居場所はすぐ分かりますし、あの程度の盗賊、さっきみたいに包囲されなければ、眠らせるなり麻痺させるなり簡単ですから」
落ち着いた声の主を見ると、先ほどマーシアが、母と呼んで駆け寄った女性だ。
確かロバートが、アリシアという名前で呼んでいたと思う。
二十歳位のマーシアの母なら、それなりの年齢だと思っていたが、アリシアは、どう見ても二十代半ばか後半位にしか見えない。
彼女は、明るい茶色の目と髪、白い肌を持ち、ロング位に伸ばした髪を束ねて胸元に垂らした知的そうな美女。
今、気付いたが、尖った長い耳をしているので、多分、エルフ族だろう。
見た目は若いが、エルフ族は人間の何倍も寿命が長いので、真の年齢は分からない。
二本の短剣を腰の左右に下げ、揃いのデザインと思しき、紺色の上着と長めのスカートを着ており、動きやすくする為か、スカートの横には腰まである深いスリットが入り、そこから黒いタイツを穿いた脚が覗く。
彼女も傭兵らしいが、衣服と武器を見るに多分魔術師だろう。
「もっちろん、あたしもやるわよ」
マーシアが、元気に声を上げた。
「あんな悪党共に、やられっぱなしなんて嫌だし!」
「君達……本当にやってくれるのか? 奴等の場所も探せるんだな?」
力無くへたり込むセオが顔を上げ、安心させるように微笑を浮かべて頷くアリシアを見て、感極まった様に声を震わせたが、すぐハッとした様に表情を改めた。
「いや……君らだけではダメだ。もし、君らみたいな若い娘さんが捕まったら、どんな酷い目に遭わされるか……確実に銀灰を取り戻す為にも、もう何人か腕利きがいた方が良い」
「いえ……本当に、大丈夫ですから……」
「……いいえ、ダメです。アリシアさんの腕は分かってますけど、腕利きの傭兵なんかが、まさかと思う理由で死んだとか、任務に失敗したなんて珍しい話じゃ無いでしょう? どうしても腕利きが見つからなければ、その時はお願いしますけど、もう少し手を尽くさせて下さい」
「……分かりました」
静かに頷いたアリシアを見て、ロバートが何か思いついた様にロディ達を見た。
「ロディ君の話だと、警備局は奪われた品物の奪還も頼めるんだよな? もし請けられるなら君達に頼めないかな?」
ロバートが、ロディ達を真剣な眼差しで見つめる。
「君達なら知ってるだろうが、只でさえ忙しい警備局や傭兵なのに、今は収穫した麦を狙ってオークとかが蠢く時期だろう? お陰で本当に人がいなくて、急には中々雇えないんだ。奪還は少しでも早い方が良いし、何とか君達に頼めないかな? 勿論、迷惑を掛ける分、金は弾むよ……ダメかな?」
その言葉を聞いたフィルが、申し訳なさそうな顔で口を開いた。
本日の更新は、ここまでです。
ここまで読んで下さり、誠に有難うございました。
次の8話目は、明日の正午頃に投稿します。




