第6話 マーシアとの出会い
町を出て、一時間ほど経った。
空には暗く低い雲が垂れ込め、夏が近い事を告げるような蒸し暑さの中、馬を駆るロディ達は、峠を越える山道を進んでいる。
セオ達が、先程の町まで無事に到着したのは、出発前にロバート達が町の人に聞いて確認した。
先程の町から、新レンストンへ行くなら山を超える道しか無い。
普通、道中の安全を重視するなら、怪物や山賊が出そうな山越えは避けるべきだが、この山は意外と安全だった。
なぜなら、去年、この辺に大勢の山賊が居着いて、騎士団が討伐した事件があったが、それから騎士団は首都近郊の治安維持に一層力を入れ、山賊や怪物が居着かないよう頻繁に巡回し、目を光らせているからだ。
その為、山賊事件以降、この山で商人等が襲われる事件は起きていない。
この山を越えれば、レンストンはすぐ近くという事もあり、何かで道を急ぐセオ達は、この道を行く計画を立てて、山賊に狙われにくい、襲っても旨味の無い零細商人を装ったようだ。
零細商人らしく、護衛も少なくして商品輸送に向かったとの事だが、情報が漏れていたなら、それが命取りになるかも知れない。
山は緑の木々に覆われ、賊が隠れる場所は多い。
それに急峻な山肌に作られた道は狭く、片方は上へ続く壁のようになっており、もう片方は谷底へ続く結構高い崖で落ちれば命は無い。
この山、特にこの辺りで罠を張られると、逃げるのは難しいと思う。
「みんなっ! そろそろ、おやっさんに追いつく筈だ。注意してくれ!」
先頭に立ち、周囲を警戒しながら馬を駆るロディの後ろで、ロバートが叫ぶ。
彼の声を聞いたロディは、了解の返事を叫ぼうとして言葉に詰まった。
この道の先は、山肌に沿って大きなカーブを描いているが、その先に小さな何かが見えたのだ。
どうやら、こちらに向かって来るように見える。
「ロバートさん! 前から何か来ます!」
まだ距離が遠く、肉眼では見えにくい。
ロディは腰に巻いたホルダーから、遠眼鏡を出して目に当てた。
遠眼鏡の筒の中に、その姿が大きく浮かび上がる。
「数は一名。赤い髪の女性! 剣で武装してます! ……その後方に、さらに三名の武装した男性がいます! どうします?」
「何? ……いかん! あの子はマーシア! おやっさんの護衛の一人だ! 後ろの小汚い連中は知らんが……くそっ! 奴等、マーシアを撃ってる! 敵だっ!」
振り向くと、ロバートとビルも手にした遠眼鏡を覗いている。
「皆、あの子を助けてくれっ! 何かあったに違いない。それを聞かないと!」
「ロバートさんっ! 崖の上からも五人接近中! 弓を持ってるっす! どうします?」
遠眼鏡を手にしたフィルが、焦ったように叫ぶ。
前方の崖の上を見ると、馬を駆る連中が、弓を構えながらこちらに向かってくるのが見えた。頭上から攻撃されると、戦いは圧倒的に不利になる。
「あんな奴等は知らん! 弓を向けてくるなら敵だろう! ……ロディ君、オレは戦いの事は分からんっ! 階級が上の君が指示してくれっ!」
「了解!」
叫んだロディは、しんがりを務めるフィルを見た。
「フィル君! 君のチームは上の奴等を何とかしてくれ! 出来るかい?」
「大丈夫っす! 任せてください!」
「頼む! 僕は前の奴等を何とかする!」
叫んだロディは、次いでロバートを見た。
「ロバートさん達はフィル君の指示に従って下さい! その方が安全ですから!」
「分かったぁ!」
ロバートの返事を聞いたロディは前を向き、スタンロッドを抜いて、馬を全力で走らせた。
マーシアとの距離は、もう半パスレル(約百五十メートル)と少々だと思う。
ロディの見る前で、後ろの男達が、彼女に向けて次々と矢を放っている。
彼女は、狭い道で時折後ろを振り向きながら馬をジグザグに走らせ、男共に狙いをつけさせないようにしていた。
その様子を見るに、彼女は中々の腕利きのようだが、突然、馬が悲鳴の様な嘶きを上げて半身を起こし、速度を落として立ち止まった。
どうやら、後ろ脚に矢が刺さったらしい。
足を引きずるように歩く馬を見て、男共は、彼女がもう逃げられないと判断したようだ。
馬を止めた奴等は、曲がった山道を猛然と迫るロディ目掛けて矢を放ち始めた。
ロディは、鋭い音を立てて飛んでくる矢を、片端からスタンロッドで叩き落としていく。
そのまま馬を走らせ、マーシアに声が届く距離に近づくと大声で叫んだ。
「マーシアさんっ! 逃げてっ! 僕が、奴等を止めます!」
ロディを注意深く見ていた彼女だが、見知らぬロディに名前を呼ばれた事で、事情を察したようだ。
慌てて馬を道の端に寄せた彼女の横を、ロディが猛然と駆け抜ける。
敵との距離が近くなった所で、小汚い身なりの男共は、弓を、剣や斧に持ち替えて迫って来た。
一人目の、痩せた男が駆る馬が間近に迫った瞬間、ロディは、スタンロッドで相手の馬の鼻先を叩いた。
強打と電撃に驚いた馬が、悲鳴の様な嘶きを上げて身を高く起こす。
斬りかかろうとして、馬上で斧を高く振り上げていた男は、突然、勢いよく上半身を高く上げた馬に、片手で持つ手綱では体を支えられなくなったようだ。
たまらず手綱を放して落馬し、その勢いのまま、絶叫を上げながら谷族へ転がり落ちていく。
二人目の髭面の大男は、小馬鹿にするような笑みを浮かべて、振り下ろされたスタンロッドを掴んだ。
だが、その瞬間、凄まじい痙攣をした挙げ句、驚いた馬に振り落とされ、ぽかっと大口を開けたまま、無言で谷底へ消えていった。
残るは、一人。
分の悪さを見た奴は、慌てて引き返そうとしたが間に合わず、近づいたロディを牽制するように、手に持つ剣を鋭く突き出した。
それをスタンロッドで受けた後、しばし剣を交えて分かったが、奴は傭兵の経験でもあるのか、中々に腕が良い。
何度か馬を叩いて勝負を付けようとしたが、悪い事に、どうやら先の大男でスタンロッドの魔力が尽きたようだ。馬を叩いても、驚くような動きが見られない。
こんな事にならないよう、スタンロッドを使った回数は数えていた。
まだまだ使える筈だったが、多分、ジャイアントワームに飲み込ませた時、思った以上にロッドの魔力を消耗したのだろう。
予備のスタンロッドはあるが、取り替えたり、武器を剣に持ち替える暇は無い。
激しい攻防を繰り広げていると、何故か、奴の顔に徐々に焦りが浮かんでいく。
ロディの攻撃を、奴が剣で受け止めた時、突然、若い女性の怒りに満ちた叫び声がした。
「よっくも、やってくれたわねっ!」
次の瞬間、ロディの右側に現れたマーシアが、左手に持つ湾曲した剣、ショーテルで男を斬り裂き、男は糸が切れたように馬から落ちて動かなくなった。
三人の敵の死を確認したロディは、周囲に別の敵影が無い事を確認してから、左手に持つショーテルを振って血糊を払うマーシアを見た。
敵を倒した事に安堵したのか、兜の面を上げた彼女にも、どうやら怪我はなさそうだ。
彼女は、ロディより少し背が低そうで、白い肌と緑色の目、熟した林檎の様な鮮やかな赤色のセミロングの髪を持つ、二十歳位の結構可愛い女性だ。
よく見ると、髪をメッシュしているのか、前髪の一部が黒い。
村娘のような素朴な服の上に、胸当て鎧と籠手、頭の上部を覆うサレットという兜を身に着け、大きく湾曲したショーテルという剣と丸盾で武装している。
剣を持つ手を見るに、どうやら左利きらしい。
「僕は王立警備局のロディ。セオ商会に雇われて来ました。怪我は無いですか?」
「ええ。大丈夫よ。助かったわ」
笑みを浮かべた彼女が、傷ついた馬から下りると、突然、後ろから大きな爆発音が轟いた。
思わぬ事態に、目を丸くした二人が一緒に後ろを振り向くと、フィル達のいる山道の崖の上で大きな煙が上がり、崖の上から幾つもの石が転がり落ちている。
フィルの仲間が、爆発術で敵を一掃したようだ。
後ろに下がって、落下する石を避けていたフィル達だったが、それが収まるとロバート達と共に馬を駆り、こちらに走ってきた。
「マーシア! 何か、あったのか?」
ロバートが、緊迫した顔でまくし立てる。
「大勢の山賊が、セオさん達に接近中よ! それを察知した母さんが、後ろからロバートさんが警備局員を連れて来てるから、すぐに呼んできてって!」
マーシアが、焦りに満ちた声で叫ぶ。
一瞬、マーシアの言った事が理解できなかったが、確かに彼女は、彼女の母が、山賊や警備局員が来た事をマーシアに教えたと言った。
セオが雇った傭兵は、彼女の言葉から察するに親子らしいが、なぜ彼女の母は、ロディ達が来た事、しかも、それが警備局員だと分かったのだろう?
「セオさん達も、馬車を捨ててこっちに向かってるけど、乗ってる馬が遅いのよ。それに山賊共は妙に手際が良いような気がするわ……母さんが疑ってたけど、奴等は銀灰の情報を掴んで、罠を張ってたのかも……」
どう考えても、彼女の母が山賊やロディ達を察知できた理由が分からないが、ロバートと彼の部下のビルが、それを訝しむそぶりは無い。
何か、あるのだろう。
「くっそおぉーーーっ! やっぱりかあぁぁっ! 皆行くぞ! 急いでくれ!」
「ちょっと、待って下さい」
ロバートを制止したロディが、マーシアを見た。
「マーシアさん、敵の接近を察知したなら、その数や配置は分かります? 状況によっては、こちらも手を考えておかないと、返り討ちに遭うかも」
「今、分かってる敵は五十人位だけど、あたしを追ってきた奴等は死んだから、残りは四十人位かな? 敵の配置は、セオさんを包囲するように、道の前方と崖の上から接近中よ。あたし達の数で戦うのは厳しいけど、何とかしないとセオさんや母さん達が……」
それを聞いたロバートから、うめき声が漏れた。
敵は、こちらの四倍ほど。それが崖の上にもいるなら、頭上から攻撃を食らう。
戦闘が避けられなくなって、まともにぶつかれば簡単に返り討ち。
良くても苦戦は必至で、大勢の犠牲が出る事は、素人でも想像がつくだろう。
「……フィル君、姿消しはあるかい?」
ロディは、フィルを見た。
「オレのチームの分なら、あるっす。でも、もう予備が無いんすよ……」
「それなら大丈夫。僕の分ならある。姿消しは、いつでもすぐ使えるよう、予めチーム全員の名前を書いてるよね?」
「勿論っす。警備局から、いつも言われてるっしょ?」
ロディは、ウェストポーチから巻いた革紙の束を取り出し、彼に一枚渡した。
「良かった。じゃあ時間が無い。すぐそれに君達の名前を書いてくれ。君達の札には僕の名前を書くから、山賊と戦う時は、それを使おう。それなら敵が四倍でも、何とかなるかもしれない」
「了解っす」
頷いたフィルがウェストポーチを探り、姿消しの札を六枚差し出した。
「待って。何をするのか知らないけど、あたしの分は?」
「戦いになったら、マーシアさんは後方でロバートさん達の護衛をお願いします。ロバートさん達を戦いに巻き込めないし、護衛無しで万一の事があると……姿を消しても襲われてる事くらい分かるでしょうし、セオさんは守れても後ろで人質を取られたら最悪ですから」
「うーん……まぁ、確かにその通りね。分かったわ……」
マーシアの声は、少し不満そうだが、納得はしてくれたらしい。
ロディ達が、姿消しの札に手早く名前を書いていると、突然、悲鳴の様な馬のいななきが上がった。
見ると、ロバートがマーシアの馬に刺さった矢を手にしている。
彼が、馬に刺さった矢を抜いたようだ。
抜いた矢を忌々しそうに捨てた彼は、薬を取り出して馬の傷を治している。
彼に促されたマーシアが、馬が足を引きずるような動きを止めたのを見て、慎重に馬に跨がった。
馬は、痛みも引いたのか、彼女が乗っても嫌がるそぶりも見せない。
どうやらロバートは、馬の怪我を治す為に、結構良い魔法の治療薬を使ったようだ。
「……いけそうね。ロバートさん、有難うございます」
ロディが、フィル達と姿消しの札を交換する前で、マーシアが馬を歩かせて様子を見ているが、ロディの目にも馬に異常は見られない。
「大丈夫だな」
ロバートから、安堵したような声が漏れる。
「ロディ君、そっちはどうだい?」
「もう行けます!」
「よし。ではロディ君とマーシアは先頭を。フィル君達は、またしんがりを頼む」
ロバートの指示に、皆は口々に了解の意思を伝えて、再び馬を駆りだした。
次の7話目は、本日22時頃に投稿します。
次の投稿で、本日の投稿は終わりです。




